――藍染隊長は、時々こんな意地悪をする。
 桃は、きゅっと唇を噛みしめた。小さなふっくらした下唇に、軽く歯形がつくくらい。
 重厚な一枚板で形作られた、大きな扉。その前でひとつ小さく息を吸い込み、それから覚悟を決めたように、右手を挙げて扉をノックする。
「五番隊副隊長、雛森です。十番隊、日番谷隊長に、人員異動のための引き継ぎ書類をお届けに参りました」
 一瞬でも気を弛めれば、みっともなく声がふるえて上擦ってしまいそうだった。
「どうぞ」
 扉の内側から優しい声で返事が聞こえた。
「失礼致します」
 ぎぃ……と、軋みをあげて重たい観音開きの扉が開いた。
 正面の大きな窓から射し込む西陽に、一瞬桃は顔を背けた。
 茜色のまぶしさに目が慣れてくると、ようやく室内の様子がはっきりと見えてくる。
 がっしりとした大きな執務机、天井まで届く大きなキャビネットは古風な木製だ。来客用のソファーまで、武骨な印象がある。
 室内が広いので、それだけ大きな調度に囲まれていても、威圧感や狭苦しさは感じない。けれど、女にとって居心地の良い空間とは言い難い。
 これは、現在この執務室の主人である日番谷冬獅郎の意向というより、死亡した前任者の趣味だろう。冬獅郎はただそれをそのまま使っているだけだ。彼は隊長になってまだ日も浅く、調度の趣味が馴染むほどこの部屋を使い込んでいるわけではない。第一あの少年は、そういうものに気を配るような性格ではない。
 隊長執務室にいたのは、副長である松本乱菊一人きりだった。
「乱菊さん……。日番谷く――いえ、日番谷隊長は……」
「それはあたしが訊きたいよ。まったく、一旦外へ出るとそれこそ鉄砲玉、どこへ行っちまったんだか、見当もつきゃしない」
 豊かに波うつ亜麻色の髪をかき上げながら、やんちゃ坊主を持て余すような口調で、乱菊は言った。
「書類はあたしが預かっとくよ。急ぎじゃないだろ? ウチのが帰ってきたら、必ず目ぇ通させるから」
「は、はい……。では、お願いします」
「悪かったね、桃。無駄足踏ませちまって」
 そんなことない、と、桃は胸の内でつぶやいた。
 ――日番谷くんがいなくて、良かった。
 うつむいて、また唇を噛み、桃はそう思う。
 幼い頃からともに育ち、お互いのことを良く知っている冬獅郎なら、桃の異変を見過ごすはずがないだろうから。
「では、日番谷隊長によろしくお伝え下さい」
 乱菊に書類を手渡し、一礼すると、桃はくるっときびすを返した。
 が、その時。
「あれ?」
 乱菊がふと、何かを探すように宙を見回した。
「桃。鈴なんか持ってるのかい?」
「えっ!?」
 桃は、びくっと肩をふるわせた。
「いや、なんか今、鈴の音が聞こえたような気がしたから……」
「い、いいえ!」
 まるで悲鳴のように、桃は引き攣れた声をあげた。
「いいえ、持ってません! あ、あたし、そんなもの――!!」
 全身をこわばらせ、黒目がちの瞳を怯えたように大きく見開いて、桃は懸命に首を横に振った。
 ――聞こえるはずがない。あの小さな鈴の音が、自分以外の者に洩れ聞こえるはずはないのだ。
 小さく開かれた唇がふるえた。全身の血が音をたてて逆流し、頭の芯で沸騰し始めたような気がする。
「桃?」
 乱菊が訝しげに桃を見た。
「あ……!」
 息を呑み、桃は慌てて顔を伏せた。乱菊の視線から逃げるように。
 もう、目も上げられない。うつむいた頬が、火のように熱かった。
「ごめんなさい、乱菊さん。あたし、まだ仕事があるから……!」
 そのまま桃は、十番隊の隊長執務室を飛び出した。
「桃!?」
 乱菊に名前を呼ばれても、もう振り返りもしなかった。
 ――酷い。酷い、こんなこと……!
 唇を、血がにじむほど強く噛みしめる。その鋭い熱い痛みだけが、あふれそうになる涙をかろうじて押しとどめてくれた。
 ――どうしてあのひとは、こんなことをするんだろう……!
 十番隊詰め所を逃げるように飛び出し、五番隊の詰め所へと向かう小道を、小走りに駆け抜ける。
 そんなことをすれば、身体の芯に埋め込まれた異物が、狭い肉のあわいに収まっていられずに小さく暴れ出してしまうと、わかっていた。揺れ、転がり、音をたててぶつかり合い、より惨く桃をかき乱すはずだと。
 わかっているけれど、実際そのとおりだったけれど。
 けれどもう、止まることなどできなかった。
 ぐりぐりと、躰の内側の肉がかき回され、捏ねられる。その衝撃は背筋を駆け上がり、頭の天辺まで突き抜けるようだ。
 指先、爪先、胸の突端までが、ちりちりと痺れ、熱く疼く。
 すれ違う者全員が、いや、その場にいない者たちですら、どこからかじっと桃を見つめているような気がする。
 りん、ちりん……と、かすかな鈴の音が、耳元に木霊する。
 ――ううん、そんなはずはない。聞こえるはずなんか、ないんだから。
 桃は必死に、自分に言い聞かせた。
「……っあ――」
 思わず洩れた掠れ声を、懸命に噛み殺して。
 そして。
「……ただ今、戻りました」
 重たく大きな扉を、桃はふたたび開いた。
 ほつれた髪を整えることも忘れたまま。乱れた呼吸もおさまらず、肩が小さく上下していた。
 扉の向こうには、さきほど乱菊と会った冬獅郎の執務室とよく似た部屋があった。
 けれどそのしつらえは微妙に違う。執務机や大きなキャビネット、応接セットと、置いてある家具は変わらないが、冬獅郎の部屋が前任者から引き継いだまま、実用一辺倒の武骨な造りであるのに対し、この部屋はそこここに部屋の主人の美意識がにじみ出ていた。
 瀞霊廷を構築するものは、すべて霊子だ。樹木から、土壌、建造物などの無機物にいたるまで。
 同じく霊子体である死神たちの思念は、それら意思を持たない無機物霊子の結合にも、微妙に影響を与えてしまう。死神たちの思念を常に感じ取り続けている霊子は、その思念に従い、やがては結合の形状を変化させてしまうのだ。
 本来は隊服として画一的であるはずの死覇装が、死神個々の好みによって袖や丈などの細かい仕様が変わってしまったり、隊長にのみ許される白い羽織さえ、着る者によって通常の羽織であったり、袖無しの陣羽織のようであったりするのは、そのせいだ。
 建造物にも同様のことが起こる。
 常に不特定多数の人間が出入りする本部塔などはともかく、個々の住居や個室などは、長い時間が経てばその主人の意向を明確に反映するようになる。
 七番隊の詰め所は隊長である狛村左陣の好みが投影され、純和風の書院造りだ。床の間に違い棚、中庭を望む円窓。逆に冬獅郎のように、調度になど無頓着、使い勝手が悪くなければそれで良い、と思えば、壁紙一つ変わらない。
 そしてこの五番隊の隊長執務室は、部屋の主人の意向を受けて、そこここに美しい趣向を隠し込んでいる。
 けして目立つ飾りはない。全体的に暗く落ち着いた色彩は、年月の重みを感じさせる。
 が、キャビネットや格天井
(ごうてんじょう)には直線と優美な曲線とが使い分けられ、窓にはグリルと呼ばれる奇麗な鉄柵が取り付けられている。窓枠に絡まる蔓草のようにあまりにも華奢なそれは、防犯や補強というより、純粋な装飾品だ。
 磨き込まれた黒檀の大きな執務机。その端に置かれたオイルランプは、小さいけれど精密に蜻蛉を象った
(かたどった)ステンドグラスで飾られている。
 かすかに墨と、古い香木の薫りがした。
 全体は和風のイメージで統一されながら、その奥にさりげなくひっそりと、異国風のモダニズムが隠れている。それは優しく、どこか深くに謎を抱いたこの部屋の主人に似つかわしい。
 部屋の主人は、大きな肘掛け椅子に身を預け、古い革表紙の書籍をめくっていた。
「ご苦労だったね、雛森くん」
 その人はそう言って、ゆっくりと顔をあげた。
「藍染隊長……」
 藍染は穏やかな笑みを口元にたたえ、そのまま黙って、桃を見つめていた。眼鏡の奥の瞳が、まるで「それから?」と問いかけ、桃の報告を促しているようだ。
「あ、あの、日番谷隊長はお留守でしたので、副隊長の松本さんに書類を預け、言付けを頼んで参りました。――ひ、日番谷隊長がお戻りになられ次第、書類をご確認いただけるよう……」
「そう。日番谷くん、いなかったのか」
 淡々と藍染は言った。
「もういいよ、雛森くん。ご苦労さま」
「た、隊長……っ!!」
 桃は小さな悲鳴のように、藍染を呼んだ。
 ついに怺えきれず、崩れるように床に両膝をついてしまう。
 涙があふれた。
「隊長、も、もう……っ! もう、これ――と、取ってください……っ!!」
 躰の芯に埋め込まれた、小さな丸い異物。桃のわずかな身動きにも、狭い肉の中でくるくると転がり、かき乱して、桃を内側から責め立てる。
「と、取って……! はずして、お願い……っ!」
 桃は思わず、両手で袴の上から自らの秘密の場所を抑えた。もう、我慢できなかった。
 りん……ちりん、りん……、と、かすかな鈴の音が脳裏に響く。いや、それはもう、桃のすべてを支配するほど大きく、身体中に響き渡っていた。
「雛森くん」
 静かな、普段とまったく変わらない声で、藍染は桃を呼んだ。
「立ちなさい」
「藍染隊長……っ」
 すすり泣き、桃は涙に濡れた眼で藍染の顔を見上げた。
「衣服を脱ぎなさい。そのままじゃ何もできない」





 西陽は傾き、室内はぼんやりと薄暗くなっていた。
 その中にぽうっと白く、ほっそりした裸身が浮かび上がった。
「じっとして」
 優しく低い藍染の声が響いた。
「動いてはいけないと、言っただろう。ほら」
「だ、だって、そんな……あ、あぁ――っ!」
 先ほどと変わらず肘掛け椅子に座ったままの藍染の前に、桃は一糸まとわぬ姿で立っていた。
 つんと上向いた小さな乳房。その先端で、濃いばら色に染まった突起がふるふると揺れている。
 藍染の膝を挟むように両脚を開き、熱く潤む場所に、彼の指を受け入れる。
 藍染の指先が体内でうごめくたびに、全身が小さく痙攣した。膝ががくがくとふるえ、藍染の両肩に手を置いて躰を支えていなければ、今にも床にくずおれてしまいそうだった。
 藍染は前髪ひとすじ乱すことなく、まるでいつもどおりの表情だ。死覇装の衿も乱さず、黒縁の眼鏡の奥から、優しく包み込むような眼をして桃を見つめている。左手でふるえる桃の腰をささえ、右手は桃の内部を執拗に探っていた。
 くちゅ、ちゅ、くぷ……と、淫らな粘ついた音がこぼれる。
「あっ、あ、や……っ! た、隊長、早く……っ!」
 細い顎をのけ反らせ、桃はすすり泣いた。
「早くして欲しいなら、もっと脚を開きなさい。これでは僕が何もできない」
「そ、んな……っ!!」
 まるで聞き分けのない小さな子供に言い聞かせるように優しく、藍染はささやく。けれどその指先は容赦なく桃のもっともやわらかな部分を抉り、時折り残酷に爪をたてた。
 そのたびに桃は、びくんと全身をふるわせ、短い悲鳴をあげた。
 藍染は眉一つ動かさず、桃を眺めていた。まるでこれが淡々とこなす事務的な作業であるかのように。
 けれど桃は、もう声を怺えることもできない。藍染の指が体内でわずかに動くたび、全身をのたうたせ、淫蕩にすすり泣いた。
「あっ、や、そこ……っ。も、もぉ、やああ……っ」
 いたぶられるそこが、熱い。熔ける。鼓動に合わせてじんじんと疼き、今にも熱く粘ついた液体となって、流れ出してしまいそうだ。
 藍染が何をしているのかさえ、理解できなくなっていく。
 二本揃えて埋め込まれた長い指が、やがて熱くとろける肉の奥から、小さな異物を探り当てた。
「あ、あ……ひぁあ……っ!」
 躰の内側を掻き出され、何かが転がり落ちる、異様な感覚。
 桃は思わず、藍染の肩に強く爪をたてた。
 藍染の手のひらに、小さな金色の鈴が落ちてきた。
 一つ、また一つ。親指の先ほどの大きさのそれは、とろりとした蜜に濡れそぼり、まるで鳴ることも忘れてしまったかのようだ。
 一刻ほど前に藍染が桃の秘密へ埋め込み、それからずっと、桃を内側から責め苛んでいた小さな鈴。わずかに身動きするだけでも、それは狭い泉の中で転がり、ぶつかり合い、奥を押し広げるように擦れ合って、その感覚に桃はおかしくなりそうだった。
 ほんの小さな金色の鈴が、いつの間にか体内で大きく膨れあがり、内側から躰を押し広げ、鞣し、自分のすべてを埋め尽くすように思えた。鈴どうしがかすかに触れ合えば、そのたびに灼熱の火花が散り、響きを良くするためのわずかな凹凸でさえ、桃には、濡れた内襞を抉る鋭い突起のように感じられていた。
 その責め苦が、ようやく終わる。桃は細く長く、熱い吐息を吐き出した。
 合わせて三つの小さな鈴が、藍染の手の上に乗った。少しずつ大きさも形も違う。
 こんな、子供の玩具にもならないようなちっぽけなものにいたぶられ、羞恥と悦楽に溺れそうになっていたのだ。
 自分の躰がどれほど快楽に弱く、淫らなものなのか、その小さな鈴に見せつけられているような気がした。
「ふ、くぅ……んんっ」
 桃は小さな子供のようにしゃくり上げた。
 けれど藍染は、桃の中から指を抜こうとはしなかった。
 ふたたび根元まで一気に突き入れ、濡れそぼる小さな泉をかき乱す。
「あぁあっ! や、あ、藍染隊長……っ! ど、どぉして……っ!!」
「まだ残っているかもしれないだろう? ちゃんと全部探し出しておかないと」
「そんな……っ! そ、んな、こと……!」
 そんなはずはない。この鈴を挿れたのは藍染なのだ。数を間違えるなんてあり得ない。
 桃にこんな酷い悪戯をしておいて、藍染はわざと、たいして急いでもいない書類を十番隊まで届けるように命じたのだ。
「も、もうないですっ! ないですから、隊長――あああっ! いや、や……だめ、もぉ――やめ、ぇっ……」
 哀願する声は、まともな言葉にならなかった。
 藍染の指が桃を犯す。ぎりぎりまで引き抜かれ、また根元まで一気に埋め込まれる。桃のもっとも過敏なポイントを探り当て、意地悪くそこを擦る。やわらかな花びらが押し広げられ、親指がまるで偶然のように、小さな快楽の芯を押しつぶした。
「だめえぇ……っ! そ、そこは、だ、あ……あぁっ!」
 この指は、桃の躰を知り抜いている。どこをどう責めれば、桃がもっとも悦ぶか、教え込んだのはすべてこの指と唇なのだ。
 目眩するような鋭く熱い悦楽が、桃の全身を走り抜けた。
「ひううっ!」
 熱い蜜があふれ、藍染の手にまでしたたり落ちた。ぐちゅっ、じゅく、ぢゅぷっ、という淫らな水音が、さきほどよりも激しく響き渡る。もう隠しようもない。
「あっ! あ、ひゃ、あ……くああっ! いや、あ、あーっ!」
 桃は泣きじゃくった。
 もう、立っていられない。膝ががくりと崩れ、桃の躰は椅子に座る藍染の脚の上に乗った。硬い腿の上で大きく両脚を開き、まるで濡れる秘花を彼にさらけ出すように。
「隊長……っ、あ、藍染た、あ――いやああっ! もう、や、あ……あたし……っ!」
 なぶられるそこから、火花のような快感が全身に飛び散る。爪先まで一気に戦慄が走り、躰が宙へ浮かび上がるようだ。
 桃は意味もなく何度も首を振り、それにあわせて乱れた黒髪が宙に舞った。
 全身を快楽のうす紅色に染めて泣きじゃくる桃を、藍染は透明なガラスの奥から、優しげな笑みさえ浮かべて眺めていた。
 がくがくと痙攣する躰を抱き寄せ、その透き通るような肌の胸元に唇を寄せる。
 汗ばんだ肌から甘い香りが立ちのぼる。
 藍染は、ぷつんと尖ったばら色の突起を唇に含み、残酷に歯を立てた。
「ひいぃ……っ!!」
 じんじんと疼き続けた過敏な突起には、その責め苦すら焼けつくような快楽のシグナルだった。
 白い躰が三日月のようにのけ反る。
 藍染の指を飲み込んだ部分が鋭く収縮し、わなないた。
「あ、や、あ……っ!!」
 頭の芯で白熱の幻影が乱れ飛び、そのまま桃は、声もなく最初の絶頂に昇りつめた。







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