かつて、この人に命を救われた。
 自らの無力さを知りもせず、ただ闇雲に敵へ刃を向けた愚かさを、この人は叱責しなかった。反対に、涙と鮮血で汚れた頬に優しく触れてくれたのだ。よく頑張ったね、と。
 斬魄刀の一振りでいかなる敵をもすべて殲滅せしめる、強大な力。けれどその表情はどこまでもおだやかで、見る者を包み込むような温かさに満ちていた。
 あの時から、桃はただひたすらに藍染惣右介の背中を追い続けてきた。
 統学院を卒業し、藍染の率いる五番隊に配属が決まった時には、夜も眠れないくらい嬉しかった。
 彼に認めてもらいたくて、一歩でもその背中に近づきたくて。
 やがて席次があがり、桃は五番隊の副隊長に指名された。やっとこの手が彼の袖の端に届いたのだと、思った。
 藍染のほうから手を伸ばし、ふたたびこの頬に触れてくれた時にも、桃はそれがごく自然のことなのだと思えていた。
 この人の背中に追いつくために、この人に寄り添い、もう一度そのぬくもりを感じるために、自分は阿修羅の道を選んだのだから。
 藍染は優しかった。
 桃の躰を繊細なガラス細工のように扱い、大切に包み込んでくれた。
 何も知らなかった幼い躰を、焦ることなく時間を掛けてゆっくりと導き、抱かれることの悦びを教えてくれたのも、この人だった。
 このつながりを誰にも知られないようにしなければいけないと、藍染は言った。
「僕は、雛森くんの実力を買って、五番隊副長に指名した。けれど事実を事実どおりに受け取らず、下卑な勘繰りをする輩は、どんな組織にもいるからね」
 その言葉も、藍染自身の名誉のためというより、桃を傷つけないためなのだと、思えた。
 この手に、守られている。藍染の胸に抱かれて、桃は無心にそう信じた。
 初めて出逢ったあの日と同じように、この強い腕に私は守られている。このぬくもりが、胸の奥から響いてくる精緻な鼓動が、そこに宿る秘めた情熱が、自分を導いてくれると。
 愛されているなどと思い上がってはいけないと、いつも自分に言い聞かせた。おそらく、私が彼を見つめ続ける時間の百分の一も、彼は私を見ていてくれないだろう、と。
 それでも彼が、私のことを少しでも大切だと思ってくれるなら。
 あの優しく深い声が私の名前を呼び、その手がこの身に向かって差し伸べられるなら。
 生きることも死ぬことも、いったい何を怖れる必要があるだろう。
 その想いに、藍染の抱擁はいつも充分に応えてくれていた。
 普段はたとえ公の席でなくとも、そばに誰もいなくても、「雛森くん」と堅苦しい呼び方をする藍染が、この時だけは「桃」と、親しげに自分を呼んでくれる。
 その一瞬が、桃の至福だった。
 けれど。
「……ど、どぉし、て……っ。藍染隊長、どうして、こんな、あ……っ!!」
 黒檀の執務机に突っ伏して、桃は泣きじゃくった。
 上半身を冷たい机の天板に預け、小さく硬い乳房もひしゃげるように押し潰されている。両手はすがりつけるものを求め、むなしく硬い木材に爪をたてた。
 両脚は大きく開かされ、背後から藍染を受け入れる。
 桃は立ったまま、藍染に犯されていた。
 ――藍染は時々、こんな残酷な悪戯をする。
 猛々しく張りつめた欲望が、狭い泉の中に根元までねじ込まれている。それは、まるでそれ自体がひとつの生命体であるかのように、びく、びく、と不規則に脈動し、さらに熱く大きく膨れあがろうとしていた。
 躰の内側から引き裂かれ、打ちのめされる。その無力感と屈辱に、桃は懸命に抵抗した。
「いっ、いやっ! やめて……こんなの、ひ、酷い、隊長……っ!」
 泣きながら、意味のない否定の言葉ばかりを繰り返す。
 不自由な姿勢でのたうち、桃は藍染の支配から逃れようともがいた。顔をそむけ、彼の接吻
(キス)も吐息も、拒む。
「嫌い……っ。きらい、あ、あなたなんか、きら、あ……あーッ!」
 ひときわ強く突き上げられ、桃は悲鳴をあげた。
 先刻の鈴の悪戯からずっとなぶられ続けていた秘花は、色濃く染まって濡れそぼり、快楽の蜜をしたたらせている。繊細な花びらも淫らにひくつき、侵入してくる藍染に喜々として絡みついていた。
 躰はこの陵辱を受け入れている。
 そういう風に、藍染が教え込んだのだ。
 けれど。
「酷い……っ! 酷い、こんな、あ……く、あっ、あぁ――ッ!!」
 机に突っ伏したまま、桃は泣いた。
 胸の中に渦巻く思いはもう言葉にもならず、ただ涙と、子供みたいにしゃくり上げる声になってあふれるばかりだ。
 どうしてこのひとは、こんな意地悪をするのだろう。
 意思も感情も踏みつけにされ、ただ玩具のようにもてあそばれるなんて。
 いつもはもっと優しく、接吻も抱擁も、切なくなるくらい優しく、愛しげにしてくれるのに。
 ――あなたが望むなら、私は何も拒みはしない。なのにどうして、こんなことをするの。
 本当はこの執務室で藍染に抱かれるのも、いやだった。
 この部屋は藍染の霊圧で覆われ、彼が望まない限り、どんな情報もわずかな物音も外へ洩らしはしない。そして彼の許可がなければ、誰一人中へ立ち入ることはできない。藍染の意思に染まった霊子が、そのように働いているのだ。
 それがわかっているから、なによりも藍染が求めてくれるから。
 桃は、壁一枚へだてた向こうに日常の刻がある羞恥にも、公私混同の後ろめたさにも、あえて目をつぶってきた。彼に抱かれる歓びだけを甘受しようとしてきた。
 藍染も、そんな桃の気持ちを理解してくれていると、思っていた。
 なのに時々、彼は突然こんな惨いことをする。
「聞き分けのないことばかり、言うのじゃないよ」
 もがく桃の手をつかみ、机の上に押さえつけて、藍染は言った。
「それとも、また鈴を挿れてほしいのか?」
 普段とまったく変わらない、深みのある静かな声。優しいささやき。
 けれどその言葉は、一片の容赦もなかった。
「そうだな。桃が、これでは足りないと言うなら、ここにもう一度さっきの鈴を挿れてやろう。僕のものと一緒に」
「な……ッ。い、いや……いや、そんな……っ!」
 泣き濡れた両眼が、恐怖に大きく見開かれた。黒目がちの瞳はすでに焦点をなくしている。
「それとも、こっちに挿れてやるほうが良いかい?」
 長く強い指先が、小さな蕾をはじいた。
「きゃあっ!?」
 丸い双丘の奥に隠れ、自分ですらほとんど触れたことのない部分を、藍染の指にあばかれ、辱められる。羞恥と、それを上回る恐怖が身体中を一気に走り抜け、桃は悲鳴をあげた。
「いっ、いやああッ! 鈴は、鈴はもういやああぁッ!!」
 今の藍染なら、本当にやるかもしれない。何のためらいもなく、それ以上に怖ろしいことでさえ。
 そんなことをされたら、自分は本当に壊れてしまう。
「おねがい、やめて! やめて……いやあああ……っ」
「だったら、もっと素直になるんだ」
 ぐったりと机に伏した桃を、藍染は背中から覆いかぶさるようにして、抱きしめた。
 そのまま華奢な躰を抱き起こし、自分の胸に抱きすくめる。
「わかっているね。二度と僕に逆らってはいけない。僕の言うことを、ありのままに受け入れるんだ」
「あ、藍染隊長……っ」
 かすれる声で藍染を呼び、桃はわずかに顔をあげた。
 けれど涙に煙ったその瞳は、もう何も映していない。
「そうだ。きみは僕を信じ、僕の言うとおりにしていればいい。そうすれば――ほら……。僕も、もっと優しくしてあげよう……」
 優しくあやすような彼の言葉が、桃の中へしみ通っていく。
「怖がることはない。僕が一度でもきみを傷つけたことがあったか?」
 宥めるような短い接吻が降ってくる。汗に濡れて髪が貼り付いたうなじに、真っ赤に染まった耳元に、涙で汚れた頬に。ついばむように優しく、わずかに触れるだけの接吻。
「だ、だって……だって――」
 信じて、従えと言うのなら、今日のこのことは一体なんだと言うのだろう。
「まだわからないのか?」
 藍染は低くささやいた。
「きみの躰はこんなに歓んでいる。自分に嘘をつくことはないんだよ、桃」
「あたし……っ、あたし、う、嘘なんて――」
「なら、素直に認めるんだ。僕にこうされて、嬉しいと」
「え……」
 もう、明確な言葉も出てこない。
「そうだよ、桃。きみは僕に抱かれて歓んでいる。僕に支配されることが、きみの幸福だ」
 そして藍染は、ふたたび律動を刻み始めた。
 ゆるゆると、やがて早く、力強く。時々、不意に強く突き上げ、途切れ書ける桃の意識を現実へ引き戻す。
 それは先ほどまでの惨い責め苦とは違い、桃の五感を確実に悦楽の高みへ導いていった。
「はっ、あ、あ……っ」
 白い喉をのけ反らせ、桃はかすれた嬌声をあげた。
「いい声だ。ああ、可愛いよ」
 藍染がささやきかける。
「そうだ、桃。僕を疑うな。僕を信じて、僕の与えるものをすべて受け入れるんだ。何もかも、ありのままに。それが、きみの真実だ」
 繰り返し、音楽みたいに聴覚に注ぎ込まれる言葉を、桃はもう、意味を理解することもできなかった。
 だがそれは、うねるような快感とともに、桃の躰の奥底まで浸透し、やがて細胞のひとつひとつにまで染み通っていく。
「僕のものだ。そうだろう、可愛い桃――」
 藍染は桃を抱きかかえ、机のそばを離れた。先ほど座っていた肘掛け椅子に深く腰を下ろし、両膝の上に桃の躰を載せる。
 大きく脚を開かされ、赤ん坊のように背中から抱きかかえられて、桃はふたたび貫かれた。
「あッ! あ、ひぁ……あぁーッ!!」
 高く、桃は啼いた。
 真下から藍染の昂まりが桃を串刺しにする。
 自分の体重がかかる分、より奥深くまで藍染を受け入れさせられる。それはまるで、貫かれた秘花から喉元まで、真っ二つに引き裂かれてしまいそうな衝撃だった。
 そのまま藍染は、容赦なく桃を責めた。華奢な腰をつかみ、揺さぶる。秘花の最奥を突き上げ、さらに濡れた花びらを指で押し開き、辱める。
「あ、んぁ、あ……っ。た、隊長……藍染た、あ――あぁあ……っ」
 桃はもう、与えられる悦楽を拒みはしなかった。藍染の愛撫を受け入れ、導かれるまま、彼の躰の上で自分からぎこちなく腰を揺らす。そのたびに、無惨に押し開かれた秘花からあらたな熱い蜜がこぼれ、くぷ、ぬちゅ、と淫らな水音が響いた。
 彼の言葉に従い、疑うことなくありのままを受け入れること。それはさながら、彼の思惟をそのまま自分の思惟とするように。
 それで良いのだよ、と、藍染が言う。そのささやきは、全身に与えられる快感と一体となり、桃のすべてを支配してゆく。
「い――っ! い、悦い、隊長……いいの、もう……あっ、あっ……!」
 猛り立つものに最奥を突かれ、もっとも過敏な粘膜を残酷に擦られる。そのたびに、全身が砕け散りそうな快楽が生まれた。
 強く硬い指先が、花びらの奥に隠れた小さな快楽の真珠を探りあてた。薄い莢を剥き、ルビー色に充血したそれを容赦なく摘み取る。捻り、爪をたて、押し潰す。
「ああああっ! だ、だめ、そこ――だめええっ!!」
 甲高い悲鳴をあげ、桃は絶頂に昇りつめた。
 しなやかな躰がびく、びくっと不規則に痙攣し、そのエクスタシーの激しさを物語る。涙に濡れ、大きく見開かれた瞳は、もう何も映してはいなかった。
「まだだよ、桃。まだ……本当の歓びはこれからだ――」




 冷たい水に右手を浸し、藍染はその濡れた手で喉元を拭った。死覇装の袖が濡れる。
 五番隊詰め所の裏庭、人気
(ひとけ)のないその一角に、まるで忘れ去られたみたいにひっそりとある井戸で、藍染は冷たい水を汲み、うっすらと汗ばんだ肌を拭っていた。
「酷い男やな、あんた」
 背後から、飄々とした声がした。
 藍染は振り返りもしない。
 ギンもまた、彼の返答を待っているわけではなかった。
 背を向けたままの藍染に、ためらうことなく近づいていく。
 そして彼の横顔が見える位置で立ち止まり、だらしなく懐手をしたまま背後の壁に寄りかかった。
「あの娘、知ってますのん? 自分が日番谷を潰すための捨て駒やいうこと」
 返事はない。
「知らせるわけないか」
 ギンはわざとらしく、肩をすくめてみせた。
「かぁいそうになァ。こんな酷い男に、死ぬまで騙され続けるなんて」
「そのかわり、彼女は夢の中で死んでいける。惚れた男に命がけで尽くし、その仇を討つために死ぬという幻想
(ゆめ)の中でな。女として至福の死に方じゃないか」
 藍染は顔をあげた。濡れた前髪をかき上げ、冷たく笑う。
「偽善者」
 反対にギンの目元から笑みが消えた。
「あんたは、自分の正体をあの娘に知られたァないだけや。どうせ最後には瀞霊廷中があんたの本性を知るやろうけど、誰か一人――別にあの娘でなくてもええから、誰か一人くらいは今のあんたを、あんたが造り上げた藍染惣右介の仮面を、最後まで信じ切ったままで居って欲しいんや。あの娘を自分の生け贄にしておきながら、自分は善人のふりをし続けていたいだけや。卑怯者」
 藍染は、ギンの顔を見ようともしない。
「それとも何やろ、あの娘でないとあかん理由が、あんたのほうにもあるのんか!? は、大笑いや。あんたみたいな大うそつきが、たった一人の小娘の前でだけは、ええかっこしてたいなんてなァ! あの娘に正体見抜かれて嫌われるんが、そんなに怖いんか、あんた――」
 藍染の腕が、鋭い鞭のように伸びた。
 ギンの喉を掴み、その身体を背後の壁へ叩きつける。
「は、は! 図星か! 隠しおおせるとでも思うてんのんか、その顔を見せてやったらええ、あの娘に――!」
「あまり私を怒らせるなよ、青二才」
 普段、感情をまったく読ませない両眼に、青白い怒りがひらめいた。
 硬く長い指がぎりぎりと喉に食い込み、気管を、動脈を圧迫する。ギンの額に冷たい汗が浮かび、唇が空気を求めてひゅう……と奇妙な音をたてた。その色が見る間に、紫色に醜く変色していく。
「が、は……ッ!」
 ギンの瞳が光を失くしかけてようやく、藍染は喉から手を離した。
 とたんに、ギンはその場へがくりと両膝をついた。ぜいぜいと大きくあえぎ、気管に詰まりかけた唾液を吐き出す。
「真実を見るのが嫌なら、いつでも言え。お前も幻想の中で死なせてやる」
 うずくまり、荒く肩を上下させたまま、顔をあげることもできないギンに、藍染は何の感情も籠もらない声で言った。
「あ、あいぜ……ッ!」
「私の名前を気安く呼ぶな。不愉快だ」
 そしてもはやギンには一瞥もくれず、小さな裏庭を立ち去った。




 ひやりと冷たいものを唇に感じ、桃はうっすらと眼を開けた。
 まだどこか白く霞んだような視界の中、心配そうな藍染の表情が目に入る。
「藍染隊長……」
「大丈夫かい、雛森くん」
 躰を起こそうとした桃を、藍染はそっと押しとどめた。
 黒い繻子張りのソファーに桃は寝かされていた。死覇装も、着付けがかなりいい加減ではあるものの、いつの間にか身につけていた。
 みな、藍染がしてくれたことだろう。
「すまなかったね。つい……その、抑えが効かなくなってしまって……」
 困惑するような、少し照れたような顔をして、藍染は言った。黒縁の眼鏡の下から、深い色の瞳が、その言葉以上に申し訳なさそうに桃を見ている。
 いつもどおりの、藍染だ。
 桃はそっと、藍染の頬に手を伸ばした。まだ上手く言葉が出てこないから。
 その手に、藍染が自分の手を重ねる。
 そして桃をそっと抱きしめた。
 藍染の広い胸に抱きとめられ、桃はうっとりと眼を閉じた。
 このぬくもり、自分を守り導いてくれる強い腕。
 優しくて不器用な藍染の想いが、彼の体温とともに流れ込んでくるようだ。
 このぬくもりに包まれている限り、なにも怖いことはない。もうなにも、迷わない。心から、そう信じられる。
 躰の芯から込み上げてくるこの幸福を、泣きたいくらいのこの気持ちを、どうやってこのひとに伝えればいいだろう。
 この想いが伝われば、きっとこの人も、もうこれ以上苦しまずにすむ。
 私はけしてあなたを裏切らない。何があっても、あなたを信じている、と。
 それを知れば、もう藍染も苦しまずにすむ。桃の心を疑って、こんな惨い悪戯をすることもなくなるのに。
「雛森くん」
 優しい唇が降りてくる。
 桃は自分から小さく唇を開き、その接吻を受け入れた。
 どこか遠くで、ちりん、りん……と奇麗な鈴の音が聞こえたような気がした。



                                   −終−








 お初の藍桃。……なんだかえらく筆が苦しみました。
やっぱり私がコミックス派で、藍染の変貌をはっきり見
届けてないせいでしょうか。うかつなこと書けんて、そ
ればっか気になっちゃって……。
 いやほんとは、もっと単純にエッチばっかのお話にす
るつもりだったんですけど……。
 この頁の背景画像は「Heaven'sGarden」様よりお借
り致しました。         
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