眼を閉じれば、一護の死に顔が見える。
夢だ。これは夢だとわかる夢。
否。夢だと言い聞かせなければならない、夢。




今より少し大人びて、それでもまだ、死にゆくにはあまりに若い、その顔。
あたたかな大地の色の髪は、赤黒い血で固まり、
額から左のこめかみにかけてべったりと貼りついている。
左頬から顎の近くまで、ざくりと大きく口を開いた傷。
今も鼓動に合わせてどくどくと鮮血を噴き上げる。
裂け、泥にまみれ、血に染まり、もとの色目もわからなくなった衣服。
左腕は肘から先が奇妙な角度に折れ曲がり、指先も欠損している。
冷たい地面に投げ出され、もう立ち上がることのない両脚。
そして、一護は笑う。
「やっぱり、お前が来たんだな」




これは夢。
けれどいつか、現実になること。




「そうか。やっぱり俺、死ぬのか」
ひゅうひゅうと嫌な音の混じる声で、一護はささやく。
あれほど確かだったぬくもりが、緻密で力強い鼓動が、消えていく。
まるで大地に吸い取られるように。
誰にもいつかは来るその日。
けれど、あまりにも早すぎる、その時。
覚悟したかのように、一護は笑う。
「まあ、いいか」




すべてがやがては現実になるとわかっている中で、ただ一つ。
私だけが、違う。
私の言うことだけが。
言ってはいけない。
私がこれを言うことは、けして許されない。
一護に死をもたらす私が。




けれど、これは夢だ。
私の夢だ。
だから。




「馬鹿者」
低くかすれ、まるで自分のものとも思われない声で。
「あきらめるのか。このまま死んで良いのか、貴様」
「貴様、家族を、妹たちを護るのではないのか」
「このまま死んで、あの娘らをどうするつもりだ」
「大丈夫だって」
一護は笑う。
「あいつらにはもう、ちゃんと護ってくれる男がいる」
「俺がいなくても、あいつらを守り抜く男がいる」
「俺に比べたらかなり頼りねえが、それでもまあ、なんとかやってくれるだろうぜ」
琥珀色の瞳の上に、ゆっくりと瞼が降りる。
冷たい、永遠の闇が降りてくる。
そして一護はつぶやく。
「お前が来てくれて、良かった」




「俺を連れていけ、ルキア」




「眼を開けろ」
けして言ってはいけない言葉。
死にゆく者を迎え、次なる輪廻へ導く、この私が。
「馬鹿者、眼を開けろ。息をしろ。一護。一護」
いかなる命にも、死は、唯一平等に訪れる。
それをこの手に抱く私が。
言えない。言ってはいけない。
けれど夢なら。
夢の中なら。
どうか。




お許しください。
この言葉を。




「死ぬな、一護」

「おい、起きろ。起きろ、ルキア!」
 乱暴に肩を揺さぶられて、ルキアははっと目を覚ました。
 目の前に、一護の顔がある。不審そうに眉根を寄せ、じっとルキアの顔を覗き込んでいる。
 人気(ヒトケ)のない学校の裏庭。校舎の谷間にぽかりと小さな地面が空いている。冷たい風が伸び放題の雑草を揺らしていく。こんな空間が校内に残っていること自体、ほとんどの生徒は知らない。昼休みの喧噪を避け、ぼうっと憩うには格好の場所だ。
「なんだ、一護。なにか用か」
 ルキアはよりかかっていた校舎の壁からゆっくりと身体を起こした。
「なんか用かじゃねーよ。三限も四限もすっぽかしやがって。その上、お前――」
 一護の手が、ルキアのほほに触れた。
 親指の腹で目元を拭う。半分乾きかけた涙の跡を。
「え……」
 冷たい、と、感じる。
 そうされて初めて、ルキアは自分が泣いていたことに気づいた。
「どうした。怖い夢でも見たのか」

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