よく晴れた、六月の日曜日。
 ルキアと二人、遊園地へ行った。
 遊園地って言っても、TDLみたいな豪勢なテーマパークなんかじゃない。ちっぽけな公立動物園に併設された、しょぼくれたとこだ。
 薄汚れたメリーゴーラウンドにコーヒーカップ、三階建てのビルより低い観覧車。三六〇度ひっくり返りもせず、ただ昇って下るだけ、がたぴし軋んで、別の意味でおっかねえ古びたジェットコースター。
 日曜日だというのに人影もまばらで、チケット売り場のおばちゃんはあくびばかりしている。
 はっきり言って、高校生にもなれば、面白いと思える場所じゃない。
 それでもルキアは、まるで夢の城に来たみたいに瞳を輝かせていた。
「一護、一護! あれは何だ、あれ!」
「次はあれに乗りたい! あの、くるくる回ってるヤツ!」
「あそこで何か売ってる、一護!」
 俺の袖をつかんで、園内中を引っ張り回す。
 空は既に真夏の青さで、太陽がぎらぎら照りつけている。立っているだけで汗がにじむ。
「おい、ルキア。ちゃんと帽子かぶっとけ。日射病になるぞ」
「大丈夫だって! ほら、一護、早く!」
 観覧車に乗れば、遠くの景色まできれいに見えるとゴンドラが揺れるほどはしゃぎ、ジェットコースターでは涙目になって悲鳴をあげた。「ふれあい広場」とやらでは、よちよち歩きの子供に混じって、おっかなびっくりウサギを抱き上げる。
「これ……噛みつかないのか?」
「ウサギは人噛まねーよ」
 ソフトクリームに夢中になり、クマだかイヌだかよくわからん着ぐるみから風船をもらって子供みたいに喜ぶ。
 コーヒーカップに乗った時は、俺が思いきりカップを回してやった。降りる時には二人とも目が回って足元がふらつき、まっすぐ歩けなかった。
 特に気に入ったのはメリーゴーラウンドで、何度も何度も乗りたがった。
 ……ま、いいか。俺はそう思った。
 しょぼくて古くてうらぶれた遊園地だけど、ルキアがこんなに喜んでいるなら、それでいいか。
「綺麗だな、一護」
 白い木馬の背に横座りになり、ルキアは後ろの俺を振り返る。
「こうして景色が自分の周囲を回ってると、建物も人もみんなおもちゃみたいに見える」
 妙にもの悲しいマーチが鳴る中、傾きかけた陽射しに照らされて、ルキアの笑顔はどこか淋しげで透き通るように見えた。
「ルキア」
 俺は思わず手を伸ばした。
 メリーゴーラウンドは停まらない。木馬に乗っている俺達の距離は、たとえ手を伸ばしたって縮まるわけがない。
 ルキアが遠くに行く。ふと、そんな錯覚が頭をよぎった。
 追いかけても追いかけても、俺はルキアに追いつけない。
 そんな俺を、ルキアは淋しそうな笑みを浮かべて、ただ静かに見つめている。俺を待つとも、もう追うなとも言わずに。
「……ルキア」
 もう一度名前を呼んだ声は、まるで自分のものじゃないみたいにかすれ、小さかった。
 やがて木馬の回転速度が落ち、メリーゴーラウンドが静かに停まる。
 まぼろしみたいに見えていた風景が、現実のものとして俺達の周囲に戻ってくる。
 俺は乗っていた黒い木馬から降りた。
 高い位置で停まってしまった白い木馬から降りようと、ルキアが危なっかしく脚を伸ばす。
 俺はその横に立ち、ひょいと抱きかかえて降ろしてやった。
 両手で抱えたルキアの身体は、驚くほど華奢で、軽かった。手を離すのがためらわれるほどに。
 それでもこの胸が痛くなるような軽さが、今、ルキアは確かにここにいると、俺の手の中にいると、教えてくれた。
「……一護?」
 こくびを傾げ、ルキアが俺を見上げる。
「あ――いや。何でもねえ」
 ルキアから手を離し、俺達はメリーゴーラウンドを降りた。
 太陽は西に傾き、あたりはすっかり夕暮れの茜色に染まっていた。吹き抜ける風が重たく湿っている。
「そろそろ帰るか」
「うん」
 出口へ向かいながらも、ルキアは何度となく名残惜しげに遊園地を振り返っていた。
「また、来るか?」
「え?」
「そんなに気に入ったんなら、そのうちまた来るか」
 俺の言葉に、ルキアはひどく驚いたような顔をした。まるで、そんなことが許されるなんて思ってもみなかったと言うように。
「いいのか?」
「ああ」
 ルキアは花のように笑った。
「約束だぞ」
 差し出された細い小指。
 一瞬ためらい、俺はその指に自分の指を絡める。
「約束する」
「うん」
 うなずき、俺に笑いかけるルキアは、何故か泣きたいのを我慢しているみたいに見えた。








 
約束はまだ果たされない。
 そして俺はルキアを追いかける。メリーゴーラウンドのように、伸ばしても伸ばしても、この手はルキアに届かない。
 それでも。
 走り続ける。
 あの日の、約束を果たすために。
現在、諸事情により4000字以下のSSを練習中なもので……。どんなもんでしょ? 
私も遊園地の遊具の中では回転木馬が一番好きなのです。
このページの背景は「Salon de Ruby」様よりお借り致しました。最初は回転木馬のフォト素材を探して、延々素材屋さん巡りをしてたのですが、このクマさんを見たとたん「これだっ!」と思いまして……。なんかすご〜くルキアだなあ…と感じてしまったのですよ。
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