「あー、こりゃまた立派な虫歯ですねえ」
 寝台に横たわった斑目一角の口中を覗き込み、荻堂春信は感嘆したように言った。
 瀞霊廷護廷四番隊詰め所、特別救護本部。
 その診察室の一つで、一角は俎上の鯉
(そじょうのこい:まないたの上のコイ)よろしく無抵抗で春信の前に大口開けているのだった。
 同じ診察室の隅には、ここまで付き添ってくれた綾瀬川弓親が、心配そうな顔で立っている。
「親不知
(おやしらず)が虫歯になってます。左の上、一番奥。うーん、隣の奥歯まで少しやられてるみたいだなあ」
「はがはがはが」
「斑目様。喋らないでください。診察ができません」
「ふごふごふご」
「だから、黙っててくださいってば」
 春信は、小さなミラーや先の曲がった錐
(きり)みたいなものを一角の口中に突っ込んで、遠慮会釈なしに引っかき回す。
「あぎょあぎょあぎょ!!」
「じっとしててくださいってば!」
 ひとしきり一角の虫歯を突っつき回して、春信はようやく診察器具を引き抜いた。
 で、一言。
「抜いちゃいましょう」
「へ?」
 そのとたん、一角はがばっと起きあがり、春信の死覇装の胸ぐらを掴んだ。
「てめえ、今、何つった!?」
「だから抜いてしまいましょうって言ったんです」
 春信は顔色一つ変えず、まるで今夜のおかずは焼き魚にしましょうとでも言うような、しれっとした口調で、説明する。
「虫歯が進行しちゃって、もうボロボロですよ。もともと親不知で、かなり曲がって生えちゃってますし。頬の内側に当たってます。今までこっちのほっぺたの奥、なんかチクチクしませんでしたか? ね、そんな不必要な歯なんですから、この際、覚悟決めてぱーっと抜いちゃいましょう!」
「ふざけんな、てめええっ! 人の歯だと思いやがって、何ぬかす!!」
「でも、ほっとくと隣の奥歯まで虫歯になっちゃいますよ。奥歯がダメになると、斬魄刀ふるう時に歯をぐっと噛みしめられないから、ふんばり効かなくなるでしょ」
「そ、そりゃまあ……」
「それにこのまま放っておいたら、どんどん虫歯が進行して、最後には顎の骨まで浸食されてしまいかねませんよ。そうなったら顔面を切開して、骨を削るしかありません」
「顔面……切開……骨……!」
 一角はようやく春信の胸元から手を離した。
 部屋の隅で弓親も、想像してしまったのか、両手で自分の頬を押さえて真っ青になっている。
「はい、それじゃ早速、抜歯しましょうかね」
「ああ、まったくツイてねえ……」
 春信は立ち上がり、診察室の外に向かって声をあげた。
「おーい、花! 歯ぁ抜くから『やっとこ』煮てくれー!」
「や、やっとこ!?」
「それから、あと二人! 誰か、助っ人に来てー!」
「はぁーい!」
 廊下の向こうから、少々間延びした返事が聞こえてくる。
「ち、ちょっと待て! やっとこって何だ、やっとこって!」
「あれ、ご存知ないんですか? 鉄でできてて、釘とか引き抜く時にこうして――」
「そんぐれえ知ってらあ! んなモンで歯ぁ抜かれてたまっか!!」
「何おっしゃてんですか。現世では江戸時代より伝わる、由緒正しい虫歯の処理方法ですよ」
「てめえら、治癒霊力持ってんだろうが! それで何とかしやがれっ!!」
「無理です」
 平然と春信は言ってのけた。
「治癒霊力が効くのは、基本的に同じく霊力によって生じた損傷のみです。つまり、斬魄刀による刀傷か虚
(ホロウ)から受けた傷以外、治癒霊力で治すことはできません」
「ん、んな……っ!」
「虫歯の治療には、現世での歯医者と同じ方法しか手はありません。即ち、抜歯です」
「だ……だったら、おい、麻酔とかあんだろーがよー!」
「ああ、あることはありますよ、『震点』といいますが」
 春信はうなずいた。が、
「無駄です。斑目様のように霊力のお強い方には、まったく効力を発しません」
 春信はにっこりと微笑む。護廷十三隊の中でも指折りの美貌を誇る春信の笑顔は、そのまま絵画として飾りたいほどだった。
「それだけお強い斑目さまなんですから、抜歯くらいでガタガタ騒ぐなんてみっともないこと、なさるはずはありませんよね? 仮にも十三隊最強を誇る十一番隊、その第三席を勤めておられるほどの御方が、ねえ?」
 一角は絶句した。
 その隙に、
「あ、すみません、綾瀬川様。斑目様の両足を押さえてください」
「えっ? お、押さえてって……ぼ、僕が!?」
「ええ。四番隊の僕達じゃ、十一番隊第三席の斑目様は押さえ切れませんから」
 そうこうするうちに、四番隊の隊士が二人ばかり、診察室に入ってきた。その後ろからは、湯気をたてる大きな洗面器を抱えた山田花太郎が顔を覗かせる。
「花。ちゃんと煮沸したかい?」
「はい、しっかり煮立てました。春信さん」
 洗面器には熱湯が満たされ、その中に、地獄の閻魔大王が罪人の舌を引っこ抜く時にでも使いそうな、どでかいやっとこが半分ほど浸されている。
「じゃ、お前は斑目様の頭、押さえてて」
「はい」
 花太郎は何の疑いもない様子で、診察台の頭部に回った。
「失礼いたします、斑目様」
 礼儀正しく一礼し、四番隊の隊士達は、それぞれ一角の右手左手、そして頭部をがしっと掴み、押さえつけた。
「綾瀬川様。お早く」
「あ、ああ……」
 うながされ、弓親は茫然自失といった様子でふらふらと一角の膝元あたりを掴む。
「お、おいっ! 待て、弓親、弓親ぁっ!!」
「だ、だって一角。こうしないと、きみ、やがて顔面を斬られて骨を削られ……! あ、ああっ! そんなの美しくないっ!!」
「そうなるって決まったワケじゃねえっ! やめろ、てめえら――お、荻堂っ! てめええっ!!」
 春信は口元に白てぬぐいを巻いた。白皙の美貌が半分以上覆い隠される。隠し残された両眼は普段通りで、、緊張も表情の変化もまったく見られない。
「往生際が悪いですよ、斑目様」
「てめ、この、俺は患者だっ! 病人だ、もっと丁寧に扱いやがれっ!!」
「何をおっしゃいます。僕達は白刃ひらめく最前線にも駆けつける機動救護班。軍医です。昔から軍医の治療は荒っぽいと、相場が決まっているでしょう?」
 花太郎が一角の顎を両手で押さえつけた。
 春信は両手でやっとこを持ち上げる。
「動かないでくださいね。口中の粘膜に触れると、よけいな火傷まで負うことになりますよ」
 そして。
「あぐぇぎぁぎょ〜〜〜ッッッ!!!!!」








 護廷十一番隊第三席・斑目一角の日記。
『俺達十一番隊は、四番隊が大ッッッ嫌いだあああああッ!!!』
護廷十一番隊第三席 斑目一角の日記
なんか…春信がどんどん悪人になってくような…。ほんでもって、花、うちのHPに初登場v
このページの背景画像は「万華鏡」様よりお借り致しました。
BACK
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送