三ヶ月、ルキアを捜した。六番隊で副長に昇格し、その激務を果たす中、時間が許す限り。
生きているなら、必ずルキアの霊力が感じ取れるはずだ。たとえ隠密機動が見落としてしまうほどのか細いものであっても、自分になら。そう念じながら、恋次は尸魂界と現世との間を駆けずり回った。
けれどルキアの姿はどこにもなかった。その痕跡すら、恋次は見つけることができなかったのだ。
ルキアの担当地域に未確認の虚(ホロウ)が出現したという情報もあった。どす黒い不安が日ごとに募り、抑えられない。
そんな中、出現した大虚(メノス・グランデ)。確定情報ではなかったが、大気の中に残る怖ろしいまでの霊気、そして吐き気を催すほどの悪意が、それが真実であると告げていた。それはすでに通り過ぎた者が垂れ流した意志の残滓、ただの足跡でしかないのだが、それでも触れる者すべてを恐怖にすくみ上がらせた。
そのおぞましい気配がまだ濃く立ち込める街で。
「……見つけた」
恋次はつぶやいた。
眼前を走っていく小さな影法師。空を駆けることもできず、大地を二本の脚で懸命に走っていく。
黒く美しい髪も、ほっそりとした姿形も、白い指の一本一本に至るまで、何もかもが以前のままでありながら。
その背に、あの美しい羽根はなかった。
いや、片方だけは残っている。
だが二枚の羽根のうち左側は、付け根から無惨に引き千切られていた。まだ紅く鮮血に染まる傷口が見える。
無論それは、枯渇しかけて足りなくなった霊力がそのような形に見えるだけだ。現在のルキアは義骸を使用しており、人形の身体が怪我をしてもそれはあくまで周囲の人間をごまかすためのカムフラージュで、ルキアの魂そのものに傷がつくわけではない。だが恋次には、それが何者かの悪意によってむしり取られたようにしか見えなかった。
誰が――一体、誰が。
ルキアが義骸に閉じこもったのが、仮に行方不明になった三ヶ月前とするなら、順調にいけば霊力が回復していないわけはない。今もまだ足りないままということは、ルキアが霊力を酷使し続けているということだ。自らの回復すら省みず。
誰がルキアにそんな無理を強い、その霊力を奪い続けているのか。
「恋次」
低く、白哉が恋次を呼んだ。
「務めを果たせ」
一切の感情の抑揚のない、冷徹な声だった。
ルキアにはすでに死刑が宣告されている。罪状は任務不履行及び、死神能力の人間への譲渡。
だが恋次は、一縷(いちる)の希望を抱いていた。ルキアが自分から人間に霊力を譲ったなどとは信じない。なにか不測の事態に陥り、どうしてもこの状況が回避できなかったのだ。どうやったかは想像もつかないが、おそらく人間のほうが無理やりにルキアの力を強奪したのだろう。そうとしか考えられない。
ならばその人間からルキアの霊力を奪い返し、ルキアへ戻してやることができれば。
すべてをなかったことにできるかも知れない。人間の死神化などなかった、何かの間違いだった。朽木ルキアは単に虚(ホロウ)から受けた傷がひどく、回復が遅れて尸魂界への連絡も儘(まま)ならぬだけだったのだ、と。
掟に背いた死神を駆逐する断罪部隊・刑軍が派遣されず、虚に対処する実働部隊である自分たちが駆り出されたのは、そのためではないのかと。
すべてはルキアを尸魂界へ連れ戻し、ルキアの霊力を奪った人間をこの場で殺せば済むことだ。
誰がルキアの力を奪ったのか、一目瞭然だった。
ルキアの霊力に包まれた男。
暖かい大地のような色をした髪、物怖じを知らない真っ直ぐな眼差し。まだほんの子供(ガキ)でしかないのに、ふてぶてしいまでの自信に満ちている。その自信には何の根拠もないのに。
「逃げろ、一護ッ!!」
悲鳴のように、ルキアは叫んだ。
そんなルキアの声を、恋次は初めて聞いた。
恋次の手に押さえられていてさえ、ルキアの力はその男に向かって流れていく。わずかに残った片羽根までも、その形状が崩れて、男の元へ向かっていこうとする。草木が陽光の当たる方へ当たる方へと傾いて伸びていくように、ルキアの力のすべてがその男の元へ向かい、取り巻き、今も守ろうとしている。ルキア自身、そのことに気づいてもいないようだったが。
そして何よりも腹立たしいのは、その男が、そうやって今もルキアの力に包まれていながら、それに微塵も気づいていないことだった。
たかが人間の――年端もいかない若造の分際でありながら!
あたかも死神であるルキアや恋次たちと同格であるかのように振る舞い、思い上がった口をきく。
無知な、愚かな小僧(ガキ)。何の力もなく、虫けら同然の。
なのにルキア。お前はなぜ、そんな無様な子供を守り続けようとする!
そいつをかばって、ルキアは罪に罪を重ねる。蛇尾丸を振るおうとした恋次の腕に遮二無二しがみつき、押しとどめようとまでした。
その小さな手を、恋次はふりほどくことができなかった。
幼い少女のままのルキアの身体。ましてや霊力もろくに回復していない義骸の身、振り払うことなど呼吸をするより簡単なことだ。ほんの少し力を込めれば、華奢な身体は地面に叩きつけられて、こなごなに砕けてしまうだろう。
だが恋次には、どうしてもそれができなかった。
「私を追ってなど来てみろ。私は貴様を、絶対に許さぬ」
最後の最後まで、ルキアはその男――黒崎一護をかばい、守り通したのだった。
白哉の刃は確かに、一護に致命傷を与えた。そのことを、恋次は疑わなかった。
けれど同時に、あの男がけして死んではいないことを、心のどこかで確信していた。
奴は来る。必ず、この尸魂界へ。
人の身のまま、現世で死にもせず尸魂界へ来るなど、通常ではあり得ない。それを可能にする抜け道があるとひそかに噂されてはいたが、あくまでも根拠のない噂に過ぎない。信じるに足らぬことだ。
だが、それでも。
奴は来る。なぜなら、ここにルキアがいるからだ。
懺罪宮の、あの高い高い塔の頂上に、ルキアが囚われているから。
この世の定法、理(ことわり)、すべてを踏みにじり、蹴散らして、奴は来る。迷わず、一目散に駆けてくる。
ルキアを奪い返すために!
「させるかよ……」
無惨に引き裂かれ、火に近づけたセルロイドのようにもろく捲れ(まくれ)上がり、四隅に向かって小さく丸まっていく遮魂膜をにらみ据えて、恋次は低く軋る(きしる)ような声でつぶやいた。
この衝撃波は、そして黒崎一護の滅茶苦茶な霊力は、きっと懺罪宮にいるルキアにも伝わっていることだろう。
させるものか。
ルキアを奪い返させて、なるものか。
――ルキアに罪を犯させ、力を奪い、あの美しい羽根を無惨にむしり取ったのは、貴様ではないのか、黒崎一護!
「許さねえ……絶対に許さねえぞ、黒崎一護――」
恋次は低く、獣のように唸る。
生命ある限り、奴が諦めないというのなら、今度こそその生命を断ち切ってやるまでだ。
「切り刻んでやる……。たとえルキアが見たって、てめえだとはけしてわからねえほど、誰も二目(ふため)と見られぬよう、てめえの臓物(はらわた)引きずり出して、一寸刻み五分試し、てめえの身体全部、細切れ肉に変えてやるッ!!」
蛇尾丸が鞘走る。
侵入者を告げて、警鐘が乱打されている。怒号が飛び交い、黒い袖を翻して死神たちが四方へ散っていく。
その喧噪の中、恋次は瀞霊廷を飛び出した。
虚空にはまだ、爆発の残像が花のような形を描いていた。
―― 終 ――
最後のセリフを恋次に言わせたいがためだけに、こんなお話を書いてしまいました。たった一言のために延々日本語を無駄遣い。こーゆー小説の書き方、むちゃくちゃ気分いいにゃあ。ほんとはタイトルも「一寸刻み」とかにしようかなと、一瞬本気で考えてたんですが。さすがにそれはあまりにもあんまりなので、やめました。
このお話の背景画像は「QUEEN’S FREE WORLD」様よりお借りしました。お話全体というより、恋次のイメージで選んでみました。ハードな感じが気に入ってます。 |