「ふっ……。く、んん――っ」
 低く、甘くかすれた声がこぼれる。
 ぎしぎしとベッドが軋み、窓から射し込む陽光の中に、きらきらと埃が踊っている。
 西日の射し込む安宿の一室。室内には熱く蒸れたような空気が満ちていた。
「あ、あ――ククール……っ!!」
 せっぱ詰まった短い叫びとともに、エイトが大きく全身をふるわせた。
 ククールの中に、若い情熱がぶちまけられる。
「く、ふぅ……っ!」
 ククールも、ほっそりとして優美な肢体をしなやかにのたうたせた。
「はあ、あぁ……」
 汗ばんで火照る、若い身体がどさりと落ちてくる。その心地よい重みを、ククールは全身で抱きとめた。
 黒い、見た目と違ってしゃきしゃきした硬い手触りの髪を、そっとかき上げてやる。
「ククール――」
 まだ悦楽がくすぶる焦げ茶色の瞳が、ククールを覗き込んだ。
 少年の面差しが残る顔を見つめ、ククールはふっと微笑した。
「ん、まあ――『良くがんばりました』かな。初めてにしちゃあ、上出来」
「なんだよ、それ」
「だから、初めてでここまでやれりゃ上出来だって。でも、まだまだ改良の余地あり。精進しろよ、青少年」
 不満そうな表情のエイトにばさりと毛布をかけて、ククールは一人ベッドを降りた。
 すらりとして透き通るように美しい裸体を、惜しげもなく若者の前にさらす。
 少女の頃から男装し、聖堂騎士団で男どもに混じって鍛錬を積んできたせいか、ククールは女にしてはかなり背が高い。どちらかと言えば小柄なエイトと並ぶと、ほとんど遜色ないくらいだ。
 怨敵ドルマゲスを追って続く、長い旅。その途中で立ち寄った小さな宿場町で、一行はひとときの休息をとっていた。
 街にただ一軒の安宿にとりあえず腰を落ち着けると、旅の荷をほどくより先に、ゼシカはヤンガスを荷物持ちに従えて、ショッピングへ飛び出していった。
 トロデ王と、馬の姿のミーティア姫は、いつもどおり街の入り口付近の目立たない場所に隠れている。
 ヤンガスも、街に入ったとたん「トカゲドリ丸焼き15人前、完食の方には賞金進呈!」との張り紙に眼をらんらんと輝かせていたから、買い物が終わってもすぐには戻ってこないだろう。
 そして残された二人が、まるで仲間の目を盗むように抱き合ったのは――たぶん、退屈だったから。
 ほかにやることもなくて、午後の陽射しに火照った身体をなだめるには、これが一番手っ取り早かったから。
 それ以外に、理由なんてありゃしない。
 ククールは、自分にそう言い聞かせた。
 エイトが童貞なのはうすうす察していたし、ミーティア姫に心底惚れているのも承知している。でなければ、いくら孤児の自分を育ててもらった恩義があるとはいえ、化け物になっちまった国王と馬にされた姫君を守って、たった一人果てしもない闘いの旅に出るなど、できるものか。
 ――馬だぞ、馬。女性形を保った魔物の姿とかって言うならともかく、よりによって、馬!!
 よくもまあ、逃げもせずに頑張るもんだ。エイトの一途な純情に、ククールはなかば呆れ、なかば感動すら覚えていた。
「シャワー、先に借りるぞ」
 床に脱ぎ散らかした衣服を拾い集め、ククールはバスルームへ向かおうとした。
 その時、
「あ、しまった」
 つうっと、内腿を生ぬるいものがつたい落ちる。
 エイトが残した欲望の雫が、ククールの中からあふれ、流れ出していた。
「――あ!」
 エイトも短く声をあげる。若い面差しが、耳朶まで真っ赤に染まっていた。
「ご、ごめん、ククール! その――おれ、つい、中に出しちゃって……。だ、大丈夫?」
「気にすんなよ、このくらい。オレはもともと、石女
(うまずめ)だしな」
「え?」
「子供産めないって言ってんの。前に、ちょっとしくじって身体に傷つけちまってさ」
「ククール……」
 エイトは茫然とつぶやいた。
「ま、オレが女だてらにこんな格好して、剣
(レイピア)振り回してんのにも、一部にゃそういう理由(わけ)もあるんだよ」
 若者の様子を気にも留めず、ククールは汚れた脚をハンカチで拭った。そのままバスルームへ急ごうとする。
 が、
「ごめん、ククール」
 背後から、すこやかな体温がククールを抱きしめた。
「エイト!?」
「ごめん。つらいこと言わせちゃって。そんなつもりじゃなかったんだ」
 エイトはククールの肩口に顔を埋め、今にも泣きそうな声で言った。
「気にすんなって言っただろ」
「だって――! 女の人にとって、一番つらいことだろ。そういう傷に触れられるのって……」
 全身を包み込む若い鼓動、ぬくもり。エイトはまるで、子供みたいに体温が高い。
 ――あのひとも、そうだった。
 見た目はまるで鋼鉄
(はがね)のように冷たく鋭く、けれど肌に触れると、火照るように熱かった。触れたこの手が、火傷しそうなくらいだった。
「ばぁーか」
 ククールはエイトの額に手をかけて、黒髪に包まれた頭をぐいと押しのけた。
「生意気言ってんじゃないよ、お子ちゃまが。そーゆーもったいぶった気遣いは、おまえの大事なお姫さまのために取っとけよ」
「ククール――」
「どけったら、暑苦しい!」
 ククールはエイトに向き直り、その鼻先に指を突き付けた。
「大体おまえ、わかってんのか!? 相手はあのお姫さまだぞ。トロデのおっさんが、真綿にくるんで金庫に入れて、ダイジダイジに育てた筋金入りの箱入り娘! 恋のイロハも知らないドーテイ坊やじゃ、パンツ脱がせる前から失敗すると思って、こうしてオレがわざわざ練習台になってやったんじゃないか! なのにお師匠さんに感謝もせずにエラそーな口きくなんて、百年早いんだよ!」
「そこまで言うことないだろ……」
 さすがにエイトも、少しむかっ腹を立てたようだ。先ほどとは違う理由で、薄赤く頬を染める。
「いいか、女はみんな、最初が肝心なんだ。一生ハッピーでラヴリーなナイトライフを楽しめるか、それとも最低最悪、冷凍ナマズみてえな不感症女になっちまうかは、すべて初めての男にかかってんだよ! サザンビークのボケ王子みてーのに嫁いでみろ、ミーティア姫は冷凍ナマズに直行だ! 彼女に、そんな不幸な一生を送らせたいのか!?」
「そ、そんな、まさか――!」
「だったら精進しろ。おまえのありったけで、彼女を愛し、守って、導いてやるんだよ!」
「う、うん……」
「女の『初めて』は男と違って、みんな痛いもんなんだ。まして相手は、何も知らないお姫さまだ、そりゃ大騒ぎだろうぜ。泣くわ喚くわごねるわ拗ねるわ、それをおまえが手八丁口八丁、なだめすかしてごまかして、何とか首尾良く持ってかなけりゃならないんだぞ! それができなきゃ、姫は一生ナマズ女だ!!」
 だんだんエイトの表情が青ざめ、こわばってきた。
「できるかな、おれに……」
「今のままじゃ、ちょっと無理だろうな」
「そんな――!」
「だから、精進しろって言ってんだよ、青少年」
 部屋のまん中に立ち尽くすエイトを置き去りにして、ククールはさっさとバスルームへ向かった。
「ま、今のおまえにできることって言ったら、オレみたいなすれっからしに関わってないで、街の外へお姫さまの様子を見に行ってやることくらいだろ」
「あ……。うん――」
 手早く身体を洗い、身支度を整える。その間にエイトも衣服だけは身につけていた。が、トレードマークとも言えるバンダナは、まだ手に握ったままだ。少し湿り気の残る黒髪を、窓から吹き込む乾いた西風にあてている。
 ひび割れた鏡を覗き込んで髪を束ね直すと、ククールはドアに向かって歩き出した。
「早く行けよ、エイト。その間にオレはちょっと、外の酒場で気晴らしだ」
 ぱっと、手元でカードを広げる真似をする。
「財布の中身も、だいぶ心細くなってきてたしな」
「ククール!」
 エイトが大きな声を出した。
「いかさまはもう止せって言ったろ! ばれたらただじゃすまないんだぞ!」
 腕を掴んで引き留めようとするエイトに、ククールはふたたび指先を突き付けた。
「ついてくんな、ガキ」
「ククール!」
「ここから先はオトナの時間。お子ちゃまは立ち入り禁止だ」
 エイトは怒りの表情を浮かべ、唇を咬んだ。なにか言ってやりたいが、何も言葉が見つからないらしい。
「莫迦なんだから、エイト」
 ククールはふっと、声には出さず、笑った。
「言ったろ。オレみたいなあばずれにかまうんじゃないって。おまえは、おまえの大事なお姫さまを守り抜くことだけを考えてりゃいいのさ」
「ククール……」
「さ。早く行ってやんな。お姫さまとトロデのおっさんが、寂しがってるぜ」
「ああ――うん……」
 うつむき、小さくうなずいたエイトに、ククールは微笑した。その頬に、チュッと小さく音をたててキスをする。
「良くできました」
「なんだよ、それ」
 くちづけられた頬に手をあてて、不満そうな表情をするエイトに、ククールはもうなにも言わなかった。
 静かにきびすを返し、部屋を出ていこうとする。
「――ククール!」
 まだなにかあるのかと振り返ったククールに、エイトは言った。
「その……。ククールの『初めて』の男って……どんなヤツだったの」
 ククールはふっと笑った。
 そのまま絵画として聖堂に飾っておきたいくらいの、笑顔だった。
「そりゃもう、金ぴか花丸、折り紙付きの『たいへん良くできました』だったぜ」
 そしてククールは、エイトがなにか言う前に、ばたんとドアを閉めてしまった。
 部屋の奥からは、がたん!と大きな物音がする。どうやらエイトが、腹立ち紛れに何かを蹴り飛ばしたようだった。





 ――初めてあのひとに抱かれたのは、13の時。
 痛くて、苦しくて、何をされているのかもわからなくて。情欲に染まった暗い緑の瞳が、ただ、怖ろしくて。
 それでも……嬉しかった。あのひとの手が、この身体に触れてくれるのが、嬉しくてたまらなかった。
 あのひとにとってその行為は、愛情の発露や単なる情動ですらなく、憎くてたまらない異母妹により苦痛と屈辱を与えるための暴力、折檻でしかなかったのだろうが。
 それでも、あのひとがこの身を抱いてくれる。骨も砕けそうなくらい強く強く抱きしめて、くちづけてくれる。「ククール」と、名を呼んでくれる。
 それだけで、幸せだった。
 隊商
(キャラバン)が到着したのか、宿場町にはおおぜいの旅人があふれていた。その喧噪と土埃の中を、ククールはゆっくりと歩きだした。
 陽はすでに西へ大きく傾き、日干し煉瓦で造られた建物はどれも沈んだ茜色に染まっている。
 ――あのまま死んでいれば、いっそもっとも幸福だったのだろう。ククールはどこか乾いた感傷とともに、そう思った。実際、あのひとの腕に抱かれながら、殺してくださいと、何度も哀願した。
 結局は、壊れかけた玩具はとうとう飽きられて、徹底的に壊してもらうことすらかなわず、簡単に放り捨てられてしまったのだが。
 ――そう、自分はもう、どこかが完全に壊れてる。だってこんなに苦しいのに、心の一部がごっそりなくなってしまったみたいに痛いのに、涙を流すこともできない。
 あとはせめて、廃品回収業者扱いされたエイトたちに迷惑をかけぬよう、精一杯頑張るだけだ。こんな壊れかけた自分でも、まだ誰かの役に立てるのだと、信じていたかった。
 ふと見上げると、宿屋の窓からエイトがこっちを眺めていた。
 ククールと視線が合うと、拗ねたようにぷいとそっぽを向き、部屋の中へ引っ込んでしまう。
 ククールは小さく、くすくすと笑った。
 ……そう。ふと気が迷ったのは、あの黒髪のせい。
 黒く、やわらかそうな髪が、あのひとを思い出させたから。
 実際に触れてみるとそれは、想像していたよりもちょっと硬くて、あのひとのものとはまったく違う手触りだったけれど。
 あのひとの髪はひどく硬そうに、下手に触れたら金属的な音をたてそうなくらいに見えた。けれど触れてみると反対に、それは上質の絹糸のように細く、なめらかだった。ほかにはなにひとつ似ていない兄妹だけれど、この髪の手触りだけは、自分のものと良く似ている。
 ――今夜は、緑の瞳の男を捜そうか。
 あの深緑
(フォレスト・グリーン)の瞳によく似た男を。
 そして一時だけの、夢を見ようか。
 自分のすべての苦しみと哀しみと、そして幸福が産まれた、懐かしいあの故郷の夢でも。
 ……あのひとのそばへ還る、夢でも。
 ククールはう一度、宿の窓を見上げた。
 そこにはもう、誰の姿もなかった。






                                    
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【 茜色の窓辺 】
 エイトもククールもスキルはボス戦対策重視で剣中心にしているので…。エイトはプラス勇気に槍をちょっと(でも雑魚戦で使ってるのはブーメラン、スカモンチームもこき使いまくり)、ククールはカリスマに杖を少々。最後に覚えるグランドクロスはにーちゃん直伝と信じて疑っておりません(^^;)
 この頁の背景画像はHeaven'sGate様よりお借りしました。
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