くちゅり、と湿った音がした。
 それはほんの小さな、ふつうの聴覚には聞き取れないほどのものだったが、薫の耳にはひどく大きく、世界中に響き渡るように聞こえた。
「んっ……。く、んん――!」
 懸命に唇を噛みしめ、胸の奥からせり上がるあえぎを押し殺す。膝がかくかくとふるえ、ともすればそのまま、身体からすべての力が抜けて倒れ込んでしまいそうになる。
「それじゃだめだろ、海堂」
 背後から低い、かすかに笑いを含んだ声がした。
「痴漢に遭ったらすぐにその手を掴んで、『この人、痴漢です』ってでかい声で叫ばなきゃ駄目だって言ったじゃないか」
「せ、せんぱ……っ」
「俺だっていつも海堂と同じ電車に乗り合わせるとは限らないし、今朝みたいに助けてやれることなんて、むしろ滅多にないんだからな」
 薫を背中から抱きしめるように支える、強く長い腕。青学の制服に包まれた長身は逞しく、黒縁のクラシックな眼鏡の冷徹な印象と相まって、並みの男なら目の前に立たれただけで萎縮してしまうだろう。
 たしかに今朝は、彼のその風貌に救われた。
 すし詰め状態の通学電車で、薫は痴漢の被害に遭っていた。ちらっと視界の端で捉えた痴漢は、サラリーマン風の中年男だった。
 こんなことは珍しくなかった。中流家庭以上の子女が多く通う青学の制服は、こういった卑劣な男どものターゲットになりやすい。
 痴漢に遭ったら、まず大声をあげること。けして泣き寝入りしてはいけません――周囲の大人たちはそんなことを言う。けれど実際に被害に遭ってしまったら、そんなことはまず不可能だ。性的な被害だけに、それを見ず知らずの他人に訴えるのは恥ずかしい。被害を立証するのも困難だし、まして加害者が逆上して、もっと悪辣な手段に出たら――たとえば刃物を持ち出してきたり、あるいは後日ストーカーとなって復讐しようとしたりしたら――そう思うと、恐怖で身体が凍りつき、呼吸も停まりそうになってしまう。とても声など出せる状態ではない。
 普段は勝ち気で男に媚びることなんか絶対にしない薫でも、それは同じだった。今、自分に触っている加害者が、同じ人間だなんてとても思えない。おぞましい軟体動物のような、ひどく醜悪な汚物のようにしか思えないのだ。
 今だけ、この電車に乗っている間だけ、我慢していれば。どうしても、そう思ってしまう。電車さえ降りれば、助かる。今だけ我慢していれば――。
 唇を噛みしめ、必死に眼を瞬いて、にじむ涙を怺えようとしていた時。
「どうかしたのか、海堂」
 聞き覚えのある声が、突然、薫の名字を呼んだ。
 電車が揺れた瞬間、背後からまるで蛭のように薫の身体にへばりついていた男の身体が、引きはがされた。間に、長く強靱な手足が強引に割り込んできたのだ。
「せ、先輩……。乾先輩――」
 吊り輪にぶつかる長身と、ごつい黒縁眼鏡。肩から提げたドラムバッグ。
 美形揃いと噂の青学男子テニス部にあって、彼のいかつい風貌はむしろ異質なくらいだった。けれど、今はその姿が泣きたいくらい嬉しかった。
 乾はそのまま、痴漢と薫の間に無理やり身体を入れ、薫をかばってくれた。
「駄目だろ、海堂。ああいう時はちゃんと大声出さなきゃ。黙ってたら、誰も助けてくれないぞ」
 電車を降り、学園に向かう道で、乾はそう言った。
「はい……」
 けれど薫は、うつむいて、消え入りそうな声で返事をするのが精一杯だった。
 そんな薫に、乾はやれやれと言うようにため息をついた。
「いきなり叫べって言われても、やっぱり無理か」
 そして、薫の手首を掴んだ。
「おいで」
「えっ!?」
「とっさに出来ないって言うんなら、前もって練習しておくしかないだろう?」
 そのまま薫は、わけもわからないまま乾に引きずられ、男子テニス部の部室へ連れて来られたのだ。
 狭い部室。コンクリート打ちっ放しの床に、汚れたスチールロッカー。乾いた埃っぽい空気が満ちている。
「ここなら、午前中は誰も来ないから。ほら、俺を痴漢だと思って、言ってみろよ。『何するんですか、やめてください』って」
「せ、先輩、そんな……」
 いったい何をするつもりなのか、乾の意図がまったく読めない。
 困惑する薫を、乾はいきなり背中から抱きしめた。
「いいのか? そうやって黙っていたら、本当に俺に襲われるぞ」
 背後から男の身体がぐいぐい押しつけられる。大きな手がウエストから下肢へと這い回り、そしていきなり、プリーツスカートの裾をまくりあげて、中に進入してきた。
「あ、や……っ!!」
 薫は慌ててもがき、乾の腕を振り払おうとした。
 が、鍛えられた腕力は薫の身体をがっちりと抱え込み、逃がそうとしない。
 閉じようとした膝の間に、硬い脚が割り込む。コットンのショーツをかいくぐり、硬い指先が薫の秘密を探り出そうとうごめき始めた。
「や、い……いや、せ、先輩……っ!」
「もっと大きな声で。そんな蚊の鳴くような声じゃ、誰にも聞こえないぞ」
「そ、んな……っ!」
 少しざらついた指先が、薫のもっとも過敏な部分を撫で、捏ねて、かき乱す。やわらかな花びらをかき分けて、さらに奥へ奥へと忍び込んでいく。
 その感覚に、薫は全身をふるわせた。
 どうしてだろう。乾の指の動きに逆らえない。さっき、電車の中で痴漢に触られた時とは、まったく違う。あの時は吐き気がするようなおぞましさしか感じなかったのに、今は乾の指先がわずかに動くたびに、熱く潤む何かがそこから湧き上がってくる。まるで身体がひどく頼りなくなり、ふらふらと宙へ浮き上がっていくようだ。
「く、ふ……んぅう……っ」
 薫は懸命に唇を噛みしめた。そうでなければ、なにかとんでもないものが、口から飛び出してきてしまいそうだった。
 いつか薫は、自分から乾に体重を預け、その広い肩に頭を寄せてぐったりともたれかかっていた。
「そんなふうに無抵抗のままだったら、相手はますますつけあがるばっかりだぞ。こんなふうに――ほら!」
「ひううっ!!」
 突然、灼けるような衝撃が薫を貫いた。長く硬い指が、いきなり薫の中へ突き立てられたのだ。
「ほら、嫌なら嫌だって、ちゃんと言うんだ。でなきゃ、相手が誤解するぞ。無理やりこんなことをされても、海堂は歓んでいるんだって」
 狭い泉の中で、長い指が残酷にうごめく。奥を引っ掻くように屈伸し、さらに指の数が増やされて入り口が押しひろげられる。
 くちゅ、ぢゅく……と、濡れた淫らな音がこぼれる。
「あっ、や――い……っ。や、あ、あ……っ」
 乾は低く、喉の奥で笑った。
「なんだ、本当に嫌がっていないんだな」
「ち、ちが……っ。わ、私――」
 薫は懸命に首を振った。もうまともな言葉が出てこない。せめて仕草で、乾の言葉を否定しようとする。
 が、
「信じられないな。痴漢されてるのに、こんなに蜜をこぼしてる子の言うことなんか」
 薫に覆い被さり、耳元にくちづけるようにして、乾は意地悪くささやいた。
 その吐息にすら、ぞくぞくと熱いふるえが走り、指先がわななく。
「はしたないぞ、海堂。ほら、もう俺の手のひらまでべとべとだ」
「そん、な……っ」
「違うのか? じゃあ見せてごらん」
 乾は一旦、薫のショーツの中から手を引き抜いた。そして薫をスチールロッカーに寄りかからせる。
 背中に当たるひやりとした金属の感触に、薫は一瞬、身をすくませた。
 その隙に、乾は、薫のショーツを一気に膝下まで引き下ろしてしまった。
「――あぁっ!」
 しっとりと潤った薫の秘密がすべて、乾の視線にさらされる。
「ああ……ほら。もうこんなに濡らしてる――」
 まるでそこに吸い寄せられるかのように、乾が唇を押し当てる。
「あーッ!!」
 甲高い悲鳴がほとばしる。薫はとっさに、自分の口を片手で覆った。
 濡れた秘花を熱いキスが這い回る。火傷しそうな感覚に、薫は全身を硬直させた。
「だ、だめ、先輩……っ。そんな、あ――ああ……っ」
 逃れようとしても、身体が動かない。熱い舌先が蠢くたびに、頭の芯が真っ暗になるような目眩が襲ってくる。触られてもいない胸の先端までが、じんじんと熱く疼いた。
「せ、せんぱ、……あ、いっ――」
「悦いの? 気持ちいいんだ、海堂?」
「ち、ちが……っ」
 薫はただ意味もなく、首を振った。自分が何を言っているのかも、もうわからない。
「わ、わかんない……っ。わかんな、あ――ああんんっ!! ああ、もぉ――あーっ!!」
 乾は左腕でしっかりと薫の腰を抱え込み、逃がさないよう押さえつけると、右手を舌先で辱める秘花へ進入させた。
「あ、くあああっ!!」
 硬い指先が濡れた花びらをかき分ける。そしてその奥でふるえていた快楽の真珠に、熱い舌が絡みついた。
 もっとも過敏な突起を強く吸い上げられ、薫の全身が弓のように張りつめた。長い指が二本揃えて、根元まで一気に埋め込まれる。
「ひううッ!!」
 失神しそうな衝撃が秘花から頭のてっぺんまで一気に駆け抜けた。のけぞった身体が、爪先までがくがくとわななく。
「……悪い子だなあ」
 乾が、ほくそ笑むようにささやいた。
「痴漢されてるのに、こんなに歓んで、自分から腰振って。しまいには、二本も指くわえ込んで、イッちゃうなんてな」
「え……。あ、あたし――いっ、ちゃ……?」
 うつろな声で、薫は乾の言葉を繰り返した。
 今、自分がどんな状態なのかも、もう理解できない。
「こんな悪い子には、お仕置きが必要だな。そうだろう、海堂?」
「え……」
 広い胸元に強く抱きしめられる。しっかりと支えられるその安堵感が、力のまったく入らない全身にとても心地よかった。薫は無意識のうちに、乾の身体にすがりついた。
 スカートが捲りあげられ、ショーツもむしり取られた、剥き出しの下肢に、乾の手がかかる。あ、と思う間もなく、両脚が限界まで大きく開かされる。
「あ、あ……せ、先輩……っ」
 ぞくり、と、恐怖とも期待ともつかないものが、背筋を走り抜ける。
「お仕置きだ、海堂。ちゃんと反省するんだぞ」
 灼熱の塊が小さな入り口に押し当てられ、そして煮えたぎる欲望が一気に薫を貫いた。
「あァーッ!!」
 身体がまっぷたつに引き裂かれるような衝撃。
 薫は目の前の乾にしがみついた。そうしなければ、もう立っていられない。
「あっ、あ、や、せんぱ……ッ!! だ、だめ、こんな、あ……ああっ! ああーっ!!」
「ほら、駄目だろう、海堂。そんなに歓んでちゃ!」
 乾は薫の片足を高く抱え上げ、さらに自分自身を深くねじ込んだ。濡れてひくつく柔らかな部分を、容赦なく突き上げ、奥深くまで抉る。
「あんんぅッ! やっ、あ、あたる……あたるッ! お、奥に――あはああっ!!」
「ずいぶん気持ちよさそうだな、海堂」
 酔ったように紅く染まる薫の目元に、乾のキスが押し当てられる。
「お仕置きされるのが、そんなに嬉しいのか!? ほら、海堂のここは、俺のに絡みついて放さない。本当に悪い子だな!!」
「あっ、あ……ご、ごめんなさい……っ! ごめんな、さ……あ、やああっ! だ、だめ、もぉ……い、いくっ! また、い、いっちゃ……あっ、あ……あぁあああッ!」
 激しく脈動するものに内側から打ちのめされ、焼き尽くされて、薫はただ、泣きじゃくることしかできなかった。





「全然反省してないんだな、海堂」
 ぐったりと床に倒れ、身動きもできない薫に向かい、乾は淡々と言った。
「お仕置きされてるのに、あんなに歓んで、イキまくるなんて。海堂がこんなに恥ずかしい子だったなんて、誰も知らないだろうな」
「せ、先輩……。乾先輩――」
「しょうがない。放課後、部活が終わったら俺の家までおいで。もう一度お仕置きしてあげるから」
 制服を整え、乾は部室のドアに手をかけた。
「今度はもっと、徹底的にお仕置きしてあげるよ。海堂が本当に反省できるまでね」
「……はい――」






                            はい、オマケでした。お粗末。
                              目次までお戻りやす♪

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