【 カ ソ ウ ミ ラ イ ・ 1 】
 空は、夕暮れの茜色に染まっていた。
 風は梅雨明け間近の湿気を含んで、半袖の夏制服を着ていてもかなり蒸し暑い。
 校庭をランニングする野球部のかけ声を聞きながら、私はゆっくりと校門へ向かって歩いていた。
 クラブに所属していない生徒は、もうとっくに校舎を出て、運動部はまだ練習の真っ最中。そんな中途半端な時間。
「ちょっと遅くなっちゃったな」
 腕時計で時間を確かめる。
 私が通学に使っている私鉄は午後五時半を回ると、都心部から周辺の住宅地へ向かう下り路線は、帰宅する社会人や学生などでけっこう混雑する。朝の通勤ラッシュほどではないけれど、快速や急行などは新聞も広げられないほど立ち客がいる。
 この頃は帰宅時間が早まり、もっと空いている電車でゆっくり帰ることが多かったものだから、そんな窮屈な電車に乗ることを考えただけで、私はちょっと憂鬱になってしまった。まして、この蒸し暑さなら、なおさら。
 校門をくぐり、ため息をついてから駅に向かって歩き出そうとした時。
「あれ。桜乃」
 耳に馴染んだ声が、後ろから私の名前を呼んだ。
 その声を聞いたとたん、心臓が大きくひとつ、とくん、と跳ねた。
 もう何度も何度もこの声で名前を呼ばれているのに、私は未だに慣れることができない。驚きと嬉しさ、そしてほんの少しの怯えとで、胸がいっぱいにつかえてしまって、上手く声も出せなくなってしまう。
 ひとつ大きく深呼吸して、暴れる心臓をどうにか静めて、ようやく私は振り返った。
「リョーマ君」
「今、帰り? 遅いんだな」
 学校指定の革鞄を肩に担ぎ、リョーマ君が歩いてくる。制服の白い開襟シャツが、夕陽の中でもまぶしい。
「うん。今日は図書委員の当番だったから」
 リョーマ君は、私の隣に並んで歩き出した。そうすることに何の疑問も持っていない、という顔をして。
 バス停のある大通りを抜け、私鉄の駅へ向かう。駅へ続くアーケード街は、青学以外にも近隣の高校への通学路になっていて、さまざまな制服姿の生徒が歩いている。
 大股で歩く彼に合わせるため、私は少し急いで歩く。私のために、無理にリョーマ君の歩調を落とさせたくはなかった。
「リョーマ君は……ずいぶん、早いのね」
 出てきたばかりの校舎をちらっと振り返れば、運動部のかけ声が今も騒々しく響いている。
「ああ。明日からまた合宿だから。今日は準備のために早めに上がったんだ」
「合宿? あ、そっか。関東大会への出場、決まったんだものね」
 青春学園男子テニス部は、三年連続で都大会を勝ち抜き、関東大会への出場権を手にしていた。主将として、エースとして彼等を引っ張っていくリョーマ君にとって、けれどそれは単なる通過点にすぎない。
 私は知っている。
 彼は……リョーマ君は、もっと遠くを見ている。
 私なんかには見ることすらできない、とても遠いところを。
「合宿中は、女テニの子たち、またメシ作りに来てくれるんだろ?」
「うん、きっとね。私たちは……都大会、三回戦で負けちゃったし」
 強豪と言われる男子テニス部に比べ、私が所属する女子テニス部は、あまりぱっとした成績を残せずにいる。
 所属していた、と言うべきだろう。受験を控えた三年生は、都大会敗退を持って部活から引退することが決まっている。だから私ももう、図書委員の仕事がない日はクラブに所属していない生徒と同じく、早々と帰宅していたのだ。
「小坂田とか、けっこういい線までいってたんだろ?」
「うん。朋ちゃんは強かったけど、他がみんな負けちゃったから」
「女テニの連中だって、もう少しまじめにやってりゃ都大会くらい勝ち抜けるはずなんだ。こんなザマだから……!」
 そう言ってリョーマ君は、急に気づいたように口をつぐんだ。
「その……。ごめん」
「ううん。私も知ってるし」
 リョーマ君がつい言ってしまいそうになったこと。
 ――女テニの連中は、みんな男テニ部員狙いで入部してる。
 こんなことがあるたびに、クラスの女子の半分以上がそう噂する。
 言われても仕方がない。一部の部員は真剣にボールを追っているけれど、女テニに所属するほとんどの子は、試合で勝つことよりも、男テニの合宿の手伝いに行くほうが嬉しいのだ。
 私だって、最初はそうだった。
 リョーマ君に少しでも近づきたくて。
 彼のことを、少しでも理解したくて。彼と同じものを見てみたくて。
「みんな笑ってるよ。青学でテニスやってなかったら、俺らなんかハナもひっかけてもらえねえって」
「そんなこと……」
「ねえ、『ハナひっかける』って、どういう意味?」
 シルクフラワーで飾られたショウウインドゥを横目で眺めながら、リョーマ君は言った。
 私は思わず小さく笑ってしまう。アメリカで生まれ育ったリョーマ君には、日本語の慣用句は馴染みのないものばかりなのだろう。同音異義語を微妙なイントネーションの違いで聞き分けることも、難しいに違いない。
「あのね。その『花』――Flowerじゃなくて……」
 意味を教えると、リョーマ君は少しつまらなそうな顔をした。
「なんだ、そんな意味」
 買い物客でにぎわうアーケード街を抜けると、駅が見えてくる。
 駅から電車を使うのは私だけ。リョーマ君は徒歩通学だ。
「じゃあ、俺もかな」
 リョーマ君はつぶやくように言った。
「俺も、テニスやってなけりゃ、誰にも相手にされなかったかもな」
「え……」
「桜乃は? もし俺がテニスやってなかったら、桜乃、俺のことどう思った?」
 私は思わず足が止まってしまった。
 そんなこと、考えたこともなかった。ラケットを握っていないリョーマ君なんて。
 私たちはもう駅の構内に入っている。改札は目の前。
 駅はいつにも増してひどく混雑していた。スピーカーからは、JRが事故で不通になり、その振り替え輸送を行っていること、その乗り換え案内、そして混雑をわびる放送が聞こえている。
「あ、あの、私……もう行かなくちゃ」
 ぼそぼそと口の中でつぶやいて、私はリョーマ君に背を向けた。そのまま急いで改札へ向かう。
 けれどリョーマ君は、さっと自動販売機で切符を買うと、まるで当然のような顔をして私と一緒に改札をくぐった。
「え!? リ、リョーマ君、どうして……」
「さっきの答、まだ聞いてないから」
 そして私の手をつかみ、引っ張るようにして自分から電車に乗り込む。
 私は従うしかなかった。




 車内は朝の通勤ラッシュ並みに混雑していた。身体を割り込ませるようにしてようやく乗り込んだ私達は、ドア付近で押し潰されるような息苦しさを耐えなければいけなかった。
 私は少しでも呼吸を楽にしようと、何とかドアの方へ向き直った。リョーマ君には背中を向ける形になってしまうけれど、仕方がない。それでも電車が揺れるたびに、私の身体はドアと他の乗客の身体とに挟まれて、骨までつぶれてしまいそうだった。
「大丈夫?」
 手すりにつかまり、懸命に私をかばいながら、リョーマ君が言った。
「う、うん……」
 けれど彼の脚は後ろから私の膝の間に割り込むような形になっている。他の客に押されて、そこしか足を着く場所がないのだろう。
 左手は私の腰を抱くように伸ばされていた。ウエストに彼の体温を感じる。
 次第にリョーマ君は、私と他の客との間に身体を割り込ませていた。そして、私を完全に包む位置に立つ。
 彼の胸に背中からすっぽりと抱きかかえられ、私はようやく息をついた。潰されそうな苦しさからも解放される。
「ありがと、リョーマ君……」
 けれどこんな恰好は、もっと親密な行為を思い起こさせてしまう。二人きりになって、すべての衣服を取り去った時のこと。こんなふうに彼の脚に膝を広げられ、彼を受け入れた時のことを。
 私はうつむいた。顔が熱い。きっと耳まで真っ赤になっているに違いない。
 リョーマ君の左手が、動いた。
「え――!?」
 思わず小さく声が漏れる。
 リョーマ君の手は、そろそろと這うように下へ降り始めていた。私のスカートをゆっくりとたくし上げ、指先ですうっと脚に触れる。
「な……! リ、リョーマ君……!」
「大きい声出さないで。回りの客に気づかれるよ」
 耳元でささやかれる、意地悪な声。
 その言葉に、私は思わず身を固くした。
 脚を閉じて彼を拒もうとしても、強い脚が私の膝の間に割り込んで、閉じさせてくれない。
 リョーマ君の手が、さらに大胆に動き始める。一旦太腿の中程まで降りていた手が、再び上へ向かって這い始める。今度は完全にスカートの中へ入り込んで。
 そして、ショーツの上からゆっくりと私に触れた。
「……ッ!」
 私は息を呑む。全身がびくんと跳ねた。
 リョーマ君の指先がそこを撫でる。上下になぞるように、時折り爪をたてるように。ふっくりとした部分を指先で強く押す。
「や……やめ、て、リョーマ君……!」
 周囲の人には聞こえないよう押し殺した声で、私は懸命に訴える。けれどリョーマ君はそれを上手に聞こえないふりをした。
「リョ、マく……っ!」
 もう、何も言えない。
 彼の硬い指先が不規則にうごめくたびに、私は小さく身体をふるわせ、懸命に唇を噛んだ。そうでなければ、いやらしい声が漏れてしまいそうだった。
 ……泣きたい。でもこんなところで泣いたりしたら、回り中の人から変に思われてしまう。
「ねえ、さっきの質問」
 まるで普通の声で、リョーマ君が言う。昨日の天気はどうだったっけ、とでも言うみたいに。
「答、聞かせてよ。もし俺が青学でテニスやってなかったら、桜乃はどう思う?」
 けれど私は、とても話せるような状態ではなかった。
 少しでも唇を開けば、あられもない声をあげてしまいそうだった。
 リョーマ君の指は、傍若無人に私の秘密を探っている。もう、小さなショーツの横から滑り込み、直に私に触れていた。
 くちゅり、という小さな水音が私の耳にこだまする。電車の走行音にかき消されることもなく、リョーマ君の指がうごめくたびに、私のそこから淫らに響いてくる。
 まるで頭の中に直接快楽を注ぎ込まれ、かき回されているみたい。
 硬い指先が濡れた花びらをかき分け、その奥に埋もれている小さな真珠を探り当てる。
 熱く潤んだ快楽の中心にいきなり爪をたてられ、私は悲鳴をあげそうになった。
「くぅ……ん、んッ……!!」
 必死に声を噛み殺す。
 けれどリョーマ君はさらに容赦なく、私を責める。その指は私の秘密を知り尽くしている。
 小さな突起を指の腹で押し潰すように擦り、転がす。花びらをかき分け、濡れそぼる泉のふちをなぞる。入り口だけを執拗に撫で、けして奥へ入ってこようとしない。時にはさらに奥にひそむ小さな蕾のあたりまですうっと滑っていってしまい、私の身体は勝手にその指を追うようにいやらしく揺らめいてしまった。
 リョーマ君がほくそ笑むのがわかる。
 息が上がる。乱れる。苦しい。心臓が停まりそうなほど。
「ん、んぅ……ッ。くふ……っ」
 リョーマ君の指がわずかに動くたびに、私の身体を電撃が走り抜ける。気が遠くなりそうで、立っていられない。
 ふらつく私の身体を、リョーマ君は胸で受け止める。
「どうしたの? 気分悪い?」
 周囲の人に聞こえるように、そんな意地の悪いことを言う。
 もう私は眼を開けていることもできなかった。
 私、こんなにおかしくなって、回りの人に気づかれないはずがない。けれどそんなこと、もうどうでも良いって思ってしまう。
 いつの間に私、こんな子になってしまったんだろう。こんなに悪い、はしたない子に。
 頭のどこかで、もっと、もっと、と声がする。もっと奥まで、もっと酷くして欲しい。もっと、めちゃくちゃになるまでそこを押し広げ、かき乱して、私を辱めて欲しいと。
 声がどんどん大きくなる。そして、それ以外のことはもう何も考えられなくなってしまう。
 その声が聞こえたみたいに、リョーマ君が動いた。
 長く強い指を二本揃えて私の中に突き立て、根元まで一気に突き入れる。
「くッ、うぅ……ッ!!」
 焦らされて焦らされて、ようやく満たされたそこが、鮮烈な快楽にすがりつき、リョーマ君の指を食い千切らんばかりに収縮する。
 指先がある一点を強く擦った時、私は食い破るほど強く唇を噛みしめ、絶頂に駆け上った。





                                     
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