だーかーら。
なんで、こういうことになっちゃうわけ?
「しょうがないだろ。僕は今、こんな状態なんだから」
じゃらん、と重たい音をさせて、月(ライト)は手首に繋がる長い鎖を持ち上げてみせた。
その先には、冷たい銀色の手錠。竜崎さんの手首と繋がってる。
「ミサが言ったんじゃないか。たとえこのスイートルームから一歩も出られなくてもいいから、僕とデートしたいって」
ええ、そうよ。たしかにそう言いました。
月と二人っきりで過ごせるなら、ずっとこの部屋に閉じこめられたままでもいいって。
そうよ。そんなの当たり前じゃない。女の子なら、誰だって一度は夢見るはずよ。大好きな人と二人きり、小さな部屋に永遠に閉じこめられてみたい。そうして、部屋の外の世界が滅亡してしまったら、いっそどんなに幸福かしらって。
でも、それはこーゆー意味じゃないもの!
「仕方がありません。私はまだ、月くんへの疑いをすべて払拭できたわけではありませんので。彼から目を離すわけにはいかないんです」
ええ、竜崎さん。それもよーくわかってます! あなたが月をキラだと疑ってること。耳にタコができるくらい聞いたわよ!
世界中の悪人を次々と抹殺していく稀代の殺人鬼――それとも神の代理人?――KILA。その逮捕を託された世界一の名探偵”L”によれば、現在キラは二人存在するのだという。私は、何故だかわからないけれどそのうちの一人だと疑われ、このホテルに軟禁されている。ちょっと前までは目隠しされて、拘束衣まで着せられちゃって、ほんとアブナイ監禁プレイそのものだったんだから。
そしてLは、主犯格、第一のキラこそ私の恋人、夜神 月だと考え、彼をも対キラ特別捜査本部のあるこのホテルの一室に閉じこめ、二十四時間監視することにした。自分自身の腕と手錠でつないで。
……って。
このヘンタイじみたヨレヨレのおにーさんがその”L”だなんてコト自体、私には信じられない。
ま、竜崎さん、警察の偉い人たちを顎でこき使ってるし、月とも時々すっごく難しい話してるし。ふつうの人じゃないってことだけは、わかるけど。
うん。ふつうじゃないよね、竜崎さんって。たしかに、いろんな意味で。
「ミサ。君の言うデートって、ただ二人で向かい合って、おしゃべりしてお茶飲んで、それで終わりかい?」
そんなこと……ないけど。
そんなおままごとでごまかせるほど、私も月もこどもじゃない。月の部屋とかで、何度かえっちしたこともあるし。
――うん。したことは、ちゃんと覚えてるの。……どうしてそこまで進んじゃったか、細かい過程はなぜか思い出せないんだけど。何だかとっても大事なことを忘れてるような気もするし。
多分、それだけロマンティックでムード大盛り上がりで、私も月も夢中だったってことよね。
月がそっと私を抱き寄せる。立ったままぴったりと身体を寄せ合い、私をあやすみたいに優しく、私の前髪に唇を押し当てる。
これは月の癖。えっちを始めようとする時の。月の吐息が私の髪をくすぐる。
私も思わず小さく息を飲む。月の体温を身体中で感じて、この身体がぴくって反応する。もっと近くに来て、もっと私に触れて、て、月を欲しがり始めてしまう。
でも月、なんだかちょっといつもより急いでるような気がする。ほんとならもう少し、時間をかけて雰囲気を作ってから……て、思うんだけど。
月の気持ちもわかる。いくら生活に不自由はないって言ったって、ずーっとこのホテルに閉じこめられてるんだもの。しかも、こんなヘンなおにーさんと手錠でつながれたままで。そりゃ、ストレスだって溜まりまくりだよね。月はいつもクールなポーカーフェイスで、そんな様子は微塵も見せないけれど、内心イライラしてたって当然よ。だからこうして、何かはけ口を求めてしまうのは、わかる。
……いいよ。私が、そのはけ口になってあげる。だって私は月の恋人だもの。月を癒してあげるのが、私の役目よね。
そう思って、いつもならここで、私も月をきゅって抱きしめるんだけど。
「ではそれを、私に黙って見ていろと? それはちょっと酷だと思いませんか? これでも一応、私もごく普通の健康な男ですし」
……竜崎さんが「普通」なんて言っても、説得力、まるでない。
「見てるのがイヤなら、竜崎さんがこの部屋から出ていけばいいじゃない!」
そうよ。いくら手錠と鎖で繋がって月を見張り続けてるって言ったって、お風呂やトイレの中までべったり一緒ってわけじゃないんだから。そういう時はちゃんとドアをへだてて、最低限の月のプライバシーを守ってるんでしょ?
「だいたい竜崎さん、デートって言葉の意味、わかってる!? 好きな人どうしがもっと仲良くなるために、一緒にいろんなことして、楽しい時間を過ごすことよ!?」
「ええ、判っていますよ。私は海砂さんが好きですし」
――え。
「海砂さんは私が嫌いですか?」
「え……」
面と向かってそう訊かれると、答に困る。
「え、えっと……」
嫌い、とは言い切れない。ヘンタイの変人だけど、竜崎さんだってそんなに悪い人じゃあないと思うし。
「ほら、これで何も問題はないでしょう。私たちは互いに好意を持っているわけですし、これからもしばらくは共同生活を送らなくてはならないわけですから、より親密になっても良いと思いませんか?」
そんな屁理屈を言いながら、竜崎さんの腕はいつの間にか私を抱きしめようとしていた。
私は月と竜崎さんとに挟まれて、どこにも逃げられなくなってしまう。
私が戸惑うあいだに、竜崎さんは背中からそっと優しく抱えるみたいに、ゆっくりと私のビスチェのストラップを肩から引き下ろしてる。
……やだ、竜崎さん、なんか慣れてる。ビスチェを脱がされかけてること、全然気がつかなかったし。触れるか触れないかの指先、後ろからかすかにつたわる吐息。なにも違和感がない。
「ち、違うもん! こういうことは、LOVEがなきゃだめなの! 竜崎さんの”好き”はLIKEでしょ。ミサだってそうだもん。”LOVE”と”LIKE”は違うの!」
「本当に可愛いですね、ミサさんは」
竜崎さんは小さく苦笑した。まるでちっちゃい子をあやすみたいに。
「こういう状況になってしまえば、LOVEとLIKEの違いなんて、男にとってたいした意味はないんですよ」
こういう状況って――。
私のビスチェは、もう半分以上脱がされちゃってた。
もともとこういうファッションて、リボンとか飾りのバックルとかいっぱい付属品はついてるけど、実はファスナーひとつ降ろしちゃえば簡単に脱ぐことができたりするの。しかも、一番上のドレスがボディメイクのファウンデーションランジェリーも兼ねてる場合もあるから、一枚脱がしたらあとはもうショーツ一枚ってことになっちゃったりするし。
今日のファッションも、そう。ビスチェがロングブラも兼ねてるの。この下は、もう素肌だけ。
竜崎さんはまるでそれを熟知してるみたいに、私のビスチェを剥ぎ取ってしまった。
ふたつの胸のふくらみがあらわになった。まるで戒めを解かれたのを喜ぶみたいに、ふるんと揺れる。
「きゃ……!」
思わず悲鳴をあげそうになった唇は、すかさず月のキスでふさがれる。
胸を隠そうとした両腕は、月に押さえられてしまう。
「ん、んう……っ」
月の唇。月のキス。
少し熱っぽくて乾いた唇の感触に、頭の芯がくらくらしてくる。
私は思わず、月の胸元にすがりつくように身を寄せてしまった。月も私の重みをしっかり抱きとめてくれる。
両腕はまだ、月の手に押さえられたまま。
じゃらん。足元で、月と竜崎さんとをつなぐ鉄の鎖が重たい音をたてた。
でもその鎖は、なぜか私を縛りつけているみたいに思える。
胸のふくらみに優しい体温を感じる。背後からそっと包み込むように伸ばされたこの手は、竜崎さんのもの。
敏感な胸の先端を、ゆっくりと指先で摘み取り、転がす。やわらかく、いたわるようにそっと。
……やだ、竜崎さん――上手。
わずかな唇の隙間をついて、月が私の中に忍び込んでくる。熱く濡れた舌先が、私を容赦なくかき乱す。ふっくりした下唇に優しく歯を立てて、もっと唇を開け、もっと自分を受け入れろと無言で命じる。
月のキス。いつもの、この身体に染みこんだ月のキス。このキスに、私は逆らえない。
「やわらかい……。海砂さんの肌は、まるで手のひらに吸い付いてくるようですよ」
やだ。そんなこと言わないで。耳元でささやかないでよ、竜崎さん。
繰り返される優しい愛撫。けして焦らず、まるで私がこの状況に慣れるのを待つみたいに。そうかと思えば、不意に脇の下やウエストを指先でからかい、私をびっくりさせる。
お願い。そんなことしないで。
私、なにも考えられなくなる。
「だめ……。だめだよ、こんなの――」
わずかにキスから解放された隙に、私はうわごとみたいにつぶやく。
「どうして?」
月が意地悪くささやいた。
「だ、だって……。だって……」
私は答が見つけられない。
ビスチェが床に落ちる。ワイヤーボーンが床にあたって、ことりと硬い音をたてた。その音が妙に大きく耳に届く。
うなじに熱い唇を感じる。乾いて、少しざらついた感触が、ゆっくりと私の肌を撫でていく。長い髪をかき分けて、私の秘密を探り出そうとするみたいに。けれど私は、その動きを拒むことができなかった。
乳房の先端から、甘く鋭い電流が走る。さっきからずっと優しくいたぶられてる乳首は、竜崎さんの指先に摘み取られて、真っ赤に染まってぷつんと硬く勃ちあがってる。
――だめなの。もう、そんなんじゃ、待ちきれない。
焦らされて焦らされて、そこは熱く疼いてる。もっと強く、もっと酷く愛してほしいって。
きっと竜崎さんも気づいてる。それでもその手は優しく私の胸を包み込むだけで、そして、私が自分からおねだりするのを待ってるんだ。
……そう。竜崎さんて、こんなふうに女の子を抱くのね。
「ミサ」
月がそっと、私の名を呼んだ。その手がゆっくりとウエストを這い、そしてさらに下へと降りていく。レースで飾られた可愛い小さなショーツ、その奥へ。
そこはもう、月の手を待ちわびて、熱く潤んでる。
……月の手? ほんとに、月の――だけ?
私は今、何を待ってるの?
「んっ、くぅ――!」
耳元で低く、月が笑う。
背中からももうひとつ、熱く強い指先が私の秘密を捉えようとのばされる。
「あ、あっ!」
レースをかいくぐって私の中に滑り込む、長い指。一本、二本……。
くちゅり、と、いやらしい音がした。
私はもう、逃げられなかった。
「や……。いや、そんな――あ……」
「嫌じゃないだろう? ほら、ここ、もうこんなに濡れているよ、ミサ」
ああ、もうわからない。何も考えらんないよ。
最後にふと思ったのは、さっきの竜崎さんの言葉。
『こういう状況になってしまえば、LOVEとLIKEの違いなんて、男にとってたいした意味はないんですよ』
それは、竜崎さんひとりだけのことじゃなくて。
男の子や男の人って、みんな、そうなの?
だったら……、月も?
月にとっても、LOVEもLIKEも、あんまり意味のないことなの?
だから――私を抱いてるの?
こんなことをしても……平気なの、月?
私は、違うのに。私の、月への想いは、特別なもの。世界中で一番大切な人に贈る、たったひとつの真実。ほかの誰かへなんか、捧げることはできない。
でも、もしかして月は、違ったのかしら?
月が私を想うのはただのLIKEで、もしかしたら大勢のほかの女の子たちと、私は同列でしかないの? だから私を竜崎さんと――誰かと共有してもかまわないって、そう思えるの?
その質問を月にぶつけてみたって、きっと月はまともに答えてもくれないだろう。そんなこと、言うまでもないだろう、なんて言って。肯定でも否定でもなく、曖昧にごまかしてしまうはず。でもそれは、はっきりと言うよりもっと酷い拒否だわ。
そして、もしも本当にそうなら、私はこの手を、月の手を振り払える? 月のキスを拒めるの?
答は、見つからない。
もう――いや。なにも考えたくない。考えれば考えるほど、心がささくれだっていくから。
なにもわからない。わからないままにしておきたいの。
そうよ。わかるのはただ、胸と背中に押し当てられたこの身体の熱さ。肌に触れる、優しくて残酷な愛撫。私の身体を自在に這い回る、四つの熱い手。全身を溶かしていく、熱いチョコレートみたいなこの暗くて甘い快楽。
何もかも忘れて、今はただ、この歓びに溺れてしまいたい。
「甘いですね。ミサさんは……どこもかしこも、甘くてやわらかくて――いい匂いです」
「ああ、唇(くち)へのキスはだめだよ、竜崎。それだけは、きっとミサが嫌がる」
そして私は、月の腕に巻き込まれるようにして、冷たいシーツの上に倒れ込んだ。
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TWO MEN and LITTLE BABY
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