「ミサには、私がデスノートの所有権を放棄させた」



 初めて死神
(レム)を見た時、私、怖いとは思わなかった。
 死は私にとって、空気のように身近なものだったから。
 青白くぬめる肌もかすかに漂う腐臭も、感情のないガラス玉のような眼も、ああ、私に似てるとしか、思わなかった。
 だって私、いつも願っていた。
 ――死んじゃえ、死んじゃえ。
 理不尽なこの世界。何の理由もなく、まるで虫螻
(むしけら)のように踏みにじられ、あっけなく命を奪われた父と母。生き残った私に、復讐すら許してくれないこの世界。
 こんなの、いらない。もう、いらない。全部死んでしまえ。
 それが私自身への思いだったのか、それとも私以外の世界すべてに向けてのものなのか、それすらわからないけれど。
 生きているという実感もなく、何故死んでいないのかという理由すら見いだせず。
 ただ、心の奥底で繰り返していた。死んじゃえ、死んじゃえ。みんな壊れて、死んでしまえ。表面上はおだやかに、私、もう大丈夫よ、立ち直ったよって、貼り付けたような笑顔を浮かべながら。
 生きていても、どこかが死んでる。心の一部がすでに冷たい腐臭を放っている。命のない、自動人形
(オートマァタ)みたい。自分のことを、そんなふうに感じてた。自分が生きているのか死んでいるのかも、よくわからなくなっていた。
 ……死んじゃえ。みんな死んじゃえ。
 それを知っていたからこそ、レムも、私にデスノートを渡したのかもしれない。
「これはおまえが持つべきだ」
 レムが差し出した、一冊の黒いノート。
 古ぼけて、どこにでもあるような、何の変哲もないノート。でも触れると、一瞬ひやりとした衝撃が指先に走る。
 これは私を救って命を落とした死神が、私に遺してくれたもの。
 最初、その話を聞いた時、私には信じられなかった。
 だって、いくら恋しているって言ったって、一度も話したこともない相手のために、死ぬなんて。
「ジェラスはきっと、知らなかったのね。何が死神を殺すのか」
 あの時、ジェラスはとっさにデスノートを使ってしまったんだ。それがどんな結果を招くのか、知らないまま。
 私がそう言うと、レムは黙って答えなかった。
 本当に、私はその時、ジェラスの気持ちがわからなかった。
 だから死んでしまった彼に、なんて言えばいいのかも、わからなくて。
 ただ、彼が遺したデスノートを抱きしめるだけだった。
 ありがとう、ジェラス。あなたには感謝する。
 私の命を救ってくれたことにではなく、私にデスノートを遺してくれたこと。
 このノートのおかげで、私は月
(ライト)に逢えたから。
 月の瞳
(め)に、なれたから。
「私はあの男が嫌いだ」
 初めて月に逢えた夜、帰り道でレムはそう言った。
「あの男はまるで、私よりも死神のようじゃないか」
「それが何故いけないの? レム」
 私は答えた。
「月は――キラは、人間たちが私に禁じた復讐を、代わりに果たしてくれたよ。死神のジェラスは、私をかばって死んでくれた。私には、死神のほうが、同じ人間よりずっと近しい存在
(もの)に思えるもの」
「ミサ」
 レムが私を見た。何故だか、彼がひどく哀しんでいるように思えた。
「ミサ。おまえは人の命を持ちながら、人間たちのこの世界に住んでいながら、自分の同胞がいないと思っていたのか」
「そうよ」
 私はうなずいた。
「でも、今は違う。今は、月がいる」
 人間
(ひと)でありながら、死神よりも死神らしい、月。私の神。
 やっと巡り逢えた、私の同胞。たったひとりの、私の恋人。
 月のためなら、どんなことでもできる。
 そう……ジェラス。やっと私、あなたの気持ちがわかったよ。


 今なら、わかる。
 ジェラス。あなたはきっと知っていたんだね。
 私を救うためにデスノートを使ったら、自分がどうなってしまうのか。
 それでも私のために、自分の命を捨ててくれたんだね。
 今ならジェラス、あなたの気持ち、わかる。
「殺して。私を殺して」
 捕らえられ、拘束されて、私は叫んだ。
 弥 海砂は第二のキラ。とうとうそれが突き止められてしまった。
 視界もふさがれ、身体は拘束衣でがんじがらめに縛られて。暗闇と無音の世界。聞こえてくるのはただ、冷徹な尋問者の声。
 それでも、わかる。レムが、そばにいてくれてる。
 私にはまだ、望みが残されている。
「さあ、早く殺して。あなたなら私をすぐに殺せるでしょう?」
 だって、私にはもう、それしか月のために出来ることが、ない。
 月の足枷になるくらいなら。
 死にたい。
 死なせて、レム。
 私が壊れてしまう前に。
 月を救うために。
 ジェラス。あなたもきっと、こんな気持ちだったんだね。
 私を救うために、ためらうことなく自分の命を投げ出してくれたんだね。
 そして、私も。
 私は幸せ。月のために、月を護って死んでいけるんだもの。
 なにも、怖くない。
 そうして私は、死の花嫁になる。
 きっと、死神になった月が、私を迎えに来てくれる。
 その時こそ本当の、私の生命
(いのち)が始まるの。
「デスノートを放棄しろ、ミサ」
 レムが言った。
 ひどく、哀しげな声で。
「おまえは、おまえの記憶と引き替えに、夜神月を護る」


 レムが教えてくれた条件に、私はうなずいた。
 さよなら、レム。あなたに「さよなら」が言えないのは、哀しい。私の、初めてのお友達だったから。
 そして、ジェラス。ごめんね、ジェラス。
 私を、命を投げ出すほどに好きになってくれたのに。
 あなたを忘れて、ごめんね。
 私は、私の一部を捨てる。死神を友とした自分、死神の力を持った自分を。
 そうすれば、私は生きた人間に戻るのかしら。生きながら死んでいる自分、どこか壊れたままの生き人形のような自分を、自覚せずにすむのかしら。
 そうして……月。私はもう、あなたの花嫁になれないのかしら。
 だって私は、普通の人間に戻ってしまう。死神よりも死神らしい、気高いあなたに相応しくない。
 月。あなたは私を見捨てるかしら。壊れた道具なんかいらないって、放り出してしまうかしら。それとも、少しは私を憐れんでくれるかしら?
 私はもう、死神の花嫁になれないのかしら。
 それでも、月。あなたを護るために。
 私は、死神と取引をする。



                                         
〜FIN〜
【 死神の花嫁 】
うーむ。散文調、観念的と言えば、まだ聞こえもいいけれど。これじゃ、なにがなんだかわけわからん…。まだまだ修行が足りませんなあ。
この頁の背景画像は「Heaven's Garden」様よりお借り致しました。 
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