「ゲームをしようよ」
そう言うと、月
(ライト)
はひどく訝しそうな表情
(かお)
をして、私を見た。
「ゲームって、これが?」
そうよ。私は声には出さず、こくんとうなずく。
骨っぽくて伸びやかな腕を背中へ回させ、椅子の背もたれの後ろで縛り上げる。
拘束に使ったのは、月のネクタイ。月の奇麗な肌に傷をつけたくなかったから。
左右の足首も同じように、椅子の脚部に縛り付ける。こっちには、私のハンカチを使った。白の絹
(シルク)
にしようか迷ったけど、結局、黒いレースを選んでみた。ケミカルウォッシュのスリムジーンズはまだ脱がせてないから、その上に絹の光沢じゃ、ちょっと滑稽だと思って。
「海砂」
困惑した声で、月が私を呼ぶ。
「海砂、おい。ミサ」
私は答えなかった。
余った絹のハンカチを手に、また少し考える。やっぱり目隠しはしないでおこう。月のこの素敵な瞳を隠してしまうのは、もったいないから。
月の瞳
(め)
は、奇麗。普通の日本人より少し色が淡くて、透き通った灰色の宝石みたい。
この瞳がどんなに残酷に、優雅に、人の生命を奪うか、私は知っている。
私はそっと、月のまぶたにキスをした。右と左に、一度ずつ。頬に頬をすり寄せ、通った鼻すじ、硬い顎、耳元に、ちょん、ちょん、ついばむようなキスを繰り返す。
それから唇を重ねる。舌先でゆっくりと月の唇を辿り、さらに月の中へするっと忍び込ませる。いつも月が私にするみたいに、月の口中を探り、甘く咬む。なめらかな舌を触れ合わせ、キスをどんどん淫らにエスカレートさせていく。
けれど月がそれに応えようとすると、私はすぐに唇を離した。
置いていかれた月が、一瞬物足りなさそうに吐息をつく。
だめ。今日はあなたに主導権は握らせないんだから。
「ミサ――」
諦めたように、月が私の名前を呼んだ。どこかうんざりしたように。
実際、そうなんだろうと思う。
月はいつも、私がその場の思いつきだけで突拍子もないことばかりする、と、眉をひそめてる。
今、私のなすがままになっているのは、言葉を尽くして理を解いて、くだらない我が侭をやめさせるより、一時私の気の済むように好き勝手をさせたほうが簡単だと判断したからに違いない。
思わずもらした小さなため息が、月の気持ちを何より雄弁に語っていた。
そして、こんな大袈裟なことを始めたって、どうせすぐに何をどうしていいかもわからなくなって、終いには飽きて止めてしまうはず。そんなふうにたかをくくってるんでしょう。
たしかに私、根気があるほうじゃないって、自分でもわかってる。
でもね、月。今日は、止めないよ。
だって、月。
あなたにわかってくれなんて、私、ちっとも思ってないけど。
こうでもしないと私、月の姿を見つめていることもできないんだもの。
ずるいよね。あなたはいつも私のことを好き勝手に扱うくせに、私はろくにあなたに触れることもできないなんて。
私が月に触れるのは、月が「そうしてもいいよ」って許可した時だけ――月が、私を抱きたいと思った時だけ。
ねえ、どうして? あなたは自分の欲望のままに私を抱くのに、どうして私はあなたを抱いちゃいけないの?
だって私は、こんなに月が好きなのに。
月が私のこと、可愛いって思ってるのの何倍も、何百倍も、私は月が好きなのに。
いつだって私、月にされるがままになってきた。
月に触れてもらうことが、私の歓び。ずっと、そう思ってた。月がどんなに自分勝手に私を抱こうと、それでいいんだって。
でも――ねえ。本当にそうなのかしら?
あなたが自分の欲望のままに私を蹂躙し、傷つけるなら、どうして私に同じことが許されないのかしら?
月はいつも言う。私は我が侭で子供じみた独占欲の塊だって。私が泣いて許しを乞うまで、惨く私を犯すのは、そんな愚かな感情を罰するための行為なんだって。
だったら、あなたの利己主義
(エゴイズム)
や思い上がりを罰するために、私があなたを抱くことだって、許されるのではないの?
私はゆっくりと月の着ているものを脱がせ始めた。
両腕を後ろで縛ってるから、もちろんシャツを全部脱がせることはできない。ボタンを外して、衿を大きく引き抜いて、肩から胸、ウエストをあらわにする。
それだけでも、私は、充分に月の躰を見つめることができる。
奇麗な月。
すんなりした首、くっきりと刃物で刻みつけたみたいな鎖骨。肩はまだ薄く尖ってるけど、わずかな身動きにもしなやかな筋肉のラインが浮かび上がる。
広い胸、なめらかで引き締まったウエスト。無駄なものなんてひとかけらもついていない、研ぎ澄まされたナイフみたいな月。
「ライト、奇麗」
私は月の躰にキスをした。
眼で、指で、そして唇で、月を感じ取りたくて。
「逆だろ、普通」
月が苦笑した。
「本当にそう思う?」
私は月の膝の上に座った。
ミニスカの脚を大きく開いて、月の腿を跨ぐ。両腕を月の首に掛け、躰を支える。そうしないと、バランスを崩して膝の上から落ちてしまいそう。いつもなら私を支えてくれる月の手は、今はないから。
そうして、すぐ間近で、月の瞳を覗き込む。
「本当にそう思ってる? ライト。ミサのこと、奇麗だって」
「本当もなにも……」
月はまるで、言葉の通じない赤ん坊を相手にしているみたいに、少し困ったような顔をしてみせた。いったいどう言えば、私が自分の言葉の意味を理解してくれるだろう、とでも言いたげに。
「だって、事実だろ。それは」
――そうね。たしかに。
でなかったら私、アイドルも女優もやってられないだろうし。
でも、月。
あなた以上に奇麗なものなんて、私にとって存在しないの。
あなたが世界中で一番奇麗。
身体の自由を奪われ、中途半端に衣服を脱がされた月。普段の彼からは想像もできないくらい無様な姿に貶められた月は、それでも咬みついてやりたいくらい、魅惑的だった。
私は、思ったとおりのことをした。
月の首筋にくちづけ、舌を這わせる。舌先で頸動脈の膨らみを辿り、その脈動をさぐりあてる。
そしてそこに軽く歯をたてると、月の躰がびくりとこわばり、緊張するのがわかった。
大丈夫よ、月。こんなところにキスマークなんかつけられちゃったら、いくらあなたでも言い訳に困るよね。
だからそれは、もっと目立たない場所にしてあげる。
私はすうっと唇を下へ滑らせた。
そして、少しびっくりする。
月の躰にキスするのって、気持ちいい。
少し塩辛い、月の肌。その奥に火照るような熱を秘めている。ぴんと張りつめて弾力があって、私のキスがすべるたびに、かすかなふるえが伝わってくる。
私、いつも月にキスしてもらうのが気持ちいいって、思ってた。胸やウエスト、腕の付け根、膝裏、躰じゅうに月の唇を感じると、それだけで躰の芯がじゅん、て潤んで、とても気持ちいいって。
でもまさか、月の肌を唇や舌先でまさぐり、感じ取ることが、同じようにこんなにも気持ちいいなんて。
だから男の子って、みんな女の子の躰にキスしたがるのかしら。
月の膝から降りて身をかがめ、たいらな胸元を尖らせた舌先でなぞる。小さな樺色の突起をからかう。ちゅ、と音をたててそれを吸ってみる。
「……ふッ――」
月が息を詰め、怺えきれずに小さく吐き出す。
「ふぅん」
私は猫みたいに首を伸ばし、からかうように、甘ったるく月の鼻先で嗤った。
「男の子でも、やっぱりここは感じるんだ」
「ミサ――!」
月が眉根を寄せた。灰色の瞳が不愉快そうに曇る。
「もう、いいだろ。手をほどけよ」
「だめ」
「ミサ!」
月が私を睨む。
あ、本気で怒ってる。
瞳の色がいつもよりも濃く暗くなり、突き刺すように私を見据えている。
その眼を見つめ返すだけで、ぞくぞくしてくる。
私は月の前にひざまずいた。
そして、月のジーンズに手をかける。ジッパーを一気に引き下ろして、紺色のボクサーショーツに包まれていた月の欲望を、外気にさらした。
それはすでに、半分ほど目覚めかけていた。
片手に包み込み、私はくすくすっと笑った。
「なんだ。もうこんなにしてたんだ、ライト」
下からさぐるように見上げると、図星をさされたのが恥ずかしいのか、月はうっすらと目元を朱色に染めていた。
眼を伏せて、少し悔しそうに唇を咬む月。
――ああ、だめよ。そんな顔しちゃ。
私は、熱を持ち始めた月のものに、ゆっくりと唇を近づけていった。
「……ミサ!!」
月が小さく短く驚愕の声をあげる。
「よ、よせよ! もういい加減にしろ!」
「どうして? ライト、私に口でさせるの、好きじゃない。いつも、私がイヤって言っても、無理やりやらせるくせに」
言い返す言葉が見つからず、月は一瞬、返答に詰まった。
その隙に、私はふるえる月にキスをした。
根元のふくらみごと両手に包み込み、先端に音をたてて繰り返しキスする。長い髪を彼の腿にこぼし、引き締まった腰を抱え込むようにして。
以前
(まえ)
は私、こうして月にキスするの、好きじゃなかった。月に命じられるから、いつも仕方なくやってたんだ。
でも、今は違う。
ちらちらと上目遣いで盗み見る、月の表情。強いられる快楽と屈辱とに、頬を薄赤く染めて、唇をきつく噛みしめて。
誇り高い月が、こんな顔をするなんて。――それをさせてるのが、私だなんて。
なんて素敵。目眩しそうなくらい。
もっともっと、月を辱めてやりたい。
私はくすっと小さく笑った。私を犯す時に月がよくやる笑い方を、真似て。あの冷たく惨い、勝ち誇る表情を、少しでも真似できていればいいと思う。
私の手の中で、月の欲望はすっかり形を変えていた。熱く膨れあがり、勃ちあがって、びく、びく、と不規則に脈打っている。猛々しく張りつめて、引き裂く獲物を待ちわびている。
その先端を、私は唇
(くち)
に含んだ。
完全に勃ちあがった月のものは、大きくて、とてもほおばりきれない。
こんな時、月はいつも、咽せそうになる私に苛立たしげに舌打ちをして、力ずくで私の唇に突き入れようとしたけど。
先端の丸みだけを口の中で転がし、やがて幹の部分へ唇をすべらせる。尖らせた舌先でその形を下から上へなぞりあげ、時々ちゅっと音をたてて軽く吸い付いてみる。
みんな、月に教えられたこと。
私は、どうすれば月が一番感じるか、知っている。
「う、く……ッ!」
怺えきれず、月が低い声を洩らした。
私はわざと訊いてやった。
「気持ちいい? ライト」
「ミ、ミサ……っ」
「ね、言って。ココが気持ちいいんでしょ、ライト?」
唇を離し、指先で月を弄ぶ。もっとも過敏な先端に、キュッと爪をたてる。
「く、あぅっ――!」
月の全身が、びくんと痙攣した。
「痛い?」
私の問いかけに、月は答えることもできなかった。思わずあげてしまった声を恥じるように、唇を堅く噛みしめるばかり。
でも、月。その声は苦痛の悲鳴じゃないよね。
だってあなたのこれ、ちっとも萎えてないもの。
それどころか、ますます熱く漲って、私の手の中でふるえてる。
ああ、まるで小さな生き物をこの手の中に抱えてるみたいだわ。熱くて、切なくて、無力な小動物。
大好きよ、月。
そして私は、さらに月を責め始めた。
右手で強く握り締め、激しく擦る。赤く膨らんだ幹にキスを繰り返し、なめらかな皮膚に歯を立てる。鈴の形に似た先端部分から、じんわりと熱い雫がにじみ出した。
「うぁっ! あ、よ、よせ……っ! もう、やめろ、ミサ……ミサッ!!」
月がせっぱ詰まった声をあげた。
肌が火照って汗ばみ、筋肉が奇麗に浮き出したウエストがふるえてる。
「イキそう?」
一旦愛撫を止めて、私は月の顔を見上げた。
「悦いの? ライト」
もちろん、こんなことは質問するまでもないことだけど。
月は一瞬、困惑の表情で私を見つめ――それともこの欲望に霞んでる瞳は、縋りつくように、と言うべきかしら?――それから唇を噛みしめて視線を伏せた。
「あ……ああ。悦いよ。だから――、もう、イカせろよ……っ!」
私はうっとりとほほえんだ。
そして、髪に結っていたシルクサテンのリボンをほどく。
「なにを、ミサ……ミサ!? ――よせ! や、やめろよ、ミサッ!!」
月の驚愕の悲鳴をまるで天上の音楽のように聞きながら、私はリボンを月の欲望にきつくきつく巻き付けた。
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