天女だ。
 初めてその姿を見た時、柄にもなく君島はそんなことを思った。
 緋と黄金に彩られた、幼い天女。ほっそりとして、今にももろく折れてしまいそうなその肢体。背に炎の翼を持ち、まっすぐに天を駆けてくる。
 彼女が右手を一振りすると、そこからまばゆく燃えさかる炎が生まれ、無数のきらめく火の粉が舞い落ちる。
 なにもかも失われたこの大地に降り立った、炎の天女。
 この世界を焼き尽くす、破戒の天女。
 だがその翼は、かわいそうにどんな鬼にむしられたのか、片方しかなかった。片翼ではバランスをとることも難しいのか、ひどく不安定で、一度この大地に墜ちてしまうと、二度とは飛び上がれないようだ。
 誰か、あの娘の羽根を返してやれよ。あの娘を空へ還してやれよ。
 君島は思う。咽び泣きにも似た気持ちを抱きながら。
 あの娘を空へ還してやってくれ。こんな滅びの大地に縛りつけて良い娘じゃないんだ。
 誰か、頼むよ。誰か。
 ……おれには、それはできないことだから。



























 ほの暗い室内に、熱っぽい空気が満ちている。
 ぎし……と、古いベッドが嫌な音で軋んだ。
「あ……っ。あ、や……もぉ――」
 掠れる声。息が上手く継げないのか、時々、すすり泣くような音が混じる。
 甘い汗の匂い。
 暗がりにぽうっと白く、しなやかな肢体が浮かび上がる。小さくふるえ、シーツの海で溺れているかのように、淫らにのたうっている。
 濡れた大地の色をした髪は乱暴に切り揃えられただけで、今は汗に湿って枕の上に散っている。きつく寄せられた眉の下で瞼は閉ざされ、瞳の色を見せようとしない。
 小さく開いたまま、忙しない呼吸を繰り返す唇。濡れて、下唇だけが少しふっくらとしているのが、まるで男の接吻を待ちわびているようでひどく淫らだ。
 この唇(くち)に、何度噛み付いてやったことだろう。そうされることが、カズマは好きだから。言われるままにそうしてやった。
 細い肩。まだふくらみ切っていない、蒼く硬い乳房。片手で簡単に包み込める。その頂点で、濃桜色に染まった小さな突起が、乱れる呼吸に合わせてふるふると揺れている。そこへやわやわと舌を這わせ、軽く歯をたてると、細くすすり泣くような悲鳴があがった。
「や……っ! あぁ、やあ……も、もっと――」
「ここ? ここを……どうして欲しいって?」
「あっ、か、噛んで……っ! 噛んで、もっと、つよく……っ!」
 まだ女としての完成を見せていない、幼い肢体。ほっそりとしたウエストも、首すじも、ほんの少し乱暴に掴んで振り回せば、簡単にへし折れてしまいそうだ。
 だがその身体は性の悦楽を知り尽くし、今も貪欲に求め続けている。
「い、いやあ……っ。いや、あ――ああっ! き、君島っ! きみしまあっ!」
「なにが嫌なんだよ、カズマ。すげえ悦んでんじゃん、お前のここ」
 閉じようとするカズマの両脚を押さえ付け、君島はからかうように笑った。
「すげえ、もうぐちょぐちょ。こんなでかいの、根元まで呑み込んじゃってるしさ」
 君島の眼前に大きく開かされた花園は、まだかげりも淡い。幼さの残る花の中心に、グロテスクに蠕動する黒い玩具が、深々と突き刺されていた。
「やっ、や……やだ、やだ、こんな……っ!」
 低いモーター音を響かせてうごめく玩具に、カズマは腰を揺らし、のたうつ。
 機械仕掛けの玩具は、休むことなくカズマの中で振動し、その過敏な肉をえぐっていた。やわらかく濡れた襞を押し広げ、その奥にひそむ快楽の中枢を刺激し続ける。
「そんなに嫌がるなよ。お前のために、苦労して手に入れたんだから。これ、本土からの流出品なんだぜ? やっぱり違うだろ?」
 君島は玩具に手をかけた。そしてさらに深く、カズマの中へ押し込む。
「ひあああッ!!」
 カズマは高く、悲鳴をあげた。
 その、甘い鳴き声。
 君島の聴覚に、切なく突き刺さる。
「いや、やあああっ! う、動かしちゃ、やだあああっ!!」
 必死に訴えるカズマに、君島は答えない。代わりに、手にした玩具を乱暴に揺さぶり始めた。
 玩具の圧倒的な質量に押し出されるように、カズマの奥から、さらに透明な快楽の蜜があふれ出す。甘い匂いがいっそう濃密になった。君島の脳天まで真っ白に麻痺してくるようだ。
「あああっ! あっ、あ……いやあああっ! あーっ!!」
 幹の部分につけられた無数の突起が、内側からごりごりとデリケートな襞を擦る。その苦痛と、それを上回る悦楽とに、カズマは泣き叫ぶ。
「いっ、いや、あ、い、いっちゃう……っ! い、いく、もぉ、オレ……」
「いいぜ、いっちゃえよ」
 君島はほくそ笑んだ。
「ほら、遠慮するこたぁないぜ。いっちゃえって、カズマ!」
 男根を模した玩具を、カズマのもっとも奥深いところに突き立てる。容赦なく抜き差しを繰り返し、カズマの神経を打ち据える。
「ひいぃ……っ! い、いあ、あ……いくっ! いっちゃ、あ……あああーっ!!」
 ほっそりした肢体を弓なりにのけ反らせ、泣きながらカズマは最初の絶頂に駆け上がった。





 君島が、初めてカズマと出逢った時。その夜も、カズマは客を取っていた。
 ――正確に言うなら、客になった男をちょいと嬉しがらせて、その隙に男の財布を失敬し、挙げ句の果てには自分の財布がなくなったことに気づいて騒ぎ出した哀れな男に一発お見舞いして、腕時計からベルトから、金になりそうなものは根こそぎくすねてきた直後だった。
「……ちぇっ。しけてんの」
 革の財布を覗き込み、カズマはぼやいていた。男は本土から『ムラジ経済特区』の視察に来た役人だったらしい。名ばかりの視察旅行の、唯一の楽しみとばかりに、インナーの若い女を買ってみようかと思ったのだろう。ぱんぱんにふくれた財布の中身は、各種カードと名刺がほとんどで、肝心要の紙幣はあまり入っていなかった。この『失われた地』では、クレジットカードなんて何枚あってもただのゴミだ。
 カードを宙にばらまいて、カズマが暗い廃墟の中を歩き出そうとした時。
「よう。あんた、カズマだろ? アルター使いの、さ」
 継ぎ接ぎだらけのおかしな車に乗って、声をかけてくる者がいた。
「え? そうだけど――」
 振り返ったカズマが見たものは、若い痩身の男だった。薄汚れたジャケットを羽織り、奇妙なゴーグルをつけている。どことなく貧相で、間違っても金があるようには見えない。有り体に言って、『失われた地』では珍しくもないタイプだ。
 男――君島が見上げたのは、他にはどこにもいない、金色の瞳(め)をした少女だった。
 小さく、ちょっと顎の尖った輪郭に、大きく吊り上がり気味の、宝石みたいな瞳がはめ込まれている。ふっくらとした唇はわずかに開いて、男からの口づけを誘っているかのようだ。
 安物のフェイクレザーに包まれた肢体は、あまりにも細く、華奢に見える。何かの理由があって自分で破いたのか、それとも単に裂けてしまっただけなのか、腰に貼りつくレザーパンツは、右脚が付け根から剥き出しになっていた。
 これが……カズマ。
 君島は息を呑んだ。
 アルター使いの、カズマ。
 アルター能力。念じるだけで、物質、主として無機質を電子・陽子のレベルにまで分解し、自らの望む形に再構築する特殊能力。『失われた地』に生を受けた者のうち、わずか1%程度の人間にしか与えられていない、神の恩恵。……それとも、悪魔の力。
 カズマがその能力を発動させる様を、君島も一度ならず目にしたことがある。いたずらにアルターの巨大さを誇る能力者が多い中で、自らの背中から右腕にかけて小さな鎧のようにアルターのパーツをまとわせ、それにすべての力を収斂させるカズマの能力は、極めて異質だった。自らの腕まで一旦分解し、ふたたびアルターの腕として構築するその発動方法は、君島にはあまりにも痛々しくさえ思えたものだ。
 だがその恐るべき戦闘能力は、他のアルター使いの追随するところではなかった。
 この、まだあどけなささえ感じさせる少女の、いったいどこに、それだけの能力がひそんでいるというのだろう。
 君島は見た。カズマがその能力を発動させ、流星のように虚空を飛ぶのを。
 正しくは「跳ぶ」なのだろう。アルターによってジェット気流を巻き起こし、それに乗って高く跳び上がる。鳥のように飛翔することはできない。跳躍の頂点に到達すれば、あとは重力に従って落下してくるだけだ。
 だが君島には、カズマが大空を飛翔しているように見えた。この『失われた地』のくびきを断ち切って。
 一切の戒めを拒み、うち破る、叛逆の天女。背中に緋色の羽根を背負う。
 その天女が、今、自分の目の前にいる。
 ひどく蠱惑的で、もろい少女の形をとって。
「なんか用? やるなら、金は前払い。部屋代そっち持ちね。アオカンやんなら、ノゾキが出るから、その分料金上乗せだぜ」
 ……君島の天女は、えらく下世話な口をきく。
「い、いや別に、お前を買おうってわけじゃ……」
 懐具合さえ許せば、それも悪くない考えだとも思うのだが。
「なあ、おれと組まないか? 儲けさせてやるぜ」
「……あんたが?」
 カズマは一瞬、怪訝そうな顔をした。
「客の男、紹介してくれんの?」
「い!?」
「そんなら、まあ、話に乗ってやってもいいぜ。この辺りじゃ、もう、オレがアルター使いだっての、知れ渡っちまっててさ。客になってくれる男、見つかんねーんだよ。みんな、気味悪がっちまってさ」
「お前と組んで女衒(ぜげん)のマネしようってんじゃねえよ。それより……」
「じゃ、美人局(つつもたせ)? その方がオレもラクだけどさ、あんたにできんの?」
「そ、それもちょっと……」
 苦笑する君島に、カズマは胡乱そうな眼を向けた。
 仕方のないことだと、君島は思う。この『失われた地』で幼い少女が一人で生きていこうと思ったら、身体を売るしかない。カズマは、他に日々の糧を得るすべをまったく知らないのだ。
「お前、アルター使いなんだろ?」
 君島は再度、確認した。
「そのチカラを使って金稼ぐ方法を、教えてやろうってんだよ」
「アルターを……使って?」
 まるで決められた科白を棒読みするように、カズマは繰り返した。
「ああ。おれと組んでくれりゃ、こんな寒い夜に外に出て、汚ねえオヤジのチンポしゃぶってるより、ずっとラクに、何倍も稼がせてやるよ」
 カズマの表情に、好奇心にも似たものが浮かんだ。猫みたいな大きな瞳を精一杯見開いて、じっと君島を見つめている。
 ――もう一押しだ。君島は、カズマに右手を差し出した。
「乗れよ。あったかいもんでも食いながら、話をしようぜ」
 そして、その夜のうちに、君島はカズマを抱いた。
 そうやって肌を合わせることでしか、カズマは他人からの信頼を計れない。君島はそれを察したのだ。
 身体を売る女たちの中には、実は性の悦びをほとんど感じられない者も多い。彼女たちにとってSEXはビジネス。生きるために強いられる労働であって、けして楽しくも嬉しくもないことなのだ。
 だがカズマは違った。君島の与える快楽を貪欲にむさぼり、もっと、もっと、とねだった。
 かつて、誰かがカズマに教えたのだ。男に抱かれる悦びを。慈しみを持って抱かれることの幸福を。
 その「誰か」に、君島は強く嫉妬した。
 君島がカズマの噂を耳にした時にはもう、カズマはたった一人でこの『失われた地』で生きていた。その「誰か」がカズマのそばにいたのは、おそらく相当昔のことだろう。カズマがまだとても幼く、本当に一人では生きていけなかった年令の頃だ。
 そんな幼い頃からカズマが男に抱かれていたとしても、君島は別に驚きはしなかった。概して、インナーは性的に早熟だ。平均寿命が本土に比べて極端に短いというせいもあるし、他に何の歓びもないこの激烈な生活環境のせいもある。
 何も知らない無垢なカズマを、かつて自分の色に染めようとした男がいた。だが結局はその男も、今はカズマの隣にいない。
 今、カズマを抱いているのは、自分なのだ。
 そして同時に、君島は感じていた。今、自分が、カズマの過去に嫉妬しているように、いつか必ず、今の自分に嫉妬する男が現れるだろう。その男は、今の自分と同じように思うだろう。結局は君島も過去の男だ、今、カズマを抱いているのはこの俺だ、と。
 それはもはや、確信だった。
 自分にできるのはただ、その日ができるだけ遠くにあることを、そしてその光景を直にこの眼で見ずにすむことを、祈るだけなのだ。






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奈落の天女

――Talkin' by K・KIMISHIMA――

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