それから劉鳳は、一睡もしないまま朝を迎え、通常の任務についた。市外の巡回警邏を行い、空き時間には本部内のトレーニングジムで汗を流す。
不思議と、疲労はまったく感じなかった。身体の芯に熱っぽい高揚感がまだ残っている。黄金色の瞳(め)の少女を抱いた時の、目も眩むあの感覚が。
今までどんな女を抱いても、あんな感覚は体験したことがなかった。1人の女にあそこまで欲情し、執着するなど、今までの自分にはあり得ないことだった。むしろ一度エクスタシーに昇りつめてしまうと、まとわりついてくる女の体温や甘ったるい匂いがひどく不快に思えたものだ。
何故だろう。同じアルター能力者だからなのか。それともあの少女だけしか持っていない、何か特別なものがあるのだろうか。あの少女と、そして自分自身しか持っていない何かが。
――まあ、いい。山積みされた書類に義務的に眼を通しながら、劉鳳は小さく吐息をつく。その口元には、誰にも気づかれないほどかすかな笑みが浮かんでいる。
あの少女にいったいどんな秘密が隠されているのか、少女と自分との間にいったい何があるのか、そんなことはこれからゆっくり時間をかけて調べればいいことだ。
そうだ。あれは、俺のものだ。
「HOLY」の研究対象として必要だと申請するか、それとも本土にも多大な影響力を持つ劉財閥の名を持って、圧力をかけるか。いずれにせよ、劉鳳はもうあの少女を、他のネイティヴアルターたちといっしょに本土行きの輸送機へ乗せるつもりなど、みじんもなかった。
あの娘をどこへ連れていこう。あの人馴れしない、ひどく驕慢で薄汚い野良猫を、いったいどんなふうにしつけてやろう。やがて俺の支配を受け入れて、この手から素直に餌を食べるようになった時、あの娘は、あの金色の瞳は、いったいどんな表情を見せるだろう。
冷徹なHOLY隊員の顔の下で、劉鳳は静かに、そんなことばかりを夢想していた。
だが、
「な、なんだっ!?」
突然、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
HOLD本部全体に、非常警報がこだまする。
「脱走だ! ネイティヴアルターが逃げたぞ!!」
「非常シャッターを降ろせ! 通路をふさげ、エレベーターを遮断しろ!」
警備用モニターが一斉に本部内のあちこちを映し出す。映像がめまぐるしく変わり、やがてすべてのモニターが同じ光景を映し出した。
「……あの――馬鹿者がっ!!」
劉鳳は椅子を蹴って立ち上がった。
モニターに映っていたのは、桐生水守を人質に取って逃亡を図る、カズマの姿だった。
そしてカズマは、劉鳳の目前から逃亡した。
HOLD本部を脱出したカズマを、つぎはぎだらけの奇妙な自動車(クルマ)に乗った若者が迎えに来ていた。痩せて、薄汚れた身なり。一目でインナー育ちだとわかる。
その若者は、命がけで壁を越えてきたのだ。カズマのために。
二人を乗せた小さな車は、カズマのアルター能力によって空を飛び、そして壁の向こうの荒野へと逃げ去っていった。
飛んで――逃げていった。
この手の中から。
一度は完全に屈服し、この手の中に収まったと思っていたのに。あんなに泣いて、すがって、自分を受け入れていたのに。あれもすべて逃亡の機会をうかがうための欺瞞だったというのか。
いや、そんなはずはない。あの時、カズマは受け入れていたのだ。劉鳳に支配され、蹂躙されることを。そうされることに喜びを感じていたのだ。
忘れるな、と、カズマは言った。「劉鳳」。その名前を忘れない、と。「カズマ」。この名を忘れるな、お前は必ずオレが殺してやる、と。
「……忘れる、ものか――」
少女が消えた虚空を見据え、劉鳳はつぶやく。自分の言葉をぎりぎりと奥歯で噛み殺しながら。
忘れるものか。
判っているはずだ。お前は、俺のものだと。
その身体中に俺の証を刻みつけておいて、なのにお前はこの手から逃げようとする。
お前を迎えに来た、その男のためか。それとも意味のない自分自身の片意地のためか。この俺に――自分ではない誰かに身も心も支配されることが、そんなに怖いか。お前の身体はその喜びをすでに知り尽くしているというのに、上辺だけでまだそれを否定しようとするのか。
そんなことは許すものか。
愚かな、そして誇り高い野良猫。美しい、黄金色の瞳(め)をした。
お前は俺のものだ。
思い知らせてやる。そして、今度はけして逃がしはしない。たとえお前の手足をへし折り、その朱色の翼をもぎ取ってでも、お前を足下にひれ伏させてやる。それが正しいことなのだと、骨の髄までたたき込んでやる。
お前が俺の名前だけを呼び、お前の瞳が俺だけを映すようになるまで。
それだけが、お前に許されることなのだ。
「カズマ――――ッ!!」
強風の中、劉鳳は初めてその名前を叫んだ。
――終――
この頁の背景画像は「いらそよ」様からお借りしました。
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