突然、リサが言い出した。
「ねえ。悪魔を倒すと、どうしてお金が手に入るの?」
 みんな、しばらく絶句した。

                               


「あーっ! ここって、セブンスじゃない!」
 リサの素っ頓狂な声に、達哉は周囲を見回した。
 見慣れた教室の風景。以前、達哉自身がぶっ壊した校章入りの時計も、そのままだ。
 なつかしい光景に、思わずふっと肩の力が抜ける。たとえ廊下をガスマスクつけたナチスSSが、マシンガンを振りかざしてウロウロしているとしても。
「ハンニャ校長、まだがんばってるのかなあ」
「うーん、そーじゃねーの。噂でヒーローになっちまったもんな、あのおっさん」
 オーブン、電子レンジに金ぴかオヤジと根性曲がりな罠だらけのシバルバーをようやく中ほど(推定)まで突破、そこで見つけたのがハーケンクロイツ印の空間転移装置。これで街との往復手段が確保できた、何よりも舞耶にもう二度とモーターボートの操縦をさせなくて済むと、達哉は仏頂面の下で安堵のため息をついていた。
「一旦、街へ出ようか」
「ベルベットルームに寄ってこうぜ。タロットカードもたまったし」
「装備も買い換えたほうがよくないかな、達哉」
「回復アイテムも補充しときましょ。これからも先は長そうよ」
「ついでにピーダイでなんか食ってかねえか」
「ファストフードは僕、飽きちゃったよ。クレール・ド・リュンヌにしようよ」
「たくさん悪魔退治したから、お金もかなり余裕あるものね」
 欲しいものをあれこれ並べながら、ショッピングモールに向かって歩き出した時。
 達哉はふと振り返った。
「どうした、リサ?」
「あのね、達哉……」
 普段は人一倍元気で、ショッピングとなれば先頭切って駆け回るリサが、なぜかうつむいて立ち止まり、考え込んでいる。
「どうかしたのか? さっきの戦闘で怪我でも――」
「ううん、平気。そうじゃなくて……」
 やがてリサは、思い切ったように顔を上げた。
 スカイブルーの瞳がまっすぐに達哉を見つめた。
「ねえ。悪魔を倒すと、どうしてお金が手に入るの!?」
「……は?」
「だってヘンだと思わない? 悪魔って、結局は私達にしか見えない、精神的なものでしょ。ペルソナと同じ、実体のない存在なのに。なのにどうしてお金持ってるわけ!?」
 いきなり何を言い出すのか。もしや、まだ混乱魔法が効いているのか。達哉はまじまじとリサの顔を見てしまった。
 リサの表情は真剣そのものだ。
「ううん、もしほんとに悪魔がお金を持ってるんだとしたら、私達、そのお金を悪魔の死体からかっぱらってることにならない!?」
「いや、その、それは……」
 詰め寄られても、達哉はろくに返事もできない。
「これが、ファンタジー系のゲームならまだわかるのよ。その世界ではモンスターは実際に存在するものだから、倒した後、その死体をきっと誰かが買い取ってるんだと思うのよね。相場もちゃんと決まってて、スライムの目玉一個1Gとかさ」
「ちょっと待て! んじゃなにか。勇者のパーティーが宿屋に泊まったら、夕メシに、昼間やっつけたスライムの煮込みとかゾンビの丸焼きとかが出てくるってのかよ! 気色悪りいこと言うなよ、ギンコ!」
「そうじゃなくってぇ。ほら、漢方とかもにあるじゃない。鹿のツノとか熊の手とか」
「リサ。鹿のツノは漢方薬の原料だけど、熊の手は中華料理の食材だよ」
 淳も真面目なんだか呆れてるんだかわからないツッコミを入れる。
「でもそうじゃなかったら、ほんとに、モンスターを倒した後にそのお財布をかっぱらってることになるじゃない。それじゃまるで……」
「世界を救う勇者じゃなくて、ただの強盗殺人犯ご一行様だよな」
 げんなりした様子で栄吉が言った。
「じゃあ、まさか俺らも……」
「いや、ちょっと待って、みんな」
 淳がごそごそとズボンのポケットを探る。
 取り出したのは、一個のチューインソウルだった。
「これ見て。このチューインソウル、ペルソナ能力を持ってる僕達には、これは能力の回復アイテムだけど、ペルソナを持ってない人達にとってみれば、これはきっとただのスナック菓子だよ。コンビニやドラッグストアで普通に売られてるただのお菓子が、ペルソナ能力を持っているが故に、僕達には貴重な回復アイテムに見えてるんだ。ペルソナがある故に、悪魔が見えるのと同じにね」
「……?」
 奇妙なことを言い出した淳を、リサも栄吉も、きょとんとした顔で見つめる。達哉も、淳が何を説明しようとしているのか、想像もつかない。
「この解毒剤だって、そうだよ。これはほんとは、ただの傷薬かなんかじゃないのかな」
「……そうね。だいたい悪魔の毒って、成分もよくわからないものね。ふつう、毒物って言ったって種類もたくさんあるし、解毒薬だってそれこそ毒の種類と同じだけあるものよ。なのにどんな毒にも一発、一瞬で解毒しちゃう薬なんてあり得ないわ」
 舞耶はかなり納得がいっている様子だ。淳の言葉にうなずいてみせる。
「つまり、ペルソナ能力を持つ私達には、ただの赤チンだか正○丸だかが、どんな得体の知れない毒にも一発で効いてしまう魔法の解毒剤として作用してしまうってことね?」
「そう。でも、ペルソナと無縁の人には、やっぱりただの赤チンなんだよ」
「ふーん……」
 リサと栄吉は、まだ話が飲み込めていないようだ。
「いつの間にか増えてるこのお金も、同じこと。ペルソナ能力のある僕達にはちゃんとしたお金に見えてるけど、ほかの人には全然違うものに見えてるかもしれないってことだよ」
「たとえば……ただの紙切れとか、葉っぱとか?」
 手にしたお札をぴらぴらひっくり返して確かめるリサに、そうそう、と淳はうなずいた。
「だいたい、僕達が悪魔と闘っている様子だって、ふつうの人には見えないんだしね」
「そっかぁ――」
 ようやく栄吉も納得がいったようだ。
「じゃあ俺達は、傍目にゃあただそこらをうろうろしてて、そのうちふっと立ち止まっちゃあそのへんのゴミでも拾って集めてる、お掃除ボランティアのにーちゃんねーちゃんにでも見えてっかもな!」
「そうそう!」
「うん、そんなふうに考えると、なんだか私も気がラク!」
 リサの表情もようやく明るくなる。
 さあ、これで安心して買い物に行けるぞ、となった時。
「でも……」
 つい、達哉は口を挟んでしまった。
「そんなゴミだか葉っぱだかで買い物しちまう俺達は、やっぱり詐欺を働いてるってことになるんじゃないのか――」
 一瞬の、沈黙。
 そして。
「大丈夫よ、達哉くん!」
 舞耶が明るく声を張り上げた。ばしん!と一発、達哉の背中を張り飛ばす。
「今、世界はこんなんなっちゃってるのよ! 街は空飛んじゃうし、ナチスはヘンテコなマシンで攻めてくるし。こーんなしっちゃかめっちゃかな社会状況で、レジの合計が少々合わなくたって、だーれも気にしやしないわよ!」
「……ま、舞耶姉ぇ?」
 一拍、間があって。
「そ、そうだよな! そのとおりだぜ!」
「さっすが舞耶ちゃん、いいことゆーなぁ!」
「うん、そうだよ。舞耶姉さんの言うとおり!」
「ねっ! こんな時こそ、レッツポジティヴシンキング! さ、お買い物に行きましょ、達哉くん!」

                               


「……て、ことを『向こう側』で話し合ったことがあるんだけど――」
 社会経験豊富なはずのオトナパーティーご一行様は、思わず答に詰まった。
 手には、さきほど天誅軍兵士を倒して手に入れた、かなりの額の紙幣。
「あ、あら、そうだったかしら。私、そんなこと言ったっけ……」
 舞耶はすっとぼけ、おほほほ……と笑った。
 だがそんなことで、達哉はごまかされてくれそうにはない。口をつぐみ、四人の大人達の顔を交互に眺めて、答を待っている。
「それは、その、だから……」
「いや、つまり、何てぇか――」
 うららとパオフゥは口ごもり、互いにちらっと顔を見合わせた。そしてはからずして同時に、助け船を求めるように、克哉を見た。
「えっ、僕!?」
 慌てふためく克哉に、それが兄貴の責任だと二人の目が言っている。
 達哉も彼らの視線を辿り、兄の顔を注視した。舞耶もどこか期待するような表情で、克哉を眺めている。
「だから、それはだな……」
 冷や汗をかき、言葉を探す克哉に、達哉は疑わしそうに眉をひそめた。
 ここでしっかりした答を出さなければ、兄貴としての沽券にかかわる。
 やがて克哉は、こほんと小さく咳払いをした。
「考えてみろ、達哉。噂がすべて現実になるなんて、本当ならあり得ないことだ。普通のカクテルバーで武器を売ったり、ブティックが鎧を販売したり、そんなことは本来なら絶対にあり得ない。どれほど治安の悪い国であってもだ」
「うん、まあ……」
「だがこの闘いが終われば、きっとすべては元に戻る。噂で引き起こされた事象もすべて元通りになるはずだ。『あり得ないこと』はすべて『なかったこと』になるだろう。『パラベラム』で武器を密売していた事実など、最初からなかったことになる。いや、そういう世界に戻さなくてはならないんだ」
 次第に熱を帯びてくる克哉の口調に、達哉も引き込まれたように小さくうなずく。
「悪魔の存在も『あり得ない』。街で武器や防具が売られていることも『あり得ない』。必ず、そんな事実はなくなる。きっと誰も記憶すらしていなくなるはずだ。だから『あり得ない』悪魔から得た金銭で『あり得ない』商品を買ったとしても、それは言ってみれば、商取引自体が『あり得ない』行為だ。今だけの、幻みたいなものだ。そんなことについて、深く考える必要はない!!」
「兄貴……」
 弟の眼差しに、ほんのちょっとだけ尊敬の色が浮かんだと、克哉は思った。

                               


 だがその後、律儀にクレジットカードで買い物をする周防克哉の姿が、街のそこかしこで目撃されたとかされないとか……。

【ささやかな疑問】

 この疑問は、RPGをやるたんびに感じてました。中にはほんまに「強盗殺人犯ご一行様」に近いゲームもあるしなあ。自分と同族の戦士や魔法使い、僧侶までばっさばっさとぶった斬りまくるヤツとか……しかも友好的な会話を望んだ相手さえ。ええ、WIZとかねえ。
 このページの背景画像は「牛飼いとアイコンの部屋」様からお借りしました。詳しくはリンクページからどうぞ
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