「超法規的措置だ。奴の置いていった武器を渡しておく」
 若い刑事はそう言って、小口径の拳銃をルール通り銃身を掴んだ形で舞耶に差し出した。
 「JOKER」と名乗る、血みどろの紙袋をかぶった殺人鬼。そいつが舞耶に押しつけていった小型拳銃。女性用をイメージしてあるのか、拳銃にあるまじきヴィヴィッドなカラーに塗られたそれを受け取るのに、舞耶はもう何のためらいも感じなかった。なぜ、その行為を自然と感じるのか。そんな自分をいぶかしくは思いながらも。
 けれど受け取る瞬間、拳銃を差し出した手を、その人の顔を、舞耶はまじまじと見つめてしまった。
 日本人にしてはやや色の淡い髪、端正な顔立ち。背の高い姿に生真面目なスーツ、ネクタイ。そして、せっかくのハンサムな容貌を隠してしまう無粋なサングラス。
「なぜかしら……?」
 それは、あの『彼』に感じたほど、鮮烈な感覚ではなかったけれど。
「私、以前どこかで、貴方に会ったことがあるような気がする……」



「そうか。それできみは、あの時、あんなことを――」
 岩戸山。すべての真実を映し出すという、鏡の泉の前で。
 克哉はどこか淋しげにつぶやいた。
「きみは『向こう側』で、『向こう側』の僕と会っていたんだな」
 舞耶は黙ってうなずいた。
「……そうか。『向こう側』でも僕は警察官だったのか」
 ほろ苦く、克哉は笑って見せた。
「じゃあやっぱり、きみに会ったのは署内で――」
「え、ええ。もちろん、それもあるんだけどね」
 突然、舞耶は視線を逸らした。
 耳元をうす朱く染めて、あたふたと視線をあらぬ方へ泳がせる。
「天野くん?」
「そのぉ、達哉クンも言ってたでしょ。シバルバーの内部では、思考が実体化しちゃって……」


                          
 ★  ★  ★

「と、とにかく。あんまり怖いことは考えないようにしましょ」
 シバルバー、ムルクの間。栄吉の恐怖心から産み出された金ピカ親父をやっとのことで撃退したあと、肩で息をつきながら舞耶は言った。
「考えるなって言われても――」
「そんなこと言われると、よけい意識しちゃうよぉ……」
 高校の制服に身を包んだ仲間たちは、不安げに顔を見合わせる。
 人間の思考がそう簡単にコントロールできたら世話はない。出てきたらイヤなもの、できることなら見たくないものが、あれやこれやと走馬燈のように脳裏をよぎってしまう。
 そして、次の瞬間。
「ぎゃーーーッ!!
 どかんッ! と爆発音が響き、いきなり中空から山ほどドアが降ってきた。
「ドラ○もんの××××
(ペケペケ)ドアかよッ!!
 見回せば、周囲はすべてドア、ドア、ドア。さながらドアの森だ。
「開けちゃダメ! ヘタに開けたら、何が出てくるかわかんないわよッ!」
「でも、どれがこの部屋の出口だか、わかんなくなっちゃったよーっ!」
「こ、これだ! これが出口に間違いねえ!」
 栄吉が行き当たりばったり、手近なドアのノヴに手をかけた。
「よせッ! ばか、やめろ、栄吉!!
 達哉が怒鳴ったが、もう遅い。
「ぎゃあああああッ!!
 中から雪崩のようにあふれてきたのは、緑青葺いた銅像の大群。
『私を見ろ!』
『私に従え!』
『私を頼るな!』
 口々にわめきながら、大量の歩くハンニャ校長像がゴトゴトゴトゴト押し寄せてくる。しかも、ヅラ。
「ぎゃーっ! ハゲーっ!!
「だ、誰だ、こんなモン想像したのはーっ!」
「ぼくじゃない! ぼく、こんなん初めて見たーっ!」
「た、助けてーっ!」
 リサが思わず、別のドアにすがりつく。
 そのとたん。
『天野ーッ! 仕事しろおッ!!
『なんだこの企画はァーッ! 没、没、没、やり直しーィッ!』
『有休取り消しーッ! ボーナスカットぉーッ!!
 メガネと化粧がやたらキョーレツな、小太りおばはんの一個中隊が飛び出してきた。
「きゃーッ! 水野編集長ーッ!」
『早く原稿書け、天野ぉッ!』
『代原
(だいげん)載せるか、え、この小娘がァッ!!
「ご、ごめーん! これ、私だわーっ!」
「舞耶姉ぇっ!!
 次のドアからは、
「な、な、納豆ーッ!?
 糸引く茶色いお豆の大津波。サービスの良いことに、ネギとカラシもついてくる。栄吉が頭から飲み込まれ、押し流された。
「ご、ごめんなさいぃーっ! 好きな食べ物のことでも考えれば、安全かと思ったのぉーっ!」
「リサ、お前かあッ!!
「それより早くミッシェルを助けなきゃ! 納豆に溺れて窒息死だなんて、雅さんになんて言い訳すればいいんだよ!」
「み、水! 水で洗い流しましょ! シャワーか何かない!?
「いやあーっ!! ま、舞耶ちゃん、コレは暴動鎮圧用の放水車ーっ!」
「俺ら、どっかのフーリガンかよーッ!!
「ミッシェル! ミッシェル、しっかりして! ペルソナ発動して! でないと、マジで溺死するよーッ!!
 舞耶は手近な支えに、命からがらすがりついた。
 しまった、と思った時にはもう遅い。
 次のドアが内側から開く。
 飛び出してきたのは。
『たっちゃーん、お帰りーっ!! 今日のオヤツは三段重ねスペシャル♥ストロベリーだよーっ!!
 舞耶は我が眼を疑った。
 目の前に突き出された、それはそれは見事なデコレーションケーキ。生クリームで造られたバラの花飾りも美しく、ふわふわのスポンジ地の合間には苺がふんだんに挟み込まれている。可愛いジェリービーンズに、『たっちゃんお帰り♥』と書かれたチョコレートプレート。漂うヴァニラとストロベリーコアントローの香り。
 それを片手に捧げ持っているのは、すらりと背の高い、端正な顔立ちの男性だった。
 日本人にしてはやや色の淡い髪と、同じ色の瞳。彫刻のように整った美貌を、なんのためかわざわざサングラスで半ば隠してしまっている。
 見る角度で微妙に色合いの変わる形状記憶ワイシャツは、肘の上まで袖まくり。それでもきっちりネクタイは弛めず、その上に、新妻御用達純白フリフリエプロンを重ねて。胸当て部分はラヴリーなハート型だ。丈も肩幅も充分なところを見ると、デザインに反してこれはれっきとした男性用のようだ。
 ご丁寧に頭には、給食当番のような白い三角巾。耳元からはらりと後れ毛がこぼれているのが、奥ゆかしい。
「あ、あの……」
 舞耶はまじまじと男性を見つめた。
 男性もサングラスの下で、眼をぱちくりさせている。
『……どちら様で?』
 答えられず、舞耶はつい、男性の頬に指を伸ばした。
 そこにぽっちりとついていた生クリームを、指先ですくい取る。
 無意識のうちにそれを自分の口へ運び、
「美味しい♥」
 舞耶はほほえんだ。
 すると男性も、にっこりと微笑する。
『ありがとう』
 まるで昏く凍りついていた湖が、春の陽光に一気に溶け出したかのような、そんな笑顔だった。
 このケーキ、貴方が造ったの? そう、舞耶が訊ねる前に。
「舞耶姉ェッ!!
 暴れ馬のごとき勢いで、達哉が突進してきた。
 ドアを壊さんばかりに体当たりし、出てきたものを普遍的無意識の彼方に押し込める。
「た、達哉クン……」
「舞耶姉ッ!」
 血走った眼をして、達哉は振り返った。
「今、なんか見た?」
「え?」
「なんか、見たッ!?
 真っ青な顔に脂汗、眼ばかりがぎらぎらと血走って、今にも血管ブチ切れそう、シャドウもかくやという達哉のご面相に、舞耶はにっこり笑ってかぶりを振った。
「ううん、達哉クン。私はなんにも見てないわ」

                           
★  ★  ★


「エ、エプロン……。フリフリ……」
「……給食三角巾……っ」
 呻くようにパオフゥが言った。そしてついに我慢し切れず、腹をかかえて大爆笑した。
「新妻エプロンッ! 周防兄が、ハート型のフリフリ新妻エプロン!!
 うららも這いつくばり、地面を叩きながら笑いころげている。
 エレガントさがウリのエリーまでもが、そのうららの背中にすがりつき、ひーひーと必死に笑いをこらえていた。
「……つまりね。私が覚えてた克哉さんの印象って……それだったの」
 申し訳なさそうに、舞耶が上目遣いに克哉を見上げていた。
「でもね、シバルバーではマイナス思考が優先的に実体化してたんだと思うの。だからあれは、『こーゆーお兄さんがいたらヤだなー』っていう達哉クンの想像であって――」
 克哉は首まで真っ赤になった。舞耶の弁明もまるで耳に入らない。ちりちりとうなじの毛が逆立つ。
「た……た……た、達哉あーーーッ!! !! !!
 洞窟中を揺るがすような兄貴の怒声を、異世界の弟はとても上手に聞こえないふりをした。



「でも克哉さん。貴方の奥さんになる幸運な女性は、あのエプロン姿を見せてもらえるのかしら?」
「えっ!?
「だって、ほんとに良く似合っていたのよ、純白の新妻エプロン♥」




                                                 〜FIN〜
【あなたの面影】
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ありがち、ありがち(^_^;)
このネタは絵にしたほうがインパクトあるとは思ったんですけど、自分で描く勇気はありませんでした…。誰か絵にしてくんないかなあ(*^_^*)
この頁の背景は「N'sMaterial」様からお借りいたしました。
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