【 アマイ ドクヤク 】
     
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 淳と……やっちゃった。





 だって、達哉がひどいんだもの。
 私がこんなに、こんなに達哉のこと、好きなのに。
 達哉と私と栄吉と、淳。みんな、膝小僧にバンソコ貼って、神社の境内で追っかけっこして遊んでた、あの頃から。
 ずっと、ずっと、ずーっと、達哉のことだけが、好きだったのに。
 達哉だって私の気持ち、ちゃんと知ってるくせに。
 たしかに、最初にキスしてって言ったのは、私。デートしようって言ったのも、16才のバースデイプレゼントにあなたが欲しいって言い出して、達哉をひどく困らせたのも、みんな、私。
 だけど達哉、結局は私の望み、叶えてくれたじゃない。
 キスして、裸で抱き合って、二人きりで夜を過ごした。
「リサとこんなことしてるってバレたら、俺、リサの親父さんにマジでぶっ殺されるな」
 二人でシーツにくるまって、笑い合ったよね。
 大好き。大好き、達哉。達哉の腕の中で、私、何度も何度も繰り返した。
 周防達哉の彼女は、リサ・シルバーマン。誰もがそう、認めてる。
 なのに、達哉の回りにはいつもオンナの噂が絶えなくて。
 同じ七姉妹学園
(セブンス)に通う女子生徒に告白(コク)られるなんて、もう、しょっちゅう。クラスメイトの誰それと夢崎区のクラブに入り浸ってたとか、どっかのマヌカンと腕組んでホテル街を歩いてたとか、OL風のおねーさん二人連れに逆ナンされてたとか、挙げ句の果てにはそのおねーさん二人ともおいしく喰っちゃったとか。
 そんな噂が聞こえてくるたびに、私は気にしないフリをしてた。
 だって、かっこ悪いじゃない。嘘かホントかわからないいい加減な噂で嫉妬して、きーきー彼氏を責め立てるなんて。
 ――なんて、ね。それは建て前。
 本当は、達哉に嫌われるのが怖かった。
 抱いてくれって言ったのは、お前だろ。別に俺は、お前じゃなくてもいいんだから。達哉にそう言われてしまったら。
 それが怖くて、私、何も言えなかった。
「いいじゃん。そんだけ達哉がかっこいいってことなんだから。だいたいさぁ、みーぽもあさっちも、他の女が見向きもしないようなダッサい男、彼氏にしたいと思う?」
 そんなふうに見栄を張って。
 一生懸命、我慢してたのに。
 ――あんまりだよ、達哉。
 クリスマスが近いのに、ケータイにメール入れても、電話しても、達哉、全然返事をくれないから。
 私、達哉の家のそばまで行ってみた。
 夕暮れ、マンションの谷間に埋もれてるような、小さな児童公園。
 昔、ここでよくブランコに乗ったっけ。達哉と栄吉が、どっちが高く漕げるか競争するの、私と淳はブランコを囲む手すりに座って眺めてた。
 そんなことを思い出しながら、達哉の家があるマンションに向かって歩き出そうとした時。
 私、見ちゃった。
 達哉が、私の知らない女の人と抱き合ってた。
 私たちより、年上。きっと社会人。普通のOLにしちゃ、ちょっと派手っぽい服装だけど。
 ……とても、綺麗なひと。
 セミロングの黒髪が肩のあたりでふんわりと広がって、優雅に揺れてる。白い肌に口紅のワインレッドが映える。泣いているのか、潤んで切なげな瞳。
 達哉の肩に頬を寄せるそのひとを、達哉はそっと抱きしめていた。
 けれど私に気がつくと、達哉は慌ててそのひとの身体を引きはがした。
 そのひとも指先で目元を拭い、それからわざとらしく「じゃあね、達哉くん」なんて挨拶なんかして、逃げるように立ち去った。
「達哉」
 私はできるだけ何でもないような顔をして、達哉の名前を呼んだ。
「あ……あのひと、兄貴の嫁さんになる人だよ」
 私が何にも訊かないうちから、達哉はしゃべり出した。
「もうすぐ結婚するんだ。なのにあのバカ兄貴、仕事仕事でさ。結婚式まであと二ヶ月もないのに、彼女とろくに会ってもいねえんだって。それで舞耶さん――その、義姉
(ねえ)さん、ちょっとナーバスになってるみたいでさ。俺に、兄貴の様子を訊きに来たんだよ。もしかして、浮気でもしてんじゃないかって。笑っちまうよな。あの朴念仁が、恋人つくって結婚まで話進めただけでも奇跡だってのに、その恋人ほっぽって他の女と浮気できるほど、器用なわけねーって」
「ふぅん……」
 こんなふうに、達哉が自分からべらべら喋るのは、何かごまかしたいことがある時だけ。
 でも私は、何も言わなかった。達哉の言い訳を信じてるふりをした。
 あのひとは、達哉のお義姉さんなのね。お兄さんとのささいな行き違いで傷ついたお義姉さんを、達哉はなだめていただけなのね。
 だったらあなたの唇の端に残るワインレッドも、あのひとの口紅
(ルージュ)がこすれてついたんじゃなくて、お昼に食べたパスタのトマトソースとか、言うわけね。
「リサ」
 達哉はそっと私を抱き寄せた。
 普段よりずっとずっと、優しい仕草で。
 私にキスした。
 ……あのひとにキスした唇で。あのひとの香りがまだ残る、唇で。
 ひどいよ、達哉。
「今なら、俺ん家、誰もいないから。寄ってくだろ?」
「ううん、ごめん。今日は早く家に帰らないといけないんだ。この頃、パパがやたらうるさくって」
 達哉に「また明日ね」って言って、手を振って別れたけど。
 私、家になんか辿りつけなかった。
 すごく、寒い。
 雨が近いのか、冷たい湿気を含んだ風の中、ものすごい早足で歩く。何度か人にぶつかりそうになって、それでも停まらずに。
 血が出るくらい、唇咬んで。街中で泣くなんてみっともない真似、絶対したくないって、ただそれだけを必死に考える。もう、自分がどこを歩いてるかもわからなかった。
 このままじゃほんとに、自分がどこに行くかわかんない。そう思った時。
「リサ、どうしたの!?」
 耳に馴染んだ声が、私の名前を呼んだ。
 思いがけない強い力で腕を掴まれ、引っ張られる。
「リサ!」
 振り返ると、女の子みたいに優しい顔立ち。褪めた藍色の、春日山高校
(カスコー)の学ラン。
 切れ長の綺麗な瞳が、私を真っ直ぐに映してた。
「……淳――」
 あ、やばい。知った顔に会うと、よけい泣きそうになる。
 そう思って、私は淳の手を振り払おうとした。
「痛いよ、淳」
「あ、ごめん」
 でも淳は、私の腕を放そうとはしなかった。
「おいで、リサ」
 半分、無理やり私を引きずるようにして、淳は歩き出した。
「いいよ、離して。私、もう帰るから」
「駄目だよ。そんなふうに泣くの我慢してたら、あとでもっとつらくなるよ」
「な……っ。なんで――。わ、私、別に……!」
「達哉だろ。わかってるよ」
 はっきりと断言されると、もう私、何も言い返せなかった。
 淳は私を、自分の家に連れてってくれた。
 子どもの頃に両親が離婚しちゃった淳は、お母さんと二人暮らし。お母さんはTVでもしょっちゅう見かける有名な女優さんで、その分、家に戻ってくる時間は少ないらしくて。珠間瑠市でも指折りの高層マンションの最上階で、淳はまるで一人暮らししてるみたいだった。
 綺麗な夜景。やわらかいクッション。エアコンが造り出す、あったかくて乾いた空気。
 そして、抱きしめてくれるひと。
 私、泣いて、泣いて。
 達哉なんて大嫌い。だって、私の気持ち、全然わかってくれない。こんなに、こんなに達哉のことが好きなのに――。
 今まで言えなかったこと、全部、涙と一緒に吐き出して。
 気がついた時には私、淳とやっちゃってた。


 淳は、達哉よりもキスが上手で。
 達哉よりも優しく、私を抱いてくれた。
 達哉とえっちした時よりも……私、感じちゃってたかもしれない。
「いいんだよ、リサ。リサが悪いんじゃないんだ」
 小さな子どもをあやすように、淳がささやいた。
「悪いのは、達哉のほうだよ。達哉はリサに甘えてるんだ。リサが本当に一生懸命、達哉のことを想ってるから。自分がどんなに遊んでても、リサだけは絶対に自分を許してくれる、自分を待っててくれるって、信じてるんだ」
「それは……」
 たしかに、淳の言うとおり。
 私は、達哉にとって特別な女の子。たとえ何人、何十人の女の子と遊んでたって、最後には必ず、達哉は私のところへ帰ってくる。そう、信じてる。
 ――て、いうか。
 信じてなきゃ、やってられないよ。
 本当に帰ってきてくれるんだろうか。もしかしたらこれっきり、達哉が私の手の届かないところへ、行っちゃうんじゃないか。
 ちょっとでも気を抜けば、すぐにそんな疑問が頭をもたげて、自分で自分の心をコントロールできなくなっちゃう。
 だって、わかるんだよ。達哉が遊び相手のオンナ、変えた時。
 たとえば私の知らない服やCDが増えてたり、レンタルしてくるDVDの毛色が変わったり。
 髪にわずかに残る化粧品の香りとか、――SEXの時の、ほんのわずかなクセとか。。
 少し乱暴になったり、反対に急に優しくなったり。多分、そういうSEXが好きな女がいるんだと思う。かと思えば、いろんなことを私の身体で試そうとしてみたり。
 そういうことで他のオンナの存在を知らされるって……もう、最悪。
 なのに、笑っちゃう。ここまでされてて、私、まだ達哉のことを待ってる。待ち続けてる。
「わかるよ、リサの気持ち」
 淋しそうに、淳が言った。
「かっこ良くて、ケンカも強くて、曲がったことが大嫌いで……。達哉は、ぼくのヒーローだった。子どもの頃から、ずっとね」
 私は黙ってうなずく。
 私が、他の子と違うこの容姿のせいで仲間はずれにされた時、栄吉が野良犬に追っかけられた時、淳がたちの悪いいじめっ子にからまれた時。助けてくれたのは、いつだって達哉だった。
 ――そのたびに達哉は、あとでお兄さんに連れられて、ぶん殴っちゃった相手の子の家まで謝りに行かされたらしいけど。
「達哉も少しはリサのこと、心配すればいいんだ」
 淳がそっと顔を近寄せてくる。こつん、おでことおでこをくっつけて。
「知ってるよ。リサ、ほんとは七姉妹
(セブンス)でもすごくもてるんだよね。達哉も、自分のわがままのせいで今度こそリサに見捨てられるかもしれないって思ったら、少しはお行儀良くなるかもしれないよ」
「そんなの……。無理だよ、私――」
 いやだよ。達哉以外の男の子なんて。
 そう思って、ようやく気がついた。
 そうなんだ。淳とこうしてるのも、達哉を裏切ってることになるんだ。
 どうしよう。
「心配しないで。リサはちっとも悪くない」
 淳が、片手で私の頬を包んだ。夜みたいに黒い瞳が、私を映してる。
「悪いのは、達哉とぼくだよ。達哉はリサを泣かしてばっかりだし、ぼくはリサの泣き顔に付け込んで、騙してベッドに引きずり込んだんだ」
 触れるか触れないかの、小鳥のキス。私の唇に、頬に、鼻のてっぺんに、ちょん、ちょん、て、繰り返される。
「このことが達哉にバレたら、ぼくに強姦
(レイプ)されたんだって、言えばいい」
「そんなこと――!」
 言えるわけ、ない。
 淳はくすっと小さく笑った。
「大丈夫。ぼく、意外と嘘吐きだから。達哉を騙しておくのだって、わけないよ」
 淳の唇が、私の唇に触れた。
 なめらかな舌先が、ひどく咬んで傷つけた唇を、いたわるようにそっと撫でていく。
 それだけで、ぞくぞくっと皮膚が粟立つようななにかが、背中を走り抜けていった。
「なんか……淳、すごく慣れてる」
「まあ、ね」
 淳は唇の端だけで、困ったようにちょっと笑った。
「母さんの仕事の関係で、けっこういろんな人が出入りしてるから、この家」
 その言葉にうなずいていいのか、首をかしげていいのか、私にはわからなかったけど。
「そう言えばぼく、自分より年下の子と寝たの、初めてかもしれない」
「淳、初めてえっちしたのって、幾つの時?」
「14才。ちなみに、相手のひとは28」
「早熟
(ませ)てたね」
「うん。でもそのおかげで、こうしてリサにうんと優しくしてあげられるんだよ」
 その言葉通り、淳のキスはとても優しかった。
 唇、頬、泣いてひりひりする目元。ゆっくりと癒すように、くちづけが繰り返される。
 私が少しでも嫌だと感じることは、淳は、絶対にしない。まるで淳の手のひらの上に、私の気持ちが全部さらけ出されてるみたい。
 淳はゆっくりと私の身体をシーツの上に横たえた。
 爪先から髪の毛まで、淳のキスが私の全部、覆い尽くしてく。
 それだけで私の身体は溶けそうになる。
 ちょっと冷たい指先が皮膚の上を這う。円を描くように、私をからかうように。その動きに、薄い皮膚の下でぞくっとなにかがふるえ、眼を醒ます。
 淳の皮膚は少しひんやりして、さらりと乾いてる。触れるだけで火傷しそうな、火照る達哉の肌とは全然違う。
「可愛いよ、リサ。綺麗だね」
 耳元にささやかれる、低い、優しい声。ちょっと熱っぽくかすれて、私の中に溶けて染みこんでいくみたい。
 頭の中で、なにかがちりちり鳴ってる。だめ、いけないって、小さな小さな叫びが聞こえる。
 でも。
「いいんだよ。リサはなんにも悪くないんだから」
 優しく抱きしめられると、もうなにも考えられなくなった。
 私を包んでくれるぬくもりに、その心地よさに、夢中で縋りついて。
 自分がなにを言ってるのかもわからなくなる。
「なにが欲しいか、言ってみて? リサがして欲しいこと、みんなしてあげるよ」
「あ、あ……っ。いや、そん、な……、私……っ」
「大丈夫だよ。ほら……ね。リサのここ、こんなに悦んでるから――」
 長い器用な指が、私の秘密を優しくかき乱す。濡れた花びらが押し広げられ、くちゅっ、ちゅくん、て、小さないやらしい音が、私の耳にもはっきり聞こえた。
 爪先が勝手に跳ね踊る。もう、自分の身体が全然思い通りにならない。
「い、いやあ……っ。やめて――やめ、あ、あ……っ!」
「泣かないで、リサ。ね、もう何も怖いことないだろう?」
 誰?
 甘いキス。爪先から膝、脚のライン、そしてその奥へ。私の上を滑っていく。
 指先で押し広げた私の秘密に、熱い吐息が触れて、そして淫らなキスが押し当てられた。濡れそぼる肌をさらに濡らし、快楽で染め上げる。
「あ、あ……あーっ!」
 頭のてっぺんまで一気に、真っ白な火花が駆け抜ける。
 毒薬みたいに綺麗で優しい快楽が、私の中に染みこんでいく。
「泣かないで、リサ。泣かせたくないんだ」
 誰、私を抱いてくれるひと。
 あなただよね。
 そう……、あなただよね。
「リサ。好きだよ、リサ」
 嬉しい。
 私も。私も、あなたが好き。
「すき……だいすき……っ!」
 こんなふうに、優しく抱いて欲しかったの。
 きゅうって強く抱きしめて、ずっとずっと、キスしてて欲しかったの。
「こう?」
「う、うん……っ! そう――あ、あぁっ! そこ……もっと……っ!」
「うん、いいよ。リサの欲しがること、みんな、してあげるよ……」
 蕩けるキス。二人の唇が溶け合うみたい。
 溶けてしまえばいい。身体も心も、全部。二人、溶け合って、二度と離れることのないように。
 私の中に、沸騰する激しい熱が流れ込んでくる。
「あ……は、ああんっ! あ、あーっ!」
 そして、目も眩むような甘い甘いエクスタシーが、私を呑み込んで、押し流していった。





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 この話の達哉、最低男。でもゲーム中、舞耶と「凄くいい感じ」で、「淳しか見えない」で、ギンコに「好きだよ」じゃ、マジでこーゆー男ってコトじゃないか!?(すいません、そんな選択したの、私だけですか?)
 ほんでもって、この続きでは淳が最低男。
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