【 アマイ ドクヤク 】
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 結局私は、門限ぎりぎりに自宅(うち)へ帰った。
 家の近くまで淳に送ってもらって、アリバイ工作にはあさっちに協力してもらった。きゃぴきゃぴしてるみーぽより、ちょっと大人っぽい感じで話すあさっちのほうが、うちの親には受けがいい。
「周防先輩と一緒だったんでしょ?」
 ケータイから聞こえてきたあさっちの言葉に、私、答えられなかった。
「わかってるって。ちゃんと協力してあげる。『私の家に忘れ物してるわよ、リサ』って、電話すればいいんでしょ? その代わり、私に彼氏ができたら、まとめて恩返ししてよね」
 で、翌日は私、学校をずる休み。
 だって、達哉と顔合わせたくなくて。
 少しは達哉にも心配かけてやればいいんだ。淳はそう言ったけど。
 やっぱり胸の中、罪悪感でいっぱい。
 淳のキスが優しかったから……なおさら。
 いたわるようなキスが優しくて、うれしくて、私、「やめて」って言えなかった。
 多分……誰でも良かった。達哉以外の、私に優しくしてくれるひとなら、誰でも。淳じゃなくても。
 淳もそれはわかっていたと思うけど。
 達哉にも、淳にも、私、すごく悪いことしちゃったんだ。
 ママは私の仮病をちょっと疑ってたけど、それでも一日くらいは大目に見てくれるみたいだった。
 ベッドの中で、お昼過ぎまでうだうだしてたら。
 ケータイが鳴った。
「達哉!?」
 反射的にそう思ったけど。
 着信表示に出てる名前は、淳だった。
「リサ、大丈夫? さっき達哉にメールしたら、今日はリサ、学校休んだって言ってたから」
「う、うん……何でもないよ。その――ちょっと、さぼりなの」
「そう? ならいいけど。じゃあさ、今からちょっと、出てこられるかな?」
「え?」
 淳に会うのも、やっぱりすごく気が引けたけど。
 淳に謝らなくちゃ。そう思った。
 ごめんね。淳にすごく迷惑かけた。全部忘れてなんて都合のいいこと、言えないけど。
 もう、これっきり。
 もう二度と、泣いて淳に甘えるなんてこと、しないから。
 そう言おうと思ってた。
 私たちはアラヤ神社の境内で待ち合わせすることにした。
 ここは小さい頃からずっと、私たちの遊び場だったとこ。夏も冬も、達哉と私と栄吉と、淳、四人でいつもここで遊んでた。さびれて、ろくに参拝客もいないちっぽけなお社だけど、私たちにとっては大切な想い出の場所。
 淳のマンションより私ん家のほうが神社に近いのに、先に淳が境内に到着して、私を待ってた。
 淳も私服。カス校の学ランじゃない。
 黒のピーコートにオフタートルのセーター、ブーツカットのジーンズ。背は高いのに、遠くから見るとやっぱりどこか女の子みたい。
「淳、学校は?」
「ぼくもさぼり。平気だよ。出席日数はちゃんと足りてる。カス校じゃ、七姉妹
(セブンス)ほどうるさいこと言われないしね」
 私たちはお社の石段に並んで腰を下ろした。
 自分から会おうって言ってきたくせに、淳は何も話そうとしない。
 しかたなくて、私のほうから適当に話しかける。
「ねえ、淳。どうしてカス校に入ったの? 淳のアタマなら、七姉妹だって充分合格したんじゃない?」
 淳は少し困ったように笑った。
「七姉妹に、橿原って歴史の先生、いるだろ?」
「え、うん……」
 優しくて、授業もけっこう面白くて、人気のある先生。たしか天文部の顧問もしてたはず。
「離婚したぼくの父さん」
「えっ!?」
「やっぱり嫌だろ。そういう微妙な関係の人と、毎日顔合わせるなんてさ」
「うん……」
 そんな話をしながら、ふと、私、気づいた。
 淳の耳元に、ポータブルMDプレイヤーのヘッドフォンがある。
 誰かと話しながら音楽聴いてるなんて、そんな失礼なこと、淳はしなかったはずだけど。
「なに、聴いてるの?」
 私は自分の耳元を示して、淳に訊ねた。
「いいものだよ」
 淳は屈託なく笑った。
「リサも聴いてみる?」
 ヘッドフォンのかたっぽを私に差し出す。
 言われるまま、それを受け取って、自分の耳にあてる。
 聞こえてきたのは。
「そう。それ、昨日のリサの声」


『や、やだ……っ。もぉ、やあ――ああ、だめえ……っ』
 すすり泣くような喘ぎ声。うわずって、べたべたと絡みつくよう。
『こうされるの、いやなの? じゃあやめようか?』
『いやああ……っ! だめ、だめええっ、やめちゃ、いやあああっ!』
 荒い息づかい。悲鳴のように泣きじゃくる声。もう……これ、人間の声じゃない。動物の啼き声。
『あぅ、あ――ああっ! いや、あ、おねが……っ! お願い、ねえぇっ!』
『どうして欲しいの? リサ』
『……してっ――。も、もっと……して、お願い……っ!!』
『うん、いいよ。してあげる。リサが望むこと、みんなしてあげるよ……』
 ……覚えて、ない。
 こんなこと、私、全然覚えてない。
 でもMDに録音されてるのは、間違いなく私と淳の声。
『あ、あ……いい――っ。悦いの、すごい……っ。あ、ひぁ……あーっ!』
 私はヘッドフォンをむしり取った。
 淳の手からMDプレイヤーを奪い取り、地面に叩きつける。
「わかってると思うけど」
 淳はゆっくりと、嫌味なくらい丁寧に、それを拾い上げた。
「これ、マスターテープじゃないよ」
「な……なんで――」
 かすれて、引きつった声がようやく出てきた。
「淳、なんでこんなこと……っ!!」
「また、リサと二人きりで逢いたいんだ」
 淳は微笑した。
 それは、私が見慣れたいつもどおりの淳の笑顔。優しくて、もの静かで、どこか少し淋しそうな影が残って。
 なのに。
「目立つとこでデートしようなんて、言わないよ。ただ時々、リサがぼくのマンションまで来てくれればいいんだ。達哉にはもちろん、内緒にしておいてあげる。ぼくだって、達哉を傷つけたくないんだ」
 なに……なに言ってるの、淳。
 優しく笑いながら淳が言ってること、聞こえる言葉が、みんな耳の中素通りしてく。全然、意味が理解できない。私の頭の中、どっかすっぽり抜け落ちちゃったみたい。
「ぼくの呼び出しと達哉とのデートがかち合っちゃったら、迷わず達哉を選んでかまわない。そのあとでちゃんと、ぼくのとこへ来てくれれば」
 棒っきれみたいに硬直した、私のそばにそっと寄り添って。
「達哉とSEXしたあとでも、ぼくは全然かまわないよ」
 まるで恋人同士の睦言をささやくように、淳は言った。
 そしてMDプレイヤーのメモリーをたしかめ、もう一度私の耳元にヘッドフォンを押し当てる。
「ただ、SEXしてる時にぼくのこと『達哉』って呼ぶのは、やめて欲しい」
 ヘッドフォンから聞こえてきたのは。
『あ、あ、達哉……っ! 達哉ぁ、た、たっちゃん……っ! た、あ……っ!!』
『リサ。――リサ』
 答えているのは、たしかに淳の声。
 でも、
『たっちゃん……っ! た、たつや、好き――大好き、達哉ぁ……っ!!』
 私の声は、莫迦みたいに達哉の名前を繰り返していた。
『好き……。ね……、ねっ、たつやも……っ! 達哉も、言って……!』
『ああ……好きだよ、リサ――』
 ひどくつらそうに、淳が応えてる。なのに、私の声は。
『うれし……っ。た、たっちゃん、好き――大好き、ずっと、わたし、たっちゃんが……あ、あ――好きなのぉっ!』
 そう――あの時、私、すごく嬉しかった。
 思い出した。『達哉』が私を好きだよって言ってくれて。優しくキスして、抱きしめてくれて。
 だって、ずっと私、そうして欲しいって思ってたから。こんなふうに優しくキスされて、達哉に抱きしめられたいって。達哉に「好きだよ」って言ってもらいたいって、思ってた。
 だから私、『達哉』の言葉がほんとに、泣きたいくらいうれしくて――!
 あらためて自分自身から突き付けられたみたい。お前の中はいつだって、達哉のことでいっぱいなんだって。頭の中も、身体も、ただ、達哉のことだけで。
「な……んで――」
 そうだよ。これ聴いて、私の気持ちがわからないはず、ない。
 淳は、私の心、ちゃんと知ってるのに。
「なんで、淳……っ」
 もしかして……これを聴いたから?
 私が淳に抱かれながら、達哉のことばかり想い続けていたから。淳を、達哉と間違えたから。だから――淳、こんな意地悪するの?
 私、もう立ってられなかった。
 貧血みたいに全身の力が一気に抜けて、その場にすとんとしゃがみこむ。それっきり顔も上げられない。
 涙がこぼれた。
「ひどいよ……っ、淳――!」
「うん。非道いよね。ぼく、最低だ」
 淋しそうに、淳は言った。
「それでもぼくは、リサを抱きたいんだ」
 強く、腕を引っ張られる。淳が無理やり私を立たせた。
「おいで。ぼくん家に行こう。今日は昨日より、ゆっくりしていけるよね、リサ?」


 キスと指だけで、何度かいかされて。
「あ、く……っ。い、いや……、いやあぁ……っ!」
 清潔なシーツの上で、のたうつ。淳の肌に爪をたてる。
 こんなの、初めて。いっちゃったからそれでお終いって感じになるかと思ったのに、全然足りない。欲しくて――もっと欲しくて、停まらなくなる。頭の芯までじんじん痺れて、息も上手くできない。
「可愛いね、リサ。感じやすいんだね」
 優しい声で、淳がささやいた。私の髪に触れて、後頭部で髪をひとつにまとめていたバレッタを外してしまう。
 軽い髪がぱさぱさと肩や背中に降ってきた。汗ばんだ肌にまとわりつく。
「綺麗だ、リサの髪。本当はぼく、こうして髪を下ろしてるリサを見るのが好きなんだ」
 ふつうなら優しい睦言なんだろうけど、私には底意地の悪い、冷たい嫌がらせにしか聞こえなかった。……淳、私が自分の髪の色や容姿のこと、コンプレックスになってるって知ってて、そういうこと言うんだ。
「泣かないで、リサ。ほら……リサの好きなこと、してあげるから」
 長い器用な指が、私の身体を這う。脚の間にするっと忍び込み、私の秘密を探り当てようとする。
「く、んん……っ!!」
「ほら、唇咬んじゃ、だめ。痕が残るよ」
 ウエストに淳のキス。尖らせた舌先がすうっと濡れたラインを描く。
 それだけで、私の意識はどっかに吹っ飛んでいきそうになる。
「あ……っ、あ、やだ、やめて……っ!」
 いや。
 淳の指に、キスに感じるなんて。達哉を、ますます酷く裏切っているみたいで、自分を許せなくなる。
 でも淳は、まるでそういう私の気持ちまで全部、見透かしているみたいだった。
「大丈夫だよ。今、リサがここでなにしてたって、達哉にはわからないんだから」
 ひどい――ひどい、淳。どうしてそんなこと言うの。
「どうして意地を張るの? リサのここ……こんなに濡れて、ひくひくしてる。こっちだって、もうこんなに硬い」
 淳の指が胸の飾りを摘み取る。
「ひぅっ!」
 短い悲鳴が、口をついて出る。
 二つの突起を指先で転がされ、きゅっと強く爪をたてられる。耳元に繰り返される甘いキス、ささやき、吐息。
 淳の触れるとこ全部、じんじん疼いて、熱を持って、止まらない。少しでも気をゆるめたら、自分からいやらしく淳にすり寄ってしまいそう。
「いいんだよ、リサ。リサのしたいようにすればいいんだ」
 濡れた熱い舌先が、胸元に透明なラインを描く。爪でさんざんいたぶられて、朱色に染まって勃ちあがった胸の飾りを、淳は唇
(くち)に含んだ。
「きゃ、うぅっ!」
 軽く歯をたてられ、全身が弓なりにのけ反る。衝撃にも似た快感が、私の身体を走り抜ける。
 硬い脚が私の膝を割る。濡れた部分に長い指が滑り込み、ゆっくりとかき混ぜる。目も眩むような快感が、そこから湧き上がった。
 小さな快楽の芯を、強く指先で摘み取られて。
「ひあ――あ、あ……っ。いやあぁ……っ!」
 身体が浮き上がる。爪先までびりびり電流が駆け抜けて、頭の中が真っ白にスパークする。
「あぁああっ! いや、あ、た――ッ!!」
 思わず、口をついて出そうになった名前。
 達哉。
 淳が私の顎を掴んだ。私を強引に振り向かせる。
 乱れた前髪の下、黒い湖みたいな瞳が、突き刺すように私を見ていた。
「じ、淳……っ」
 その時。
 突然、ケータイが歌い出した。
 電子音が奏でる、古いラヴソング。これはメールじゃなくて、通話の着信を知らせるメロディ――それも、達哉のケータイからの、だけ。そういうふうに設定した、My Favorite Song。
 でも、だめ。今は出られないよ。
 そう思ったのに。
 ぱっと、淳が手を伸ばした。
 脱ぎ散らかした服の上に放り出してあった、私のケータイ。私が気づいて手を伸ばすより早く、淳がそれを取り上げてしまう。
「淳!」
 そして淳は黙って、通話ボタンを押した。
「あ、リサか? リサ――もしもし?」
 小さなパールピンクのケータイから聞こえてくる、達哉の声。
 大好きな達哉の声。でも今は、一番聞きたくなかった声。
 淳がケータイを私に差し出した。唇の動きだけで「早く出なよ」と言う。
「な……っ。なんで、淳……っ」
「リサ? おい、リサ?」
 電話の向こうで達哉が私を呼んでいる。
 答えないわけに、いかない。
 ふるえる手で、私はケータイを受け取った。
「も、もしもし……」
「なんだよ、リサ。どうかしたのかよ」
「あ、うん……。な、なんでもないよ」
 淳に背を向け、手で口元を隠すようにして、私は達哉の声に答えた。
「どしたの、達哉。な……なんか、用?」
「いや、たいした用じゃないんだけど――。お前、今日、学校
(ガッコ)休んだろ。だから、どうしたかなと思ってさ」
「うん――」
 達哉の声。いつもとまったく変わらない。低くて、優しくて……なんにも知らない、達哉の声。
「ち、ちょっと私、風邪ひいたみたいなんだ……」
「大丈夫か? そう言やお前、少し声ヘンだぞ」
 達哉の声を聞くだけで、泣きそうになる。
 早く切らなくちゃ。達哉が気づく前に。そう思った時。
 いきなり淳が私に触れた。
 後ろから私を抱きしめ、うなじにくちづける。
「な――ッ!?」
「なにしてるの、リサ。ちゃんと返事しなよ。達哉が心配するよ」
 淳が耳元でささやく。私を抱きしめ、両手を淫らにすべらせながら。
「な……っ。な、んで――」
「リサ? どうかしたのか? 誰かそこにいるのか」
「あ……っ、て、TV! TV、つけてるの……っ」
 淳の指が淫らに動く。背後から私を抱きしめ、胸のふくらみをゆっくりと包み込む。そして右手がさらに下へ滑り、熱く潤んだ私の秘密に触れた。
「く、ぅ……っ!」
 爪を綺麗に整えた長い指先が、私の中に滑り込む。ちりっとした痛みと、それすら悦びに変える衝撃とが、身体の芯でスパークする。
「リサ?」
 ちゅく、ちゅ、くぷ――いやらしい音がこぼれる。
 ああ、もし、この音が達哉に聞こえちゃったら……!!
「た、達哉……」
「お前、大丈夫か? あんま無理すんなよ。いいから、明日も休んじまえよ」
「う、うん――」
 快感が波のように襲ってくる。全身を毒みたいに駆けめぐり、私を浸食していく。
 かき乱されるそこが、熱い。溶けそう。放って置かれた胸の突起は、じんじん疼いて、もっと惨い扱いを待ちわびている。
 喉の奥から込み上げるあえぎ声を、必死に呑み込んで。
「この前、お前が言ってたレンタルDVD、夢崎の店で見つけたからさ。今度一緒に、借りに行こうぜ」
「あ……うん――、うん……っ」
 もう、達哉がなにを言ってるのかも、わからなくなる。
 首すじから顎へ、耳たぶへ、淳の熱い舌が這い回る。耳元でこだまする、淳の熱い吐息。
「リサ……好きだよ、リサ……!」
 指が、浅く深く、私の中でリズムを刻む。それが、どんどん早くなる。
 声が――声が、出ちゃうっ!
「おい、リサ?」
「ご、ごめん、達哉っ! 私、あ……頭、痛いのっ!」
 悲鳴のように、私は言った。
「お、おい、リサ!? どうしたんだよ!?」
「もう、わ、私――ッ! ごめん、達哉っ!!」
 達哉の返事も聞かず、私はケータイを切った。
 電波が、達哉の声が途絶えたとたん。
「リサ――!!」
 淳が強く私を抱きしめる。
 シーツの上に乱暴に押し倒され、そして背後から貫かれた。
「あ、ああああぁッ!!」
 身体が真っ二つに裂かれるような衝撃。熱い快楽の奔流。
 喉元まで一気に、淳の熱い昂ぶりが突き上げてくる。
「あああっ! いや、いやあああッ!!」
 私は泣き叫んだ。
 揺さぶられ、ねじ曲げられ、引き裂かれる。快楽の奈落に突き落とされる。
「リサ、リサ――リサ……ッ!!」
 狂おしく、淳が私の名前を繰り返す。
 そして、すべてが悦楽と苦痛の狭間に飲み込まれていった。




                                    
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 ま、まだ終わらない……。なんでこんなに伸びるんだよぉ。さくっと2頁くらいで終わるはずだったのに……。
 しかもこれじゃ、達哉が大間抜け。
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