「ホタルイカ?」
「体長5〜7p、こんくれえの小っちぇイカなんだけど、身体中に発光器官を持ってて、水中で光るんだよ。蛍みたいにさ。もっとも、人間の肉眼に見える光は、一番強く発光する足の先端だけなんだけど。ふだんは水深40m以上の深海で暮らしてて、早春になると、産卵のために海流に乗って、水面近くまであがってくるんだ」
「ふーん……」
 薫平はじっと写真を見つめていた。小さなパネルの向こうに、暗く冷たい深海が見えているかのようだった。
 未沙もパネルを見つめ、思わずつぶやく。
「きれいだね……」
「食っても旨いけどな」
「――あのね」
 ムードぶちこわしの一言に、未沙はじとっと薫平をにらんだ。
 薫平はにかっと笑った。
 そしてまた、パネルの向こうの遠い海を見つめる。
「波の荒い時なんか、時々あのイカの群れがそのまま砂浜まで打ち上げられちまうこともあってさ。そうすると、砂浜に一面、小さな光が散らばるんだよ。真っ暗な中、足元に、蒼い、宝石みたいな光がばらまかれて――。地元じゃ『ホタルイカの身投げ』なんて言ってんだってさ」
「それを、見に行くの?」
「運が良けりゃな。昔は富山湾の、春から夏にかけての風物詩だったらしいけど、今じゃめったに見られないそうだから」
 薫平も、未沙の隣に座る。
 そうやって並んで座ると、まるでずっと付き合ってるカレカノみたいで、未沙は一瞬とまどった。
 でも、ここは薫平の部屋なのだし、自分は彼の親切心――あるいは、同情心かも――にあまえて、連れてきてもらったわけだし。
 ほかに座るところもないし、第一、薫平は未沙にさわれない。なにかしようとしても、未沙の身体を突き抜けてしまうだけだ。
 ……ま、いいか。
 薫平じゃないけれど、そう思うしかなさそうだ。
「いっしょに行くか?」
 まるでいたずら坊主みたいに無邪気に笑って、薫平は言った。
「えっ?」
 突然の言葉に、未沙は顔をあげた。
 すぐそばで、薫平が未沙を見つめている。
 少し茶色がかったあったかい色の瞳が、まっすぐに未沙を映していた。
「な、なんで……」
 うまく声が出てこない。
 未沙は思わず、逃げるように視線をそらしてしまった。
「なんであたしが、そんなとこまで……。だ、だいたいあたし、そーゆーの、あんま興味ないっていうか――」
 ……やだ、あたし。なんでこんな、焦ってんだろ。
 未沙は膝の上で、きゅっと両手を握り締めた。――なんか、ヘンにおどおどしちゃってさ、しゃべってもみんな、カミカミじゃん。カッコ悪い。
 これではまるで、今まで一度も男と二人きりでしゃべったこともない、すごく鈍くさい女みたいだ。
 生きている時はそれなりに、人気もあった。クラスでもかわいいって言われていたし、男の子から告白
(コク)られたことも何度かあった。一応、彼氏だって何人かいたのだ。
 ……みんな、長続きしなかったけど。
 たいてい、相手の男の子に押し切られるようにしてつきあい始めるものの、デートしてもキスしても、未沙は今ひとつ楽しいと思えなかった。彼のことを特別な存在と思うことができなかったのだ。
 それでも、正直にその思いを告げてしまったら、きっと相手の男の子を傷つけてしまうだろうと思い、なにも言えなかった。彼に誘われるまま、黙ってデートもクリスマスや誕生日のイベントデイも、つきあった。
 けれど未沙のそんな気持ちは、やっぱり相手につたわってしまったのだろう。気がつけば少しずつ彼からの連絡が間遠になり、やがてなんの連絡も来なくなっていた。
 それでも、未沙は特に悔しいとか残念だとか、思うこともなかったのだ。
 ……そう。あのころから、ずっとそうだった。あたしって、なにやっても、ほんと楽しいって感じること、なかったんだよね……。
 みんなきらい。なにもかも、楽しくない。――だから、ずっとひとりぽっちだった。
 ベッドに腰かけたまま、小っちゃい子供みたいに脚をぷらんと揺らして。
「それにあたし、そんな遠くまで行けるほど、お金持ってないもん」
 家を出てくる時、もう二度と帰るつもりはないのだからと、新宿までの交通費くらいしか持ってこなかった。
「なに言ってんだよ。金なんかいらねーだろ。おまえ、幽霊じゃん」
「あ……。そっか」
「それにさ、おまえ、おれにくっついて来るしかねえんじゃねえの?」
「ど、どうして!?」
 そんなわけない、と、未沙はむきになって薫平の言葉を否定しようとした。
「なんであたしが、あんたといっつもいっしょにいなきゃなんないわけ!? そ、そんな、それじゃまるで……!」
「だっておまえ、おれに取り憑いてんだろ?」
「……あ」
「だったら、ずっとおれにくっついてるしかないんじゃねーのか?」
「うん……。そう、なのかなぁ――」
 未沙は自信なさそうに、首をかしげるしかなかった。
 薫平に取り憑いていると言っても、未沙が勝手にそうだと宣言しただけで、薫平の家までいっしょに来てしまったこの状態が、本当に彼に取り憑いているのかどうかも、よくわからないのだ。
「ま、いいか。おまえの好きにしろよ」
 薫平はことさら気楽そうに笑った。
「ついてくるならついてきてもかまわねえし、来ないんなら、取り憑いた霊から解放されたってんで、おれはラクんなれるわけだしさ」
「うん、まあ――」
 ひとなつっこい薫平の笑顔を見ていると、それだけで未沙も肩の力が抜けていくようだ。
 あんまり無理して考え込むことないぞ。そう言われているみたいだった。
「あー、やっぱ、ちょっと腹減ったな。なんか食うもんねえかなー」
 薫平はひょいと立ち上がった。
「台所、見てみっかな」
 そのまま薫平は部屋を出ていった。とんとんとん……と、階段を下りるリズミカルな足音が聞こえた。
 それからしばらく、薫平は二階に戻ってこなかった。さっき見たダイニングキッチンで夜食でも食べているのか、それとも母親と話でもしているのだろうか。
 薫平がちょっとうらやましかった。母親とそんなふうに話し合えることがらがあるなんて。
 親となんて、ここ何ヶ月もまともに会話した覚えがない。
「どう……しよっかなあ――」
 未沙は行儀悪く、ころんとベッドに横になった。
 天井を見上げ、ため息をつく。
 一人になるのが怖くて、ここまで薫平についてきてしまったけれど、やっぱりこれ以上彼に迷惑はかけたくないと思う。
 かと言って、ほかに行くあてもない。
 自宅に帰るつもりなんか、さらさらない。生きている時だって、家族とは全然分かり合えなかったのに、死んでまでそんな人たちのそばにいたくない。なまじいっしょに暮らしてきた家族だから、うわべだけとりつくろって仲の良いふりをしていたから、よけいに。その芝居が思い出されて、我慢できないだろう。
 それに……万が一、パパやママがすでに、未沙の自殺を知っていたら。
 最期まで親に恥をかかせて、迷惑ばかりかけて、と、怒っているだろうか。それとも世間体を保つために、白々しく嘆き悲しむふりをしているだろうか。
 責任逃れのために、「ひとりでこんなに苦しんでいたなんて、気づいてやれなくてごめんね、未沙ちゃん」なんて、言いながら――。
 そんな身勝手な親の姿は、絶対に見たくない。
 でも……もし、二人が本当に哀しんでいたら?
 子供になにもしてやれないまま、独りぼっちで死なせてしまったと、自分たちを責め、泣いていたら。
 ――そんな姿も、見たくないと思う。
「結局あたし、ヤなもんは見たくない、全部知らん顔しちゃえで、すませちゃってんのかなあ……」
 未沙は一人、つぶやいた。
 ……それって結局、本当のものをちゃんと見る勇気がないってだけなのかなあ――。
 本当の世界を見たくないから、ネットの架空世界に逃げ込んだ。本当の自分を見たくないから、「梨々」という架空の自分を造り上げ、それが本当の自分なんだと思い込もうとした。
 ……全部、逃げるためだったの?
 未沙は自分に問いかける。
 その思いを否定できる材料なんて、なにも見つからない。
 身体がどろりと重たく感じられる。この、指一本でさえ動かせないような重たさ、息苦しさは、きっと自己嫌悪の苦痛だ。
 かろうじて、ころんと寝返りをうって。
 未沙は眼を閉じた。こんなどす黒いわだかまりを抱えたまま、眠れるなんて思ってはいかなったけれど。
 乾いた、ひなたの匂いが未沙を包んだ。いっぱいお日様にあてた布団の匂いだ。
 その中に、ちょっと嗅ぎ慣れないにおいが混じっている。未沙を頭からすっぽり包みこんでくれる、どこかなつかしい匂い。
 胸の中がほんの少し、ぽうっとあったかくなる。
 ――もう、考えるなよ。
 どこかで、そんな声が聞こえたような気がした。
 いいよ。今はもう、そんなに考えるな。
 誰かがそっと、ささやいてくれた。
 ……いいの? どうして?
 ……だってみんな、言うじゃない。もっと自分自身を見つめろって。真面目に考えろって。
 ……自分の欠点をちゃんと見ろ、逃げるなって。
 未沙が愛用しているものよりも、少し硬くてざらざらした布団。でも洗い晒しの木綿の感触が、とても気持ちいい。
 優しい、乾いた匂いが未沙を包む。ちょっと素っ気なくて埃っぽい。たしかにどこかでかいだ覚えのある、なつかしい匂い。
 ――うん。それも間違いじゃあねえけどさ。
 でも、さ。
 力を抜けよ、と、誰かがそっと、未沙の髪を撫でてくれたような気がした。
 ――寝る前に、そういう難しいこと考えんの、よせよ。眠れなくなるぞ。
 ――今日はもう、疲れたろ? いろんなことがあったからさ。
 だから。
 今はみんな忘れて、眠っちまえよ。
 今夜一晩ぐっすり眠って、朝、眼が覚めたら、もう少しマシな考えも思いつくはずだから。
 小さな子供をなだめるみたいな、優しいささやき。子守歌のようにも聞こえてくる。
 ……大丈夫。一人じゃないから。
 ……いっしょにいてくれる人が、あるから。
 ああ、そうだ。誰かといっしょに眠るなんて、いったい何年ぶりだろう。
 今夜だけは、みんな忘れて、眠ってしまおう。
 もう怖い夢も見なくてすむ。堂々巡りの悩みで、自分で自分をいじめずにすむ。朝、眼が覚めたら、きっと今よりもう少し、マシな気持ちになれるだろう。
 ひとりぽっちじゃ、ないから。
 そう。誰かといっしょに、ぐっすり眠る。あたしがしたかったのは、こんな簡単なことだったんだ。
 なつかしい、あったかい匂いと、聞き覚えのある優しい声とに包まれて。
 そして、いつの間にか未沙は、そのままぐっすりと眠り込んでしまった。





 ぼんやりと、意識が戻ってくる。
 真っ白だった世界がだんだんはっきりした色彩を帯びてきて、身体中の神経が、感覚器官が、ゆっくりと覚醒を始める。
 ……あー。あたし、寝ちゃってたんだあ……。
 まだ半分目覚めていない頭で、未沙はうすぼんやり考えた。
 ……寝ちゃうつもりなんか、なかったんだけどな。やっぱり疲れてたのかなあ。昨夜はサ店で徹夜
(オール)して、ほとんど寝てなかったし。
 少しずつ覚醒していく未沙の意識を、かたたん、かたたん……と独特のリズムを刻む音と、心地よい揺れとが、ふたたび眠りの中に押し戻そうとする。
 足元もとてもあったかくて、気持ちいい。椅子はちょっと硬いけど――。
「……え?」
 ようやく、未沙はぱちっと眼を開けた。
 そこは、薫平の部屋ではなかった。
「あ、目ぇ覚めた?」
 小声で薫平がささやく。
 未沙の真横に座った薫平は、昨日とほとんど同じ格好だ。
 狭く細長い空間、蛍光灯の白っぽい光。ずらりと並んだ青いシート。向かって右側に三列、未沙たちがいる左側には二列。背もたれには白いカバーがかかっている。頭の上には庇みたいな荷物棚。
 不規則な揺れと大きな走行音。しゅん、と軽い音をたてて開閉する自動ドア。四角い窓の外では、風景がどんどん後ろへ後ろへと流れていく。
「こ、ここって――」
「上越新幹線。東京発新潟行き特急『とき』」
「と、とっきゅう、しんかんせんって……え、ええっ!?」
 そう、間違いない。ここは新幹線の車内だ。
 未沙は思わず、すっとんきょうな声を出してしまった。
「そ、そんなあ! だってあたし、電車に乗った覚えなんか、ないよ!?」
「あ、やっぱりおまえ、覚えてねえんだ?」
 薫平はけろっとして言った。
「すごかったんだぜー。おれが電車に間に合うように、朝早く家出ようとしたらさ、おまえ、寝たまんまついてきやがんの。こー、おれの頭の上、このへんをふよふよ飛んでさあ。あれ見た時はさすがに、『うおー、おれ、幽霊に取り憑かれてるわー』ってしみじみ思っちまったもんよー」
「う、うそっ! あたし、そんなことしてたの!?」
「マジマジ。おれが改札抜ける時も、このへん飛んで、ついて来てさ。そういやぁ、あん時、窓口の駅員がすっげーヘンな顔してこっち見てたのって、あれやっぱ、おまえのことが見えてたんじゃねーの? おまえ、こんなんなって大の字で寝ててよー」
 薫平は、だらーんと両手両足おっ広げた格好を再現して見せた。
「うそ……っ」
 未沙は思わず声をなくした。
 ミニスカでそんなカッコしていたら、絶対見える。……ぱんつ、見える。
 死んでからまで、赤の他人にぱんつ見られるなんて……!!
 恥ずかしくて、かっこ悪くて、髪の毛が全部逆立っちゃいそうだ。
 なにも言えず、酸欠の金魚みたいに口だけぱくぱくさせている未沙に、薫平はぷーッと吹き出した。
「うそだよ、うそうそ! 誰もおまえのこと、見てねえって!」
「うそって――!!」
 未沙は座席から立ち上がった。
 必死に笑いをこらえる薫平を、思いきり蹴っ飛ばす。――実際には、未沙の脚は薫平の向こうずねを突き抜けて、すかッすかッと床を踏むばかりなのだが。
「あんたって、ほんとサイテー!」
「悪りぃ悪りぃ」
 まだにやにやしながら、薫平はあやまった。
「でも、いつの間にかおまえがくっついて来てたってのは、本当だぜ。今朝、おれが家出てくる時にはおまえ、まだ布団ん中でぐーすか寝てたんだから」
「え……」
「あんまり気持ちよさそうに寝てるからさ、起こすのも可哀想だと思って、そのままにしてきたんだよ。そんで、この電車に乗って、ひょッと横見たら、いきなりおまえがそこに座って寝てたの」
 薫平は隣の座席を指さした。今まで未沙が座っていた席だ。
「そんなの、あたし、全然覚えてない」
「おれも、さっぱりわけわかんねえ」
 あっけらかんと、薫平は言った。
「でもま、これではっきりしたんじゃねえ? やっぱおまえは、おれに取り憑いてんだってさ」
「そうなのかなあ……」
 未沙は首をかしげた。
 けれど、自分がどうしてこの電車に乗っているのか、まったく覚えていないのだから、しかたがない。
 ここまで来てしまった以上、薫平にくっついて、彼の目的地である日本海だかどこだかまで行くしかなかさそうだ。
 未沙はぽてっと座席に腰を下ろした。
 その様子を見て、薫平がまたにこっと笑いかける。
「この新幹線で越後湯沢まで行って、そこで上越本線に乗り換え。今度は特急『はくたか』な。んで、二時間くらいで富山に到着の予定。そっから先は、ローカル線。富山港線てのがあるから、それで海のそばまで行くんだ」
「ふーん……。でも、なんで電車にしたの? あんた、バイク乗るの、好きなんでしょ?」
「ああ。最初は、バイクで行くつもりだったんだ。でも今の時期、峠はまだ雪が残ってて、危ねーんだよ。有料道路とか、まだ閉鎖されてるとこも多いし。道の状態が良くなるの待ってたら、ホタルイカのシーズンが終わっちまうしさ。そんで、しょーがなく鉄道にしたわけ」
「うん、バイクだと寒そうだしね」
 ……なんか、ヘンな感じ。
 こうして並んで新幹線に乗っていると、本当に薫平と二人で旅行しているみたいだ。
「あんまり混んでないね。ここ、指定席でしょ?」
「うん。まあ、平日だし。あと一週間くらいすっと、春休みでスキー客とかがどーっと乗ってくんだろうけどな」
「そうなったら、あたし、こんなふうに座ってらんないよね、きっと」
「いいじゃん、おまえ、幽霊なんだから。このへんにふよふよ浮いてろよ」
「やだっ!! そしたら、あんた、またスカートん中見えてるとか、ヘンなことばっか言う気でしょ!!」
「言わねーよ。おんなじジョーク、二回も使わねーって。別のネタ探すよ」
「あんたって、ほんとサイテー!」
 恋人同士がラブラブで泊まりがけの旅行という雰囲気とは、やっぱりほど遠い。むしろ仲のいい女友達と卒業旅行とか、そんな感じに近いかもしれない。
 ……そういえばあたし、そういうのもしたことなかったっけ。
 中学を卒業する時には、クラスメイトたちとうまく日程が合わず、結局東京ディズニーランドへ日帰りで遊びに行っただけだった。
 高校の修学旅行も新幹線での移動が主だったけれど、妙に印象が希薄だ。ただぼーっと決められた日程を消化しただけで、心に残る想い出なんて、ほとんどなにもない。
 家族とも――あれ? 最後に家族みんなで旅行したの、いつだっけ?
 未沙は考え込んだ。
 でも、それもしかたがないと思う。だいたい子供が高校生にもなれば、家族みんなで仲良く旅行なんて、逆になんだかわざとらしく思えてしまって、できなくなるものだ。
 ……もしあたしに、ほんとに仲良しの友達がいたら。
 こんなふうに、いっしょに旅行とかしてたのかな。
 プランを練る時から、きっとわくわくどきどきして、一緒に電車に乗ってからも、なにして遊ぼうとかどんなもの食べようとか、ずーっとおしゃべりして。あるいはみんなでおべんととかお菓子とか、わけっこして食べて――。
 そこまで思いをめぐらせて、未沙はふと気がついた。
 長時間乗車する特急列車のこと、乗客のほとんどは飲み物やちょっとした食べ物などを用意して、少しでも座席でくつろごうとしている。
 が、薫平の前には、なにもなかった。
「あ……」
 ……もしかして、あたしに気ぃつかってくれてるの?
 もちろん、幽霊の未沙は喉も渇かないし、空腹も感じない。
 けれど目の前でおいしそうに飲み食いしている人を見たら、やはり少しはうらやましいと感じてしまう。自分にはできないことを、この人はしてるんだ、と思って。
 薫平はそんな未沙の気持ちを思いやって、あえて自分も飲食しないようにしてくれているのだろうか。
「あ、あのさ……。いいよ、べつに」
「なにが?」
「だから――おなか空いたら、なんか食べてていいよ。あたし、気にしないから」
「いいよ。まだ腹減ってねえし」
 薫平は気楽に言った。
「ほんと?」
 あたりまえだろ、と、薫平はうなずいて見せた。そして、
「なんだよ。もしかしておまえ、おれに気ぃ使ってんの?」
 かなりびっくりしたように付け加える。
「な、なによ! あたしだって、そんくらい考えるもん!」
「らしくねえー!!」
 薫平は未沙の顔を指さし、けたけたと笑った。
「あんたね、失礼だよ! あたしだってちゃんと、人に気ぃ使うことあんだからね!!」
「遠慮は全然ねえけどな」
「なんだとっ!!」
 あんまりな言いぐさに、一発どついてやろうかと思う。
 けれどすぐに思い出した。
 ……そっか。あたし、薫平にはさわれないんだっけ。










                                 
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