「こちらの姫御前は、都のやんごとなきお姫さまの血を引いてらっしゃるそうでんな。わても、そういうお方にこそ、大事なお宝はお見せしたいと思うてましたのや」
 了海が流した偽のうわさも、宗顕は早くも耳に入れているらしい。
「そない高貴のお姫さまが、荒々しい板東の山国でお暮らしやったとは、さぞ都が恋しかったでっしゃろなあ。お姫さんも、折々におたあ様より都のお話など、お聞きになってましたやろ?」
 宗顕の目が、鋭く光った。
 表情はくったくない笑みを浮かべたままながら、その目だけは容赦なく由布の様子を観察している。
 ――こやつ、姫御前を疑っているのか!?
 了海は一瞬、即座に宗顕を此花館から叩き出してやろうかと思った。
 けれどそんなことをしては、ますます宇湯が疑われてしまう。公家の血を引くというふれこみはやはり嘘か、いや、もしかしたら隆景の忘れ形見というのもでっちあげかもしれない、と。
 今はうかつに動くわけにはいかない。慎重に、宗顕の次の一手を待つ。
「おたあ様は、都のものも、いろいろと懐かしんでおられましたやろ。そう……たとえば、おかべとか」
「おかべ……?」
 おかべとは、公家の女房言葉で豆腐のことだ。この時代、豆腐は大陸からもたらされたばかりの新しい食べ物で、地方にはほとんど広まっていなかった。
 ましてそれの、女性特有の隠語表現である。由布が知っているわけもない。
「なんですか、それは?」
「ほう、おかべをご存知ない!? お公家の血を引くお姫さんが!」
 宗顕は勝ち誇ったように声を張り上げた。
 ――その程度で、こっちの尻尾を掴んだつもりか?
「宗匠どのは、なにか勘違いをされておられるようだ」
 能面のような薄笑いを浮かべて、了海は宗顕を見据えた。
 広間の隅に控える八郎太たちや、上座にいる由布までもが緊張し、身を強張らせるのがわかる。
 ――今の俺は、さぞかし悪人面をしているんだろうな。
 だがこの程度のことで、尻尾を出すものか。
「由布姫の母御前は都の尊き血をひくお方ではあられたが、亡き殿と契られてからは、そのお心は武将の妻、武家の女性
(にょしょう)であられた。由布姫をお育てになる時も、都のみやびよりも武家の尚武をまず第一にお考えであられた。お言葉なども公家風ではなく、つとめて武家の言葉をお使いになられていたのだ」
「ほう……。せやからこちらのお姫さんは、お公家のお暮らしはなんもご存知あらへん、とそういうわけやな?」
「当然だ。由布さまは那原の姫御前、安原家の姫頭領だ」
 その言葉に、由布がかすかに息を呑む気配がつたわってきた。
 宗顕が由布をじっと見つめている。了海の説明が真実なのか、由布の表情から探り出そうとしているようだ。
 だが、由布は笑っていた。
 何の疑いもなさそうな天真爛漫な表情で、にこにこと笑っている。
 宗顕はいささかあっけにとられたように言葉をなくし、ほかにどうしようもなくて愛想笑いをして返す。
 由布の子どもみたいな笑顔からは、逆に何のたくらみも隠し事も読みとれないのかもしれない。
 この狐と狸の化かし合いの中で、相手の詰問に即座に切り返すことは、由布にはまだできない。それでも、どれほど予想もつかない質問をぶつけられても、動揺を押し隠し、いつも変わらぬ笑顔を浮かべている技を、由布はいつの間にか身につけているようだ。
 姫頭領にならねばならぬと聞かされて、怯えて涙ぐんでいた子どもが……と、了海は内心、小さく吐息をついた。桑島との戦、その前哨戦を無事に勝ち抜いたことで、由布も肝が据わってきたのかもしれない。
 成長しているのだ。那原の姫御前にふさわしい女性として。
「ま……。そんなら、そういうことで」
 ぽりぽりと顎を掻いて、宗顕は小さく息をついた。
「残念やなあ。都の文物にあんまりご興味あらへんというのなら……喜んでいただけませんのやろか」
 そう言ってもったいをつけ、後ろに置いていた風呂敷包みを広げる。
「ご覧じろ! これぞわてのとっておき、紫のゆかりの物語(源氏物語)でっせ!」
 宗顕は後ろに置いていた風呂敷包みを、由布の目の前に広げた。
 中から出てきたのは、三〇冊近い和綴じの書籍。
「ほう、紫文(しぶん・源氏物語の漢文風の呼び方)か。――本物か?」
「当たり前やがな!」
 宗顕は胸を張った。
「これはな、その昔、かの有名な藤原の定家公
(さだいえこう)がお書き写しにならはり、そのご子孫にあたるお公家はんのお屋敷に門外不出の秘宝としてつたわってきたものを……」
「門外不出の宝が、どうしてこんな関東の片田舎にまで流れてくるんだ」
「いや、だからそれがミソでんねん。いくら食うに困っても、立派なご先祖のご直筆を売るわけにはいかへん。そこでご当主も考えはった。ご自分で定家公の写本、全五四帖をまたお写しにならはったんや」
「写本の写本というわけか」
「そうや。だから墨も紙も当世もの。絵巻のような挿絵もあらへん。せやけど、書いてある文章は原本とまったく同じやで」
「五四帖、全部揃っているの? すてき! わたくしも、最初の『桐壺』や『帚木』だけは、庵主さまがお持ちの絵巻物を見せていただいたの。でも後ろのほうは、まだ読んだことがないのよ」
 由布はほのかにほほを紅潮させ、身を乗り出して和綴じの本を眺めている。
「いやー、ほんまにお姫さん、運がよろしおすなあ! 実は最初のほうは何巻か売れてしもて、とびとびになってますねん。せやけど後半はまだ『玉鬘一〇帖』が全部きれいに揃ってまっせ!」
「玉鬘姫の物語が!? まあ!」
 由布は高く歓声をあげた。
 なんで姫がこんなにはしゃいでいるのか、了海には今ひとつわからない。
 八郎太も、
「ご陣代。……むらさきのナントカのカントカって、なんスか?」
 ごそごそ近づいてきて、ささやいた。
「物語だ。昔、とある女御に仕えていた女房――侍女が書いた物語でな。えー、たしか帝の血をひいた、光り輝くほど美しい男が、いろんな女のところへ出かけていって、あんなことやこんなことをする話だ」
 が、その説明に、
「ご陣代。……姫さまがじと目でにらんでます」
 口をへの字にひん曲げて、由布が恨めしそうに了海をにらんでいる。その小さな全身から、「違う、違う、ちがーうっ!!」と、声なき声が蒸気のようにたちのぼっている。
 宗顕も片手で顔を隠しながら、ぐししし……と笑っていた。
「――幾らだ」
「ほいほい、そうこなァ! こない可愛らしいお姫さんには、べんきょーさしてもらいまっせ。おおまけにまけて、一〇帖ひとまとめで、砂金一〇〇匁(もんめ・約三七五g)! どないだす?」
「金一〇〇匁……」
 それだけあったら、いったい米が何十石買えることか。
 了海がなにか言う前に、由布がにっこり笑って首を横に振った。
「無理です」
「高価すぎまっか? せやったら、もう少しくらい――」
「いいえ。館は今、戦を控えてとてもたいへんなのです。堀も櫓も修理中だし、兵糧だって足りないし。なのに、わたくしだけがこんなぜいたくな買い物をするわけにはいきません」
「そうでっか……」
 宗顕も諦めたように小さく吐息をついた。
「ほな、しゃあないなあ」
 ごそごそと書物を風呂敷に包み直す。
 ――やけにあっさり諦めたな。
 さきほどまでの手八丁口八丁の売り込みからすれば、もっとしつこく食い下がりそうなものなのに。
 宗顕を眺める了海の目が、すっと細く冷たくなった。
「宗匠どの。ものは相談だが、今宵一晩、その書物をお借りすることは、無理か?」
「借りる? 買い上げやのうて?」
 腹の中にあるものを押し隠し、了海はおだやかに微笑んだ。
「ああ。今の安原家には、このような至宝を買い取るだけの余裕はない。だが、つらいお暮らしを耐えておられる姫御前に、せめて一晩だけでも憧れの品を見せてさしあげたいのだ。無理を承知で頼む。紫文をお貸しいただけないだろうか。拝借しているあいだは、貴殿にこの館にとどまっていただき、我ら家臣一同、姫御前に代わって精一杯の歓待をしよう」
「いや、しかし……」
「まあ、貸していただけるの? 紫のゆかりの物語を」
 由布も無邪気に宗顕の顔を見上げた。
「お願いします、宗匠さま。一晩だけ。一晩だけで結構ですから」
「こら、まいったな……」
 宗顕はでれえっと鼻の下を伸ばす。
 数多くの修羅場を踏んだ海千山千のしたたか者ならば、姫のこんな笑顔にも惑わされなかっただろう。
 だが、まだ若く、おそらく連歌師として独り立ちしたばかりだろう宗顕は、
「もう、しゃあないなあ。特別だっせ。お姫さんやから、こんなこと許しますのやで」
 手もなく、ひっかかった。
「よろしゅうございましたな、姫御前。では、急いでお書き写しなさいませ」
「はい! ちょうど良かった、常光院の尼さまがたにも手伝っていただきましょう!」
 由布は子供みたいにはしゃぎ、さわを呼ぶ。
「さわ、さわ! 墨と紙を用意してちょうだい! それから尼さまがたに、わたくしのお部屋に来るようにお伝えして!」
 侍女が来るのも待ちきれず、由布は一番読みたかった巻を抱えあげ、ぱたぱたと慌ただしく飛び出していった。
 軽快な足音が聞こえなくなると、了海はとたんに、作り笑いを引っ込めた。両眼に、凍りつくような光が宿る。
「さて、本題に入るか」
 宗顕の目の前に仁王立ちになり、腕を組んで見下ろす。
「おぬしの本物の売り物を見せろ」
「――本物?」
 それでも宗顕は動じなかった。
 内心はかなり動揺しているらしく、目に落ち着きがなくなる。声も少し裏返り、それでも必死でおだやかな表情を作り続ける。
「なに言うてますねや。わての持ってるモンは、みんなお見せしましたで。なんも隠してへん」
「ほう?」
 了海はにやっと笑った。
 宗顕がわずかに身がまえる。
 が、それを無視して、了海は広間の外に向かって声を張り上げた。
「おーい、誰か! 行水盥
(ぎょうずいだらい)を持ってきてくれ!」
「行水盥……?」
 宗顕も、隅に控えていた八郎太も泰頼も、一瞬なんのことかわからずに、きょとんとした顔をした。
「持ってまいりました、ご陣代」
 髪を手ぬぐいでまとめた下働きの女が、大きな盥を抱えて運んできた。
「ご苦労だが、これになみなみと水を満たしてくれ。急ぎだ、何人かで手分けして水を運べ」
「は、はい……。ここで行水をなさるんですか、ご陣代。でしたら、お湯を沸かしますけど――」
「いや、水で良い。それに、行水をするのは私ではない」
 了海は微笑みを絶やさないまま、ちらっと目の端で宗顕の様子をたしかめた。
 異様な気配を察し、宗顕がぱっと逃げだそうとする。
「押さえろ、八郎太、泰頼!」
 二人の若武者が、左右から宗顕に飛びかかった。
 腕と肩をつかみ、床の上に抑えつける。
「よし、そのままだ」
 蛙のように這いつくばらされた宗顕の目の前で、大きな盥にどんどん水が満たされていく。
 そして、
「漬けろ」
 墨染め衣の陣代が、小さく指を振って合図した。
 八郎太が宗顕の髷をひっつかみ、その顔を思いきり盥の中に突っ込んだ。
「がッ! ぐぁ、ぶああッ!!」
 宗顕は必死でもがいた。
 が、背後から屈強な若侍にふたりがかりで抑えつけられているのだ。逃げることはおろか、水から顔をあげることもできない。
 宗顕が溺れる直前に、了海は無言でまた小さく指を振った。
 それを見た八郎太が、勢いをつけて宗顕の上半身を引き起こす。
「ぶはああッ!」
 鼻から口から盛大に水を噴きながら、宗顕は大声をあげた。
「なッ!? なにさらすんじゃ、くらああッ!! ワシを殺す気か!!」
「これだけ騒げれば、まだまだ死にそうにないな。よし。もういっぺん漬けろ」
 ふたたび水の中に頭から突っ込まれる。宗顕の両手が絞められる鶏のようにばたばた暴れ、床を叩き、爪痕を刻む。
 それを、八郎太と泰頼が真上から渾身の力で押さえ込む。
「よし。上げろ」
「何しよんじゃ、ワレぇッ!!」
 空気を吸い込むのももどかしく、宗顕がわめく。
 水責めで真っ赤に血走った目で、了海を見上げる。
「おんどりゃア、それでも坊主か! 坊主が殺生してええんかいッ!」
「ああ、坊主だ」
 まばたきひとつせずに、了海は水浸しの宗顕をにらみ据えた。
「それを言うなら、きさまはそれでも連歌師かッ!」
「な……っ!?」
「私が出せと言った時に、素直にきさまの持っている情報を出せば良かったのだ。この僧形に騙されて、私を甘く見たな。人の外見に惑わされて、腹の内を読み損なうなど、それでも連歌師か、間抜け!!」
「……ふん」
 ぜいぜいと肩で息をつきながら、宗顕は喉に詰まった唾液を吐き出した。
 下から、突き刺すように了海をにらむ。
「たしかにな。わいの失敗りや。こない露骨に悪人面しとんのに気づかんかったとは、ほんまにお笑いや。――おまえら、いつまでつかまっとんねや! 放さんかい、ボケェ!」
 まだ肩を押さえている二人の手を、強引に振りほどく。
 了海も、もう良いと八郎太たちに手振りで指示した。
 そして宗顕は、ふてくされたようにどかっと胡座をかいた。
「手厚うもてなしてもろて、どうもありがとさんどした。返礼に、何を喋ったらええのんや?」
「ようやく本当の売り物を見せる気になったか」
「おう。そのかわり、わいかて知らんモンは知らんとしか、言いようがないで。それまで疑うんやったら、しゃあないわ。煮るなと焼くなと勝手にせえ」
 了海は、宗顕の目の前にしゃがみ込んだ。同じ目の高さになり、その両眼をじっとにらみ据える。
「誰の命で、この館へ来た」
「――春川領のお殿さんや」
「鳥飼輝正か!」
「ごたごた続きやった那原領に、新しい陣代が立った。ちぃとそいつの面ァ拝んで来ぃ言われてなあ」
 宗顕が探りに来たのは由布姫ではなく、陣代である了海の実力だったわけだ。由布に食い下がらず、あっさりと由布の退室を見送ったのもうなずける。
 そして鳥飼輝正も、那原を取り仕切っているのは一五才の姫御前ではなく、京の禅寺から来た新しい陣代だと、正確に把握しているのだ。
 今はまだ参戦していない春川の領主も、やはり情報収集はぬかりないらしい。これで那原になにか穴でも見つかれば、鳥飼は即座に桑島と同盟を結び、東西から一気に那原へ襲いかかってくるだろう。
「それで、どうだ。充分見たか」
「ああ。そらもう、げっぷが出るほど拝ませてもろたで」
 宗顕はせせら笑った。
「輝正どのには、何と報告するつもりだ」
「そら、見たまんまや。那原の陣代は、うわさどおりの鬼やった。見た目の大人しげな墨染め衣に騙されたら、えらい目に遭わされまっせ。外面似菩薩内面如夜叉ちうのはこのことや、てな」
 了海は口元を歪めるようにして、満足そうににやっと笑った。
「ほかに訊きたいことは?」
「いや、もう良い」
「なんや。わいに春川のお殿さんへの口利きを頼むんと違うんかい」
 了海は小さく首を横に振った。
「こちらから助力を求めれば、足元を見られる。那原はそれほど追いつめられたか、食い殺すなら今だと、輝正どのは喜々として桑島の間部玄蕃と手を結ぶだろうよ」
「――まぁな」
「我らとしては、春川が動かぬこと。それだけ確認できれば良い。桑島との戦に片が付くまで、ただ傍観していてくれれば良いのだ。春川にとっても、悪い話ではないはずだ。間部玄蕃が那原を手中に収めれば、次に狙うのは輝正どのの春川領だからな。我らはその侵攻の防波堤になろうと言うのだ」
 ふん、と小さく鼻を鳴らし、宗顕は目をそらした。
「そない旨い話、誰が信じるかい」
「そうだな。この戦、万にひとつ、我らが勝てば、玄蕃が着々と広げ続けた桑島領は、みな那原、安原家のものになる。そうして我らの力が増せば――次に狙うのは、春川領かもしれん」
 それが、この乱世の倣いだ。
「だが、それは来年の話だ」
 この戦が終われば、真冬の寒さが訪れる。川は凍って渡河できなくなり、雪が進軍の道をふさいでしまう。戦は無理だ。そして春になれば足軽たちは武器を置いて田畑に戻り、米を作る百姓になる。桑島を討ったあと、引き続いて春川へ侵攻など、国力の衰えている那原には物理的に無理なのだ。
 だが、他国を次々に併呑して意気盛んな桑島なら、那原を討ったあと、勝ち戦の勢いに乗じて、そのまま春川領に攻め入ることもあり得る。春川の鳥飼輝正は、それをもっとも警戒しているはずだ。
 だから了海は、そこのところをつついた。
 那原が勝てば、少なくとも来年の秋までは、次の戦はない。輝正にはそう判断してもらいたい。
「来年の今、自分が何を考えているかなんて、私は知らん。それは輝正どのとて同じことだろう。輝正どのにはこの戦のあいだだけ、傍観者になっていただければそれで良い。来年、我らと事を構えるならば、その時はあらためて、那原の全力を以てお相手いたす」
「――わかった」
 まだ水のしたたる前髪を手ではねのけ、宗顕は大きく息をついた。
「輝正どのには、あんたの言葉をそのまま伝える。ただ、そのあとどう判断するかは、輝正どのの勝手や。わいは知らんで」
「ああ。輝正どのが私の言葉を信じず、玄蕃と手を組んで那原に攻め入るなら……私も、他人の腹を読み損なった。それだけの小器ということだ」



 その夜、宗顕は此花館の一室に泊まることになった。
 了海としてはこんな胡散臭い男、地下牢にでもぶち込んでおきたいところだが、連歌師として諸国の有力者とよしみがある以上、そういうわけにもいかない。あそこの館では疑心暗鬼に駆られて、来る者来る者かたかしから牢にぶち込んでいるなどと言いふらされたら、そこまでして隠したいことがあるのかと、周囲の敵どもから痛くもない腹を探られることになる。
 結果として宗顕は、質素ながらあたたかい食事とあたたかい寝床とを供されて、一晩ぬくぬくと過ごせることになった。
「あァ、そうや。お姫さんのお部屋はどのへんでっしゃろ」
 濡れた狩衣を乾かしてもらうあいだ、城代家老から借りた綿入れの着物にくるまって、宗顕は白々しく言った。
「姫に何の用だ。商売はもう済んだであろう」
「商売やおまへん。今ごろお姫さん、一生懸命紫の物語を書き写しはってんやろなあ思うて。わいもちょっくらお手伝いさしてもらおか、思うてますねん。これでも連歌師、書のほうにも覚えがおます。漢文の男文字もかな散らしの女文字も、お手のもんや」
 宗顕は空中にさらさらと文字を書く真似をした。





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