「秘策など必要ござらぬ。愚僧はじめ武将たち、侍、足軽のひとりひとりが、おのれの成すべきことを成し、はたすべきつとめをすべてはたせば、おのずと道は拓ける。愚僧が思うに、戦とはそういうものでござる」
「ふむ……」
 老臣はあいまいにうなずき、じっと了海を見据えた。
 了海を手強い交渉相手だと思っているのか、ひょろひょろの青二才と見くだしているのか。百戦錬磨のその顔からは、なんの思惑も読みとれなかった。
 やがて老臣はひとつ深く息をつくと、布に包まれた細長い箱を了海の前に差し出した。
「これは、我が主君鳥飼輝正より那原の姫御前への贈り物でござる。和議の記念として、お受け取りくだされ」
「これは、かたじけない」
 了海は一礼して包みを受け取った。
 黄檗染め
(おうばくぞめ)の風呂敷に包まれていたのは、大陸渡りの遠めがねだった。
「ほう……。これは珍しい」
「高所で使えば、一〇里四方が楽々と見渡せますぞ」
 つまりこれは、輝正が了海の提案を受け入れ、今回は高みの見物を決め込むぞという、判じ物めいたメッセージだ。
 そして、と老臣は鋭い表情で身を乗り出した。
「和平のあかしは、身共の老骨でござる」
 了海もまた、息を呑んだ。
 この老人は自ら人質となると申し出たのだ。
 那原と桑島の戦が終わるまで、那原と春川の相互不可侵の保証として此花館にとどまる。万が一、春川が約定を破れば、逆さ磔にされても文句は言えない。那原が戦に敗れても、今度は桑島勢に殺されるだろう。
 彼は決死の覚悟で此花館に乗り込んできたのだ。
「それでは、こちらも相応の返礼をせねばならぬな」
「是非とも」
 了海は立ち上がった。
「しばし待たれよ。ほかの重臣たちにも図らねばならぬ」
 そして了海は、静かに広間を出た。
 振り返らず、後ろ手でぴしゃりと引き戸を閉める。
 ――和議は、成った!
 広間を出ると、了海は思わず走りだしていた。
 これで、春川に裏切られて左右から挟み撃ちにされる危険は、なくなった。完全にないとは言い切れないが、格段に減ったのは間違いない。
 これでようやく、那原の全力をもって桑島勢とぶつかることができる。
 別室で固唾
(かたず)を呑んで待っていた城代家老たちにこのことを伝えると、彼らもまた、大きく安堵のため息をついた。
「ご苦労であった、了海。よし、それでは春川への人質は、わしが行こう」
「いいえ。今、ご城代に城を離れていただくわけにはまいりませぬ」
 ただでさえ人手の足りない此花館から、侍を減らすわけにはいかない。それが半分楽隠居ののんき屋じいさんであってもだ。
 短い協議の末、常光院の庵主に姫君の育ての親、母代わりという立場で人質になってもらうことになった。
 庵主はすぐにこの役目を引き受けてくれた。
「まあ、嬉しいこと。これでわたくしも、名実ともに由布さまの母代わりになれたのですね」
「庵主さま……」
 由布姫はさすがに不安そうだったが、
「大丈夫です。庵主さまはこう見えて、とても頭の良い、肝の据わった方なのです。春川の武将など、きっとけむに巻いておしまいになるわ」
 懸命に、明るい笑顔を見せた。
「春川のお使者どのに、部屋を用意せよ。灯油も炭もけちけちするな。籠城の物資が乏しいと、足元を見られてはならぬからな」
「おお、饗応役はわしが務めるぞ。そのくらいの役には立つ」
「火急の折りゆえ歓待の宴などはもよおせぬが、あたらめて姫御前より挨拶があるとお伝えください」
 了海はまた、忙しく歩き出そうとした。
 だがそのとたん、きりきりきり……ッと、みぞおちあたりに鋭い痛みが走った。
「う……?」
 大きな難題がひとつ片づいて気がゆるんだのか、忘れていた胃の痛みがよみがえる。
「く、痛う……っ」
 了海は思わず低く呻いた。錐を刺されるような鋭い痛みに、足が停まる。
「どうかしましたか、御坊?」
「い、いえ。なんでもございませぬ」
 こんなところで休んでいる暇はない。まだやらねばならぬことが山のようにあるのだ。
 そして、鬼とうわさされる陣代が、本当はたかが胃痛で倒れるようなひ弱な人間だと、敵にも味方にも知られるわけにはいかない。
 ――俺は、鬼だ。那原を守る、護国の鬼なんだぞ……!
 了海は歯を食いしばり、苦痛の声を押し殺した。
 脂汗が噴き出す。次第に目の前が暗くなってくる。
 長身がぐらりと揺れた。だがその時はもう、了海は自分が立っているのかしゃがんでいるのかさえ、わからなくなっていた。
 ――くそっ……! しゃんとしろ、俺! それでも男か、善林坊了海……!
「御坊っ!? 御坊、どうなされたの、しっかりして!」
 悲鳴のような由布の声が、どんどん遠ざかる。
 ごつん、と自分の頭が床板にぶつかる音を、了海ははるか遠くで聞いた。
「誰か! 誰か、手を貸して! 円谷どのを呼んできてください! 早く!」



 どのくらい経ったのか。
 了海はのろのろと目を開けた。
 見覚えのない板張りの天井が、歪んだ視界に映る。
 了海が寝所にしている侍長屋の茅葺き屋根ではない。ほのかに優しい香の匂いもした。
「ここは……?」
「まだ起きてはいけません」
 白い小さな手が、了海をそっと押しとどめた。
「ここはわたくしの部屋です。大丈夫、人払いをしてありますから」
 由布は小さな子どもをあやすように、低い声で優しく了海に語りかけた。
「はあ……」
 まだ半分眠ったような頭で、了海はぼんやりと返事をした。
 ――人払いをしてあるから、大丈夫。ここは由布さまの部屋で……。
 姫御前の寝所!?
 了海ははじかれたように飛び起きた。
 額に乗せられていた濡れ手ぬぐいが吹っ飛ぶ。着ているものもふだんの墨染めの僧衣ではなく、その下に着る白い小袖だけ、つまり下着一枚きりだ。
「ごっ、ご、ご無礼をいたしましたっ! す、すぐに立ち退きますゆえ――」
「起きてはいけません。まだ熱が高いのよ」
 声をひそめながら、由布は了海を叱りつけた。可愛い顔に精一杯怖い表情を浮かべてみせる。
「今までの疲れが出たのでしょう、今宵一晩はゆっくり休養をと、円谷どのも申していました」
「い、いいえ。愚僧は疲れてなどおりません!」
 戦が目前のこの時に、陣代が寝込んでいて良いものか。第一、過労で寝込む鬼なんて、笑い話にもならない。
「心配しないで。御坊がここで休んでいることは、爺とわたくし、それに庵主さまとお医師の円谷どのしか知りません」
 八郎太にも泰頼にも内緒なのよ、と由布はいたずらっぽく瞳をきらめかせた。
「ほら、聞こえて? 読経の声がしているでしょう」
「読経?」
 了海も耳を澄ました。
 たしかに遠くのほうで、低くくぐもった声がする。時々鉦
(かね)や太鼓の音が混じるそれは、男が経文を読んでいるように聞こえる。
「御坊は今、怨敵調伏のため、不眠不休で不動明王に祈りを捧げている最中なのよ」
 由布はくすくすっと笑い、内緒話の印に人指し指を口元にあてて見せた。
「とても難しい修法
(ずほう)だから、御坊の気が散らぬよう、御坊がおこもりしている仏間には誰も近づいてはいけません、扉を開けるのも外から御坊に声をかけるのもいけませんと、みなにはきつく言ってあります。わたくしの部屋を許しなく覗く者もいないし、だから御坊が一晩ここでゆっくり身体を休めていても、誰にも気づかれる心配はありません」
「はあ……。では、あの修法はいったい誰が――」
「常光院で一番声の太い尼さまにお願いしました。本当に男の人の声みたいでしょう」
 良く聞いてみれば、唱えているのはただの念仏だ。だが一般の人々にとってみれば、不動明王呪も念仏も似たようなものだろう。
「実を言うとね、これはみんな庵主さまが考えてくださったことなのよ」
「常光院の尼どのが?」
「ええ。言ったでしょう、庵主さまはとても頭の良い、肝の据わった方だって」
 由布はかたわらに置いてあった土鍋を引き寄せた。
「胃の腑が痛む時にはやわらかく煮た粥が一番良いと、円谷どのが申していました。さあ、あたたかいうちにどうぞ」
 湯気の立つ白粥を、一匙すくって了海の口元まで運ぼうとする。
「い、いえ、けっこうです。自分で食べられますから」
「いけません。まためまいがしたら、どうするのですか。さあ、おとなしく横になって」
「ですが……」
 うら若い姫君の寝所に、いくら坊主とはいえ男がいつまでもごろごろしているわけにはいかない。しかも、姫の布団まで拝借して……。
 ――姫の、布団!?
 ぼっと音をたてて、全身の血が頭のてっぺんに逆流した。
 姫の布団って、姫の布団って、つまりこの布団に由布姫が、毎晩毎晩、夜着一枚のしどけないお姿で……っ!
「ほら御坊。また熱があがったのではなくて? 顔が真っ赤だわ」
「い、いえ、これは、その……!」
「無理をしてはいけません。それでは、治るものも治らなくなります」
 由布はかいがいしく了海の世話を焼いた。濡れ手拭いを絞って了海の汗を拭き、熱い煎じ薬もふうふうと吹いて冷ましてから手渡してくれる。
「こう見えてもわたくし、病人のお世話には慣れているんです。尼寺では時折、旅で病んだ方などの面倒を看ていましたもの。さ、口を開けてください。はい、あーん」
「あー……」
 つられて、つい口を開けてしまう。
 ――な、なにをやっているんだ、俺は……!
「難しいことは、お考えにならないで」
 優しく由布は言った。
「今は身体を休めることだけを考えていてください。明日の朝になったら、またあの元気で怖い御坊に戻れるように」
 由布の声が、まるであたたかい湯のように了海の全身を包み、ゆっくりとしみとおっていく。
 あたたかな食べ物を口にしたせいか、それとも円谷特製の薬湯のせいか、次第に眠気がこみあげてくる。
「そうよ。それがいいわ。今はただ、ゆっくりと眠ってくださいな」
 由布のささやきはまるで子守歌のようだった。
「ねえ、御坊。さわから聞いたのだけど……」
 独り言のように由布がつぶやいた時、了海はすでにうとうとと半分眠りかけていた。
「この戦が終わったら、御坊は京のお寺に帰ってしまうって、本当? 御坊はみ仏に身を捧げられたお方だから、いつまでもわたくしたちのそばに引き留めていてはいけませんって……」
 いいえ、それは違います、と了海は答えたつもりだった。
 自分は謀反人の子。那原の中枢に謀反人の血筋が居座っていると後ろ指をささせぬために、那原の将来にいかなる禍根をも残さぬために、私は去らねばならないのです、と。
 だがそれは、夢の中だけでの返事だったかもしれない。
「那原には御坊が必要です。わたくしも爺も八郎太も……みんな、御坊を心から頼りにしているのよ。それでもあなたは、み仏のおそばへお帰りになってしまうのかしら……」
 由布の声がどんどんか細く、哀しげになっていく。
 ――泣いておられるのですか、姫御前。
 その問いかけは、声にならなかった。
 了海はそのまま、夢もない眠りの中に引き込まれていった。



 翌朝、目が醒めた時。枕元に由布の姿はなかった。
 かわりに、陰気な顔で背中を丸めた円谷が、なんだか得体の知れない臭いを放つ薬を煎じていた。
「お目覚めになられましたか、ご陣代」
「あ、ああ……」
 了海は用心しながら、布団の上に身を起こした。
 おや、と思うくらい、身体が軽い。
 まだ身体のふしぶしに鈍い痛みが残るが、それでも昨夜のような激しい胃痛やめまいは感じない。
「ご気分はいかがです?」
「ああ、悪くない」
「それはよろしゅうございました。ではこれを」
 と、円谷は煎じ薬を差し出した。
「……凄い臭いだな。ほかの薬はないのか」
「昨夜お服みいただいた薬も、これです」
「本当か?」
 由布に飲ませてもらった時は、少々の苦味は感じたものの、臭いなどまったく気にならなかった。
「それだけ疲労が溜まっていたのです。五感がおとろえ、臭いもろくに感じ取れなくなるほどに」
「だが、これ以上寝ているわけにはいかん」
「もう少し大人しくしていてくださいと申し上げても、お聞き入れくださらないのでしょうな」
 やれやれと言うように、円谷はため息をついた。
「せめて飲食に関しては、拙の指示をお守りください。飯は白粥を中心に、野菜はよく火を通して、なまもの、塩辛いものはお控えください。冷や水、茶なども控えめに、酒は厳禁です!」
「ああ、わかった。心配するな、私は禅寺育ちだ。出された食べ物に文句は言わん」
「さようでござりまするか。ではお薬湯をもう一杯」
「……うえ――」
 日が昇ると同時に、此花館も藤ヶ枝城も目覚める。人々は一日の活動を始める。
「もっと杭を持ってこい! 土塁が崩れるぞ!」
「塩を倉に運び込め! 一箇所にまとめるな、何カ所かにわけて保存するんだ!」
「槍の鍛錬をする者はこちらに来い! 弓の扱える者は、向こうだ!」
 その喧噪の中、了海はふたたび忙しく城内を駆け回った。
「急げ、急げ! 手を休めるな、敵は待ってはくれないぞ!」
 乙名の一郎兵衛が約束した足軽も到着した。馬や人足の背にくくりつけられた兵糧も、続々と藤ヶ枝城へ運び込まれている。水堀を囲む土塁は急ごしらえで、まだあちこちから水漏れがするが、土留めの杭を打ち、なんとか形だけは保てるようになった。
 準備は着々と整いつつある。足りないものを数え上げれば切りがない。今はとにかく、前へ進むしかないのだ。
 そして、その夜。
「来ます、ご陣代!」
 見張りを残して寝静まった此花館に、鶴が飛び込んできた。
 鶴――いや、今は又ヱ門かもしれない。旅の雲水姿だ――は部屋の片隅に膝をつき、顔を伏せて淡々と報告した。
「桑島勢が動き出しました」
「来たか!」
 了海は煎餅布団をはねのけた。
 真っ暗な室内で、声のしたほうに目を凝らす。やがてぼんやりと人影が見えてきた。
「今夜半、東雲城で出陣式が行われるのを見届けました。先陣は騎馬三〇騎、弓隊およそ一〇〇。玄蕃の率いる本体は騎馬一〇〇、槍隊、足軽あわせておよそ五〇〇。早駆けではなく、徒歩。到着はおそらく明日の昼です。後詰めは足軽を中心におよそ二五〇。これは小荷駄の警護を兼ね、そのため本隊よりやや遅れています」
「よし、わかった。――良く知らせてくれた!」
 了海は長持の底から、用意しておいた銅銭と木綿一反を出した。
「約束の報酬だ」
「なんでぇ。おまけは木綿一反きりかい。せめて絹織物がつくかと思ってたのによ」
「すまぬ。それが精一杯だ」
「まあ、しゃあねえか。その代わり、忘れないでおくんなさいよ。おれの報せで戦に勝てたら、銭もう一貫文。そういう約束だ」
「ああ、忘れてはおらぬ」
 その言葉に、返事はなかった。
 鶴の気配はふたたび闇に溶け、流れ出るように消え去っていた。
「起きろーッ!!」
 戸を開け放ち、館中にとどろく声で了海は怒鳴った。
「桑島勢が動き出した! 半鐘を鳴らせ、城下の者どもをすべて城内に避難させよ!」
 長屋や土間で眠っていた兵たちが、はじかれたように飛び起きる。
 櫓の上でじゃんじゃんと半鐘が打ち鳴らされる。松明を持った足軽が走り回り、館から山頂の藤ヶ枝城までの通り道、曲輪、城の虎口と、次々に篝火が灯されていく。
 朱色の火の粉が噴き上がり、天を焦がす。
 鍋、釜、手に持てるだけの家財道具をたずさえて、城下の領民たちが次々と城への坂道を登ってきた。
 男たちはみな、那原の足軽となるべく甲冑をつけ槍を握り、女たちですら子供の手を引きながら片手に竹槍や鉈を持つ者もいる。
 みな、肝の据わった目をしていた。
 この乱世、どこに居ても戦から逃れることはできない。
 死にたくなければ、愛する者を他人の奴隷にされたくなければ、守って戦うしかないのだ。
「城に入ったら、乙名衆の指示に従え! 集落ごとに、守る曲輪を割り振ってある!」
「女たちはこちらへ! 赤ん坊は年寄りにあずけなさい!」
 たとえ本物の侍は一握りでも、その下で戦う足軽ひとりひとりにまで鉄の決意がつたわっていれば、戦況は動かせる。
 戦場でもっとも怖ろしいのは、戦の恐怖や風評に兵が浮き足立ち、パニック状態になることだ。大川為友の軍が敗走したのも、このせいだった。
 何でもいい。腹の底から信じられるものを、兵たちに与えなければ。
 馬揃え(閲兵式)のため、藤ヶ枝城の前庭に集まってきた足軽たちを眺め、了海は思った。
 東の空がほのかに白みはじめ、兵たちの姿を暁の光が照らす。
 約一千の桑島勢に比べ、藤ヶ枝城にたてこもる兵は五〇〇にも満たない。それも、一度は隠居した爺さんや女だてらに竹槍を振り回す者まで数えてのことだ。
 鎧も兜もばらばら、武器さえみなに行き渡っているとは言い難い、この寄せ集めの軍勢。やるしかないと覚悟は決まっているが、はたしてそれがいつまで持つか、誰にも保証はできない。
 それでも――勝つのだ。
 そのためには「これがあるから、おれは死なない。おれたちは絶対に負けない」と、信じていられるものが必要だ。出陣式も戦勝占いも、けして迷信ではない。みなの心を鼓舞し、ひとつの頑強な巌
(いわお)とするために、絶対不可欠なものなのだ。
「みな、聞けェい!」
 了海は声を張り上げた。
「桑島領を見張らせていた密偵より、報せが届いた。桑島の間部玄蕃が、動き出したッ!敵の数は、およそ一千ッ! その意気や盛んである!! だが、我らもまた、けして負けるわけには――」
 その瞬間。
 ガ、ガアアア……、と鴉が啼いた。
 大きな鴉が松の古木のてっぺんにとまっていた。ばさばさと羽根をふるって、しわがれ声を張り上げる。
 ガアアア――、ガアアア……ッ。
 その不吉な声。
 了海の声をさえぎり、虚空に大きく響き渡った。
 ――まったく、間が悪い……!
 鴉が啼いたら縁起が悪い。そんなのは単なる迷信だ。
 だが、背水の陣の戦を控え、神経がたかぶっている兵たちにとっては、まるで神託のように聞こえただろう。
 いまだガアガアと騒ぎ続ける鴉に、空をみあげる足軽たちの目は次第に不安そうになっていった。
 ――どうする。なんと言って、兵たちをごまかすか!?
 咄嗟に言葉が出てこない。
 演説に詰まってしまった了海に、兵たちの中にも低くざわめきが広がっていく。
 このままでは本当に、彼らは不吉な予感に囚われてしまう。そんなことになったら、ただでさえ不利なこの状況では、戦う前から負けが決まってしまう。
 ――なにか、言わなくては。なにか……!
 その時。
「よろこべ、みなの者! カチガラスが啼いたぞ!!」
 高く澄んだ声が、了海の背後から響いた。





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