いくら非情な乱世といえども、撫斬などめったに行われることではない。武将とて人の子だ、罪のない者を殺したくはないし、敵地の農民を生かして捕らえれば、奴卑にできる。財産を殖やせるのだ。
 間部玄蕃が後世にまで悪名が残るのを覚悟で撫斬をやるからには、それ相応の理由があるはずだ。
「そういうことか……」
 了海は低く、奥歯で噛み殺すように言った。もしこの想像があたっていたら、撫斬の理由も説明がつく。
 そして玄蕃は、いかなる交渉にも応じないだろう。那原の民に生きのびる余地はない。
「丹羽山の入り口にゃ、まだ逃散百姓たちが大勢かたまっています。山を越えて逃げることもできず、さりとて一度棄てた那原へ戻っても命の保証はない。どこへも行けずに、途方にくれてますよ。だけど、桑島の進軍が始まったら、あの連中も命はないでしょうね」
 鶴は、提げていた風呂敷包みをどさりと地面に投げ出した。
「なんだ、それは」
 そう言いかけて、了海は息を呑んだ。
 ほどけかけた包みの中にあったのは、血まみれの着物の切れ端だった。男のもの、女もの、あきらかに子どもの着物とわかる小さな袖もある。ほかに、焼けこげた木櫛や赤ん坊のおぶい紐なども見えた。
 そして鶴がふところから取り出したのは、手ぬぐいにくるんだ人の髪だった。
 白髪や女の長い髪や、あきらかに複数の人間のものが混ざっている。
「殺された連中があんまりにも可哀想なありさまだったもんでね。せめて弔いの真似事でもしてやろうとかと、形見になりそうなものを拾い集めてきたんですよ」
 ことさら無愛想にそっぽを向いて、鶴は言った。
「なんですよ。素破ごときがこんな殊勝な真似なんて、ちゃんちゃらおかしいってんですかい?」
「いや」
 了海は静かに首を振った。
 戦場から戦場へと渡り歩き、金次第で親兄弟をも売り飛ばす素破、乱破どもが、それでも殺された者を哀れと思ったのだ。よほど凄惨な有り様だったに違いない。
 形見の品を手にとってたしかめていた八郎太は、中に知り合いの片袖でも見つけたか、必死に声を殺して泣いていた。
「どうにかならねえんですかい、ご陣代!」
 だから違う、と言いかけた、その声が出なかった。
「こいつらァ、なんも悪いことなんかしちゃいねえでしょう!? 山に逃げた連中だってそうだ。人殺しの領主が怖いから、殺されたくねえから、逃げたんだ。そんなの、当たり前でしょうが! なのに、なのにこんな……!! ひでえよ! あんまりだ!!」
 血まみれの片袖を握り締める、八郎太の叫びが胸に突き刺さる。
 戦をするのは、侍。だがその戦でもっとも惨い目に遭うのは、いつだって田畑に生きる農民たちなのだ。手塩をかけた田畑を軍馬の蹄で踏み荒らされ、来年の種籾まで強奪され、家に火を放たれ、家族を殺され、売り飛ばされ……。
 了海は身体中の空気をすべて吐き出すように、ひとつ大きく息をついた。
「百姓たちは、ひとつの大きな集団になっているのか」
「いいえ。森の中でぽつぽつと、四、五人からせいぜい三十人程度のかたまりに別れて隠れていますよ」
「ではそのかたまりをひとつでも多く探し出し、伝えてくれ。那原の莫迦殿はもう死んだ。新しい領主が立つゆえ、早く戻ってこいとな。今、素直に戻ってきた者は罪を問わない。命も、土地も保証する。もとのままの暮らしをさせてやる、と」
「ご陣代!」
 八郎太が真っ赤に泣き腫らした目で、了海を見上げる。
 希望に満ちた、縋りつくようなその目が、どうにも居心地が悪かった。
 ――無心に信頼してもらえるほど、俺はたいそうな人間じゃない。
 現に今だって、自分から言い出したくせに、戦の指揮を執るのが嫌でたまらない。
 人が死ぬのを見るのは怖いし、自分が死ぬのはもっと怖い。
 だが、今ここで自分が何もしなければ、那原の民は皆殺しにされてしまう。
 ――お屋形さま。
 了海は瞑目した。
 仏になれと言って、この命をお救いくだされた、お屋形さま。
 この乱世、鬼でなければ生きられぬとおっしゃり、そして鬼であることを哀しんでおられたお屋形さま。
 お許し下さい。お言葉に背きます。
 故郷のために。そこに生きる者たちのために。
 私も、鬼になります。
 了海は立ち上がり、まっすぐに城代家老を見すえた。
「急ぎ、近隣の名主百姓たちを集めてください。足軽を招集せねばなりません。名主たちの貫高(かんだか・財力)に応じ、兵と兵糧を供出させます」
「幸甚丸……!」
「今から諸国の牢人どもを集めても、間に合いません。金に釣られてやってくるような侍は、信用がおけない。それよりは、この那原の地に根付いて生きている農民たちの力を結集したほうが確実です。彼らの農地を安堵してやり、望む者には武器を与えて、自分たちの土地は自分たちで守れと言ってやるのです。父祖が切りひらいた土地こそが、彼らの命ですから」
「そうじゃ……。たしかにそうじゃ。さすが幸甚……いや、了海じゃ。京の寺で厳しい修行を積んだだけのことはある。おぬしがいれば、那原も安泰じゃ」
「今回だけです」
 了海はじろりと城代を睨んだ。
「桑原との戦にかたがつくまでは、那原に残ります。ですが、これっきりですよ。今回の戦が終わったら、私は即座に寺へ帰りますからねっ!」



「誰かいないんですか! 先代の遠縁とか、先々代の隠し子とか!」
 館にかろうじて残っていた頭数を広間にかきあつめ、了海は怒鳴った。
「これから戦だってのに、大将がいなければ話にならないでしょう! 城主に据える人間を捜してきてください! このさい、襁褓にくるまった赤ん坊でも、棺桶に片足突っ込んだ年寄りでも、誰でもかまいません!」
 だが城代家老はじめ生き残った家臣たちは、首をひねるばかりだ。
 わずか数人の家臣たちは、みな城代と似たり寄ったりの爺さんばかりで、なかば恍惚の人となってしまった者もいる。頼りないことこの上ない。
 どうやら彼らは、忠義から此花館に残っていたわけではなく、逃げようにも足腰が思うように動かなかっただけらしい。戦になったら、敵陣の鬨
(とき)の声を聞いただけでぽっくり逝ってしまいそうだ。
「跡継ぎなら、この十日でおれ等もさんざん探しましたよ。でも、誰ひとり見つからなかったんで」
 八郎太も困惑を隠せない。
 本来なら、まだ名字もない八郎太は評定に参加できる身分ではない。が、あまりにも人手が足りないため、八郎太も金瘡医の円谷芳拓
(つぶらやほうたく)も広間へ呼びつけられているのだ。
 それでも評定に使われる広間はがらがらで、心許ない限りだった。
 安原氏の家系図から家人たちの覚え書き、家臣とやりとりした書状までひっくり返して、家督の後継者を捜す。
「この、島本家に養子にいった守景という人物はどうだ。今、どこにいる」
「あ、だめっすよ。その人、もう死んでます」
「じゃあこっちの、隆景さまの従妹の嫁ぎ先は。ひとりくらい男の子をくれないか?」
「よく見てくださいよ、ご陣代。その嫁ぎ先って、春川領の家老の家っすよ! よその殿様ん家からならまだしも、家臣の家から殿様迎えられるわきゃねえでしょうが!」
「うー、ちくしょう……っ! 誰かいないか、誰か――」
 書類や図面とにらめっこ、まったく胃が痛くなる作業だ。
 こんな不毛な話し合いを、了海たちはもう三日も続けていた。
 もちろん、了海に課せられた仕事はそれだけではない。
 まず館の倉を調べ、米や塩、炭、槍の穂先や鏃などの武器、そして金などの蓄えを確認する。――すっからかんに近かったが。
 ぼろぼろになった建物や、守りの要の堀や土塁も修復しなければならない。そのための職人や人足の手配、費用の捻出。
 これには、非常手段を使った。
「それ。ぶっ壊して、建材を持ってこい」
 此花館を囲む城下町には、家臣たちの家屋敷も集まっている。当主や家族が逃げて空き家になった屋敷から、柱でも床板でも屋根を葺く杉板でも、使えるものはなんだってひっぺがして此花館に運び込ませたのだ。
 使わなかった建材は売り払って金にした。微々たるものではあったが、ないよりマシだ。
「火事場泥棒っすね、完璧に」
「家の主は屋敷を棄てて逃げたんだ。捨てられたものを拾って使ったところで、文句を言われる筋合いはない」
 そして、主人に見捨てられて逃げ遅れた奴卑たちには、
「これより新しいお屋形さまのために働くならば、そのほうたちの身分を奴卑ではなく、小作人とする。働いた分の手当ても支払うし、仕事の合間に、他者の手の入らない土地を開墾して畑を持つことも許す。租税さえ払えば、そのほうらが開拓した土地は、そのほうらのものだ」
 奴卑とは、奴隷のことだ。牛馬と同じく主人の財産と見なされ、本人の意思に関係なく売り買いされる存在だった。
 それが、たとえ貧乏でも自らの自由意志で主従契約を結べる小作人に格上げされたのだ。どこに住むも、どんな仕事をするのも自由。家族を売り飛ばされる心配もない。懸命に働けば、自分の土地や財産も持つことができる。
 当然、今まで奴卑を所有していた者は大損だが、
「捨てていったものがどうなろうと、文句を言うな」
 了海の説明はこの一言だけだった。
 これで当面の労働力は確保できた。
 あとは、渋る職人の棟梁を拝み倒し、土塀や館の修復に入らせる。職人に支払う前金が足りなくて、安原家の菩提寺が住職が死んで無住の寺となっているのを良いことに、本尊と脇侍の仏像を売り払った。
「な……、なんつー罰あたりな……」
「仕方なかろう。死んだ人間は墓石が傾いてもたいして文句は言いやせんが、生きている人間は、飯を食わせなきゃ働けんのだ」
「そりゃそうですけどねえ」
 八郎太は複雑そうな表情でため息をついた。
「ご陣代。あんた、ほんとに坊さんですかい?」
「うるさいっ!」
 そのほかにも、残った人数をかき集めて、館の人事を再構築しなければならない。
 右筆(ゆうひつ・秘書官、代筆係)は漢文が書ける円谷に兼任させた。勘定方(経理)はとりあえあず了海自身が帳簿を調べ、八郎太に手伝わせる。
 名主百姓の息子として農地管理の基礎を叩き込まれている八郎太は、計算に明るかった。この時代、最新鋭の計算機だった算盤も使いこなす。
 今のところは、この人数と体制でなんとか乗り切るしかない。
 ――こういうことは、陣代じゃなくて城代家老の仕事じゃないのか!?
 ところが、自称老い先短い哀れな年寄りの城代家老は、了海を陣代に据えた段階で自分の仕事は完了したと思っているらしい。のんびりひなたぼっこなんぞして、完全に楽隠居の構えだ。
「あー……、お茶が美味い」
 ――てめえもちったァ働けッ!
 だいたい、那原がここまで荒れてしまったのも、城の重鎮たる長老たちが篤保の非道や若い連中の暴走を抑えられなかったからではないのか。
「ご陣代が何でもできる方だからですよ」
 屈託なく笑いながら、八郎太が言った。
「ご城代だって、半分博打みたいなつもりだったと思いますぜ。いくら人がいないからって、一〇年以上も寺にこもってた人間を呼び寄せて、城を丸ごと任せようってんですから。これでご陣代がやっぱりまるっきりの能なしだったら、ご城代だってしょうがねえ、自分がやるかって思ったはずですよ」
「じゃ、何か。私が働きすぎるのが良くないって言うのか」
「今さら怠け者の木偶の坊のふりしたって、遅いっすよ。だーれも信じやしませんぜ」
 ……おそらく、八郎太の言うとおりだろう。
 ぼろぼろになった此花館を見た瞬間、回れ右をしてすぐに京へ帰れば良かった。いや、城代家老の密書など最初から無視すれば良かったのだ。
 考えてみれば、今の苦労は全部自分で招き寄せたものだ。
 了海は苦虫を噛みつぶすように、口をへの字にひん曲げた。
「だいたい、篤保さまは何で亡くなられたのだ。まだそんな年令
(とし)じゃなかったはずだぞ。ご城代さまよりの書状には、お屋形さま御不慮としか書かれていなかったし」
「それが……」
 八郎太は表情をしかめた。そしてお耳を拝借、と、了海を手招きする。
 了海はひょいと身を屈めた。
 ぼそぼそと耳元でささやかれ……、
「ヤマガカシを食ったぁ!?」
「はい。黒焼きにして、頭から」
「ヤ、ヤマガカシって、あのヤマガカシか!? 山の茂みにいる、あのにょろりんか!?」
「そのほかにヤマガカシってのがなんかおりますか?」
「ありゃ、ヘビだぞ!? 蛇! なんでそんなモンを食ったんだ!」
「さあ……。どっかから、蛇は男の精にたいそう効くらしいって聞き込んできたらしいんですよ。危ないからよせって、みんなで止めたんスけどね。いやあ、まわりがとやかく言うと、よけい意固地になる方だったから……」
 それで中毒って
(あたって)死んだのなら、文字通り自業自得だ。
「いやあ、死んでくれて領民はみんなホッとしてますよ。あ、いけねえ。今のはどうぞ聞かなかったことにしておくんなさい」
 八郎太の言葉は、どうやら領民のみならず、那原の侍全員の意見でもあるようだ。
「拙
(せつ)の見立てでは、ヤマガマシは引き金にすぎません。お屋形さまは以前より胃の腑が荒れ、また心の臓もそうとう弱っていたと思われます」
 それまで黙っていた円谷が、ぼそぼそと言った。ひどく小さく、口の中でもごもごつぶやくだけの声なので、こちらが身を乗り出さなければはっきり聞き取れない。
「拙の名誉のためにもうしあげますが、ヤマガカシの効用をお屋形さまのお耳に入れたのは、拙ではございません。『医心方』にもそんな話は載っておりません」
 声ばかりでなく、円谷はその顔も丸めた背中も、かなり陰気くさかった。顔色も妙に青黒いし、お前のほうが病気じゃないのかと尋ねたくなる。こんな医者に治療してもらいたいとはあまり思わない。
「一番の原因は酒の害です。手足もむくみ、血の瘤も随所にできておりました。ご酒はお控え下さい、寝所の房事ももう少々お慎みをと何度かもうしあげたのですが、お聞き入れくださらず、しまいには拙の首が危うくなりそうでしたので、意見するのも止めました」
「そりゃもう、ヤリまくりだったっすよ。昼日中から、ちょっと目についたのは片っ端から寝所に連れ込んで……」
「最低の男だな」
 了海は頭を抱えたくなった。
 だが、それだけ荒淫の限りを尽くしていたのなら、希望もある。
「その女たちはどこだ!? それだけやりまくってたのなら、ひとりくらい身ごもっている女がいるんじゃないのか」
 八郎太はさらに渋い顔をして首を横に振った。
「女じゃなかったんすよ」
「……なんだと?」
 了海も思わず不快そうに表情を歪めた。
「衆道か」
 八郎太は小さくうなずいた。
 寺にも、喝食と言って美少年を性愛の対象にする習慣がある。武将が美少年を小姓にして寵愛することは、けして珍しいことではない。
 だが、男は子供を産めない。
「ちくしょうっ! 遊ぶんなら、やることやってからにしろッ! 跡継ぎこさえてから稚児遊びでも比丘尼買いでもしやがれ、莫迦野郎っ!」
 僧侶の身も忘れ、了海は思いきり怒鳴ってしまった。
 が、どんなにわめいてみたところで、どうしようもない。
 これで、篤保の血筋を探すという案は却下だ。了海は胸の内で、選択肢のひとつを黒く塗りつぶした。
「やはり隆景さまのお血筋をお迎えするのが一番良いか……」
 了海はもう一度、系図を眺めた。
 先代隆景ならば、悪い評判はない。治世の記録を調べても、できるだけ戦を避け、どんな相手ともまず話し合いを持とうとしたらしい。私生活でも妻の尻に敷かれて女性は正妻のお美伊御寮人
(おみいごりょうにん)ひとりきり、側室もいなかった。乱世の梟雄(きょうゆう)には逆立ちしてもなれないが、小国の領主としてはまずまず合格点という人物だったようだ。
 自分の命を救ってくれた人の平凡な横顔に触れ、了海はあらためて隆景に好感を持った。
 平凡で小心者で、戦や人殺しを嫌う優しい男だったから、隆景は謀反人の息子である自分を救ってくれたのだ。
 これがもっと臆病で他人を信じない狭隘
(きょうあい)な人間だったら、将来の禍根はすべて断つべしとばかりに、赤ん坊だろうが誰だろうが皆殺しにしただろう。
 隆景の優しさは、平凡な人間ゆえの強さなのだと、了海は思った。
 まして悪辣な異母弟に討たれ、年若い息子ともども首級をさらされたという悲運が人々の同情を集め、城下では彼ら父子を英雄視する風潮も生まれているようだ。
 ――これを利用しない手はないな。
「ご城代。ご城代もたしか、安原家のご親戚筋ではありませんでしたか? 主家断絶のあと、城代家老が所領を継ぐというのは、珍しい話ではありませんよ」
「なっ、なんちゅうことを言うんじゃ! おぬしはこの年寄りに、今さら槍をかついで戦場へ出ろと言うのか! そんなことをするくらいなら、わしゃ今夜にでも頭を丸めて坊主になってやる!」
 ……その坊主に無理やり陣代を押しつけたのは、どこの誰だ。
「そんならいっそ、ご陣代が跡を継がれたらどうですかい?」
 ふと思いついたように、八郎太が言った。
「ご陣代も、安原家の血をひいてらっしゃるんでしょ?」
 了海は一瞬、口を閉ざした。
「私では……だめだ」
 眼を伏せ、苦くつぶやく。
「篤保の非道のせいで、領民は怯えきっている。彼らを呼び戻し、奮い立たせるためには、彼らの希望となれる旗頭が必要なのだ。謀反人の子である私に、その資格はない」
 父も兄も、大逆人として処刑された。母の命を犠牲にして、自分はたった一人生きのびた。この命の足元には、一族郎党の血溜まりが黒々と広がっているのだ。そんな人間に、誰も夢や希望を託すことはできない。
「今、那原に必要なのは、希望だ。明るい将来を想像させる、偶像なんだ」
 必要なのは、領民たちが那原と同一視できるほど、この地やこの城と関わりの深い人間。そして清冽な印象を持ち、過去に血の臭いがしない人間だ。
 領主の武勇伝など、単なる伝説、でっちあげでかまわない。要はそれを、人々が信じたくなるかどうかだ。
 戦の勝敗だって、ある意味時の運だ。いや、たとえ勝運が逃げていっても、それを強引に引き寄せるために、陣代はじめ武将たちがいるのだ。
 ――この此花館には今のところ、陣代ひとりしかいないが。
「まったく、貧乏くじだな……」
 了海は思わず深くため息をついた。
「あ……。い、痛たた……。胃が痛くなってきた――」
「おや。胃痛ですか、ご陣代」
 なぜかうれしそうに、円谷が膝行
(しっこう)ですり寄ってきた。





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