「待て。漬け物倉だと? あそこはさっき調べたが、なにもなかったぞ。壊れた樽がころがっていただけだ」
「ああ、そうか、ご陣代は長いことこの藤ヶ枝城を離れておられたから、ご存知ないのですね?」
 くすりと、泰実は嫌な笑い方をした。
「ご案内いたします。ついてきてください」
 手近な篝火から松明に火を移し、泰実は皆を先導するように歩き出した。
 こうなると、ついて行かないわけにはいかない。了海は仕方なく泰実の後を追った。由布、そしてさわも、ぞろぞろとついてくる。
 泰実が言った三の倉は、ほかの倉と比べてもひとまわり小さい、目立たない建物だった。漆喰の壁はあちこちひび割れ、はがれかけている。
 真っ暗な倉の中へ、泰実はためらいもなく入っていった。
 倉の中はがらんとして、なにもない。漬け物の饐えた臭いはまだしみついているが、床には埃がつもり、長いあいだ使われていなかったことを示している。
「なにもないではないか」
「良くごらんください」
 泰実は松明を高くかかげた。
「奥の壁だけが板張りになっているのが、おわかりですか」
 言われてみればたしかに、ほかの壁は分厚い漆喰であるのに、奥の一面だけが粗末な板張りになっている。防火を第一に考える倉にしては、妙な造りだ。
 泰実はその板壁に近づくと、こんこんと軽くたしかめるように拳で叩いた。
 そしておもむろに足を上げ、板を蹴り破る。
「えっ!?」
 ばきッ!と大きな音がして、板壁が割れた。その向こうには、真っ暗な空間が見える。
「……隠し部屋か!」
 べりべりと板をひっぺがすと、畳一畳分ほどの小さな空間が現れた。その真ん中に、丸く石が積まれた井戸がある。
「隠し井戸だ!」
 了海の後ろから覗き込んでいた足軽や人足たちのあいだから、わっと大きな歓声があがった。
 試しに水を汲み上げてみると、よどみも臭いもなく、すぐに飲み水として使えそうだ。
「この井戸は、曲輪にある一の井戸、二の井戸とは水脈が別です。たとえ外の井戸が涸れたり水源に毒を入れられたりしても、この井戸だけは使えるはずです」
 誇らしげに泰実は説明した。
 だが、そのしたり顔が了海は気にくわない。
「そのほう、なにゆえこの井戸のことを知っていた」
 了海の詰問にも、泰実は余裕たっぷりの笑みで応える。
「私の父は安原家譜代の重臣、私も幼い頃より安原の殿に家族同様に可愛がっていただき、この城や此花館を我が家のごとくにして育ちましたゆえ」
「まあ……」
 由布姫が小さく感嘆の声をもらした。
「では泰実は、ほかの誰より城内に詳しいのですね」
「はい。この城のことでしたら、隅から隅まで存じております。春、どの梅が真っ先に花を咲かせるか、どの木になる柿の実が甘いか渋いかまで」
「それでは、お腹が空いたら泰頼に尋ねれば、美味しい柿を教えてくれるのね?」
「はい。もうご心配はいりません」
 由布はころころと鈴を転がすように笑った。泰頼も、由布の笑顔が何より嬉しいというように微笑んで姫を見つめている。
 可憐な姫君と鷹のように凛々しい若武者と、まるで絵のような光景だ。
 ――この城が我が家、か。ふん、悪かったな。どうせ俺は京の外れの山寺育ちだ。那原にとっちゃ、よそ者も同然だろうさ!
 まるで生まれた時からの幼馴染みのように楽しげに笑い合う二人に、了海は無性に腹が煮えてならなかった。
「なにを遊んでいる。おまえ等、さっさと仕事に戻れ!」
 わけのわからない怒りのままに、了海は足軽たちを怒鳴りつけた。
「仕事が終わったら、槍の鍛錬をするぞ!」
「槍のって……、こんな夜中にですかい!?」
「夜中だから、何だ! ど素人が、寝ずに鍛錬しても間に合わんくらいなんだぞ! それともおまえ等、桑島の兵に殺されたいのか。ああ、それならかまわんぞ。槍の握り方も知らないまま戦場に出て、さっさと殺されてこいっ!!」
「……ちくしょー、鬼っ!」



 そして三日後。
 早朝、まだ朝靄の消えぬ茂庭川の河原に、騎馬武者数十騎を中心に据えた鶴翼の陣の偉容が現れた。
 朝日に輝く大将の馬印は巨大な黄金の軍扇。つるかたばみの家紋が染め抜かれた旗指物が、数え切れないほどはためく。
「来たぞ! 桑島の軍勢だーッ!!」





    三、  上馬の多かる御館かな

 桑島の間部家家臣、大川源右ヱ門為友は、主君の命を受け、那原の藤ヶ枝城の前に布陣した。
 小高い丘陵の頂上に建つ藤ヶ枝城は、地の利を活かして縄張り(設計)された名城と評判だった。
 だが、いくら難攻不落の砦といえども、守る侍がいないのではどうしようもないはずだ。細作からの知らせによれば、那原は一年前のお家騒動とその後の混乱の痛手からまだ立ち直ってはおらず、内部はぼろぼろだという。
 かろうじて生き残ったよぼよぼ爺さんの城代家老は、慌てて新しい陣代を任命したが、そいつはひょろひょろと背が高いだけの若造で、しかも坊主だそうだ。そんな末成り坊主にいったい何ができるというのか。
 おまけに。
「おい、聞いたか。那原の新しい領主は、なんとお姫さまなんだとよ!」
「それも鶏ガラみたいにやせこけた、貧相な娘っ子だそうだ!」
 騎馬武者たちが、どッと声をあげて笑った。
「じゃあなにか。あの砦は、坊さんと女っ子
(あまっこ)が守ってんのか。それじゃあ、馬出曲輪に詰めてんのは、まさか尼僧の婆さんか!?」
「いやあ、悲惨な城もあったもんだ! こんな哀れな話を聞いたのは初めてだぜ!」
「誰か行って、教えてやれ! 戦は侍の仕事だ! ガキはすっこんでろ、坊主は焼き場で念仏唱えてやがれってな!!」
 粗野な笑い声と、さらなる野次が飛んだ。
 良い傾向だ、と為友は思った。騎馬武者も足軽も、みな怯えていない。
 戦に勝つには、まず敵を呑んでかかる気構えが必要だ。
 為友も自分自身に言い聞かせる。
 ――女と坊主が守る城など、なにほどのことがある。一ひねりにしてくれる!
 そうでなければ、武士として恥辱の極みだ。
 誰もがそう思うからこそ、主君間部玄蕃も、あえて桑原の全軍を動かさず、為友の部隊にのみ出撃を命じたのだ。
 為友の一部隊のみといっても、疲弊しきった那原の軍勢より数の上でもずっとまさっている。
 主君の信頼に応え、日暮れまでに藤ヶ枝城を攻め落とすのだ。
「よぉし、もっと言ってやれ! 声が届くところまで近づくぞ!」
 為友は馬上で采配(棒に細い布切れを一〇本ほど結びつけた指揮棒のようなもの)を振るった。
 横に大きく広がった鶴翼の陣が、そのまま前進し、茂庭川を渡河し始めた。どこか一部隊が突出するのを許さない「平押し」と呼ばれる進軍の形だ。広い野原で集団と集団がぶつかり合う近世の戦では、これがもっとも確実な戦法だった。
「出てこんか、腰抜け! 小便臭い小娘に取りすがって、泣いとんのか!」
「そんなに坊主が頼りなら、てめェら全員、坊さんになっちめェ!!」
 こうした悪口雑言を敵に浴びせるのも、立派な戦術だ。敵が砦に立てこもって何の動きも見せない場合、言葉で挑発して、敵兵が怒って飛び出してくるのを誘うのだ。
 そして為友の部隊は、めっぽうこれが上手かった。
「侍大将は稚児あがりの坊主に、つんつるりんの小娘かあ!? どこの淫売宿だ、こりゃあ!?」
 軍勢は勢いに乗って突き進む。
 その鼻先に、突然、ヒュッと鋭い音がして、矢が射かけられた。
「うおッ!?」
 矢は、先頭に立つ武者の兜にあたり、跳ね返った。
「射ってきたぞ!」
「ひるむな! この距離だ、あたったところでたいした傷にはならん!」
 為友は采配を振り回し、陣の先頭に躍り出た。兵を鼓舞するためだ。
 巨大な鍬形(兜の飾り)をつけた兜は、朝日を受けてきらめき、指揮官の勇猛さを際立たせる。
 降りそそぐ矢を物ともせず、為友は叫んだ。
「怖れるな! 藤ヶ枝城には、ろくな兵も蓄えもない! この矢だとて、どうせすぐに尽きるわ!!」
 密偵からは、藤ヶ枝城や此花館の悲惨な状況が詳しく報告されている。
 そしてその報告を裏付けるように、城から飛んでくる矢はすぐに消え、代わりに石ころが投げつけられた。
「そら見ろ! 連中にはもう矢もないぞ! 苦し紛れに石くれなんぞ投げてきおった!」
 武者たちが高らかに笑う。
 が。
「おい。こいつァ――この石は、金じゃねえのかッ!?」



「おまえたちに、策を授ける」
 前日の夕方、了海は八郎太はじめ数人の若者を自室に呼びつけた。
「おまえたちはこれから、夜陰に紛れて山を降り、茂庭川を渡った先で身をひそめるのだ」
 神妙な顔をして聞き入る若者たちは、八郎太が人選した。みな、すばしっこくて度胸が良く、武士としての立身出世を夢見る者ばかりだという。
「桑島勢が攻めてきたら、後ろからこっそりその軍勢に紛れ込め。大丈夫、武将たちは互いに顔見知りでも、足軽は戦のたびに近隣の村や郷からかき集められる百姓ばかりだ。全員の顔などわかるわけがない。できれば軍列からはぐれた足軽を襲って合い印(味方の目印となる鉢巻きや着物の縫い取りなど)を奪い、入れかわるのだ。そして、戦が始まったら――」



 ひゅん、ひゅん、ひゅん、と立て続けに石つぶてが飛んでくる。
「こいつァ黒藤山の石だろ!? 茂庭川のそばの山からは、どっからでも金がザクザク出てくるってえじゃねえか!」
「じゃあこの石は金か!? 金なのか!?」
「おい、本当か!? もっと良く見せろ!」
 背後で異様な声があがった。
「金!? 金だと!?」
「どれだ!? どれが金の石だ!?」
 振り返ると、足軽どもが立ち止まり、地べたばかり見回している。
「な、何をしておるか! ええい、進め! 進まんか!!」
 すると左翼後方でも、うわあッと声があがった。
「見つけたあッ! 金だ、金だぞーッ!」
「拾え拾えーっ! 藤ヶ枝城のやつら、なんにも知らねえで金の石を投げてるぞおーッ!!」
 広がりきった鶴翼の陣のあちこちで、同じような叫び声があがった。
「ば、馬鹿者ーッ!! 何をしておるかーッ!!」
 為友は怒鳴った。だがその声は、湧き起こる歓声にかき消されて、足軽どもにはまったく届かない。
 それどこか次々に、
「見つけた! 金だ、金の石だぞーッ!」
 という叫びがあちこちであがる。
 足軽どもは今や、藤ヶ枝城から石が飛んでくるたびに、先を争ってそれを拾おうとしていた。
「放せっ! この石はおれが先に見つけたんだ!」
「うるせえ、早いもん勝ちだ!」
「痛てえッ! おれの手を踏むな!」
 陣は大混乱となった。
 進軍どころの騒ぎではない。
「やめんか、馬鹿者! 金塊が敵陣から降ってくるはずがなかろうが!!」
 と、騎馬武者が叱りつけても、
「ンなこと言って、おれ等から金を取り上げようとしてやがるな!?」
「お城の侍たちだけで、金を山分けするつもりなんだろう!」
 足軽たちは、もはやまったく命令を聞かない。
 中には腕いっぱいに石くれを抱えて逃げ出す者、茂庭川まで戻って河原の石を拾い集める者まで出始めた。
 事ここにいたって、ようやく為友は悟った。
「みなの者、騙されるな! これは敵の策略だ!! 敵の素破が紛れ込んで、でまかせを叫んでおるのだ!!」
 が、時すでに遅かった。
 藤ヶ枝城の強弓から放たれた一条の矢が、狙いたがわず為友の眉間を射抜いた。



「そんなでまかせに、桑島の兵がほんとに乗ってくるんですかい?」
「乗る。やつらの陣が騎馬よりも歩兵の足軽を中心にしていれば、間違いなくこの策に乗り、大騒ぎになる。そして藤ヶ枝城のような山城を攻めるには、騎馬は不利だ。身軽な足軽でなければ、岩だらけの斜面や土塁をよじのぼれないからな」
 不安そうな八郎太たちに、了海は丁寧に説明してやった。
「譜代の家臣や見栄っ張りの騎馬武者ならともかく、近在の村々からむりやり引っ立てられてきた足軽どもは、手柄よりまず自分の命だ。そして命よりも、金だ。おまえたちだって、そうだろう。貧しい村の暮らしが嫌だから、侍になって一発大手柄を狙っているのだろう」
「え、ええまあ、そりゃそうですが」
「桑島の連中だって同じだ。連中は必ず、おまえ等が叫ぶ嘘を信じる。――信じたくなる理由が、あるんだ。那原への撫斬命令が、その証拠だ」
 了海はきっぱりと断言した。
「でもご陣代。万が一、この策がばれちまったら……」
「まあ、間違いなくおまえ等は殺されるだろうな。たとえばれなくとも、ぐずぐずしてたら味方の兵に突っ殺されるぞ」
「そ、そんなあ……っ」
「死にたくなければ、努力しろ」
 若者たちを冷たく見据え、了海は言い放った。
「おまえ等、侍になりたいのだろう。戦で手柄をたてて、一国一城の主になりたいのだろう!? 死んだら、手柄も城も手に入らんぞ。死なないように、自分で何とか考えろ。私は知らん!!」
「……鬼ッ!!」



「討ち死にっ! 御大将、おん討ち死にーッ!!」
 旗指物を背負った伝令が、大声を張り上げて陣の中を駆け抜けていく。
 それが、混乱に拍車をかけた。
「御大将、御大将が……ッ!」
「まさか! どこだ、御大将はどこにおられる!?」
 通常なら、万が一大将が戦死した場合、誰が指揮権を代行するか、どうやって撤退するかはおおよそ決まっているものだ。
 だが今、大川為友の軍勢は混乱のまっただ中にあった。足軽どもは勝手に走り回って陣形を崩し、逃げ出す者も増えている。騎馬武者たちはそれを抑えるのに必死だ。体勢を立て直すことはおろか、同僚の武者たちと意志の疎通を図ることさえむずかしい。
 本当に大将為友が戦死したのか、この混乱の中では、その情報が真実かどうかも確認できない。
「御大将が討ち取られたらしいぞ!」
「大将が!? も、もうだめだーっ! 負け戦だーッ!!」
 正しい情報が伝わらないうちに、パニックが次々に伝播していく。
 良く聞けば、混乱をあおるその叫びは、さきほどから金の石だ金の石だと大騒ぎしていた声と同じだと、すぐにわかるだろう。だがそのことに気づける者は、ぐちゃぐちゃに乱れた陣の中にはひとりもいなかった。
「討ったのは誰だ!? 敵兵なんかどこにもいねえじゃねえか!」
「まさか、裏切り者がいるのか!?」
「お、俺じゃねえ! 俺じゃねえぞ!」
「た、助けてくれええッ!」
 足軽どもは武器も鎧も投げ捨てて、次々に逃亡し始めた。
 さらに追い打ちをかけて、藤ヶ枝城の虎口が開いた。
 数騎の武者に率いられた歩兵どもが、槍を揃えて突進してくる。
「進めえーッ!!」
 先頭に立つのは、連銭葦毛
(れんせんあしげ)の美しい軍馬に乗った若武者だった。十文字槍を振りかざし、真一文字に駆けてくる。
「敵は浮き足だっているぞ! 陣形を崩すな、穂先を揃えてまっすぐに突っ込めッ!!」
 那原の軍勢は密集体型を崩さないまま、横に伸びきって混乱した為友の軍に突っ込んだ。
 その突進を受け止める力は、為友軍には残されていなかった。
「まず武者を狙えッ! 雑兵どもにはかまうな! 武将どもを斃せば、アタマを無くした足軽どもは勝手に逃げていく!」
 まるで横腹を食い破られた大蛇のように、鶴翼の陣が乱れ、のたうち、苦悶する。
 若武者の槍がひるがえった。
 軍馬と軍馬がすれ違う。その瞬間に、槍の片刃が敵将の首を刎ねとばす。
 血潮が噴き上がった。
「箕輪右衛門督泰頼、一番槍ィーッ!!」
 馬印が倒れた。その上を、那原の軍馬が駆け抜けていく。主君から授けられた黄金の軍扇は、血と泥濘にまみれ、地に堕ちた。
 馬印とは「ここに大将がいる」と全軍の兵士に知らしめる目印だ。広大な戦場のどこにいても見えるよう、大きな旗や吹き流し、美々しいオブジェなどが高い棒の先に取り付けられる。その馬印が地に堕ちることは、すなわち全軍の敗北を意味する。
 もはや為友の軍に戦う気力も戦術も残っていなかった。
 日暮れまでに藤ヶ枝城を陥落させるという大川為友の目論見は、完全に外れた。
 桑島の東雲城で戦勝の報告を待っていた主君・間部玄蕃のもとには、忠臣の首級のみが届けられることとなった。
 武士の儀礼にのっとって、敵の城下にさらされもせず従者が持ち帰ることを許されたその首級に、しかし玄蕃は激怒した。
「たかが数十人の地下人(じげびと・庶民)どもが立てこもる城が、なにゆえに陥とせぬか! しかも城主は十四、五の小娘なのだぞ! この愚か者、儂の顔に泥を塗りおって! 討ち死にしておらなんだら、儂がこの手で首を刎ねておったわ!」



「勝った、勝ったぞーッ!」
 潰走していく敵軍を眺め、那原の兵は歓声をあげた。
「者ども、叫べ! 吠えろッ! 勝ち鬨をあげろーッ!!」
 了海は重藤弓
(しげどうゆみ)を振りかざし、声を張り上げた。
 馬上の泰頼を先頭に、戦利品をふりかざした兵たちが藤ヶ枝城へ戻ってくる。
 討ち取った桑島勢の武者は三十四人、逃亡した足軽は数え切れない。それに対し、那原勢の死者はわずかに二人だった。
 那原の兵たちはみな、敵兵から分捕った甲冑や武器を山と抱えていた。
 敵兵からの略奪を、了海は禁じなかった。足軽として参戦する者は、大半がこの略奪が主な目的なのだ。武具や、あるいは軍馬を捕まえて売り払えば、けっこうな収入になる。足軽たちの中には、自前で揃えた武具はすべて戦場で略奪した物品、という者も珍しくはない。
 この時代、逃亡する敗残兵を襲って略奪することは、当たり前のことだった。戦を怖れる農民たちも、一度戦の勝敗が決すれば、容赦なく敗者を襲った。いわゆる落ち武者狩りである。死んだ者から甲冑も武器も着物も、下帯まで使えるものはすべて奪いとり、息がある者はとどめを刺してから奪った。その残虐さとしたたかさが、戦うすべを持たない庶民たちの生きる力だったのだ。
 やがて意気揚々と八郎太たちも引き上げてきた。みな、怪我もないようだ。
「やりましたぜ、ご陣代!」
「みな、ご苦労だった」
「本当に、難しいお役目をよく果たしてくれましたね。そなたたちが今日の一番手柄ですよ」
 出迎えた由布も、真っ先に彼らに声をかけた。
「由布姫」
「泰頼も、一番槍の大手柄、見事でした」
 その言葉に、泰頼の顔が喜びに輝いた。
「さあ、祝宴です。なにもないけれど、みなで喜びましょう!」





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