冬の弱い陽射しがさしこむ本堂の中は、思ったよりも人の姿が少なかった。
 ほとんどが女子供、あとは老人や怪我人などだ。
 働ける男たちは、焼け跡の片づけや町の再建に向かっているのだろう。
 狭い地域に木造家屋が密集する江戸の街は、火災に対して非常に弱かった。大火と呼ばれる大火災だけでも、二百六十余年の江戸時代中、九十回以上も起きている。
 自然、人々も次第に火事に慣れてくる。焼け落ちるのも早ければ、復興し、新しい街並みが築かれるのも、また早いのだ。
 焼けてしまったものは仕方がない。それよりは、建て直しで材木の値はあがる、大工や左官などの仕事も増える、手間賃も高くなるんだ、と、人々はなかば開き直って生きていた。
「――ええ、主人はもう店の者と一緒に、焼け跡の片づけに参っております。今日あたりからは、どうやら地ならしが始められそうだと申しまして」
 ざわつく空気の中から、早口でしゃべる女の声が聞こえてきた。
「家もお店
(たな)も焼けてしまいましたけれど、こんなこともあろうかと、前々から仮普請のための材木は、木場の懇意に預けて水の中に沈めてございましたの。ええ、ええ。家の者はみな、覚悟はしておりましたんですよ」
 覚悟していたというわりには、上擦って落ち着かない声だ。命からがら生き延びたばかりでは、無理もないが。
「さすがは市左ェ門殿。江戸の商人
(あきんど)はそうでなくてはなりませぬ。そこまで万が一の備えをなさっておられたのであれば、お店の再建もあっという間でございましょう」
「はい。かねてから出入りの棟梁が、正月三が日が開けたらすぐに普請にかかってくれると申しておりました。七草には間に合わなくても、一月の末には何とか家族揃って新居に移れるかと存じます。それまではご迷惑でしょうが、こちらのお寺さまにご厄介になりまして……」
「何の、困った時はお互いさま、これも御仏のお導きでございましょうから」
 納所坊主が愛想の良い返事をしている。今は手を貸してやるから、店が無事立ち直ったらたんまり布施を持ってこい、という本音が見え見えだ。
 しかし、火事の直後はどこでも引っ張りだこの大工の棟梁をいち早く抑え、木場に材木の取り置きを頼んであるとは、なかなかの豪商のようだ。
 いったい、どこの商人だろう。ふと、興味がわいてくる。
 夕方になれば亭主も自宅の焼け跡から戻ってきて、その顔を見ることができるだろうか。
 せめて女房の顔だけでも、と思った時。
「では、これで」
 納所坊主が本堂から出てきた。
 吉三郎は慌てて柱の陰に隠れた。見つかれば、どんな嫌味を言われるかわからない。
 納所坊主は何も気づかず、どこか上機嫌で吉三郎のそばを通り抜けていった。
 ふたたび吉三郎は入り口のそばに身体を寄せて、本堂の中を盗み見た。
「ねえおっ母さん。見て、この振り袖、とっても奇麗よ」
 若い娘の声がした。
 吉三郎は思わず聞き耳をたてた。
 若いというよりまだどこか子供っぽい、あどけない声だ。
「あらまあ、本当に。どこぞの娘さんの供養に、寄進されたんだろうねえ」
 答えているのは、さきほどの女房の声。
 吉三郎は思わず身を乗り出した。首を突き出すようにして、本堂の中を覗き込む。
「見て。比翼紋だわ、これ」
 さきほど吉三郎が目を留めた、黒羽二重の大振り袖。それを、若い娘が膝の上に広げている。
 吉三郎の視線は、娘に吸い寄せられた。
 着ているものは小袖も帯も逃げる途中ですっかりすすけ、薄汚れている。髪の飾りもなくしてしまったのか、ずいぶん少ない。抑えきれずにほつれてくる後れ毛を、しきりに気にしている。
 子供っぽさを残す愛らしい顔立ちに、島田髷
(しまだまげ)が重たそうに見える。ついこの間まで少女(こども)の髪型である蝶々髷を結っていたのが、この正月にあわせて大人の女性の形である島田に変えたばかり、という感じだ。
 千鳥を散らした小袖に黒繻子のかけ衿、大きく結んで垂らした三縞の帯。黒い絹地の上に置いた指が、まるで雪のように真っ白だ。
 長いまつげに縁取られた、黒く潤んだような大きな瞳。ちょんとつまんだような鼻。まるいふっくらとしたほほには、まだうっすらとやわらかな産毛が光っていそうだった。
 なにより吉三郎の目を惹きつけて離さなかったのは、小さな、紅梅色の唇だった。
「これって、誰かの供養のために寄進された着物でしょう? いったいどんな娘さんだったのかしら」
「およしな、お七。死んだ人のことをあれこれ詮索するなんて」
「だっておっ母さん、気にならない? 亡くなった娘さん、よっぽど好いたお方があったのね。それなのに、嫁入りもかなわずに死んでしまうなんて、どんなに心残りだったでしょうねえ。可哀想に……」
 お七、と呼ばれた娘は、うっとりと夢を見るようにつぶやいた。
「ねえ、相手のお方はどんなお人だったのかしら。お武家さまかしら。それとも大店の若旦那とか――」
「おやめって言ってるだろ。まったく、昼間っから夢みたいなことばっかり考えて。だいたいお前は、読み本や絵双紙の見過ぎなんですよ」
 母親は口と一緒に手を忙しく動かして、やはり寺から借りたらしい小紋の小袖をきれいに畳み直している。ほつれや虫食いがないかと確かめているらしい。
「まったく何だろうね、さっきのは。お前のことをじろじろ見てばかりで。坊さんのくせに、いやらしいったらありゃしない」
 彼女は娘の言葉などろくに聞いていない様子だった。今度は立ち去ったばかりの納所坊主にぶつぶつ文句をつけ始める。
 納所坊主がやけに上機嫌で歩いていったのは、ひさびさに可愛い素人娘の姿をとっくり眺め、目の保養ができたからだったのだろう。たしかに母親の言うとおり、とんだ助平坊主だ。吉三郎はにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「気をおつけよ、お七。どさくさに紛れて、どんな性悪な奴が入り込んでいるかわからないからね。この頃は、坊さんだって油断はできないよ」
「いやだ、おっ母さん。気の回しすぎよ」
 お七も、母親の小言などうわの空だ。黒羽二重の振り袖を胸元にあててみて、まだ何か空想にふけっている。
 けれど豪奢な縫い取りや箔で飾った振り袖は、まだあどけないお七の顔には、大人びすぎてあまり似合っていない。吉三郎の目には、そう映った。
「この振り袖の娘さん、可哀想に……。せめてあの世で好いたお方と結ばれて、倖せになれたのなら良いけれど――」
 その言葉に、吉三郎は軽い驚きを覚えた。
 ――あの娘、俺と同じことを考えたのか。
 見たところ、裕福な商家で贅沢に育てられたお嬢さんだ。何の苦労も知らず、甘やかされ放題の、幸福な娘。自分がどれだけ幸せに生きているか、それすらわかっていない娘だ。
 そのはずなのに、もう一度本堂の中を覗き見ると、お七は振り袖を胸に抱いたまま、そっと小さな両手を合わせていた。
 こんな恵まれた生まれの人間はふつう、周囲の、自分より不幸せな巡り合わせの人間になどほとんど関心を持たないものだ。そう、吉三郎は思っていた。
 身分の高い者、生まれながらに裕福な者は、善美を尽くしたものばかり見ているその視線から外れるものには、まったく興味を示さない。たまにこちらへ目を向けたかと思えば、それは人を見る眼ではなく、汚れ、落ちぶれたものを蔑み、憐れんで、己の優位を確認するだけのものだった。
 今まで吉三郎が見てきた人間たちは、みなそうだったのだ。
 そんな恵まれた生まれの者が、顔も知らない他人の後生を祈ってやるなんて、あり得ないと思ったのに。
 お七がふと、顔を上げた。
 母親の肩越しに、戸口のほうを見る。まるでそこに立つ吉三郎の視線に気づいたように。
 二人の視線が、重なった。
 小さな紅色の唇が、物言いたげに開く。
「あ……!」
 吉三郎も思わず何かを言いかける。けれど、何も言葉が出てこない。
 いったい自分は、今、何を言うつもりだったのか。
 何も考えられず、頭の中は真っ白なのに。
 それでも、何かが胸の奥底で響いたような気がする。
 真っ直ぐに自分を見つめるお七の視線が、そのまま熱い飛沫になって、この身体の芯まで流れ込んでくるようだ。
 ――いい加減にしろ。
 吉三郎は、ばかげた自分の想いを叱りつけた。
 なにをばかな。まるで小娘のたわごとじゃないか。
 いつまでもこんなところで油を売っているわけにはいかない。本堂には近づくなという住職の命令に背いたところを、寺の僧侶に見つかったら、あとでどんな仕置きが待っているかわからない。
 早く、自分の部屋に戻らなくては。
 そうは思うものの、足が動かない。足も手も、まるで泥の中で固まってしまったみたいだ。もしかしたら自分は今、息をすることさえ忘れているかもしれない。
 そして、お七のそれと絡み合ったままの視線も。
 まるで互いの瞳に吸い寄せられるように、逸らすこともできなかった。
 その時、
「あら。何かご用でございましょうか?」
 お七の母親が、吉三郎に気づいた。
「えっ!?」
 本堂の入り口に突っ立ったままの吉三郎に、母親は幾分いぶかしそうな目を向けた。
「あ、あの……て――手に……」
 吉三郎は、咄嗟に右手を強く握り締めた。
「手に、棘が刺さってしまったようで。あいすみませぬが、毛抜きをお持ちでしたら、お貸し願えませぬか」
 小姓として人前に出る時の、取り澄ました声で吉三郎は言った。みんな口から出任せではあるが。
 だが母親は、疑う様子もなかった。
「少々お待ち下さいませな」
 袂から小さな巾着を出し、中を探す。見たところ、巾着は更紗だ。さすがに大店の女房だ。
 そして母親は、銀色の小さな毛抜きを手に、吉三郎のほうへ歩み寄ってきた。
「どちらのお手でございますか?」
 お七に色目を使う坊主には警戒するが、若衆姿の吉三郎はまだ子供だと油断しているのかもしれない。それとも武家の姿にこの寺の者ではないと判断したのか、吉三郎の美貌に気を許したのか。
「あの……いえ、その――」
 今さら嘘とも言えず、吉三郎は仕方なく右手をお七の母親へ差し出した。
「えぇと――」
 母親は吉三郎の手に、顔がくっつきそうなほど目を近づけた。
「あらまあ……どこでしょう。良く見えないわ」
 見えるわけがない。もともと棘など刺さっていないのだから。
 が、母親は振り返り、お七を手招きした。
「お七、代わっておくれ。おっ母さん、もう目が悪くて、細かいものは良く見えないんだよ」
「はい」
 素直な返事とともに、お七が立ち上がった。
 そして母親と入れ替わりに、吉三郎の眼前に立った。
「あ、あの……」
 こうして間近に立つと、お七は吉三郎の肩までもなかった。胸に抱けば、その華奢な身体は軽々と包み込めてしまうだろう。
 甘い匂いが、鼻先をかすめる。お七の身体からほのかに、花のような菓子のような、言葉にできない甘く涼やかな匂いが漂ってくる。
 半ば茫然と、吉三郎は右手をお七の前へ差し出した。
 その手を、お七の小さな両手がそっと包み込んだ。
 傷ひとつない手のひらを眺め、お七が不思議そうにこくびをかしげる。そして、吉三郎を見上げた。
 黒い、仔鹿のような眼が、じっと吉三郎を見つめる。
 そしてすぐに、吉三郎の嘘に気づいたらしい。
 お七は母親から受け取った毛抜きを、吉三郎の手のひらにあてた。何もない皮膚から、棘を抜き取る真似をする。
「あ……」
「どうぞ動かずに。お力を抜いてくださいまし」
 ――いったいどういうつもりだろう。
 なぜ自分の嘘に付き合ってくれたのか、困惑の表情を浮かべる吉三郎に、お七はにっこりと笑った。
 ――だって、あたしもこうしたかったんだもの。
 その笑顔が、そう言っているような気がした。
 あなたがあたしを呼んでたみたいに、あたしもあなたのそばに寄ってみたかったの。
 ……あなたのお手に、触れてみたかったのよ。
 夢見るような笑顔のまま、お七は吉三郎の手を離そうとした。
 その手を、吉三郎は思わず握り締めた。
 反射的に引っ込めようとした小さな手を、逃がすまいと、さらに強くぎゅっと握り締める。
 お七がびくりと小さく肩をふるわせる。
 そして少女は、おずおずと自分から細い指先を吉三郎の指に絡めてきた。
 わずかに触れ合う互いの手から、体温や鼓動、言葉にならない何かが互いの身体に流れ込み、通い合うような気がした。
 すぐそばで見つめ合う、視線がそらせない。
 そのまま、時さえも停まってしまいそうだった。
 が。
「吉三郎――吉三郎!」
 遠くから、吉三郎を呼ぶ声がする。
「吉三郎、どこだ。長老様がお戻りだ!」
 その声に、二人の意識がぱっと現実に引き戻された。
「……吉三郎さま?」
 それがあなたのお名ですか、と、お七が無言のうちに問うてくる。
 吉三郎は黙って小さくうなずいた。
 お七の手を離し、
「お世話をかけました。おかげで助かりました」
 軽く頭を下げ、堅苦しい挨拶をする。
 そしてお七に背を向けると、逃げるように本堂を離れた。
 吉三郎はもう振り返りもしなかった。もし振り返ってしまったら、また足が止まって動けなくなると、わかっていたから。
 足早に渡り廊下を抜け、自分を呼ぶ声のする庫裏へ向かう。
「吉三郎、吉三郎!」
 呼んでいたのは、副住職だった。
「ここにおります」
「遅い。何をしておった」
「申しわけございません」
 両手をつき、神妙に頭をさげる。
「長老様にお茶を差し上げなさい。早うしないか!」
「はい、ただいま」
 囲炉裏にかけた鉄瓶から湯を汲み、茶を淹れる。
 日常の仕事に戻りながら、吉三郎はふと、自分の手を見つめた。
 思わずお七の手を握り締め、そしてお七もそっと握ってくれた、この手。
 まだお七の指の感触が残っている。
 あんなふうに優しく、いたわるように、この手に触れてくれた者は、今まで誰もいなかった。
 まるでこの手がとても浄い尊いものであるかのように、おずおずとためらいがちに指をからめてきたお七。
「……莫迦か、俺は」
 吐き捨てるように、吉三郎はつぶやいた。
 自分はいったい何を考えている。
 ちょっと可愛い娘に手を握られたから、たったそれだけのことで、浮き足立つほど喜んでいるとでも?
 女の肌を知らないわけではない。あんな、島田も似合わない小娘などではなく、もっと奇麗で艶っぽい女たちだって、匂い立つような吉三郎の若衆姿を愛でて、一時の情事の相手として自分たちの床へ招き入れてくれた。
 どうせお七だって、今まで吉三郎に触れてきた女たちと同じだ。このつらのかわ一枚にだまされて、人形遊びでもするような気分で近づいてきたのだろう。あるいは吉三郎を歴とした武家の出だと勘違いしているか。
 もしも、吉三郎の本当の姿を知ったら――この寺で、吉三郎がどんな扱いを受けてきたか、本当のことを知ったら。
 お七だってもう二度と、この手に触れようなんて気は起こさないだろう。きっと他の連中と同じく、汚物を見るような目で、見くだしてくるに違いない。
 あんな娘に、なにがわかる。ぽーっと眠たげな目をして、あの小さな頭の中身は、どうせなにも考えていないに決まっている。
 そう思ったとたん、仔鹿みたいなお七の瞳が目の前いっぱいに浮かんできて、吉三郎は思わず大声をあげそうになった。
「……うわっ……!」
 住職に運ぶ茶を、危うくひっくり返しそうになる。心臓が喉のすぐ下までせり上がってきたみたいだ。
 いい加減にしろ、と、自分で自分を叱りつける。
 お七がいったい何だと言うのだ。乳母日傘
(おんばひがさ)で甘やかされ放題に育ってきたお嬢さんなどに、なにか期待でもするつもりなのか。
 ほんのわずか、自分と似たような感慨を持っていたからと行って、あの娘が自分のことをわかってくれるとでも?
 ――誰かになにかを期待して、報われたためしなんて、なかったじゃないか。
 吉三郎は何度も自分に言い聞かせた。
 誰も彼も、みな同じだ。人間なんて、強い者は弱い者を、弱い者はより弱く惨めな者を、踏みにじることしか頭にない。
 その中でもっとも弱い者は、せいぜい強い者に媚びを売り、あるいはその目をかすめて、わずかばかりのおこぼれにありついて生きていくしかないのだ。
 自分はそうやって、生きてきた。それだけが自分の生きる智恵だったはずだ。
 ――今度あの娘が近寄ってきたら、せいぜい優しくしてやるさ。吉三郎は口の端を歪め、皮肉に笑った。
 愛想笑いのひとつもして、女が好きそうなお涙頂戴の身の上話でもでっちあげてやれば、あんな世間知らずの莫迦娘、ころりと騙されてくれるだろう。上手くそそのかせば、小金
(こがね)を貢いでくれるかもしれない。
 自分が金を無心したところで、あの娘の家には蚊に食われた程度の痛みにもなりはしないだろう。
 たまには俺だって、そのくらい良い目を見たってかまわないはずだ。
 ――そう、思ってはみたものの。
 指に残るお七のぬくもりは、あの花のような甘い匂いは、吉三郎の胸の奥深くに今も残っている。そして、そこをきりきりと熱く切なく締め上げるようだった。





 だが結局、吉三郎はそれきり、自分からお七のそばへ近づいていくことはなかった。
 晦日
(みそか)に本堂をのぞき見したのがばれて、坊主たちにさんざん殴られたのだ。
 こういう時、連中はけして吉三郎の顔など傷痕の目立つ場所は殴らない。人目に付かない腹だの背中だのを集中的に狙う。
 青痣だらけにされた腹を抱えて、正月三が日、吉三郎は苦痛に呻いて過ごした。
 そして気づくと、江戸の街には復興の槌音が響き渡っていた。
「ちくしょう、まだ痛てぇ……」
 裏庭の井戸で水を汲みながら、吉三郎は低く呻いた。
 焼け出された人々への炊き出しは、寺の飯炊き婆さん一人ではとても手が足りない。寺の者は総出で働き、本堂に寝泊まりしている人々も、怪我のない者はみな懸命に手伝っている。
 吉三郎も、枕から頭があがるようになるとすぐに、容赦なくこき使われる。
 いつもなら苦もなくこなす仕事が、今日は身体中の関節がぎしぎし痛んで、息をするのもつらかった。
 ――まったく、みんなあの小娘のせいだ。
 胸の中で、吉三郎はつぶやいた。あんな小娘にふらふらした俺も莫迦だったが、その気になって嬉しそうに近づいてきたお七もお七だ。あそこでお七が吉三郎に笑いかけたりしなかったら、こんな目に遭わずに済んだのに。
 この仕返しを、いったいどうしてやろう。
 そんなことを考えながら、手を切るように冷たい水を手桶いっぱいに汲んでいると、
「お手伝いしましょうか」
 背後から、甘いやわらかい声がした。





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