お七と手代に荷物の片づけを言いつけると、母親は同じ本堂に寝泊まりしていた町人たちや、寺の僧侶など、あちこちへ挨拶をしに行った。
「まあまあ、長いことお世話になりました。おかげさまで、なんとか自分の家の屋根の下で眠れるようになりました」
 住職への付け届けは、ちゃんと手代が持参してきていた。如才ないお父つぁんらしいわ、と、お七は思った。
 住職は、今日のささやかな手土産のほかに、市左ェ門からの盛大な喜捨を期待しているだろう。が、父がそれにまで応じるかどうかは疑問だ。
 愛想笑いをひとしきり周囲に振りまいて母親が戻ってくると、入れ替わりに手代が風呂敷包みを背負って立ち上がった。
「それではお内儀
(かみ)さん、お嬢さん。明日は迎えの駕籠が参りますので」
「ああ、ご苦労さま。旦那さまにも、こっちは心配いらないと伝えておくれ」
 ……どうしよう。
 明日、家に連れ戻される前に、せめてもう一度、吉三郎に逢いたい。
 何の約束もしなくていい。できっこない。けれど、逢いたい。ただ、逢いたい。吉三郎の姿をこの目で見て、声を聞きたい。彼にさわりたい。
 けれど母親はまだ監視の目を弛めず、お七のそばを離れようとしない。今夜が最後ということで、お七が男に逢いに行くのではないかと、警戒しているらしい。おそらく夜も、一睡もしない覚悟でお七を見張るつもりだろう。母を言いくるめて一人で本堂を抜け出すことなど、とてもできそうにない。
 どうすれば良いのだろう。
 こんなにも誰かに逢いたい、いっしょに居たいと願うのは、生まれて初めてのことなのに。
 願うだけで、なにもできない。どうして良いかもまるで思いつかない。こんな自分がもどかしくてならなかった。
 今まではどんな男と別れても、逃げ去られても、たいして深く思い悩むことはなかった。男に捨てられて、なんて可哀想なあたし、と自分で自分を憐れむことはあっても、逃げた男を追いかけたいとは思わなかった。
 助平爺の妾にされることも、嫌だ嫌だとは思いながらも、どうしようもないことと半ば諦めていた。決まってしまったことだから、今さら泣こうがわめこうが、もうどうしようもないのだ、と。
 そうやって諦めてしまうのが、一番らくな生き方だった。無駄な抵抗はせずになにもかもすぐ投げ出して、まわりの言うがままに流されていく。そうすれば、悪いことはみんな回りのせいにできる。ただ自分をひたすら憐れむだけでいい。
 自分が生きている理由なんか、考えない。考えたって、答なんか見つかるわけはないから。それが、お七の生き方だった。
 けれど――吉三郎は違う。
 お七よりもずっと惨い、どうにもならない状況にありながら、それを仕方がないと諦めてはいない。自分の無力さを痛感し、打ちのめされながら、懸命にもがき続けている。生きる理由を探している。お七にはそう見えた。
 だから、吉三郎を抱きたいと思った。ぼろぼろに傷ついて、身体中で咆吼するように泣く吉三郎を、抱きしめて、その痛みを癒してやりたかった。
 ……吉さんは、わかっていてくれるかしら。あたしがこんなにも、吉さんのことばかり想っていることを。
 あなたのことを想うだけで、哀しくて苦しくて、わけもなく泣き出してしまいそうになることを。
「お七。どうしたんだい」
「えっ、な、なんでもないわ。あたし――」
 ふいに母親から名前を呼ばれ、お七はあわてて顔をそむけた。
「お前……。泣いてるのかい」
「い、いえ、そんな……」
 袂で目頭を押さえる。けれどそこににじんだ涙を、もう母親に見られてしまった。
「だっておっ母さん。やっと家に帰れるのよ。家族みんなで暮らせるんだもの。嬉しくって、ほっとしたら、なんだか泣けてきちゃって……」
 お七は懸命にごまかした。
「ああ、そうだね。ようやく帰れるんだものねえ」
 母親もうなずいた。だがお七を見据える醒めた眼は、娘の言葉を信じていないと如実に語っていた。
「ねえお七。お前、あたし達のことを、なんて非道い親だと恨んでいるだろうね。商売のために、娘をあんな爺さんに売り渡すなんて」
「おっ母さん……」
 母親は声をひそめ、ぼそぼそと語り始めた。
「しょうがないよ。まだ子供のお前にはわからないだろうけどね。でもこれは、お前の幸せを願ってのことなんだよ。お前にもいつかわかる。お父つぁんとおっ母さんが、本当にお前のことを考えて、こうしたんだってことがね」
 それは娘に説教するというより、自分自身に言い聞かせているかのようだった。
「ご用人様は、そりゃ年寄りで、錦絵みたいな男前じゃあないさ。正妻になれるわけでもない。だけどご用人様にゃあ金も身分もある。女が一生頼るには、充分な相手だよ。若いうちは好いたの惚れたのってことばかりに夢中になるだろうけど、そんなのはほんの一時だよ。うわっついた夢物語だけじゃあ、人間は生きていけないんだ。綺麗事をいくら並べたって、金がなけりゃあ食べていけないんだからね」
「ええ、わかっています。おっ母さん」
 お七はまったく心のこもらない声で、返事をした。
 母親の言うことも、間違いではない。おそらく母は本当にそう信じているのだろう。自分たちは心底、娘のためを思って、この道を選んだのだ、と。
 お七も、母親のその心根を、嘘だと言うつもりはない。商売第一で生きている父親を、酷い、冷たい、と責める気もない。
 ……だけど、違うの。違うのよ。
 いくらお金があったって、奇麗な着物を着ていたって、あたしはちっとも幸せじゃない。
 吉さんに逢えなかったら、死んだも同じ。
 だってこんなに苦しくて、息も上手く吸えないのに。目の前は真っ暗で、なにも見えないのに。こんなの、生きているなんて言えないもの。
 吉さんのこと以外、なんにも考えられない。彼のことを思ったら、もう、自分が明日なにをすればいいのか、どうなるのかさえ、みんな忘れてしまう。
 吉さんへの想いをなくしたら、きっとあたしは、あたしではなくなってしまうから。
 ……なのに、あたしは何にもできない。
 ただこうして座って、すすり泣くしか。
「莫迦なことは考えるんじゃないよ、お七」
 母親がじりっと膝を進め、お七のそばににじり寄ってきた。
「男に、一緒に逃げようなんて言われても、絶対についていくんじゃないよ。大体、逃げたところでお前、行く当てなんかないだろう。金も頼る者もなくて、どうやって生きていくんだい。今までお前が何不自由なく生きてこられたのは、みんなお父つぁんとおっ母さんのおかげなんだからね」
「はい。わかってます、おっ母さん」
 顔を伏せたまま、お七はぼんやりと返事をした。
 たしかに母親の言うとおりだ。
 お七は、何の苦労もなく安穏と暮らせる生活と引換に、八百屋市左ェ門の娘という身分を、役目を課せられた。加賀藩用人の妾になることで、その身分の代価を支払わされるのだ。
 ――お七本人が望むと望まざるとに関わらず。
 今までのお七なら、そのことに何の疑問も持たなかっただろう。拗ねたり騒いだり、少しは親の手をわずらわせても、最後には親の言いなりになったはずだ。心の奥では納得できないと思いながらも、仕方ない、他にどうしようもないと、自分自身に言い訳をして。
 何もできない無力な自分でいることは、とても楽だったから。
 けれど今、それではだめ、と、胸のどこかで声がする。
 ……このままでは、いや。諦められない。吉さんに逢いたい。一緒にいたい。
 初めて、お七の中から抑えきれない感情が激しく噴出してきていた。
 この望みを叶えたい。それには、待っていても誰も何もしてくれない。自分でどうにかするしかないのだ。
 生まれて初めてそう思ったのに、じゃあどうすれば良いだろうと考えれば、やはり何もできない自分に気がつく。
 逃げたって、行く当てもない。すぐにつかまってしまうだろう。万に一つ逃げ延びたとしても、生きていく方法なんか思いつかない。
 考えれば考えるほど、自分の無力さを思い知らされるばかりだ。
「ああ、しょうがないね。きっとわかるよ。今はおっ母さんたちのことを恨んでるだろうが、いつかきっと、これで良かったんだって、お前も思うようになるからね」
 母親はまるで言い訳のように、同じ言葉を繰り返した。だがその口調には、妙に力が入っていなかった。
「男のことだって、どうせすぐに忘れるさ。今はちょっと悲しいだろうが、ご用人さまのお屋敷でいっしょに暮らしていれば、いつかご用人さまのことが好きになるんだよ。そうだよ、ずっとそばにいてくれる男が一番いいに決まってる。昔の男のことなんざ、思い出しもしなくなるよ。そういうもんさ……」
 母親の言葉は、まるで意味のない経文のように、お七の耳を素通りしていった。
 どうにもならない堂々巡りの想いを抱えたまま、最後の夜は過ぎていき、そしてとうとう、お七が円乗寺を離れる日が来た。
 よく晴れて、風も少しあたたかく、春を感じさせる日になった。
 女中や小僧に荷物を持たせ、いまだに本堂に間借りしなければならない町人たちの羨ましげな視線に送られながら、お七と母親は円乗寺の山門へ向かった。
「お七、早くおし。駕籠を待たせてるんだから」
「はい、おっ母さん」
 途中、お七は何度も本堂や庫裏を振り返ろうとした。もしや吉三郎の姿が見えはしないか、と。
 が、そのたびに母親から横目でにらみつけられ、大人しくうなだれるしかなかった。
「……あら?」
 山門には、お七たちを待つ町駕籠の他に、「乗物」と呼ばれる箱形の駕籠も用意されていた。造りは質素だが、しっかりした引き戸がついて、中に乗る者の姿が外から見えないようになっている。武士など限られた階級の者しか利用できない駕籠だ。
「長老さまがどこかへお出かけのようだねえ」
 母親の言葉に、お七もうなずいた。円乗寺であの駕籠が利用できる者は、長老と呼ばれる住職しかいない。
 お七たちを待つ町駕籠も、住職の引手駕籠
(ひきてかご)の邪魔にならないよう、山門の脇に寄っている。
 やがて住職が、数人の僧侶たちを引きつれて、庫裏から姿を現した。
 お七と母親も脇へ下がり、頭を下げて一行を見送ろうとした。
 住職は付き従ってきた者たちと二、三、言葉を交わし、ゆっくりと駕籠に乗り込んだ。駕籠が上がり、ゆるゆると山門をくだっていく。
 その様子は、お七は伏せた視線の端でぼんやりと捉えていた。
 が、次の瞬間。
 墨染めの僧衣の中にいきなり、あざやかな色彩がよぎった。
 流水紋を大きく染め抜いた振り袖には紫裾濃
(すそご)のぼかしが入り、袴はくっきりと際だつような茄子紺色。腰の大小は黒漆の鞘に白糸の蛭巻きという華麗な拵えだ。足袋も洗い立てで、目を射るように白い。
 指先まで力に満ち、美しい手。ふっさりと豊かに前髪を垂らした若衆髷は、つややかな黒髪がまるで絹糸のようだ。
 匂い立つような、吉三郎の若衆姿だった。
 ……吉さん!
 思わず叫びそうになったその名前を、お七は懸命に押し殺した。
 すぐそばで、母親がじっとお七の様子をにらんでいる。その他に、円乗寺の僧侶も、店の使用人もいる。
 今までかろうじて吉三郎とのことを隠し通してきたのに、ここであからさまにしてしまうわけにはいかない。お七自身の名誉や未来のためなんかではなく、ただ、吉三郎のために。
 吉三郎と通じたことがばれても、自分はせいぜい両親からねちねちと小言を言われ、新しい家の奥座敷に閉じこめられるくらいだろう。時季が来れば両親は、娘が傷物になったことなど奇麗に口をつぐんで、加賀藩邸の助平用人にこれさいわいとお七を押しつけるだけだ。
 だが吉三郎は違う。彼の身体に残された無数の傷痕からわかるとおり、どんな悲惨な仕置きが待っているかもわからない。
 でも……でも。
 吉さん、わかっていてくれたんだ。
 お七はそう思った。吉さん、あたしの気持ちをちゃんとわかっていてくれたんだ、と。
 逢いたい、逢いたい。いつも吉さんのことだけを考えてる。この、あたしの気持ちが、吉さんにもちゃんとつたわっていた。
 ――だから、住職を見送るこの一瞬に賭けて、あたしの前へ来てくれたんだ。
 人目のある場所で二人が近くに寄れば、言葉は交わさずとも、視線すら合わせずにいても、表情の変化やわずかな仕草で、互いの想いを周囲の他人にも悟られてしまうかもしれない。けれど吉三郎は、あえてその危険を冒してくれたのだ。
 吉三郎を見てはいけない。お七は懸命に自分に言い聞かせた。泣いてもいけない。何もないふり、石のように何も思わず、なにも心に感じていないふりをしなければ。
 住職を乗せた駕籠が見えなくなると、僧侶たちはそそくさと境内の奥へ戻っていった。
 吉三郎も無言で、それに従った。
 彼が、お七の横を通り過ぎる。
 お七はかたくなに眼を伏せた。
 誰のことも、けして見ない。ただ、僧侶たちが踏みしめていく玉砂利を見つめる。
 本当はこのふたつの眼が、身体中が、吉三郎を見ることを欲している。
 そして彼にも、自分を見てもらいたい。あのぴんと張りつめた良く透る声で、「お七」と名前を呼んでもらいたい。
 見つめ合って、互いの名前を呼んで。そんな当たり前のことが、どうして許されないのだろう。
 彼は、人を好きになることさえ、許されていない。
 善美を尽くした若衆の装束は、吉三郎をこの寺に縛り付け、隷属させるための鎖だ。
 その鎖を断ち切って逃げ出しても、その先に吉三郎を待つものはただ、死でしかない。
 隷属か、死か。吉三郎に与えられた選択肢は、その二つきりだった。
 火災で身寄りを失った運命が、彼の罪でもあるまいに。
 ……可哀想に、吉さん。
 お七はうつむき、血の味がするほど強く、唇を噛みしめた。
 吉さんはこうして、あたしの想いに応えてくれたのに。
 あたしはいったい、吉さんのために何ができるだろう……?
 玉砂利を踏む足音が遠ざかっていく。
 波のようにお七の身体につたわってきていた吉三郎の存在感が、その場からなくなっていく。
「さあ行くよ、お七」
「はい、おっ母さん」
 母親にうながされて町駕籠に乗り込むまで、お七はずっとうつむいたまま、一度も顔を上げなかった。
 伏せた顔は人形のように、何の表情も浮かんでいない。
 けれどその胸の中には、一瞬だけ視界をよぎった吉三郎の美しい姿が、くっきりと色鮮やかに焼き付いていた。





        三

 お七が円乗寺を出ていく。
 その話を吉三郎が耳にしたのは、昨夜のことだった。
 あの夜、あの夢のような逢瀬のあと、同じ寺の境内にいながら、吉三郎はお七に逢うことができなかった。その姿を見ることすらできなかった。
 どうやら男と逢い引きしたのがばれて、母親が四六時中お七を監視するようになってしまったらしい。
 吉三郎も、坊主どもの眼を盗んで本堂までお七に逢いに行く方法など、まったく思いつかなかった。
 ……もう、逢えないのだろうか。
 自分を、お七は奇麗だと言ってくれた。
 こんなに汚れて、泥にまみれたこの身体を、お七は抱きしめて、泣いてくれた。一緒に死んであげるとまで、言ってくれたのだ。
 ――お七。お七。お前がまだ、俺を奇麗だと言ってくれるなら。
 他の誰が笑っても、たとえ吉三郎自身がまるで信じていなくても。
 ――俺は、お前の望む俺でありたい。
 翌日、用事で近在の知人を訪れる住職の見送りに出る時、吉三郎は精一杯の装いを凝らした。
 夜明け前に起きて髪を梳き、念入りに椿油を塗り込んで、ほつれ毛一本落ちぬように整える。振り袖も袴も、とっておきのものを身につけた。冷たい水で口も手も濯ぎ清めた。
 長老を見送る時、お七が山門のそばに居るとは限らない。けれど今は、その一瞬に賭けるしかない。
 お七に、もっとも美しい自分の姿を見せてやりたかった。
 いつになく着飾った吉三郎に、僧侶たちの中の何人かは、少し不審そうな表情を見せた。普段、吉三郎が寺小姓としての盛装を嫌がっているのを、知っているからだ。
 だが住職は、自慢の小姓の美々しい姿にかなりご満悦のようだった。
 住職に付き従い、吉三郎は山門近くまで出ることを許された。庫裏から離れて人前に出ても良いと言われるのは、暮れに本堂をのぞき見したのがばれて折檻されて以来、初めてのことだ。
 そしてそこに、お七はいた。
 いつもどおり重たげな娘島田に花簪、緋鹿子の結綿が初々しい。紅梅を散らした小袖に縞の帯を大きく背に垂らして、まるで花が人の姿をとって現れたかのようだった。
 互いを一瞬、視界の端に捉えるだけ、眼と目を見交わすことも、言葉を交わすこともできない。
 吉三郎もその後はただ、住職が乗る駕籠だけを注視していた。
 駕籠の引き戸を開けて、住職が乗り込むのに手を添える。住職のじっとりと湿ってなまあたたかい手が吉三郎の手を握り締め、なかなか離そうとしなかった。
 そうして、お七に背を向けながらも、吉三郎はお七の存在を全身で感じ取っていた。
 離れていても、彼女の息づかい、肌のぬくもり、あの甘い花のような匂いをはっきりと感じている。
 たしかに彼女は、この姿を見てくれた。その小さな胸に、吉三郎の姿をはっきりと刻みつけてくれた。
 吉さん、吉さん、と、あの細く可愛い声が自分の名前を繰り返す幻聴さえ、聞こえていた。
 耳にこだまする幻のお七の声は、今にも泣き出しそうだった。
 やがて住職を乗せた駕籠が山門を出ていくと、坊主どもは足早に庫裏へと戻り始めた。
 吉三郎もその後ろに従った。
 無言で、お七の前を通り過ぎる。
 お七がかたくなに顔を伏せ、身をこわばらせているのがわかった。
 互いの想いを隠すため、懸命に自分の感情を押し殺しているのだろう。あの仔鹿みたいな黒い瞳が、今にも泣き出しそうに潤んでいるかもしれない。
 そう思いながらも、吉三郎は一度も後ろを振り返ることなく、その場から立ち去った。
「見たか、あの娘」
「ああ。本所の青物屋の娘だろう」
 先を歩く坊主どもの話し声が、耳に飛び込んでくる。
 吉三郎は一瞬、身をこわばらせた。
「美い
(いい)女だったなあ。たっぷり金かけて着飾らして、親父の市左ェ門が見せびらかして歩くのも、無理はないな。あれだけ可愛い娘がいたら、俺だってそうするよ」
「今日のうちに家へ戻っちまうんだろう? もったいない。本堂で寝泊まりしているうちに、もっと良く拝んでおくんだった」
「まったくだ。滅多にお目にかかれない観音様だったからな」
 うっとうしい長老が外出したせいで、坊主どもはずいぶん口が軽くなっているようだ。お七の美貌や体つきについて口々に、僧侶にあるまじき下卑た品定めをしている。
 その後ろを、吉三郎は黙って歩いた。内心、「あんな未通娘
(おぼこ)と一発やりたい」などとほざいている破壊坊主を、血反吐を吐くまでぶちのめしてやりたいと思いながら。
「おい、吉三郎」
 軋むような甲高い声が、ふいに吉三郎を呼んだ。





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