さすがに母親は娘の心情を気遣うらしく、お七が一日中部屋に閉じこもって黙り込んでいても、叱ろうとはしなかった。使用人たちにも、お七のしたいようにさせておやり、と言いつけてくれた。
 だが物陰では、夫に大丈夫かと問われると
「心配いりませんよ。少しくらい食が進まなくたって、死にやしませんって。家出したり首をくくったり、そんな莫迦な真似をするような娘じゃありません。だいたい、もとがうすぼんやりで、そんな思いきったことができるような度胸なんか、ありゃしないんだから。今はちょっとぐずぐず言ってても、いざその日が来ちまえば、あきらめておとなしくご用人様のところへ行きますって」
 ――さすがおっ母さん。良くわかっているじゃないの。
 立ち聞きしたお七は、皮肉っぽく唇をゆがませて、無言で笑っただけだった。
 それだけ娘のことを把握している母親のおかげか、お七の監視は、円乗寺にいた時よりもずっとゆるくなった。家から出なければ、何をしていても、しなくても、文句は言われない。母親もお七から目を離していることが多くなった。
 そして今夜も、両親はお七を家に残して外出した。
 親類の家に赤ん坊が生まれ、その祝いの席に招かれたのだ。
 祝いの品を担いだ丁稚と番頭に供をさせ、両親は日が暮れる前に駒込の店を出た。今夜は親類の家に一泊し、帰りは明日になるはずだ。
 通いの奉公人たちもそれぞれの家へ帰り、新築の広い家屋に残ったのは、少々耳が遠くなった老爺と飯炊きの婆さん、それにお七だけになった。
 お七は早々と布団にもぐりこむと、行灯をつけ、読本を広げた。
 今夜は、夜更かしをするな、行灯の油がもったいない、と文句を言われる心配もない。
 だが読本は最初に開いたっきり、少しも読みすすめられることはなかった。
 文字の上に視線は落ちているが、まったく動かない。
 胸にあるのは、吉三郎のことばかりだ。
 逢いたい。逢いたい。吉さんに逢いたい。
 もういっぺん逢えたら、死んでもいい。
 死にたい、じゃない。死んでもいい、だ。
 ――あたしのために、死んでよ。
 今まで何人もの男に、お七はそう我が侭を言ってきた。
 言われた男がそのとおり死ぬわけはないとわかっているから、いくらでもその場限りの口約束を迫ることができたのだ。
 けれど同じことを、吉三郎にはけしてねだれない。
 たとえ上っ面の言葉だけでも、彼の死を望むことなんかできない。
 だって吉さん、そんなこと言ったら、本当に死んじまいそうなんだもの。
 吉三郎の言葉には、なにひとつ嘘がない。いつも、ありのままを口にする。その場しのぎの嘘なんて、絶対に言わない。
 だからあの夜も、また逢えると吉三郎は言わなかった。お互い、どんなに逢いたいと願っても、どうにもならないとわかっているから、吉三郎はなにも言わなかった。ただうつむいて、泣くしかなかったのだ。
 また逢えるからと嘘をついたのは、お七のほうだった。
 ――吉さん。吉さん、また泣いてるかしら。
 つらい目に遭って、声もあげられずにたった一人で、心をぼろぼろにして泣いているんじゃないかしら。
 吉三郎の傷を癒すことなど、お七にはできない。吉三郎のことどころか、自分の運命だってどうにもできない。家のため、親の金儲けのために、売られていくしかないのだ。
 吉三郎に操を立てるのなら、今すぐ川にでも飛び込めばいい。
 けれどそんなことをしたら、自分が死んだと聞いてしまったら、吉三郎も迷わず死を選ぶかもしれない。
 死なせたくない。
 いつでも死を選ぶことができた吉三郎。それをしなかったのは、彼の誇りのゆえだ。他人に踏みにじられてごみ芥のように汚されるだけが自分の人生だったと、絶対に認めないために。自分が生まれてきた意味を見つけるまではなにがあっても死ねないと、吉三郎はこの世の地獄の中で生き抜いてきたのだ。
 どんなに傷ついても、汚されても、彼が守り続けてきたその誇りを、自分のためなんかに捨てさせてはいけない。
 だから、あたしも今は死なないよ。
 泣いてあげる。
 吉さんのために、吉さんのかわりに、あたし、泣いてあげるよ。それしか、あたしにはできないから。
 自分を憐れんで泣くのは、もういやだ。惨めになる一方だ。
 けれど誰かのために流す涙は、こんなにも熱くて浄い。ほほをつたう一粒一粒が、吉さん、吉さんと唄っているみたいだった。
 泣いて泣いて、この身の血潮がみんな涙になって流れ尽くしてしまったら。
 きっとあたしは死んでいるだろう。
 魂だけになって、もう一度吉三郎に逢いにいけるだろう。
 吉さん、とつぶやくと、今でも、お七、と応えてくれる吉三郎の声が聞こえる。
 幻でもいい。思い込みでかまわない。今はこうして、吉三郎の呼び声だけを聞いていたかった。お七にとってただひとつの大切な宝物を。
 そのままふうっと目を閉じて、眠りにつこうとした時。
「ううん……。違う!」
 お七は布団の中で、ぱっと眼を開けた。
 息を殺し、耳を澄ます。
 びょうびょうと吹き荒ぶ冬の嵐。新築の家ですら、がたがたと大きな音をたてて揺さぶられている。
 その中に。
 今、たしかに聞こえた。
 お七。
 お七、と、吉三郎の声が聞こえた。
「吉さん!?」
 お七は跳ね起きた。
 幻なんかじゃない。今、たしかに声がした。
 吉さんの声が聞こえた!
 部屋を飛び出し、縁側の雨戸に飛びつく。
 濡れて重たくなった雨戸をこじ開ける。
 とたんに、湿って重たい雪が顔面に叩きつけられた。
「吉さん! 吉さん、いるの!?」
 ようやく開いた雨戸の隙間から、裸足のまま庭先へ飛び降りる。降り積もった雪に、お七の足跡が点々とついた。
「吉さん、そこにいるの? ねえ、吉さん!」
 返事は聞こえなかった。
 けれどお七は疑わなかった。
 庭を走り抜け、裏木戸に飛びつく。
「吉さん!」
 掘割から吹き寄せる凍った風が、お七の全身を叩く。しっかり足を踏ん張っていなければ、ひっくり返ってしまいそうだ。視界は白く雪に覆われて、まったく見えない。
 その吹雪の中、お七は二、三歩、よろけるように進み出た。
「吉さん、吉さん……っ!」
 細い声が、吹き荒ぶ風に引きちぎられていく。
 その声が不意に途切れた。
 板塀の陰に、少しでも風雪を避けようとうずくまる姿があった。
 まるで丸めて捨てられたぼろ切れみたいに、汚れて疲れ果て、みすぼらしい姿。凍えているのか、頭をあげることもできず、今にも地面に倒れ伏してしまいそうだ。
 だがその顔が、のろのろとあがった。寒さを堪え、渾身の力を振り絞るように。
 お七の声が聞こえていたのだ。
「吉さん……」
 お七は雪を蹴って駆け寄った。
 雪溜まりに両膝をつき、吉三郎にむしゃぶりつく。
 ぼろぼろの蓑ごと、吉三郎を両腕にしっかりと抱きしめた。
「吉さん、吉さん、吉さん……ッ!」
「莫迦、お前……! 裸足じゃねえか」
 吉三郎の言葉もまったく耳に入らない。口から出るのも、吉三郎の名前だけだった。まるで他の言葉など、みんな忘れてしまったみたいだった。
 しがみついた吉三郎の身体は上から下までぐっしょりと濡れそぼり、氷柱みたいに冷たい。けれど額や頬に触れる吉三郎の息づかいは火のようだ。
 ――ああ、吉さん。
 夢じゃない。今ここに、あたしの腕の中に、吉さんがいる。
 無惨に羽毛もむしられて血まみれになった山鳥みたいな、みじめで哀れな姿。お七が強く抱きしめてやっても、小刻みなふるえが止まらない。
 けれど吉三郎のその目からは、生きる力はけして失われてはいなかった。
 雪まみれの笠と、その下の煮染めたように汚い手ぬぐいを、お七はそっと外してやった。
 下から現れた吉三郎の前髪は水をかぶったように濡れ、けれどそれが黒絹の糸のように美しかった。強い光を放つ瞳も、唇もその肌の熱さも、何もかもがお七の覚えているとおり、いやそれ以上に美しい吉三郎だった。
 お七は一瞬息を呑み、その瞳に見入った。
「さ、早く中に入って。こんなところにいたら、凍え死にしちまうもの」
 お七は吉三郎の手を引き、立ち上がらせた。そのまま家の裏木戸へ連れていこうとする。
「だけど……」
「大丈夫。今夜はお父つぁんもおっ母さんもいないから。二人とも親類の家に出かけちまって、明日にならないと帰ってこないの」
 いや、たとえ両親が家にいたとしても、お七は迷わず吉三郎を自分のもとへ招き入れただろう。
 だって、吉さんは逢いに来てくれた。
 この姿を見ればわかる。命を賭けて、なにもかもを捨ててあたしに逢いに来てくれたんだ。
 なのに、なんであたしに怖いものがあるだろう。
 ごめんね、吉さん。
 泣いてあげる、なんて。あたしはそれしか、ただ自分の殻に閉じこもることしか思っていなかった。そんな怠惰な自分が情けなくて、恥ずかしい。
 そんなの、本当は吉さんを信じていなかっただけだ。心のどこかで、吉さんだってあたしを見捨てる、寺を捨ててあたしのとこへなんか来るはずがないって、思っていたんだ。
 でも、吉さんは来てくれた。
 あたしへの想いを、こうして証をたててくれたんだ。
 あたしにだって、きっとできる。吉さんが命を賭けてあたしに逢いに来てくれたみたいに。あたしだって、吉さんのためになら、何だってできるよ。
 ねえ、そうだよね。
 もう泣かない。泣いていたって、なんにも動かないから。
 つないだこの手は、もう二度と離さない。
 二人、ぴったりと身を寄せ合って狭い木戸をくぐった。
 吉三郎の着ていた蓑は、家に入る前に脱ぎ捨て、丸めて縁の下に放り込んだ。
 お七の部屋は今も火鉢にあかあかと炭が熾り、すきま風もほとんど入らず、あたたかい。
「吉さん。その濡れたもの、脱がなきゃ。あたしの着物しかないけど、着ててちょうだい」
 汚い野良着を脱がせて、吉三郎を火のそばに座らせる。下帯ひとつになった吉三郎の肌には、相変わらず酷い暴力の痕が残っていた。
「寒い?」
 裸の肩に木綿の寝間着を着せかけて、そうっと包み込む。
 そのままお七は、吉三郎を背中から抱きしめた。彼の肩にほほを押し当て、目を閉じる。
 ――吉さんの匂いだ。
 雨上がりの若葉みたいな、澄みとおった吉さんの匂い。
「いいや」
 短く吉三郎が返事をする。その声はもうふるえてはいなかった。
「平気だ。俺はもう、寒いのとか慣れてるから。お前のほうが寒いだろ。そんな恰好で、裸足のまんまで外に飛び出したりして……」
 畳の上に投げ出したお七の足は、真っ赤になっている。
「ううん、あたしも平気」
 お七は首を横に振った。
 吉三郎の生命を、この世で一番まばゆい、熱いものを抱きしめているのに、寒いはずがない。
 お七は目を閉じたまま、肌から肌へつたわってくる吉三郎の鼓動にうっとりと聞き入った。
 ほつれて額にはりついた髪を、長い指がそっとかき上げる。
 ふと目を開けると、吉三郎の黒い瞳がすぐ目の前にあった。
 ああ、飲み込まれる。
 そう思った瞬間、唇が重なった。
 熱くて少しざらついた吉三郎の唇。何度も強く押しつけられ、やがて我慢できなくなったように、お七の口中に入り込んでくる。
「ああ」
 抱きしめられて、自然に声が出た。
 何かがとろとろと、身体の中で燃えている。火鉢の熾き火みたいにくすぶっていたそれは、吉三郎に触れられるたび、じゅん、じゅん、と小さく爆ぜて、お七の中で次第に強く大きく燃え上がっていく。
「ああ、吉さん。ああ、ああ」
 抱きしめられることが、吉三郎に触れられることが、嬉しくてたまらない。
 その歓びが、自然に声になってあふれ出してくる。
 お七は自分から吉三郎を強く抱きしめた。
 最初に抱かれた時は、無我夢中でなにもわからなかった。ただ自分の中を駆け抜けていく吉三郎に、懸命にしがみついているだけだった。吉三郎もおそらく同じようなものだったろう。
 けれど今は違う。吉三郎のわずかな身動きもすべてはっきりと感じ取ることができる。たどたどしく喉から胸元へ降りていく唇、激情にまかせて痕が残るほど強く白い肌に食い込ませた指、爪。まるで赤ん坊が母親の肌にすがりつくような不器用な愛撫が、いとしくてならない。
 抱きしめた吉三郎の身体は、まるで火のようだ。若い肌は力強く張りつめて、お七の肌にしっとりと吸いつく。互いの身体全部で接吻を交わしているようだ。
 くちづけて、名前を呼んで、頬と頬を押し当てて。涙を溜めた互いのまつげが触れ合うくらい近くで、まっすぐに見つめ合う。
 ここに、吉さんがいる。あたしのいちばんそばに。
 あたし達はこうして、またひとつになっている。
 ああ、そうだね吉さん。こうなるために、あたし達は生まれてきたんだね。
 こうやって互いを抱きしめ、あたため合い、互いの身体をとろとろに溶かして混じり合い、ひとつの分かちがたい命になるために。
 あたし達は巡り逢ったんだね。
 歓びがあふれ出す。
 心を満たす嬉しさが、肌に触れられる身体の歓びと重なり、共鳴して、ひとつの大きなうねりになってお七を包み込んでいく。
 ――華が、咲く。
 お七の身体の中に、じゅん、じゅん、と小さな音をたてて、真っ赤な華が咲き開く。
 宵闇に咲いては消える花火みたいに、次々に新しい華が身体に生まれては消えていく。芥子だろうか、牡丹だろうか。新しい華が咲くたびに、それはより大きく、色鮮やかになる。
 あたし達はひとつだよ。ふたりでひとつの命だよ。
 もう何も怖いことはない。だってあたし達は生まれ変わったんだから。ふたりでひとつの命に、この歓びの中で生まれ変わったんだからね。
 そうして、この身体全部が、真っ赤な花びらで覆い尽くされていく。
 あたしの身体が、華になる。
 吉さんを抱く、華になる。


 それから二人は、何度も何度も抱き合った。
 快楽の果てに意識が霞んで消えて、とろとろと浅い眠りにつく。そしてふと目覚めるとまた、飽きることなく互いの身体をむさぼる。今まで逢えなかった時間を、この快楽で埋め尽くそうとするかのように。
 交わす言葉もほとんどない。唇から出るのは、ただ互いの名前ばかりだった。
 吉三郎は自分のすべてをお七の身体に刻みつけようとしているかのようだ。
 そんな吉三郎を、お七は全身で抱きしめ、受けとめる。
 吉三郎がお七の中で情を遂げると、彼の命が全身に染みとおっていくような気がする。そしてゆっくりと彼が身体の中から抜け出していくと、まるで自分が今、彼を新たにこの世へ産み落としているような気がする。まっさらな、生まれたての命として。
 吉三郎が生まれ変わる。お七の中で、何度も何度も。
 その新たな吉三郎の誕生に立ち会うことで、お七の命も清められる。お七もまた、まっさらな命になる。吉三郎のためだけの命になる。
 それが、こうして今、二人が抱きあうことの真の意味だった。
 そして、
「俺と一緒に行こう、お七」
 吉三郎の言葉に、お七は即座にうなずいた。
 どこへ、とお七は訊かなかった。
「うん、行こう」
 吉三郎の右手に自分の指を絡め、真っ直ぐに彼の目を見てうなずく。
 どこへでもいい。ここへではない、どこかへ。
 このままこの街に居たのでは、自分たちは当たり前に生きることすらできない。
 自分の願うとおりに生きること、好きな人に好きだと正直に告げること。見つめ合って、指を絡め、笑い合うこと。そんな、誰にだって許されているはずのことも、この街に居たのでは許してもらえないから。
 ここを出よう。どこかへ行こう。
 ありのままの自分たちで、生まれたままのお七と吉三郎で居られるところへ。
「吉さん。あたしを、吉さんの女房にしてくれる?」
「お七……」
「だってあたし、もう十六だよ。吉さんの女房になれるよね?」
 無邪気に見上げるお七に、吉三郎は一瞬、不意をつかれて戸惑ったような表情を見せた。が、すぐに笑ってうなずく。
「そうか、もう十六だったよな、お前」
 吉三郎は優しくお七を抱きしめた。頬と頬を寄せ合い、そっとささやく。
「じゃあ、大丈夫だ。お七は俺の女房だ」
「うれしい、吉さん」
 ――あたしは吉さんの女房。
 もう、ずっといっしょ。死ぬまでいっしょ。
 二度と、吉さんをひとりぽっちにはしない。
 気がつけば、障子の外がほの白く明るくなり始めていた。
 明け四つ(午前六時頃)になれば、辻々の木戸も開く。一晩中吹き荒れていた嵐も、夜明けとともにおさまってきていた。
「行こう」
 どちらからともなくうなずいて、二人は部屋からそっと忍び出た。
 吉三郎は、昨夜脱ぎ捨てた野良着にまた袖を通していた。まだ湿り気が残って、重たく冷たい。
 お七も歩きやすい小袖に着替えた。一晩中愛し合ってすっかり乱れてしまった髷は、手ぬぐいをかぶってどうにか隠す。
 そのほかには、なにひとつ持たない。
 なにも持っていってはいけないと、お七は思った。自分たちは互いのために何もかもを断ち切り、捨てるのだ。互いがいればなにもいらない。昨日の自分につながるものは、ひとつも持っていってはいけないのだ。
 そっと雨戸を開け、昨夜と同じく庭へ降りる。
 赤い鼻緒の下駄の下で、きゅ、きゅ、と新雪が鳴った。吉三郎が履く雪駄は、お七が父親のを持ち出してきたものだ。
 すっかり隠れてしまった踏み石を探しながら、降り積もった雪に足跡をつけていく。吉三郎がお七の手を引いた。
 吉三郎に導かれ、おぼつかない足取りで一歩前へ踏み出すたびに、お七は身体が軽くなっていくような気がした。
 この身に絡みついていた家のしがらみや親子の情、背負わされていた不運、そんないろんなものが、この雪で洗い落とされていく。そして残るのは、吉三郎を想う心だけだ。一番純粋で迷いのない、本当のお七だけが残る。
 もうなにも、怖いことなんかない。
 生まれて初めて、あたし、しあわせだって心から思えるよ。
 路地へ出る木戸を開け、まず吉三郎が外へ出ようとした。
 だが、身を屈めて木戸をくぐろうとした瞬間、吉三郎の動きが停まった。
「どうしたの、吉さん」
 中途半端に背を丸めたまま立ち止まってしまった吉三郎を、後ろから押すようにして起き地も塀の外へ出た。
「お七!」
 鋭い怒声が飛んだ。






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