【薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク・5】
邸内は奇妙なくらいに静まり返っていた。
自動車の排気音が聞こえなかったから、あの二人の異国人は今夜、この邸に泊まるのだろう。それぞれ用意された客室に引き取り、すでに熟睡しているのかもしれない。
客人も邸の主人も眠りにつき、使用人たちも安心して休んでいる――はずなのに、邸の空気は妙に暗く、重苦しい。まるで誰も彼も一睡もできないまま、息を殺して朝を待っているかのようだった。
叶は一旦部屋の中に戻り、ベッドの端に腰かけた。
暗闇の中で、ただ時計の音にのみ耳を澄ます。
そして遠くでぼぉ……ん、と柱時計の音が聞こえると、叶は静かに立ち上がった。
窓を開け、外へ出る。夜気の冷たさはもう感じなかった。
室内履きのまま、テラスから庭へ降り、そして二階へ続く外付け階段を昇り始める。捻挫した足がひどく痛んだが、気にもとめない。
人一人がやっと通れるだけの狭い階段は、二階のバルコニーに通じていた。二階バルコニーは一階部分より広く、窓には若い娘の部屋に似合いのレースのカーテンがかかっている。
窓枠に触れ、そっと押してみる。
窓は音もなく開いた。施錠されていないのだ。
子爵家の令嬢云々と言う以前に、若い女の住む部屋として、あまりにも不用心すぎる。たとえ部屋の主である紅子が人事不省だとしても、女中か誰か、そばにいる者が気を配るべきなのだ。
だが叶は、心のどこかでこの窓が開いていることを確信していた。
足音を忍ばせ、室内に滑り込む。
紅子は眠っていた。
誰かが世話をしてやったのか、髪も頬もきれいに清められている。布団の下から少しだけ見えている襦袢も、新しいもののようだ。
血の気の失せた肌、小さく開いて哀しげな呼吸を繰り返す唇。まつげがかすかにふるえていた。
大きなベッドに埋もれるように横たわる紅子は、等身大のきれいな人形のようだ。
叶はそっと手を伸ばし、額に落ちた前髪を払いのけてやった。
ふと、紅子が目を開けた。
「……叶さん」
まだどこかぼんやりとして、焦点の合わない目で、叶を見上げる。
「ずっと、そばにいてくれたの?」
叶は一瞬、答えに詰まった。
この部屋に紅子を運んだのは、叶ではない。異母兄の敷島省吾だ。
黙っている叶に、紅子は布団からそっと手を出し、触れてきた。
「冷たい手……」
自分のほうが氷のような指先をしているくせに、紅子はそう言った。
「外にいたの?」
「窓、が――」
伏せた叶の視線を辿り、紅子も窓の異変に気づいたらしい。
「そう……」
けれどそれ以上は何も言わず、紅子はゆっくりと起き上がった。
叶はその身体を支え、少しでも楽なようにと背中に枕を当ててやる。
「叶さん、兄さまに気に入られたんだわ」
「え?」
黒曜石の瞳が今にも泣きそうに潤み、叶を見上げる。
「兄さまが選んだのよ。私の遊び相手にって」
「な……なんだって!?」
「ほんとよ。だって放っておくと、私、くだらない遊び友達ばかり作るから」
紅子は唇の端で小さく笑った。異母兄の皮肉な笑いを真似しようとしているのかもしれないが、少しも似ていない。むしろ見る者の胸をえぐるように、哀しげだ。
「覚えてるでしょ? 私が叶さんを轢いちゃいそうになった時。車に、若い男の子が何人も乗ってたでしょ」
「あ、ああ……」
言われてみれば、たしかにそんな声や足音を聞いた。
「この間まで私、いつもあの人達と遊び回ってたの。家の車、勝手に乗り回して、カフェーに行ったり、浅草でオペラを見たり……。ちっとも楽しくなかったけど、でも一人でいるよりましだった。こんなだだっ広い家に、独りぽっちで取り残されてるより……。誰でも良かったの。私と一緒にいてくれる人なら、誰でも――!」
男装もそのためだったのだろうか。叶はふと思った。
軽薄な若い連中と遊び歩くなら、娘らしい恰好をしているよりも、彼らと同じ男装をしていたほうが動きやすかったのだろう。そしてまた、遊び仲間もそんな紅子を止めなかったに違いない。むしろそんな奇抜な行動を煽っていたのだろう。
「兄さまには叱られたわ。あんな頭の悪い、女の抱き方もろくにわかってない連中と付き合って、身体に傷でもつけられたらどうするつもりだって。そして、みんな追い出しちゃった」
ふふ、と、紅子はかすれた笑いを漏らした。
「兄さまならきっとそうすると思ってた。わかってたの。こんなことしたら、絶対兄さまに叱られるって。でも……叱る時くらいしか、兄さまは私を見ようともしないんだもの。だから私、遊び相手にわざと莫迦な男ばかり、選んでやったの。兄さまが我慢できずに、私を思いきり叱りつけるような――。何度追い払われたって、また同じような莫迦な仲間を造るつもりだった。そしたら……!」
自嘲めいた笑いが消える。
「兄さま、叶さんを選んだのよ。私の遊び相手に。叶さんなら、私の身体に傷をつけたり、誰かに私のこと言いふらしたりしないだろうから……!!」
「まさか――!」
「ほんとよ。兄さまはそういう人だもの。回りの人間は全部、兄さまの決めた通りに動くんだって、そう思ってるの。自分の命令に逆らう人間がいるなんて、考えたこともないのよ。叶さんのことも、きっと自分の思い通りになるって――」
その言葉を、叶は否定できなかった。叶が見た限りの敷島省吾という男は、たしかに紅子の言うとおりの人間だった。
紅子は血がにじむほど強く、唇を咬んだ。自分に痛みを与える以外に、怒りや悲しみを現す手段が見つからない、というように。
「あんまり咬まないほうがいい。傷になる」
叶の言葉に、紅子は意味もなく首を横に振る。
「ごめんね、叶さん。私になんか、付き合わなくていいから。ね、もう部屋に戻って。兄さまの思い通りになんかならなくていいのよ」
「いいや」
叶はベッドの端に腰を下ろした。紅子と同じ目の高さになるよう、背をかがめて。
「もう少し、ここにいるよ」
「叶さん……」
「紅子さんのそばに、いたいんだ。居させて欲しい」
青白い頬に、叶はそっと指先で触れた。
紅子は泣きそうな目をして、小さく、こくりとうなずいた。
「少し眠ったほうがいい」
「ううん、もう平気。ねえ叶さん、ランプ点けて」
紅子は視線で壁際の机を示した。これも舶来の品らしい、優美な曲線で飾られた白いライティングデスクだ。
言われるまま、叶はその机の上にあったランプを灯した。
オレンジ色のあたたかい光が、部屋の中を満たす。
その光に照らされて、叶はふと机の上に小さな写真立て(ポートレイト)が飾られているのに気がついた。
この邸の庭で撮影されたらしい写真には、若い娘と敷島子爵が並んで映っていた。
子爵は撮影にも慣れた様子で落ち着いた笑みを浮かべているが、娘のほうは緊張しているのか、表情もなんだかぎこちない。だがそれが逆に、とても可愛かった。。
「この写真は……」
「違う。それ、兄さまじゃないわ。私の母さんと、先代子爵――私たちのお父さま」
「え?」
言われてみれば、写真は古ぼけてセピア色に変色しかけており、映っている二人の服装も時代を感じさせた。
「ね、兄さまそっくりでしょ。私も初めて兄さまに会った時は、びっくりしたもの」
紅子は手を伸ばした。その手に、写真立てを持たせてやる。
「この写真は、お父さまが母さんに下さったんですって。お父さまの奥さまは、母さんが私を身ごもったのを知って、すぐに母さんをお屋敷から追い出したの。養育費だけは払ってやる、その代わり二度と敷島家に近づくなって……。私、この写真でしか、お父さまの顔を知らなくて――だから初めて兄さまに会った時、お父さまが私を迎えに来てくださったのかと思った」
ぽつりぽつりと語るその声が、次第に涙混じりになってくる。
「もちろん、すぐに人違いだってわかったけど……。でも私、兄さまのお顔を見るたびに、とてもなつかしくて、切なくて……」
「紅子さん」
叶はそっと紅子を抱き寄せた。
広い肩にほほを預け、紅子は小さく泣きじゃくる。
「兄さまがいたから、私、独りぽっちじゃないって思えた。だからこの邸に来たの。兄さまを好きになりたくて――兄さまに優しくしてもらいたくて……!」
あとはもう、言葉にならなかった。
たった一人の肉親に愛されたくて、盲目的に異母兄の命令に従ってきた少女。それは幼い子供が無心に母親のあとを追いかけるようなひたむきさだったに違いない。
裏返せば、それだけ紅子が孤独だったということだ。
血のつながりを信じて、わずかでも愛情を分けてくれそうな人に懸命にすがりついて。
だがその思いに、異母兄は応えようとはしなかった。
逆に少女の思慕を利用し、自らの立身出世のために踏みにじったのだ。
叶はそっと、紅子の頬を撫でた。
流れ落ちる涙を、親指で拭う。
唇が重なった。
わずかに触れ合い、そして離れる。
「いいのに、叶さん。こんなことしてくれなくても、いい……」
互いの呼吸さえ感じられるほど近くで、紅子はかすれる声でつぶやく。
「私なら平気だから。今までだってずっと、一人きりだったんだもの。平気よ。だから……」
「黙って」
だから、優しくしないで。その言葉を、叶はまた口づけで封じ込めた。
ことり、と小さな音をたて、写真立てが紅子の手から床へ落ちた。
やわらかな唇を、自分の唇でそっと撫でる。かすかにこぼれる呼吸を感じ、叶はわずかに開いた隙間にするっと忍び込んだ。
ゆっくりと、丁寧に紅子の唇を愛撫する。ふっくらした下唇を、舌先で繰り返しなぞる。紅子は吐息まで甘い。
やがてまだ怯えの残っていた身体から力が抜け、やわらかく叶にもたれかかってきた。
叶は思いきって深く、紅子の中に入り込んだ。なめらかな口中を撫で上げ、かき乱す。小さな甘い舌を強く吸う。
くちゅり、と、小さな水音がする。
次第に熱を帯びるくちづけに、おずおずと紅子が応えた。
二人の舌先が溶けるように絡み合う。透明な唾液があふれ、紅子の唇を濡らす。
「ふっ、ん……あ、あぁ……」
紅子が小さく、かすれた声をもらした。
「叶さん……っ」
二人はもつれ合うように、ベッドへ倒れ込んだ。
口づけが逸れる。ほっそりした顎から耳元、頬、そしてしなやかな首すじへ、叶は唇を這わせた。貝殻のような耳朶を甘く噛み、繰り返し紅子の名前をささやく。
「紅子さん、紅子さん……紅子……ッ!」
抱きしめた少女の身体が小さく跳ね、反応する。
その肩から、叶は薄桜色の襦袢をもどかしく引き抜いた。
磁器のように真っ白な肌、そしてそこに点々と印された無惨な陵辱の痕があらわになる。乳房には真っ赤な鬱血の痕、男の指の形そのままの痣、血がにじむ歯形までが数え切れないほど刻みつけられていた。
「や……っ。嫌、見ないで……」
紅子は小さな子供みたいに何度も首を横に振った。剥き出しになった乳房を両腕で抱きしめ、隠そうとする。
「見せてほしい」
叶はささやいた。
「何も隠さなくていい。きみは綺麗だ」
紅子の手をそっと横へ押しのけ、叶は白い胸元に唇を寄せた。惨い傷のひとつひとつをくちづけで辿っていく。
まだ蒼く、硬い乳房は片手で簡単に包み込める。ウエストから腰にかけてのラインも、男がちょっと乱暴に振り回せば簡単に折れてしまいそうだ。
女として成熟しきっていない身体は、それでもわずかな愛撫にも鋭敏に反応した。
「ん、んふ……っ。あ、叶さん……っ」
ふくらみの先端を飾る小さな突起を、口に含む。舌先で転がし、甘く噛んでやると、紅子は切なげに身をよじった。
「いやぁ、叶さん……っ。そ、そんなにしちゃ、いや――」
濃桜色の突起はあっという間に勃ちあがり、熟した木の実のように朱く染まる。
叶はしごきの帯を引き抜き、紅子の身体を覆うものをすべて取り去った。紅子も、もうあらがいはしなかった。
叶が着ているワイシャツを脱ぐために一旦身体を離そうとすると、紅子は小さな子供のようにしがみつき、自分から叶のくちづけを求めた。
「いや……っ! いや、お願い、行かないで! どこにも行かないで、私のそばにいて……!」
「紅子さん」
叶は強く少女を抱きしめた。
「行かないよ。僕はどこにも行かない。きみを置いていったり、しないから――」
互いの唇が深く重なった。
舌を絡ませ、まさぐり合う。まるでお互いを奪い合うかのように。
叶は両手で紅子の乳房を包んだ。強く、乱暴なくらいに揉みしだく。濡れて尖った先端に吸い寄せられるように唇を寄せ、歯をたてる。
「あ、ふっ! ――くんんっ!」
ひく、ひくっと小さく跳ねる身体を押さえつけ、唇をさらに下へ滑らせる。胸元から平らな腹部へ透明なラインが描かれる。小さなくぼみをからかい、傷つけられた肌の上にあらたに自分の所有の証を刻みつけ、そしてさらにその下へ。
「だめ、叶さん、そこは……っ! そこは、まだ――!」
思わず隠そうとする小さな手を払いのけ、叶は紅子の膝に手をかけた。
白い太腿に限界近くまで大きな角度を持たせ、その付け根で息づく秘花をあらわにする。
ためらうことなく、叶はそこに唇を押し当てた。
「ああ、こんなに濡れてる……。感じてるんだね。可愛いよ――」
「く、あ……いやああぁっ!」
しっとりと濡れる花びらを指先でかき分け、いたぶる。奥からこぼれる熱い蜜を掬い取り、デリケートな襞の一枚一枚に塗り込めていく。
ひくつく小さな入り口に指を差し入れると、まるで押し出されるようにさらに濃密な雫があふれ出した。
過敏な内襞が、ねっとりと叶の指に絡みつく。叶はさらに指を増やした。長い指を根元までねじ込み、また引き抜く。何度も同じことを繰り返し、次第にその速度を速めていく。
狭い肉の中で、ぷつぷつと粟立つような粘膜を探り当て、そこを指先で強く擦る。すると、叶の指にまとわりつく花びらがきゅ、きゅっと強く締まった。
「ここが悦いのかい? ここ?」
「あくぅっ! だ、だめ、あ――そこ、あぁああっ!」
惨い愛撫から逃れようとするかのように、しなやかな身体がくねる。けれど叶は細い腰をしっかりと抱え込み、広い肩で押さえつけて逃がそうとはしなかった。
唇で重なり合う花びらをかき分け、その奥に隠れた小さな快楽の芯を探り出す。ルビー色に充血し、濡れそぼった真珠を、叶は舌先で転がし、押しひしぎ、容赦なく歯をたてた。
「あああっ! か、咬んじゃいやあああっ!!」
紅子が悲鳴をあげた。
白い身体が鮎のように跳ねる。
そして紅子はあっという間に絶頂に駈けのぼった。
弓なりにのけ反り、硬直した身体が、やがてくたくたと力なくシーツに沈み込んだ。
そのまま身動きすらできず、苦しげに浅い呼吸を繰り返す紅子に、叶は寄り添うように覆い被さった。
「紅子」
「ご、ごめんなさ……。私、我慢できなくて……」
「いいんだ。何度でもいかせてあげるよ」
まったく力の入らない様子の身体を、左腕だけで何とか抱き起こす。そして耳元でささやいた。
「でも、今度は一緒にいこう」
「あ、ふ……っ」
そのささやきにさえ、紅子はひくっと身体をふるわせた。
互いの身体の位置を入れ替え、今度は叶がシーツの上に横たわる。
「きみが上になってくれ。僕は、肩がこんなだから」
衿をはだけ、ワイシャツの下の包帯を示す。
紅子は羞恥に耳元まで真っ赤に染め、うつむいて視線を伏せた。けれど小さくうなずき、自分から叶の上に脚を開く。
叶はすでに衣服の下で痛いくらいに張りつめていた。
それを押さえつけるベルトに、紅子の手がかかる。
紅子は叶の猛りを衣服の中から引き出すと、そっと手を添え、自らの中へ導いた。
熱く狭い泉の中に包み込まれる。髪一筋の隙間もなく、満たされる。その快楽に、叶は思わず身を強張らせ、喉の奥で低く呻いた。
「あっ、あ、おっきぃ……っ!」
紅子が大きくのけ反る。
うっすらと汗のにじむ喉、弾む胸、ウエストから叶を受け入れているその部分まで、すべてが叶の視線の前にさらされる。
ゆらゆらと揺れるランプの灯が、白い肌の上に妖しい陰影をつける。快楽に酔い、次第に惑乱の色を濃くしていく紅子は、まるで刻々と開いていく大輪の花のようだ。
「きれいだ……!」
ほとんど無意識のうちに、叶は口走った。
「今まで見たどんなきみの姿よりも、今のきみが一番きれいだ……!」
叶は左手を伸ばし、小さな毬のような乳房を鷲掴みにした。
「あくうぅっ!」
叶に絡む肉の花びらが、きゅうっと切なげに締まる。
「自分で動いてごらん」
「え……?」
「紅子の好きなようにしていいんだ。自分で腰を振って、気持ちよくなってごらん?」
「む、むり……。そんなこと、でき、な、あ……っ」
「大丈夫、できるよ。ほら、こうして――」
左手を細いウエストに添え、強く揺さぶってやる。
「あ、あ――あーっ!!」
紅子は甲高い、すすり泣くような悲鳴をほとばしらせた。
「や、あ、だめっ! だめ、そん、な……あ、ふ、深いぃっ!!」
叶の乱暴な導きに合わせて、しなやかな肢体がぎこちなく揺れ始める。
「だめ、こんな……あっ、あ――奥っ! お、奥まできてるのぉ……っ!」
「ああ、悦いよ、紅子。すごく悦い。上手だよ」
「いやああ……っ。そ、そんなこと、言っちゃ、やぁ……っ」
酔ったように目元を赤く染め、紅子は身を捩った。快楽に潤んだ瞳、濡れた唇はもう閉じることもできず、熱い吐息とあえぎをこぼし続けている。
最初は恥ずかしげに小さく揺れるだけだった動きも、次第に激しく、リズミカルになってきた。
「あっ、あ、あ……ああっ! あく、う――きゃううっ!」
もう、停めようがなかった。紅子はただ快楽を追い続け、叶の上で淫らに踊り続ける。全身が桜色に紅潮し、揺れる二つの突起が叶の視線を釘付けにする。
二人、つながり合った部分から、熱い雫があふれ出す。擦れ合う皮膚の間でこね回され、ぬかるみのような粘ついた水音を響かせる。そしてその肌を、さらに新たな蜜が濡らしていく。
「あああっ! い、いぃっ! 悦いのぉ、叶さんっ……! 気持ち、い……っ、こんなの、初めて……っ!」
「僕もだよ。僕も――悦い……っ!」
「お願いっ! い、いっしょに――いっしょに、ねえぇっ!」
しゃくり上げ、泣きじゃくるように紅子は口走った。
すがるものを探し、両手が叶の胸元をさまよう。ワイシャツを強く握り締め、爪を立てる。
「ああ、一緒にいこう」
「ほ、ほんとにっ!? いっしょよ、ぜったい――おねがい、おいてかないで、いっしょにいてっ! 私のそばにいて……!!」
「ああ、ここにいるよ。ずっと紅子のそばにいる」
叶は紅子が口走ったことをそのまま繰り返すように、答えてやった。
もう、自分が何を言っているのかもわかっていないのだろう。懸命に伸ばされた手をしっかりと握り締め、一人ではないと紅子に教えてやる。それしかできなかった。
「ほんとよ!? ほんとに――ひとりにしないで、おねがい、おねがい……っ!!」
「二度と紅子を独りぼっちにしない。約束するよ」
その言葉も、紅子には聞こえていないだろう。
快楽のリズムがどんどん早くなる。最後の頂点に向かって、一気に昇りつめていく。
叶も、淫らな秘花を思うさま突き上げてやった。
「あっ、あ……あああっ!!」
紅子は高く啼いた。
がくがくと全身を痙攣させ、幾度も小さな絶頂を繰り返す。
「お、おねがいっ! も、もぉだめっ! だめ、わたし、いっちゃ……あっ、あ――いっちゃうっ!」
「僕も――達く……っ!」
真っ白い火花みたいな快感が、身体の芯を駆け抜ける。
絶頂の衝撃が腰椎から脳天まで突き抜けた。
「く、う……紅子ぉっ!!」
煮えたぎる濁流のような欲望を、紅子の中に一気に解き放つ。
その瞬間、
「あっ、あ、熱い――あついぃいっ!!」
全身をがくがくと痙攣させて、紅子も最後のエクスタシーに昇りつめた。
快楽の形そのままに硬直し、凍りついた肢体が、やがてすべての力を失ってくたくたとくずおれる。
まるで雪が降り積もるように、静かに紅子の身体が倒れ込んできた。
意識のなくなった紅子を、叶はそっと抱き留めた。
左腕だけで抱きしめ、その黒髪に頬を寄せる。汗に濡れた肌が冷えないよう毛布でくるんでやると、叶は一人、ベッドを降りた。
汗に濡れて貼り付いたワイシャツが、ひどく気持ち悪い。紅子が握り締めた胸元は、くしゃくしゃに縒れてしわだらけになってしまっていた。
――一緒にいて、と、紅子は泣いた。もう二度と一人にしないで、と。
けれどけして、ここから逃げ出したいとは、言わなかった。