硬く冷たいコンクリートの上で、トオボエは眼を醒ました。
「ん……」
 ゆっくりと上半身を起こす。
 そばには、誰もいなかった。
 見覚えのない場所、なじめない匂い。壁はひび割れ、床にはうすく土埃が積もっている。人間が生活している気配はない。壊れた窓の向こうに空は見えず、白く霞むドームの天井だけが街を閉ざすように広がっていた。
 人間たちさえ住まない、うち捨てられた廃墟の中で、トオボエはまるで生まれたての仔狼のように身体を丸め、眠っていたのだ。
「ここ……どこだっけ――」
 狼の嗅覚であたりを確かめる。
 嗅ぎなれない匂いの中に、一瞬、覚えのあるものがよぎった。
「……ツメ!」
 それに気づいたとたん、今までのことが一気に記憶の中へよみがえってきた。
 街のおしゃべりスズメどもがいつも噂していた、大きな雄の灰色狼。人間をあざむき、その中に混じって生活し、あまつさえ人間どもを従えて人間どもの物資を奪っているという。
 胸に大きな傷があり、眼は金色。誰よりも高く跳び、風よりも早く疾走する。噂でしか知らないその狼は、ずっとトオボエの憧れだった。
 同じ狼でありながら、幼い時から優しい人間に飼われてきた自分は、一人で闘い抜くすべを知らない。庇護者であった老婆を失ってから、この街へ流れてきたのも、もしかしたら人間たちの声を求めてのことだったかもしれない。
 もともと雌の狼は、一匹で生きるということをしない。必ず強い雄に率いられた群れの中にいるものだ。群れの中で生まれた子供が巣立つのは近親婚を避けるためであり、自分を護ってくれる強い雄とつがいになるためだ。雌一匹だけで生きていくことは不可能だ。群れからはぐれて曠野
(こうや)をさまよう一匹狼は、自分で群れを持てない若い雄ばかりなのだ。
 ましてやトオボエのようにまだ身体も小さく、子供の範疇に入るような者は――。
 だからと言って、ツメの群れに入りたいとか、そんなことを考えているわけではなかった。ツメが率いているのは人間たちばかりで、彼のそばに他の狼の姿はないという話だったし、この広く、人間たちばかりがうごめく昏い街で、鳥たちの噂だけに登場する彼に、逢えるなんて思ってはいなかったのだ。
 そのツメに、偶然助けられたのは、つい先だってのこと。
 人間に育てられたトオボエは、人間に対して警戒心が薄い。通りすがりにほんの少し優しくしてもらえただけで、すぐにその相手に尻尾を振ってついていってしまう。
 そしてしくじり、その人間に正体をさらけ出してしまった。
 間一髪、遠吠えを聴いて駆けつけたツメに救われ、ことなきを得た。トオボエの正体を見たのが同じく幼い少女で、銃や刃など、人間が闘うための牙を持っていなかったことも幸いした。
 だが二度目の相手は、明確に殺意を持って、トオボエに銃口を向けてきた。
 なにも失敗はやらかしていないはずなのに、その初老の男は、すれ違っただけでトオボエの正体を見破ってしまったのだ。
 ――目の前に立つ少女は、目に映ったこの姿が真実ではない。アンバーブラウンの柔らかな髪も同じ色の瞳も、怯えて青ざめる表情も首を掴んで振り回せば容易く壊せてしまえそうな細い肢体も、すべて、まやかし。二〇〇年も前に絶滅したと言われながら、人をあざむき、その中に隠れ棲んで生き続ける伝説のけもの、狼なのだと。
 男の足元には、それこそ狼と見間違うほど大きな黒い犬がぴたりと寄り添っていた。
 あの犬がトオボエの真実を見抜き、飼い主に教えたのかもしれない。狼の能力であざむけるのは人間たちだけで、動物たちには自分たちの真実の姿が、狼の毛並みが見えてしまうのだ。
 トオボエを撃ち殺そうと狙いを定めた銃口から救ってくれたのも、またツメだった。男の手から銃をたたき落とし、襲いかかる黒犬を自分のほうへ引きつけ、トオボエが逃げる隙をつくってくれた。
 それきりはぐれてしまった彼に、もう一度逢いたいと思った。逢って、ちゃんと礼を言わなければ。
 トオボエはツメが自分の縄張りに残した匂いをたどり、最初に救われた時に連れてきてもらった彼のねぐらにようやく辿り着いた。それが、このうち捨てられた巨大なコンクリートの廃墟だった。
「……ツメ!」
 ツメは血の臭いをさせていた。
 あの大きな犬との闘いで、傷を負ったのかもしれない。
 けれど彼は、息を切らせて駆け込んできた小さな雌狼を、ひどく疎ましそうな眼でにらんだ。
「なにをしに来た」
「な、なにって……」
 トオボエは言葉につまってしまった。
 ――助けてくれて、ありがとう。怪我したの? 傷は平気なの? あのおじさん、どうしてオレたちのことを見破っちゃったんだろう、ツメには理由がわかる? それからね、この街にはツメとオレ以外にも狼がいたんだよ。ツメは知ってた?
 言わなくてはいけないことは、いっぱいある。けれど冷たく昏い金色の瞳に見つめられると、声が凍りついてしまったみたいになにも言えなくなってしまう。
「あ、あの、オレ……」
 口ごもり、トオボエは自分を見据える金色の眼からまるで逃げるように、眼を伏せてしまった。
 身をこわばらせてうつむくトオボエに、ツメは苛立たしそうに舌打ちをした。
「どけ。邪魔だ」
 部屋の入り口近くに立ち尽くすトオボエに肩をぶつけるようにして、その横をすり抜けようとする。
 その瞬間、血臭が濃くトオボエの嗅覚を刺激した。やはりツメの身体のどこかに、まだ鮮血をしたたらせる傷があるのだ。
「ツメ、どこ行くの。だ、だめだよ。まだ休んでなくちゃ……!」
 思わずのばしたトオボエの手を、ツメは力任せに払いのけた。
「俺に触るなッ!!」
「きゃ――!」
 軽い身体はかんたんに吹っ飛ばされてしまう。けれどトオボエはすぐに起きあがり、遮二無二ツメの腕にしがみついた。
「無理しちゃだめだってば! じっとしてないと、いつまでも傷がふさがらないよ!」
「離せ、この――」
「ねえツメ、待ってってば!」
 ツメの腕を胸元にぎゅっと抱きしめて、トオボエは彼の鋭い容貌を見上げた。
 間近で見れば、その横顔にも肩にも赤く小さな牙の痕が刻みつけられている。
 ……この傷はみんな、オレをかばってツメが負ってくれたもの。オレのせいなんだ。
「あ……そうだ。もしかしてツメ、お腹空いてるの? だったらオレが、なにか食べ物奪
(と)ってくるよ。だから、ツメはここで待ってて。ね?」
「ふざけんなッ! 誰がてめえみたいなガキの世話に――!!」
「ふざけてなんかないよ! ただオレ、ツメに命助けてもらったから、それで、恩返ししなきゃって……。なにかオレにできること……」
「それが邪魔だって言ってんだ!!」
 ツメは、自分の腕をつかむトオボエの手を乱暴に引きはがした。強い手の中で、ほっそりした手首が今にも折れそうに反り返る。
「い、痛い……っ」
 トオボエは思わず悲鳴をあげた。
 けれどツメは、握り締める手首を離そうとしない。自分で触るなと言ったくせに、トオボエの腕を掴み、やわらかな皮膚にぎりぎりと硬い爪を食い込ませる。
「それともなにか。まさかお前、俺の群れに入りたいとか言うんじゃねえだろうな」
「ち、違うよ! そんなこと――」
「当たり前だ」
 吐き捨てるように、ツメは言った。
「俺は群れなんざつくるつもりはない。ましてお前みてえなガキなんざ、誰が――」
「で……、でも……」
 かすれる声で、トオボエはつぶやいた。
「……ちゃ、だめ?」
「あ?」
「そ、そばにいちゃ、だめ……? 今だけ――今だけで、いいから……」
 そんなことを言うつもりはなかった。
 自分で、自分の言葉に驚く。
 けれど自然に、言葉が唇をついてあふれ出していた。思いがけないその言葉が、トオボエ自身の真実だった。
「ツメのそばに、いたいんだ……」
「おまえ――」
 ツメもかなり意表をつかれたようだった。しばらく、言葉が途切れる。
 が。
「そうか。……そうかよ、おまえ――」
 低く、くく……と喉の奥で絡みつくように、ツメは嗤った。
「てんでガキかと思ってたが、もうそんな時期かよ、おまえ」
「ツメ……?」
 彼がいったいなにを言い出したのか、トオボエにはまるでわからなかった。
 いきなり、ツメは胸元にトオボエを抱き寄せた。そのまま長い腕の中に閉じこめるように、トオボエを抱きしめる。
「な、なに、ツメ……っ」
「俺が欲しいか」
「え……?」
「欲しいんだろう、俺が。いいぜ、付き合ってやる」
 昏い金色の眼が、ぎらぎらと妖しい光をたたえてトオボエを見据えている。
 熱く、蒸れるような匂いがツメの全身からただよっていた。
「ツ、ツメ……」
 トオボエの身体を恐怖が走り抜けた。
 目の前の男が、まるで知らない男のように思える。その口元には、餓えたような荒んだ笑みが浮かんでいた。
「なに……? や、やだ、ツメ、離して――。は、離して……!」
 トオボエはもがいた。
 が、ツメの腕は弛みもしない。
「離して! やだ、怖い――怖いよ、ツメ! いやああっ!!」
「うるせえ、ぴいぴいわめくな! おまえの望みどおりにしてやろうって言ってんじゃねえかッ!!」
「やだあっ!! やめて、ツメ、やめ――い、いやああッ!!」
 埃まみれの床に力ずくで押し倒される。
 鋼のように強靱な身体がのしかかり、トオボエの自由を奪い取った。
 どれほど暴れようと、ツメは歯牙にもかけなかった。
 そのまま、トオボエはツメに犯された。
「……や――。い、いやぁ……っ」
 トオボエは両手で頭を抱え、床の上にうずくまった。
 両脚にはまだ鮮血の痕が残る。無理やり破爪された傷が、ずきずきとひどく痛んだ。まるでまだそこに、ツメの猛り狂う欲望が埋め込まれているかのようだ。
 身体中に残る爪痕、牙の痕。ツメが情欲にまかせて、ところかまわず牙を突き立てたのだ。
 ツメが「そんな時期か」と言ったのは、発情期のことだった。
 だが、まだ幼いトオボエが雌としてそこまで成熟していないことくらい、匂いでわかるはずだ。ツメはあえてそれを無視し、自分の欲望のままにトオボエを犯し、蹂躙したのだ。激痛と恐怖に小さな雌狼が失神するまで。
「ツメ――。なんで……、なんで、こんな……。非道いよ……っ」
 トオボエは床にうずくまり、まるで仔狼のように丸くなったまま、すすり泣いた。
「なんだ、起きてたか」
 低い声がした。
 トオボエは顔をあげた。
 狭い戸口に、ツメが立っている。まだ温かく湯気をたてている鶏をぶら下げて。
「ツ、ツメ……っ」
 トオボエは座ったまま、じりじりと後ずさった。身体が勝手に動き、少しでも目の前の雄から離れようと足掻く。
 金色の眼に見据えられると、身体の芯からこの雄に対する恐怖が込み上げてくる。大きな琥珀色の瞳に、涙がにじんだ。
 そんなトオボエの膝元に、ツメは持っていた鶏を放り投げた。
「喰え」
「え――」
「腹が減ってるんじゃないのか。喰え」
 温かく柔らかい鶏の肉。獲ってきたばかりなのだろう。甘い血の匂いがトオボエの神経を刺激する。
 こんなご馳走は久しぶりだった。
 トオボエはおそるおそる手を伸ばした。恐怖よりも食欲が、生きるための本能がまさった。持ってみると意外に重たい肉に、思いきってかぶりつく。たまらない血の甘さ、肉の旨味が口いっぱいに広がった。
 噛み裂いた肉を飲み込み、手についた血潮まで小さな舌先で丁寧に舐めとる。
 ふと気づくと、ツメが金色の瞳を昏く光らせ、じっとトオボエを見つめていた。
「ツメは……? ツメは、食べないの?」
「いい。俺は外で喰ってきた」
 だがその眼は、ひどく餓えたような光をたたえて、トオボエの上から離れようとしない。
「ツメ――」
 乾いた土と風が混じり合ったような、ツメの匂い。その中に、熱く蒸れたようなあの匂いが溶け込んでいる。
 ちりちりとうなじの毛が逆立つような、この感覚。目の前の雄の身体から、どよもすような熱気が噴き上がり、トオボエのほうへ押し寄せてくる。
「ツメ、まさか……」
 トオボエはふたたび、後ろへ逃げようとした。
 今度はツメが追ってくる。トオボエが下がれば、下がった分だけ、じり、じり、と迫ってくる。
 トオボエの背中に硬いコンクリートの壁が当たった。
 もう、逃げ場がない。
 ツメの金色の眼が、すぐ眼前に迫っている。
 熱い吐息がトオボエの前髪に触れた。
「ツ、ツメ……。もしかして、は……発情、してるの――?」
「ああ、そうかもな」
 低く、少し掠れる声で、ツメはささやいた。
「さっきは途中で、おまえがノビちまったからな。中途半端で、満たされねえ。まだ、疼いてるぜ」
「や、やだ……。ツメ、もう――」
 ツメが喉の奥で低く嗤う。その声が、トオボエの全身に絡みつくようだ。恐怖に身がすくむ。
「俺のそばにいてえんだろう?」
 ツメは、トオボエの身体に覆い被さるように、膝をついた。両手をトオボエの背後の壁について、逃げ道を完全にふさいでしまう。
「いいぜ、ここに置いてやる。俺が喰わせてやる」
「ツメ……」
「そのかわり、大人しく俺の言うことを聞けよ。おまえは俺の玩具だ」
 長い指が、血の気をなくしたまるいほほをすうっと撫でた。耳元に濡れた舌先が這う。
「や、い……や、あ……っ」
 その感触に、強姦された時の激痛がよみがえった。
 身体がふたつに引き裂かれるかと思えた。そうして、自分は生きながらにしてこの雄に、同じ狼に喰い殺されるのか、と。
 けれど――それでも。
 それでも、ここに、ツメのかたわらにいられると言うのなら。
「ツ、ツメ……」
 すすり泣き、消えそうな声でトオボエはツメの名を呼んだ。ともすればツメの身体を押しのけ、逃げようとする両手を、懸命に握り締め、押さえつける。
「お願い、あ、あんまり痛くしないで……」
 ツメはにやりと嗤った。まなじりに浮かんだトオボエの涙を、舌先で拭う。
「ああ。おまえがいい子にしてりゃあ、ちゃんと可愛がってやるさ……」





「あ、や……いやああ……っ!」
 トオボエは悲鳴をあげ、身をよじった。自分を抱く雄の腕から、懸命に逃げ出そうとする。
「痛い、いたい、ツメ……、い、いや――もぉ、いやああ……っ」
「うるせえ、暴れんな! まだ半分も挿入っちゃいねえぞ!」
 狭い肉をこじ開けて、猛々しく張りつめた欲望が進入してくる。さきほどの陵辱で傷ついたそこをさらにまた引き裂かれる激痛に、トオボエは泣きわめいた。
「や、やめ――やめて、ツメ……ッ! あ、や……ひいいぃッ!!」
 雌としての丸みもまだ薄い、未成熟な身体。雄の欲望を受け入れるには、あまりにも幼すぎる。
 その身体を、ツメは一切の手加減なしに貪った。
 まだほとんどふくらんでもいない小さな乳房を、大きな強い手がつかむ。爪痕が残るほど強く握り締め、もみしだかれる。その先端の突起に濡れた舌先が絡みつく。
 快楽に慣れない秘花にも熱い舌が這った。丹念に、したたるほどそこを濡らしていく。
「あ、あ……いや、あああ……ッ」
 熱くぬめる舌が、過敏な部分を這い回る。その感覚に、トオボエは全身をのけ反らせた。
 背筋をふるえにも似た感覚が駆け抜け、全身の肌が粟立つ。こんな感覚は生まれて初めてだった。
「ツ、ツメ……。ツメ、やだ、こんな……っ!」
 拒否も哀願も、雄の圧倒的な力の前にはなんの意味も持たない。むしろ彼の残酷な欲望をあおるだけだ。
 小さな身体は簡単に押さえつけられ、開かされた。
「あ、や――い、痛いッ!! 痛い、やめて、ツメ――いやあああッ!!」
 潤いを与えられたとはいえ、トオボエのそこは、進入しようとする雄をかたくなに拒んだ。
 それをツメは力ずくでねじ伏せ、強引に自分自身をこじ入れる。
 小さな秘花に、煮えたぎる欲望が突き立てられた。
「ひ――いぁ……、あーッ!!」
 殺されるけものの悲鳴がほとばしった。
「ちくしょう……ッ、やっぱ、キツい――!」
 ツメの呼吸も熱く、乱れがちになる。
 這わされ、背後からツメを受け入れさせられて、トオボエは泣きじゃくった。
 身体の中にまるで真っ赤に焼けただれた鉄の杭を打ち込まれたみたいだ。
 自分の中に、自分ではないものが、在る。激しく脈動するそれが、トオボエを内側から食らい尽くそうとしている。
 ツメが動いた。
 つらぬかれたそこから眉間まで、鮮血みたいな激痛が走り抜けた。
「ひいいぃ――ッ!」
 ツメが律動するたびに、全身がばらばらになりそうな衝撃が襲ってくる。胎内を抉られ、引きずられ、かき乱される。まるでそこから身体を裏返しにされているみたいだ。ぐちゅぐちゅと陰に籠もる淫らな音が響いた。
「やめ……っ。やめ、て、ツメ……っ。おねが、ぁ……もぉっ、抜いてっ!! 抜いて、痛い、ツメぇっ!」
「なに寝言言ってんだ。これからが本番だろうが!」
 ツメはトオボエの細い腰を掴み、容赦なく突き上げる。
「いやあああっ!! 痛い、痛いいぃっ!!」
「すぐ慣れる。そうすりゃ、おまえのほうからケツ振って、挿れてくださいってねだるようになるんだぜ?」
 あざけるようなその言葉すら、トオボエの耳には届いていなかった。
「ツメ、ツメ……っ。もぉ……いや、やめて……」
 すすり泣き、意味のない哀願を繰り返す。トオボエはツメにすがりついた。自分を陵辱し、踏みにじるこの雄しか、今のトオボエがすがれる存在はいないのだ。
 なにもかもが、ツメの思うがままだった。トオボエの身体も意思も、命すらも、今はツメの手の中にある。
 苦しい。熱い。痛くて、つらくて、息もできない。
 身体の中がすべて、ツメで埋め尽くされてしまったみたいだ。
 ツメが動くたびに、身体の芯からなにかが込み上げてくる。どろりと重たく熱い波のようなものが、じわじわとトオボエの中に湧き上がり、やがてトオボエを飲み込もうとしている。
 指が、爪先が、勝手に跳ね踊る。ツメに突き上げられるたび、口から心臓が飛び出しそうになる。身体中の神経がどんどんおかしくなっていく。
「あ、あ……ツメ――。ツメ、ぇ……っ! た、たすけて、もお――赦して、ツメ……っ!」
 全身ががくがくと痙攣し、目の前が真っ暗になる。悲鳴はかすれ、やがて意味のない呻き声になる。そしてそれすらも、次第に途切れ、聞こえなくなっていく。
「いいぜ、トオボエ……。キツくて、よく締まる……っ!」
 ツメの息が上がる。喉元に熱い汗がしたたる。
「俺も、もう――達く、う……ううっ!!」
 煮えたぎる欲望が解き放たれた。白濁の奔流がトオボエの胎内に叩きつけられる。
 鋼のようにしなやかで強靱な肉体が、大きく痙攣した。
「ふ、う……っ」
 激しい絶頂の余韻に、ツメは大きく息をつく。
 けれどその時にはすでに、トオボエは完全に失神していた。









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