【 アマイ ドクヤク 】
    V
 夜になっても、淳は部屋の灯りをつけなかった。
 大きな窓から射し込む月明かりで、室内は薄青く染まり、まるで私たちは大きな水槽の底にいるみたいだった。
 見下ろす珠間瑠市の夜景。宝石箱をひっくり返したみたいに、綺麗。
 そんな中、私たちはただ黙って、寄り添っていた。
 淳が背中から私を抱き、私は淳の肩にもたれかかって。まるで本当の恋人同士みたいに、お互いの呼吸や鼓動に耳を澄ます。
「ぼくを嫌いになればいい、リサ」
 小さく、淳がつぶやいた。
「リサが、本当に達哉のことが好きだって知っているのに、ぼくはこうしてリサを抱いてるんだ。自分勝手な理屈でリサを騙して、傷つけて――。ぼくを嫌いになっていいよ、リサ。ぼくを憎んで、恨んで、全部ぼくのせいにすればいい」
 どうして……そういうこと、言うの?
 そんなはずないって、私、ちゃんとわかってる。
 淳一人のせいじゃない。
 私も同罪。自分が何をしたのか、私、ちゃんとわかってる。
 だったら淳、そんな顔しないでよ。なにもかも諦めたみたいな淋しい眼をして、私を見ないで。そんな眼をして、無理に笑わないで。
 自分で言ったとおり、最低の悪党でいてよ。
「誰かを憎んでいたほうが、ほかの誰かを許すこともずっと楽になると思わない?」
 そうして、淳は誰を許すの? 私、それとも達哉?
 私は返事もできなかった。
 淳の名前を呼ぶことさえ、できなかった。
 ただ黙って、青白い月の光が、フローリングの床に綺麗な四角い窓の形を描き出すのを、眺めているだけだった。







 皮肉なことに、それから達哉が、ほんの少しだけ私に優しくなった。
 私の態度が少し変わったことに、気がついたのかもしれない。
 たとえばケータイを、達哉の目につく場所には絶対ほったらかしにしなくなった。バッグや机の引き出しにしまっていても、着メロは鳴らさない。メールも通話も、全部ヴァイヴレーションのマナーモードに設定してある。
 マニキュアの色も、変えた。前はケータイとお揃いのパールピンクに染めてたけど、今はラメがきらきらするだけの、透明なネイルコートタイプ。
「色なんか塗らないほうがいい。リサの爪、すごく綺麗なんだから」
 淳に――そう言われたから。
「月の光みたいだ、リサの髪」
 淳の言葉、淳のキス。優しい悦楽。みんな、毒薬みたいに私の皮膚に染みこんでいく。胸の奥に澱
(おり)のように溜まる、暗い冷たい罪悪感とともに。
 それすら、淳は言う。
「綺麗になったね、リサ。そうやって哀しい眼をしてるからかな。前よりずっと、綺麗に見える」
 栄吉や栄吉の彼女の雅ちゃん、みんなで集まって、きゃあきゃあ言いながら遊んで。くだらないことで笑って、はしゃいで、以前と全然変わらない時間を過ごしながら。
 みんなの視線がふと逸れた時。まるで一瞬の隙を盗むように、淳がささやいた。
「達哉は、気がついてる? リサがこんなに綺麗になったってこと」
「ううん……」
 私は唇の端だけで小さく笑って、首を横に振った。
「達哉、今は別のひとのことで頭がいっぱいみたいだから」
 そう……。そんなあなたを見るの、初めてだね。達哉。
 うなだれて、為すすべもなく座り込んで。
「莫迦だ……。莫迦だ、俺――」
 かすれる声で、意味もなく繰り返す。
 二人きりになった時、達哉は初めて本当のことを打ち明けた。
「兄貴の……嫁さんだぜ? 新しい家族が増えるからって紹介されて、それで初めて逢って――。最初からわかってんのに……!!」
 顔をあげることもできずにいる達哉。
 そんなにつらいの? 哀しいの?
 こんなふうに達哉を見下ろしてるなんて、初めてかもしれない。
 私にとって達哉は、いつも太陽みたいだったから。顔を上げて、憧れて、ずっと追いかけ続けてなければいけない存在。まぶしくて、見つめてるだけで眼が痛くなるような、そんな人だった。
 なのに。
「どうして兄貴なんだよ。……どうして、俺じゃねえんだよ……っ!」
 膝をかかえ、背中をまるめて。懸命に涙を押し殺してる。
 まるで小さな男の子みたい。
 そう……達哉。
 初めて、ひとを好きになったんだね。
 ずるいよ、達哉。
 そう言って、私のところへ泣きに来るのね。
 私が慰めてくれると、思ってるんだね。
 だから私にも優しくしてくれるの? たったひとつ、私の胸が自分の逃げ帰れる場所だから。
「達哉」
 私はそっと、達哉を抱きしめた。
「好きよ、達哉」
 あなたのずるさや弱さ、みんなひっくるめて、あなたが好き。
 いいよ。今は、私があなたの逃げ道になってあげる。
 淳が、淳のついた優しい嘘が、私の逃げ道になっているように。
 達哉の唇にキスをする。
 ちょん、ちょん、小鳥のキスを繰り返す。頬に、額にかかる前髪に、涙を堪えて薄紅く染まった目元に、硬い顎のラインに。
「リサ」
 達哉が私を抱きしめる。骨まで軋みそうなほど強く、強く。息が、できない。
 唇が重ねられる。熱い舌が私の中に滑り込み、強引にかき乱す。私も自分からそれに応え、懸命に達哉の唇をむさぼる。
 意識も溶けそうな悦びが、背筋を一気に駈けのぼってくる。
 私を貫く、灼熱の欲望。達哉が私の中にいる。まるで太陽みたいに熱く激しく、私を内側から灼き尽くす。
「好き……ああ、大好き、達哉……っ!」
 うわごとのように、私は繰り返す。
 同じ言葉を、けして達哉が返してくれないと知っていながら。
 達哉に抱かれるこの一瞬が、どうしても手放せない。
 そしてまた、達哉に隠れて、淳のところへ泣きに行くんだ。
 淳はきっと、私を受け入れてくれる。今、私が達哉を抱きしめているように。そして私が泣きたいだけ泣けるよう、私を傷つける優しい嘘をつくんだ。
 お互いに、傷ついて、傷つけて。
 まるで私たちは、ひとつの同じ盃から、甘い毒薬を回し飲みしているようだね。
 恋という名の、甘い甘い毒薬を。
「達哉……っ。あ、た、達哉、もっと……もっと、抱いて――っ!」
「リサ――リサ……っ!!」
 その盃が空
(カラ)になったら、私は私を許せるだろうか。
 淳を、誰かを傷つけても、あなたを想い続けてる私を。誰の優しい気持ちを踏みにじってでも、あなたを恋せずにいられない、惨い私を。
 熱いキス。咬みつき、まるで呼吸さえ許さないとでも言いたげな、達哉のキス。
 達哉は、私の身体中に所有の証を刻んでいく。痣がつくほど強く私の手首を握りしめ、あるいは胸に、ウエストに、残酷な接吻の痕を残す。その痛みさえ、私にはたまらない快楽になる。
「あ、あ……もぉ――もぉ、だめ、わたし……いっちゃ、あ……ああ、達哉ぁっ!」
「リサ――ッ!!」
 ひときわ強く、烈しく、達哉が私を突き上げた。
 私のもっとも奥深いところで、真っ白な閃光がスパークする。
 そして死のような絶頂のエクスタシーが、私たちを貫いていった。




                                          〜 END 〜
                                            
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 すごく尻切れトンボ……。でも、しっかりストーリー組んで描き込んで収集つけようとすると、もう、どんだけ長くなるか自分でも見当がつかなかったので、えーい、ここでぶった切ちゃえっ!と、なりました。だいたい、最初は単に「淳とリサのえっちって綺麗そう♥」と思って軽い気持ちで書き出しただけなんだもん……。
 このお話につけた「アナザーワールド」の意味ですが、『ゲームが進行するこの世界とは別の、平行世界が存在している』というペルソナ2の世界観に基づき、「そんなら他に、にゃるが手を出さなかった平和な世界があるかも。たとえば10年前に達哉、リサ、栄吉、淳は出会ったけど、そこに舞耶は加わらなかった世界(そうすりゃペルソナ様遊びをせず、ペルソナ能力も目覚めないわけで)、たとえば須藤竜也が軽〜くゴミバケツに火ぃつけた程度ですぐにとっつかまって、連続放火も殺人も犯さずに済んだ世界、たとえば橿原センセが奥さんと離婚はしたけど事故死せずに済んだ世界。そういう世界も無数に存在してるんじゃないか」と考えました。そういう平和な世界でのお話として、「アナザーワールド」と付記しました。
 しかし、楽しかったです。やっぱり私、こういう女の子の一人称のラブストーリーが好きなんだなあと改めて思いました。しかも、淳とリサのラヴシーンは、ヴィジュアルとして想像すると、なんか百合っぽくていいかも……♥でした。
 この頁の背景画像は、「connabiol」様よりお借り致しました。
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