【AMAZING GRACE・3】





「仮面党四天王の一人は、レイディと呼ばれる美しい少女。以前
(もと)は七姉妹学園に通う女子高生だったらしい。……お前にぴったり当てはまるんじゃないのか、リサ?」
 窓から差し込む陽光は、すでに夕暮れの茜色だ。朱
(あか)い西日を浴び、森本病院の院長室はまるですべてが燃えているように見えた。
 だからこそキング・レオこと須藤竜也は、この部屋を好んでいたのかもしれない。達哉はふとそんなことを思った。
「可哀想なレイディ。仮面党幹部にまで昇りつめたのに、結局はキングの玩具
(おもちゃ)。悪の組織なんて、どうせそんなもの……」
 日本刀の刃を指先で弄びながら、達哉はまるで歌うように、街で聞いた噂を繰り返していた。
 けれどその言葉は、リサにはほとんど届いていない。
 リサは壁際にうずくまり、両手で必死に耳をふさいでいた。
 けれど、聞こえる。高く嘲笑する声が。
 ――いい表情
(かお)だな、レイディ。お前でもそんな表情をするのか。
 全身にのしかかってくる岩のような重み。その圧迫感が、具体的な息苦しさを伴ってよみがえる。
 どんなに暴れ、抗っても、無駄だった。広い執務机の上に簡単に押さえつけられ、衣服を引き裂かれた。
 ――死にたがりの吉栄杏奈。能面みたいに無表情、無感動。それでも男に犯される時だけは、人並みに泣きわめくか。
「い……いや……。いやあぁ――っ」
 どんなに耳をふさぎ、首を振っても、脳裏にこだまする嘲笑は消えない。
 それどころか、リサ自身の声に重なって、別の悲鳴までもが聞こえてくる。
 ――いやあ……っ。い、痛い、いた、あ……もう、やめて……!
 身を引き裂かれる苦痛に、泣きじゃくる声。これは、誰の声なのか。
 劣情にまみれた男の視線。それが肌の上を這い回る感覚すら、鋭敏に思い出せる。
 ――殺してやる……ッ! 殺してやる、お前なんか……!!
 屈辱と憎悪。煮えたぎる殺意。
 だがそれも、せせら笑う男の元にはまったく届いていなかった。
 黒いレザーのロングコートは、男の広い肩や高い背丈、逞しい体躯を強調し、見る者を猛々しく威圧した。その通り名にいただく星座にちなんで獅子をかたどった白い仮面は、たてがみのように乱れた髪と相まって、彼を大型肉食獣のように凄まじく強大で、純粋な力の塊のように見せていた。
 だが、同じく仮面で素顔を隠した少女には判っていた。獅子の面の下にあるものが、そんな白熱したものなどではなく、単に男の狂気に過ぎないことを。
 ここにいるのは、自分のどす黒い狂気で世界中を塗りつぶそうとしている、ただの卑小な男に過ぎない。
 そんな卑怯者に、どうして屈するものか。
 そうは思うものの、圧倒的な力の差はどうしようもなかった。
 覆い被さる男を押しのけようと、拳を固めて殴っても、蹴り上げても、巌
(いわお)のように硬く引き締まった身体は、小揺るぎもしない。
 反対に男が抵抗を続ける腕を捕らえ、執務机の上に簡単に押さえつける。少女の腕を握りつぶさんばかりに掴み、指を食い込ませる。細い手首が今にも折れそうに反り返った。
 ――い、痛い……っ!
 これがお前だ、と、男は嗤
(わら)った。
 素直にしていれば、可愛がってもやろう。いい想いをさせてやろう。だが逆らうなら容赦はしない。たっぷりと思い知らせてやる、お前の身の程を。
 そして、貫かれる激痛。
 わずかな経験しか持たなかったそこに、男の欲望が無慈悲に突き立てられた。柔らかな肉を引き裂き、蹂躙する欲望の楔。ぎりぎりと少女を押し広げ、かき乱し、内側から食い荒らしていく。
 ――痛い、痛い……! 助けて、誰か……っ。
 少女は喉をついて溢れそうになる悲鳴を、必死に押し殺した。
 こんな男の慈悲を請うなど、死んでも嫌だった。
 最後の自尊心を守り抜こうとする少女の意志が、男の神経を逆撫でした。
 繰り返される陵辱。
 同じ部屋で、ここで、何度も何度も犯された。
 殴られ、押さえつけられ、脚を開かされた。貫かれ、揺さぶられ、男の欲望を身体の中にぶちまけられる。唇も乳房も、男に汚されない部位など、少女の身体にはもうどこも残っていなかった。失神するまで嬲られ続けた。
 苦痛が屈辱を上回る。殺意と怒りが恐怖に呑み込まれ、やがて絶望に変わる。
 もう抵抗できない。男の情欲に踏みにじられるままとなる。
 身体はもはや無感覚となり、何をされても反応しなくなった。ただ心だけが、この絶望に馴染むことができずに、かすかな悲鳴をあげ続けている。
 少女は力なくすすり泣いた。
 ――お願い、助けて。
 ――助けて、誰か。
 ――助けて。……助けて、達哉……!!
 少女の唇から、その名前がこぼれた。
 無意識のうちに彼女が縋りついた、たった一つの名前。
 だが、それすらも男は嘲笑った。
 ――俺を呼んだか、杏奈。
 ――俺も、「竜也」さ。
 そして、少女の魂は闇に堕ちた。
「い……いやああ……。いやあぁ……っ」
 大きく見開かれた瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
「リサ」
 達哉が近づいてくる。
 うずくまったリサを抱き起こし、その唇を求める。
 だが、
「いやあああっ! いやあ、やめて――もう……もう、やめてえぇ……っ!!」
 リサは悲鳴を上げ、達哉の手を振りほどこうとした。小さな子供みたいに闇雲に両手を振り回し、達哉の腕から逃げようとする。
「リサ?」
 涙に濡れた瞳は焦点を失い、目の前の達哉すら見ていない。唇まで青ざめ、小刻みにふるえている。
 我を無くしたリサの様子を、達哉は訝しんだ。
 ふと思い当たり、もう一度ペルソナの共鳴を探ってみる。
「……ふん。やっぱりそうか」
 もっとも明確に感じるのは、須藤竜也の固有ペルソナ、リヴァース・ヴォルカヌス。その残留思念だ。
 だがその背後に隠れるようにして、ちらちらと別のペルソナの影がよぎる。
「リヴァース・エロス――佐々木銀次か。他にもいるのか……?」
 達哉は顔をあげ、周囲を見回した。形良い眉を寄せ、嫌悪の表情を浮かべる。
「吉栄杏奈はここで幹部連中に輪姦
(まわ)されてたらしいな」
 杏奈のその記憶に、リサは呑み込まれたのだ。
 噂によって、四天王の一人、レイディの運命を踏襲させられるが故に。
 当の吉栄杏奈は、黛ゆきのらの助力もあって、すでに忌まわしい過去を克服しようとしているのだろう。もしかしたら仮面党幹部であったことの記憶自体、彼女の中から薄れつつあるのかもしれない。他ならぬ街の噂によって。曰く、この混乱の最中でも、人々を護ろうと勇気を持って闘う者達がいる。吉栄杏奈もその一人だ――。
 もはや彼女が仮面党四天王のレイディであったことを知る者は少なく、それを広言する者は一人もいない。噂の的となる仮面党のレイディは、すでに他に存在しているのだから。黒のレザーコートで男装し、素顔を隠していた杏奈よりも、美しい姿を人々の前に惜しげもなく見せて、より彼等の好奇心を掻き立てる偶像
(アイドル)が。
「リサ」
 ふたたび、達哉はリサの名前を呼んだ。
「リサ。俺を見ろ」
 涙に汚れたほほに手を添え、無理やり自分のほうを向かせる。
「リサ」
「あ……。た、つや……?」
 ようやくリサの意識が戻ってくる。
 だが達哉を映すその瞳は、まだどこかうつろなままだ。
「いやぁ……っ。あたし、もぉ――い、いやああ……」
「もういい。泣くな。ここにいるのは、俺だけだ」
 達哉はリサの身体を抱きしめた。濡れたまぶたに、ほほに、キスを繰り返す。
 リサはもう暴れようとはしなかった。ぐったりと力なく達哉の腕にもたれかかり、されるがままになる。
「たつや……だけ?」
「ああ、そうだ。プリンス・トーラスの運命を踏襲する栄吉は、勝手に自分の可愛い女を手に入れている。今さらお前なんかに興味はないだろう。淳も、もう死んだ」
 乱れた金色の髪を撫で、指先に絡め取る。やわらかな絹糸の感触が、達哉の手の上を流れていった。
 唇が重なる。
 熱く熔ける舌先がリサの中に差し入れられ、ゆっくりとリサをまさぐる。なめらかな粘膜をなぞり、怯えて縮こまったリサに絡みつき、吸う。
「俺だけだ、リサ……」
 繰り返すキスで、もっと唇を開けと促す。もっと深く、俺を受け入れろ、と。
「あ……。た、達哉……」
 達哉の求めに応じ、ようやく桜色に染まった唇がおずおずと開いた。濃桃色の舌先がちろりと覗き、達哉の唇に怖々触れる。
 二人の舌が宙空で絡まり合い、離れ、また絡みつく。あふれ出した透明な雫が、細く糸を引いた。
 リサは思わず達哉の制服につかまり、すがりついた。そうしなければ、身体を支えていられない。
「達哉……たつや、たっちゃん……」
 うっとりと夢見るように、恋しい男の名前を繰り返す。
 その華奢な身体を、強い腕が抱きしめた。
 キスが逸れる。達哉の顎、耳元から、頬、目元まで。濡れた小さな唇が、軽くついばんでいく。
 達哉は黙って、リサのするがままになっていた。
 たとえ他人の記憶に引きずられているとしても、リサは杏奈よりまだましだ。達哉は苦い自嘲とともにそう思った。――少なくとも俺は、お前が惚れた男と同じ顔をしている。
 尖らせたピンク色の舌先が、達哉の頬の輪郭を下から上へと舐め上げる。甘い吐息が達哉の肌をくすぐる。そのたびに、達哉の中にじわりとした熱が広がった。それは薄い皮膚の内側をぞくぞくと這いのぼり、やがて一点に向かって急速に収束していく。そして身体の芯で抑えがたい高熱を発し始める。まるで太陽の中心で高温高圧の原子核融合が起きているみたいに。
 鼓動が高まる。呼吸が忙しなくなる。何かが身体の中で爆発を求め、暴れ出す。
 だが、なめらかに動いていたリサの舌先が、達哉の目元で急に停まった。
 そこにある小さなひっかかり――ペルソナ能力でも癒しきれない、わずかな引きつれ。火傷の痕。
「達哉……」
 リサが戸惑うように達哉の名を呼ぶ。この傷を怖れたのか、それともやはりここにいるのは自分が想う男ではないと、気づいてしまったか。
 いきなり達哉はリサの両腕をつかみ、自分の身体から引きはがした。
 リサの表情を見たくなかった。そこに浮かぶ怯えの色――あるいは憐憫の想いを。
 そのまま軽々とリサを抱き上げる。
「きゃ……! ち、ちょっと、なに!?」
「床の上じゃ、俺も膝が痛いからな」
 そして達哉は無造作に、リサの身体を応接セットのソファーに放り出した。
「達哉!」
 衿元を飾るオレンジ色のリボンタイが、乱暴に引き毟られる。
「ま、待って、あたし、ここは――。いや、ここでは……達哉っ!」
 抗議の言葉はすべて、噛みつくようなキスに呑み込まれていった。












                          
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銀次のペルソナも右に同じ、でございます。エロス・改ではなかったと思うんですが…。ほんでもって、ここまできてようやくえっちシーンに突入できそうです。お読み下さる方々はさぞ焦れったかったことでしょうが、達哉とリサのえっちが書きたくて、ここまで延々引っ張ってきたんですもん。もう少々おつき合い下さいませ。
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