この男はいったいなにを考えているのだ。わたくしをどうするつもりなの。
「撫子襲
(なでしこがさね)の袿ですか。紅梅色がとてもお似合いだが、衣の色目は少し季節を先取りするのが洒落ていて良いのですよ。今のように夏の盛りなら、もう秋のはしりの竜胆襲(りんどうかさね)か、紫苑襲(しおんがさね)がよろしいでしょう」
 わたくしの衣の袖を、そっと指先でもてあそぶ。
 さやさやと衣擦れがするのは、源氏の君のせいなのか、それともわたくしの身体のふるえが音となっているのか。
「私が怖いのですか?」
 優しく、まるで小さな子供をあやすように、源氏の君が言う。
 そう。わたくしはずっと、この男が怖かった。嫁ぐ前は、柏木を知る前は、それは単に子供が知らない大人を怖がるように、人見知りや甘えと大差ないものだった。
 けれど今は違う。この男が底知れない化け物のように思える。
 なにを考えているのか、この冷たく昏い硬玉のような目に、いったいなにを映しているのか。
 誰もが褒め称える典麗な容姿さえ、鬼が人をだますために人間の皮をかぶっているようにしか思えなかった。
 源氏の君の手が、わたくしの膝から腿へと這いのぼってくる。まるで大きな蜘蛛みたいに。
 そして、わたくしの手を捉えた。
「私はそれほど怖ろしい男でしょうか? これでも、あなたにはずいぶんと優しくしてさしあげているつもりだが」
 ――そうでしょう? あなたのこんなしょうのない悪さにも、私は目をつぶってあげているのだから。
 その笑顔はそう言っていた。
 ――いいですよ。私は気にもとめていない。私の手の内からはみ出さない分には、なにをしても許してあげますよ。
 ――まったく可愛い人だ。このくらいのことで、私の手に噛みついたと思っているのだから。
「おや。姫宮はまだ、濃きの袴を穿いていらっしゃるのですね」
「え――」
 源氏の君はわたくしの衣の裾をかき分けた。何重もの袿に隠れていた袴があらわになる。
 濃きの袴。深い葡萄茶色
(えびちゃいろ)に染められた袴は、若い未婚の娘が身につけるものとされている。夫を持つ女や年輩の女は、もっと鮮やかな紅の袴を身につけるのだ。
 わたくしも本来なら袴の色を変えるべきなのだが、まだ、そうはしていなかった。自分が結婚しているという実感もひどく希薄だったし、大人になったという感覚もなかったから。
 自分を大人だなんて、思ったことは一度もなかった。
「若いな。あなたはあまりにも」
 源氏の君は笑った。くく……と低く、喉の奥に絡みつくような声で。
「あなたたちから見れば、若さはきよらで尊く、なにものにも代えがたいものでしょう。ですが私の目から見れば、若さとはどうしようもなく愚かで、救いがたいものでしかない。この世の仕組みも人の理も、なにも知らず、知ろうともせず、あたりかまわず吠えて噛みつく。まるで野良犬だ」
「な……っ」
 誰のことを言っているのだろう。
 源氏の君はわたくしを見てはいない。その目はわたくしの上に据えられたまま、微動だにしないけれど、わたくしのことなどもう彼の眼中にないのだ。わたくしを見透かして、後ろに別の誰かを見ている。
 それは、柏木なのだろうか。それとも、別の誰かなのか。
「若者たちはみな、短絡で抑えが効かない。待つということができず、性急に結果ばかりを求めたがる。本当は、充分に待てるだけの時間があるのは彼らのほうだというのに」
 源氏の君は一言一言を噛みしめるように言った。
「おや、意外そうなお表情をなさっておられますね。私がこんなことを言うのは、奇妙ですか?」
 ふっと彼の表情が優しげになる。それはまるでわたくしを哀れんでいるように見えた。
 源氏の君は凝っとわたくしを見つめた。さらに声を低くし、言葉を口の中でころがすようにささやく。
「私だから判るのだよ。年齢を重ねた私だから。私も昔は、そういう愚かで救いがたい、野良犬のように飢えた若者だったから」
 音もなく、源氏の君の手が動き出した。
 わたくしの衣を一枚一枚、ゆっくりとはぎ取っていく。
「怖いですか、私が」
 わたくしは返事もしなかった。できなかった。
 源氏の君はやすやすとわたくしの衣をすべて奪い去り、床に横たえた。
 彼がなにを言っても、もはや理解もできない。ただ死体のように硬直し、彼のなすがままになるだけだ。
 わたくしはこんなにも無力だ。身体は小さく細く、抵抗もできない。飾りはすべて取り払われ、生まれたままの、なにも持たないひ弱で情けない、役立たずのわたくしが剥き出しにされる。
「怖がることはないのですよ。どうぞ、私に馴染んでください。私に抱かれた女君たちがすべてそうしてきたように。あなたも私の肌に馴染んでくだされば、もうなにも怖いことはない。姫宮」
 そして源氏の君はわたくしを抱いた。
 わたくしの肌を撫で、唇でたどる。わたくしの身体を意のままに扱い、開かせ、蹂躙する。
 執拗な抱擁に、わたくしは唇を咬み、身悶えした。
 源氏の君の指先から、溶けるような快楽が容赦なく送り込まれる。柏木によって悦びを教えられたばかりの身体は、それに耐えることができない。
 胸の先端を口にふくまれ、舌の先でやわらかく転がされる。ようやくふくらみ始めた乳房を揉みしだかれ、濡れた接吻を押しつけられる。
 硬い脚に膝を割られ、閉ざされた秘花を太腿で強く圧迫される。それだけで、身体の芯にずきんと熱い疼きが走る。
 さらにそこを指で押し開かれると、すでに熱く潤みはじめていた花びらが、とろりと淫らな蜜をこぼした。
 源氏の君が声もなくほくそ笑む。
 ……知っているはずなのに。
 わたくしの身体をこうしたのは、けして自分ではなく、別の男だということを。
 源氏の君は、まるでわたくしの変化を楽しむかのように、わたくしの身体を隅々まで愛撫する。
 足の爪先まで彼の唇が這い、そしてまた這いのぼってくる。わたくしの感じやすい部分をひとつひとつ丹念に辿りながら。
 源氏の君はわたくしの身体をすみずみまで知り抜いているかのように、的確にわたくしの弱さを探りあて、執拗にそこを愛撫する。
「ん、う……っ! ――ふ、くぅ……っ」
 身を捩り、懸命に唇を噛みしめるわたくしに、源氏の君はぞっとするほど優しい声でささやいた。
「いいのだよ。堪えることはない」
「な、あ……っ」
「恥ずかしがらずに。あなたの声を聞かせて欲しいのだ」
 そして彼は、いきなりわたくしの中へ、指を突き立てた。長く形良い指で、容赦なくわたくしをかき乱す。
「あっ、あ……はぁ……っ!!」
 わたくしは全身を三日月のようにのけ反らせた。
 さらにもう一方の手が、花びらを押し開く。そこに隠れていた小さな宝珠をさぐりあて、残酷に責め立てた。
「ああぁっ! あ、いや、そこ……いやぁっ!」
 強く、弱く、惨たらしいほど淫らに、源氏の君はわたくしをもてあそんだ。
「そう――。そうやってあなたが悦んでいるのを見ると、私も嬉しいのだよ」
 その指がわずかにうごめくだけで、わたくしは悦楽の頂点に昇りつめそうになる。けれどわたくしの果てを察すると、源氏の君は意地悪く手を止めてしまうのだ。そして脚の付け根や手のひらなどに、からかうようなくちづけを繰り返す。
「可愛い人だ。ようやく私に馴染んでくださったのかな」
「いや、いや……ああっ! もう……いやああ……っ」
 わたくしは泣きじゃくった。
 源氏の君は呼吸ひとつ乱してはいないのに。
 全身がじりじりと悦楽の火に炙られて、肌も髪もすべて焼け落ちていくみたい。
 わたくしは四肢をのたうたせ、この劫火から逃れようともがいた。源氏の君の愛撫を払いのけ、その重い身体を押しのけようとする。
 ――違う。これは、違うのに。
 柏木とは、違う。
 あの若くしなやかで、野に生きるけもののように生命力に満ちた、熱い身体とは違う。わたくしの中を嵐のように突き抜けていく、柏木の身体とは違うのに。
 なのにわたくしは、同じように反応している。
 淫らな愛撫に溺れ、この身を打ちのめす猛々しい欲望が欲しいと、わなないている。
「いやぁ……っ! いや、こんな――もう……っ!! やめてえ……っ!!」
 わたくしは両のこぶしで、源氏の君の胸を子供みたいに叩いた。
 そのくらいでは、彼は小揺るぎもしない。
 さも面白そうに唇の端を歪めて笑い、わたくしに、なだめるようにくちづけを繰り返した。
「そんなに私がお嫌いか、姫宮? 本当に可愛い人だ」
 わたくしの全身を包み込む、馥郁たる香り。それだけでもう、身体の芯まで麻痺してしまいそうだった。
 思わず彼の身体にしがみつき、自分をとどめようとしても、その手さえ簡単に振り払われてしまう。
 源氏の君は、わたくしを軽々と抱えあげ、うつ伏せにさせた。
 もう、逆らうこともできない。ぐったりとしてまったく力の入らないわたくしの身体は、易々と彼の意のままになってしまう。
 そのまま、脚を大きく開かされる。
 そしてさかりのついた猫のように、わたくしは背後から源氏の君を受け入れた。
「うあ……っ!! あ、ひ――ひぁああ……っ!!」
 御帳台の中に、わたくしの悲鳴が繰り返し響く。
 もう、自分が何を口走っているのか、どんなあられもない姿をさらしているのかさえ、わからなかった。
 大きく突き上げてくる律動に、なにもかも押し流されていく。
 わたくしの身体は源氏の君の意のままに、揺さぶられ、あばかれ、はずかしめられていく。
 わたくしの意志など、どこにも存在しない。わたくしは道具だ。この男の歓楽に奉仕させられるだけの、意志のない道具。
 それは、無言のうちにわたくしの敗北を確認させられているのと同じだった。
 ――これでも?
 ――これでもあなたは、私に逆らえると思っていますか?
 この男にとっては、わたくしの密通などとるにたらない些細なことなのだ。幼い子供の泥遊びと変わらない。なんの怒りもなく、笑って見過ごせる程度の過ちにすぎない。
 それは、この男がわたくしの人生も生命も、すべてを手中にしているから。手の中の玩具が少々声をあげて騒いでみたところで、この男にとってみればそれも、ささやかな座興にすぎないのだろう。
 玩具に飽きれば、いつでも放り出すことができる。捨てた玩具を誰かが拾うことのないように、粉々に壊してしまうことも。
 それが大人であるということ、勝者であるということなのか。
 わたくしはこの男の手の中に握られた、ちっぽけな人形でしかないのか。
「いやあ……っ。いや、あ――いやああぁ……っ!!」
 わたくしにできるのは、ただ泣くことだけだった。
 逆らえない。この男からは、逃げ出すこともできない。
 怖くて、息苦しくて、源氏の君に爪ひとつたてられない自分自身が、口惜しくてならなかった。




 

 手紙のことを告げた時、柏木もまた、眉一つ動かさなかった。ただ、その眼に宿る光だけが、いっそう強く、怖ろしくなった。
 十日ぶりに逢えた柏木は、驚くほど面変わりしていた。
 忍んできた彼を案内する小侍従も、一瞬息を飲むほどだった。
 頬がこけ、目の下に暗いくまが浮いている。思い詰めたように鋭く光る眼は、まるで別人のようだった。
 源氏の君はまた、二条院で紫の上に付き添っている。紫の上の容態は少しずつ回復に向かっているらしいが、やはり子供の頃から暮らしてきた二条院のほうが、彼女も落ち着くのだろう。源氏の君と紫の上が六条院に戻ってくる予定は、今のところまったくない。
「まあ、そうだろうな。このくらいのことで、あの男がうろたえたりするとは思えない」
 低く、奥歯でぎりぎりと噛みつぶすように柏木は言った。
「あの男が、たかがこれしきのことで驚くものか。あの男が――!」
 立ったまま中空を見据え、まるでそこに源氏の君の顔が浮かんででもいるかのように、憤りを込めてつぶやく。
 その瞳はひどく昏く、奥底にちろちろと朱い火が燃えている。
 暗闇の一点を見据えたまま、柏木はわたくしを見ようともしなかった。わたくしがそばにいることすら忘れてしまったみたいに。
「ね、ねえ……。いったいどうしたの、柏木。なにがあったの」
 わたくしはおそるおそる柏木の袖を引いた。
「源氏の君がどうかしたの? 源氏の君と、内裏かどこかで会いでもしたの?」
「いいや。源氏の君は相変わらず二条院に籠もったままだ。それはあなたも良く知っているだろう。この頃は面会を求めてもほとんど会ってもらえず、夕霧に取り次ぎを頼むしかないらしい。そのせいで、夕霧は内裏での発言力を日増しに強めている。あいつしか、源氏の君の意向を知っている人間はいないんだからな」
「夕霧が……」
「おまけにあいつは、冷泉帝の信任が篤い。子供の頃から、ずっとな」
 ゆらめく灯明に照らされる柏木の横顔は、まるで幽鬼のようにやつれて見えた。
「昔はその理由がわからなかったが、今ならわかる。まさか……こんなことだったとはな」
「柏木」
 わたくしは少し強く柏木の袖を引き、座るようにうながした。柏木が立っているのもつらそうに見えたのだ。
「ねえ、本当にどうしたの、柏木。どこか具合でも悪いんじゃなくて?」
「なんでもない。少し――忙しかったんだ」
 弁の君からの知らせでは、柏木が一条の屋敷に閉じこもっていたのは、数日間だけ。
 やがて、急に牛車をあちこちに走らせるようになったという。それも人目を忍んで、夜半にばかり。
 相変わらず内裏には出仕していないらしい。
 女の元へ通っていたのではないことは、帰ってきた時の直衣の様子からわかるという。女の移り香もなく、括り袴
(くくりばかま)には座り皺が目立つ。女のもとで衣を脱いだのなら、そのような皺はつきにくい。時には袖が妙に抹香臭いこともあったそうだ。お寺にでも通っていたのだろうか。
「そんなに……つらいの?」
 乱れた額髪をそっと撫でつけてあげる。
 その手を、柏木がつかまえた。
「柏木――」
「眠れなかったんだ。ここのところ、ずっと――」
 そしてわたくしを抱きしめる。まるで母親にすがりつく幼子のように。
 熱い身体が小刻みに震えていた。
「ねえ、怖いの? なにか怖ろしい夢でも見たの?」
「いいや。いいや、なんでもない」
 柏木はかたくなに首を横に振るばかりだ。
 そのくせ、わたくしをさらに強く抱きしめ、離そうとしない。渾身の力で締められて、背骨が折れそうに軋む。
「い、痛い。痛いわ、柏木……っ!」
 わたくしの訴えも、柏木の耳には届かない。
「ねえ柏木、いったいなにがあったの。教えて。わたくしに隠し事はしないで」
「いいや、だめだ。言えない」
 柏木は即座に言った。
「あなたは知らなくていい。なにも知らないほうがいいんだ」
「そんな……!」
 わたくしは知りたいのに。柏木とともにあることが、わたくしの選んだ運命だから。柏木を苦しめること、その心を閉ざすことがあるのなら、すべてを知りたい。分かち合いたいのに。それがどんなに怖ろしく、人の世の醜さをあらわにするものであっても。
「紗沙」
 柏木はようやく、わたくしを締め上げる腕をほどいた。
 まっすぐにわたくしを見つめる。その眼は、あの輝く篝火のような光を取り戻していた。
「なにがあっても、俺を信じてくれるか?」
「柏木……」
 本当に、なにがあったのだろう。けれど問いつめても、きっと柏木は答えてくれない。なにもわからないまま、不安だけがどす黒くこみ上げてくる。
 けれど。
 わたくしははっきりとうなずいた。
「信じる。あなたを」
 柏木もまた、わたくしにうなずく。
「待っていてくれ。必ずあなたを、ここから連れ出してやる」
「え……」
 わたくしを連れ出す? この六条院から?
 そんなこと、できるはずがない。わたくしは反射的に首を横に振ってしまいそうになった。
 けれど柏木はまっすぐにわたくしを見つめている。その表情は揺るぎない決意に満ちていた。本気なのだ、柏木は。本当にわたくしをここから、源氏の君の手から奪おうとしている。
 そしてわたくしの答を、覚悟を待っている。
「置いていかないで」
「え?」
「ねえ、柏木。約束よ。絶対に、わたくしを置いて一人でどこかへ行ったりしないで」
 柏木は笑った。
「なにを言い出すんだ、いきなり。俺があなたを見捨てるとでも思っているのか?」
「違うわ。……違うの。ただ――」
 源氏の君が須磨へ落ちる時、紫の上も同じことを願ったと、聞く。
 置いていかないで、わたくしも一緒に連れていってと、泣いて訴える紫の上に、けれど源氏の君は否と言った。
 流人として落ちていく身が、女をともなうことはできない、と。
 それは、必ずふたたび都へ戻ってみせるという源氏の君の覚悟の表れであり、荒涼とした流謫の地で紫の上に苦労をさせたくないという優しさでもあったのだろうが。
 わたくしはさらに強く、柏木にしがみついた。
 彼の肌に、朱く爪の痕がつくほど強く。
 けして離れたくない。
 源氏の君に逆らった柏木が、都を追われることになったなら、必ずわたくしもついていく。
 その先になにが待っていようとも、柏木と一緒にいたい。
「紗沙」
 柏木もまた、強くわたくしを抱きしめた。
 わたくしの身体は柏木の腕の中にすっぽりと収まり、紙一枚の隙間もないほどぴたりと寄り添い合う。
「大丈夫だよ」
 柏木はささやいた。
「けしてあなたを、独りきりにはしない」
 不器用で子供じみた、真摯な誓い。
 わたくしもけしてこの言葉を疑いはしない。
 わたくしたちは、こんなにもひとつに重なり合う。
 なのにわたくしは、どうしてこんなに不安なのだろう。
 柏木はここにいる。わたくしを愛していると、言葉でも態度でも、誓ってくれている。
 なのになぜ、わたくしはこの幸福が、砂上の楼閣のようにもろく消え去ることばかり、考えてしまうのだろう。
 わたくしのこの身体が、源氏の君に徹底的に敗北を教え込まれてしまったからだろうか。
 ――わたくしたちは、小さな蟷螂
(かまきり)にすぎないのかもしれない。
 源氏の君という巨大な獅子に、愚かしくも小さな小さな斧を振り上げる、虚しい蟷螂。
 たとえ、それでも。
 この身が一寸の虫にすぎなくても。
 重なる唇。髪ひとすじの隙間もなく、ぴったりと重ねられる肌。
 今、この瞬間の幸福だけは、たしかにわたくしたちのものだもの。
「俺は、絶対に源氏の君に勝ってみせる。そして必ず、あなたを迎えに来るから――!!」
 ……信じよう。柏木を信じよう。
 それしか、今のわたくしにできることはないのだから。
 わたくしは懸命に、自分にそう言い聞かせていた。
 そうして表面上はさざ波一つ立たず、ただ時間ばかりが過ぎていった。 





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