「いくら千登勢姐さんが死んじまったからって、生きてる者がなにをしてもいいってことにはならないだろ!? それをみんな、まるで死んだ鶏(とり)の羽根をむしるみたいに、よってたかって……! これじゃ姐さんが可哀想すぎるよ!」
「でもまあ、あの人は仲間内でもあんまり好かれてなかったからねえ」
 女中がぼそぼそと言った。
「そりゃ……! あたしだって千登勢姐さんのこと、あんまり好きじゃなかったよ。いつもいばってたし、意地悪だったし――。でもさ、死んじゃったんだよ!? 死んだあとまで、姐さんをいじめなくたっていいじゃない! 女郎だから? あたしら女郎だから、なにされても、どんなに踏みつけにされても、しょうがないの!?」
「小ひなちゃん」
「こんなの、あんまりだよ。朋輩のあたしらが泣いてやんなかったら、誰が姐さんのために泣いてくれんのさ……!」
 銀次は、小さなこどもをなだめるように、小ひなの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「大丈夫だよ。小ひなちゃんが泣いてやってるじゃねえか」
 返事はなかった。小ひなは手放しでわあわあ泣きじゃくり始めた。
「小ひなちゃん、ほら、洟
(はな)拭いて」
 なんとか泣きやませようとする女中に、銀次はかすかに首を横に振って見せ、好きなだけ泣かせてやれと合図した。
 小ひなを女中に任せ、ふらりと立ち上がる。
「すまねえ。ちょいとはばかりに」





 銀次は大広間の脇を抜け、従業員用の便所へ続く縁側から、中庭へと降りた。店の主人と女将の住居である平屋建てのお内証を回り込み、裏庭へ向かう。
 そこには、今は使われていない古い井戸と、内風呂の焚きつけ口があった。この風呂を使えるのは旦那と女将だけで、娼妓と住み込みの従業員はみな、廓の銭湯へ通っている。
 その焚きつけ口の前に、ほっそりした小さな人影がしゃがみ込んでいた。
「姐さん」
 低く、銀次は声をかけた。
 丸めた背中がびくっとふるえる。
「風呂を焚くにゃ、まだ少し早いんじゃないですか? こと美姐さん」
「銀ちゃん……」
 こと美は立ち上がった。一瞬、落ち着かない眼で銀次を見上げ、そしてすぐにいつもの淋しそうな静かな笑みを浮かべる。
「違うのよ。千登勢ちゃんの部屋にあった手紙を焼き捨てようと思って。お客さんからもらった恋文とか、始末できずに誰かに見られちまったら、千登勢ちゃんだってきっといやだと思うのよ」
「そうですね」
 銀次はまるで感情のない声で、同意した。
 そして、すっと右手をこと美の目の前に突き出す。
「なら、柱時計のネジだけは返してください」
 こと美が絶句した。
「あれは真鍮
(しんちゅう)製だ、風呂の焚きつけ口に突っ込んでも、燃えませんよ」
「な、なにを、銀ちゃん……」
「柱時計が鳴らないと、時間がわからなくて困る。いちいち旦那の懐中時計を見せてもらうのも面倒ですしね。見世の営業を再開する前に、ちゃんと時刻を合わせておかねえと」
 力なく、こと美は首を横に振ろうとした。だがその動きは、油が切れたからくり人形のようにぎこちない。
「し、知らないよ。あたしは、時計のネジなんて――」
「油のにおいがしますよ」
 銀次はまっすぐにこと美を見据えた。
「ランプに使う、灯油のにおいだ。姐さん」
「銀ちゃん……」
 黒目がちの眼が大きく見開かれ、銀次を映す。だがそれはまるでガラス玉のようだった。
「その灯油は、俺が千登勢に分けてやったものだ。千登勢は行灯の火皿に油をいっぱいに満たすふりをして、本当はもっと少ない量しか注がなかった。残りは布かなにかに吸わせて、いかにも皿いっぱいに油を注いだように見せかけたんだ」
 あの時、千登勢が使ったあとの油差しは、思いのほか軽くなっていた。皿を満杯にしたと、銀次にも思わせるためだったのだろう。
「火皿いっぱいの灯油は燃え尽きるのに二時間かかる。だから千登勢と同衾していた客は、行灯が消えたのを二時間後、つまり十二時前後と判断した。その時刻まで、千登勢は生きて、自分のそばにいたと。だが、皿に入っていた油はもっと少なかった。当然、燃え尽きるのも早かった。二時間もかからなかったんだ。千登勢が自分の部屋を抜け出して、こと美姐さん、あんたの部屋に行ったのは、十二時よりももっと前だ」
「そんな……。だってあたしは、千登勢ちゃんと入れ違いに部屋を出て、台所へ行ったのよ。十二時ちょうどくらいに――銀ちゃん、あんただって台所に居たじゃない」
「だから、あんたは嘘をついてるんだ。あんたは千登勢と入れ違いになったんじゃない。ずっと千登勢たちといっしょにいたんだよ。死んじまった中本と、千登勢といっしょに。千登勢は、十二時になる前に、すでに殺されていたんだ」
 こと美が息を呑む。うす紅色の唇が、ひくりと引きつり、歪んだ。
「窓を開けて部屋の温度を下げたのは、死体を冷やして少しでも死亡時刻をごまかすためと、しばらく火鉢を消していたことに気づかれないためだろう?」
「火鉢……」
「火鉢を消したのは、あんただ、こと美姐さん。あんたはあの夜、中本と同衾していたんだ」
 銀次の視線から逃げるように、こと美が眼を伏せた。
「あんたと中本が寝ている時、千登勢が背後から忍び寄り、用意した紐で中本の首を絞めた。あんたは千登勢から頼まれていたんだろう、中本を言いくるめて、同衾していてくれって。どんな男でも、女と寝ている時にはまったく無防備になる。回りの気配になんか気づきゃしない。だから千登勢は、中本に抵抗されることも騒がれることもなく、一気に首を絞めることができた。絞め殺す時、あんたも手伝ったんじゃないのか? 中本は荒くれの大男だ、いくら不意をついても女一人の手には余るかもしれない。だが、二人掛かりなら力で負けることもない。あんたたちは二人で中本を絞め殺したんだ」
 細い肩から、ふうっと力が抜けた。
 歪んでいた唇に淋しげな笑みが浮かんだ。あの透き通るような笑みだった。
「あーあ……。やっぱりばれちゃった」
 かすかにふるえる声で、こと美はつぶやいた。
「だからやめようって言ったのに。こんなの、絶対にすぐばれるって。なのに千登勢ったら、自分の考えた方法が失敗するはずがないって……」
 右手を左の袂に差し入れ、なにかを取り出す。開いた手のひらに載っていたのは、反古紙に包まれたガーゼだった。油がべったりとしみこみ、包んでいた紙屑にまで油が染みている。
 こと美はそれを、無造作に地面へ放り投げた。
「千登勢が考えたんですか、このやり方」
「そう。ほんとはね、あたしは中本を殺したあとすぐに、台所へ降りていくはずだった。客から一人にしてくれって頼まれたって言ってね。千登勢はお辰さんが見回りにあがってくるまで部屋に隠れてて、いかにも中本の死体を今見つけましたっていうふりをして、部屋から飛び出して叫ぶはずだったのよ。そうすれば、中本が死んだのは十二時より前、その時間、千登勢は客といっしょに自分の部屋にいたことになるでしょ。中本の死体に着物を着せて、欄間からぶら下げておけば、誰もが自殺と思うだろうから、あたしも疑われることはないって……。あたしは、中本とは初対面だものね」
 淡々とした口調は、まるで昨日読んだ本のあらすじでも説明しているかのようだった。
 銀次は、こと美の告白を黙って聞いていた。
 が、やがて彼女の言葉が途切れると、静かに言った。
「どうして、千登勢を殺したんですか?」
「……許せなかったの」
 こと美は微笑んだ。
「身請け話の邪魔になるからって、自分の男を殺そうとする女よ。無関係の人間に人殺しの片棒担がせて、それで自分だけは吉原から――この地獄から抜け出して、幸せになろうだなんて。そんなの、許せなかった。あたしが……あたしがこんなにつらくて、苦しくて、どこにも逃げ場がないのに、なんでこんな非道
(ひど)い女が幸せになれるのって――」
 淋しげな目元に涙がにじむ。けれどこと美の唇には、笑みが浮かんでいた。恨みとか憎しみとか、そんな激しい感情はなにも感じられない。ただひどく淋しげで、見る者をやるせなくさせる笑みだった。
「千登勢が中本の死体に着物を着せてる間に、後ろから鉄瓶で殴って……。ほんとは、千登勢が考えたとおりに、欄間から吊してやるつもりだったの。でもだめだった。重くて、持ち上がらなかったのよ」
 くすくすっと、こと美は低く笑った。
「あたしのやることって、みんなそう。中途半端で、上手くいかないことばっかり」
「こと美姐さん」
「なぁんにも上手くいかないんだ。どんなにがんばって、どんなに願って、信じてても、上手くいかないことばっかり。いいことなんて、ひとつもなかった。泣いて、泣いて……苦しんで苦しんで、そしてお前なんかさっさと死んじまえって、誰かに言われてるんだね、きっと」
「……誰か? ――神様とか、ですか?」
「神様なんて、いないよ」
 こと美はゆっくりと、銀次を見上げた。
「もしいたとしても、神様は女郎の面倒なんか見てくれないんだよ。あたしらは生まれた時からずっと、幸せになんかなれないって、決められてるんだ」
 銀次はなにか言おうとした。そんなことはない、と、首を横に振ろうとした。
 けれど哀しく透き通ったこと美の眼を見ると、どうしても言葉を発することができなかった。
 あんたは間違っている、そう言わなければならないと、銀次は思った。生まれた時から不幸な生き方が定められている人間なんて、いない。どんな人間にだって、幸せになる権利はある、と。けれどその言葉は、どんなに銀次が強く訴えても、きっとこと美にはなにひとつ届かないだろう。
 こと美の眼にはもはや、踏みにじられる怒りや、自分の不幸を嘆く哀しみすら、映ってはいなかった。そこにあるのはただ、すべてをあきらめた空虚さだけだった。
 傷つけられ、踏みにじられ、人間としての尊厳もすべて奪われ尽くした者の、何もない空っぽの眼だった。
「そういうもんだよ、人間は。嬉しいことや楽しいことは、幸せな人間のもとにしかやってこないんだ。不幸せな人間のところへは、哀しいことやつらいことばっかりが集まって、もっともっと不幸せになるようになってるんだよ。この世はね」
 こと美は胸元から小さな銀色のネジを取り出し、銀次へ差し出した。
「ごめんね、銀ちゃん。嫌な思いさせちまって。はいこれ、返すわ」
 銀次は黙ってネジを受け取った。
 小さな金属の塊は、こと美の体温がうつってほのかにあたたかかった。
「それで、どうするつもり? あたしのこと、警察に突き出す?」
 銀次は、小さく首を横に振った。
「いや……。千登勢の事件は、心中ということで片づけられている。今さら何を言ったところで、警察は取り合っちゃくれないだろう」
「そっか……」
 自分が真犯人だと名乗り出れば、色里の事件など取り扱いたくない警察も、さすがに動かざるを得ないはずだ。あるいは警察ではなく、新聞などのマスコミに自分から真相を暴露するか。自らの罪を公表し、裁きを受ける道は、幾通りもある。
 けれど銀次は、あえてそのことを説明しなかった。
「あんたが、自分で決めればいい。自分で決めるしかない」
 こと美は優しく微笑した。
「優しいね、銀ちゃん。でも、意地悪だ」
 銀次はもう、なにも言えなかった。ただまっすぐに、透き通るように美しく、淋しい、こと美の笑みを見つめているしかなかった。
「自分で決めたら、また、よりいっそう不幸せになる道を選んじまうだけさ。――やっぱり、あたしの願いを叶えてくれる人なんて、どこにもいないんだね……」
 銀次のかたわらをすり抜け、ゆっくりと歩き出す。
「あたしは千登勢が許せなかった。人殺しをして、自分だけ幸せになろうだなんて。でも――あたしも同じ、人殺しなんだものね……」





 それから三日後、裏庭の古井戸にひっそりとこと美の亡骸が浮かんだ。
 これ以上騒ぎを起こして見世の評判を傷つけたくない主人と女将は、こと美の死を病死として処理してしまった。
 万が一、こと美の自殺のせいで営業停止期間が延長されでもしたら、妓楼も娼妓も大打撃を受ける。特に妓楼で暮らしているだけで日々借金が増えてしまう娼妓にとって、一日でも稼げる日が減ってしまうことは、まさに死活問題なのだ。
 事件性のない病死として警察に届けたことで、こと美の亡骸は警察に調べられることもなく、見世で簡単な葬式を執り行ったあと、すぐに荼毘に臥された。遺骨は田舎の弟が引き取りに来るまで、投げ込み寺で預かってもらうことになった。
 こと美の借金はほとんど残っていなかったが、着物や装飾品などは葬式代の足しにと見世が差し押さえ、処分してしまった。今度は、千登勢の時のように金目のものを盗まれないよう、通夜の時から遣り手婆が厳しくこと美の部屋を見張り、結局、朋輩の娼妓たちに形見として配られたのは、ちいさなハンカチやくたびれた文庫本など、故人の想い出がなければ本当に何の価値もないものばかりだった。
「明日からやっと営業だね。お掃除、終わった?」
 障子の張り替えを手伝っていた銀次に、廊下からひょいと顔をのぞかせた小ひなが声をかけてきた。
「この部屋、明日、新しい妓が入るんでしょ?」
 畳も替えて小綺麗になった部屋は、かつて千登勢が使っていた部屋だ。行灯も炬燵も新品がすでに運び込まれている。新しくここに住むことになった娼妓の負担で、家具のほとんどが買い換えられていた。
「横浜のほうから住み替えしてくるんだってね。女将さんが話してたよ。どんな人かなあ」
「別嬪
(べっぴん)だって、お辰さんは言ってたがな。まあ、遣り手婆にかかりゃ、女郎はみんな天女顔負けの大別嬪だけどな」
「そりゃそうだよ。不細工だなんて言っちまったら、お客がみんな逃げちまうもん」
 小ひなは屈託なく笑った。
 が、その笑いがふと途切れる。銀次が目をやると、小ひなは柱によりかかり、きゅっと唇を噛んでいた。
「どうした、小ひなちゃん」
「うん……。あの部屋――こと美姐さんの部屋にも、そのうち誰か、新しい人が入るんだよね」
「ああ、そうだろうな」
「ねえ、銀ちゃん。これ……読んで」
 小ひなは、小さな新聞の切り抜きを銀次に差し出した。
「姐さんの形見分けに、部屋ん中から好きなもの持ってきなって言われた時、見つけたの。むつかしい漢字がいっぱいで、あたし、よく意味がわかんないんだ」
「こと美姐さんの?」
 銀次は切り抜きを受け取った。
「さる先月三日、埼玉県深谷市の煉瓦工場にて、健全なる労働者をば扇動し、不法なる労働争議を企てたるとして逮捕せられるる、同工場工員、北川壮一は……」
「その北川壮一って人、姐さんの間夫だった人だよ。――壮さんだよ」
 残りの記事を黙読した銀次は、やがてくしゃりと切り抜きを握りつぶした。
「壮さん……労働争議、つまり工場のストライキを計画してたって罪で、逮捕されてたんだな。そして今月の一日、取調中に獄死したって――」
「ごく、し……?」
「拷問で責め殺されたんだ。……おそらくな」
 そう、やっぱり、と、小ひなは声にならない声でつぶやいた。
「その新聞の日付、三週間も前だよね。お酉さんに、壮さん、来てくれないはずだね。壮さん、もうずっと前に死んじゃってたんだね」
 いいことなんか、なんにもなかった。笑ってそうつぶやいたこと美の声が、耳の奥によみがえる。
 不幸せな人間のもとへは、悲しみや苦しみしかやってこない。そうしてさらに不幸せになっていくだけ。
 借金のかたに売られ、今さら故郷へ戻ることもかなわない。女として一番美しい時季を踏みにじられ続けて、たったひとつの心のよりどころだった愛する男までもが権力によって惨たらしく殺害された。
 そうやってすべての希望を奪われた女が、最後にやったことが、殺人だった。自分には得られない幸せを掴もうとしている朋輩を、自分の手で絞め殺した。
 他人を踏みつけにしてでも幸せを手に入れようとする千登勢が許せなかった、と、こと美は言っていた。それは、こと美の羨望も込められた言葉だったのだろう。
 だがその手を犯罪に染めてさえ、こと美はなにも得られなかった。
 ただ冷たい井戸の底へ身を投げるしか、なかったのだ。
 ――井戸の底には、なんにもねえだろう、姐さん。
 胸の奥で、銀次はそっとつぶやいた。
「なあ、小ひなちゃん」
「なあに、銀ちゃん」
 銀次はふと、丸い眼鏡を外した。ぼやけた視界の中で、じっと小ひなを見る。
「小ひなちゃんも、死にてえって思う時、あるか?」
「銀ちゃん……」
 小ひなはそっとうつむく。小さなこどもみたいに片足をぷらぷらさせて、ぽつりぽつりと返事をする。
「そりゃ、あるよ。こんなとこで働いてんだもの、死にたいことだらけだよ。でもやっぱり、死ぬのは怖いなあ」
「死んじゃだめだよ」
 銀次は言った。
「生きてても、つらいことや苦しいことばっかりだろうけど――それでも、なにかひとつくらいは、いいことがあるはずだ。どんな人間でも生きていりゃあ必ず、たったひとつは、嬉しいことがあるはずなんだ」
「うん……」
 どうしてそんなことを断言できるのか、理由を問いつめられれば、銀次にも答えることができない。
 けれど、言わずにはいられなかった。
 小ひなに、この苦界に集められた女たちに、そう信じていてもらいたいと、願った。
「千登勢姐さんもこと美姐さんも、そのたったひとつ……信じて、待っていられなくなっちゃったのかなあ……」
 ため息のように、小ひなが言った。
「あたしは信じるよ、銀ちゃん。いつかきっと、ひとつくらいは、必ずいいことがあるよね」
「小ひな」
「銀ちゃんがそう言ってくれるんだもん。あたし、信じるよ」
 小ひなはくすん、と小さく洟をすすった。そうして、こどもみたいに笑う。
「銀ちゃん、ありがとね。眼鏡はずしてくれて。あたし、泣き顔見られるの、恥ずかしいからさ」
 半天の袂で目元を拭い、小ひなはしゃんと背筋を伸ばした。
「じゃあさ。あたしも、明日の用意があるから。あ、それと、晩ご飯すんだら、あたしの部屋まで来てくれる? また、手紙の代筆頼みたいんだ」
「ああ、いいよ」
「早めに来てよ。うーんとたくさん、書いてもらわないといけないんだから。馴染みのお客にゃ、ひとり残らず手紙出すんだから!」
 ぱたぱたと軽い足音が廊下を走り抜け、階段を下りていく。
 銀次は黙って、その可愛らしい音を聞いていた。





 関東大震災、太平洋戦争を経ても、吉原は女の苦界であり続けた。
 四〇〇年続いた公娼街の火が消えるのは、昭和三十三年、風俗営業法が施行されてのことである。





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