吉三郎が見つめる先で、お七は哀しそうに笑った。
「ほんとだよ。加賀藩の中屋敷御用人さまが、あたしを妾に欲しいって言ってきたの」
 その笑顔は、今にも泣き出しそうなのを懸命に怺えているようだと、吉三郎は思った。
「お父つぁんもおっ母さんも、とても喜んでた。玉の輿だよって。妾奉公だって立派なご奉公、上手く男の子でも生めばお部屋さま、一生大事にしてもらえるって……。でも御用人さま、もうすぐ還暦よ。ご新造さまもちゃんといらして、あたしより年上の息子がいらっしゃるんだから」
「……そんないい年令
(とし)の爺さんが、まだ若い女を欲しがってるのか」
「御用人さまは、若い娘が好きなんですって。あたしみたいに……子供っぽい顔した、小柄な娘が。やっぱり中屋敷に出入りしてる商人が自分の娘を差しだそうとしたけど、その娘はこう……キリッとして背が高くて、中村菊之丞みたいに細面の美人だったから、御用人様の好みにあわなくて、お見合いの席で突っ返されたんですって。その話をしてる時、お父つぁんもおっ母さんも、すごく嬉しそうだった。競争相手を出し抜いてやったぞって」
 その言葉に、坊主どもの卑しい笑いを思い出す。抵抗できない子供をもてあそんで喜ぶ卑劣な連中の顔を。
 お七を望んだのも、その同類ということだろうか。
「お前、親に言ったのか。そんな爺さんの妾になるのは嫌だって」
 吉三郎がそう言うと、お七は少しびっくりしたように、黒い瞳を丸くした。
「だって吉さん……。言ってどうにかなると、思ってるの?」
「あ――」
 加賀藩のような大藩は、藩主が暮らす上屋敷のほかに、正妻である御台所や子供を産んだ側室、あるいはその子供たちなどが暮らす中屋敷、下屋敷など、複数の屋敷を所有している。その中でも中屋敷は、藩主の家族たちの生活の場となることが多く、人の出入りも多い。
 そこの用人ともなれば、中屋敷の奥向き、家計をほとんど一手に取り仕切り、出入り商人の選択などにも大きな影響力を持つ。
 大きな商家ともなれば、加賀藩お出入りの看板を得るためなら、娘の一人や二人、犠牲にするのもいとわないだろう。
 この時代、武士も平民も、もっとも大切なものは「家」だった。「個人」という概念はないに等しい。一家の繁栄のため、娘が身を差し出すのは当たり前のことなのだ。
 だが、家のため、家族のためと言いながら、しわ寄せはいつももっとも弱い者に押しつけられるのではないのか。
 願ったところでどうにもならないことのほうが多いのは、吉三郎自身がもっとも身に染みている。
「でもね、この火事のおかげで、ご用人さまのお屋敷にあがるの、日延べになったの」
 お七は無邪気に言った。
「嬉しかったぁ! 家も着物もみんな燃えちゃったけど、でもそれより、妾奉公に行かなくてすむのが嬉しかった! ――こんなこと、吉さんにしか言えないけどね」
 あっけらかんとお七は言った。その表情
(かお)は明るく、何の迷いもない。つくりものみたいに何の感情もない笑顔だった。
 ……心のどこかが、まるっきり動いていないかのように。
「あたしのこと、ひどい女だと思う?」
「――え」
「だって、あんなにも大勢の人が死んじゃって、生き残った人たちだってみんな、家も財産もなくして、明日食べる米も眠る場所もなくって、弱って、泣いてるのに。あたしは妾奉公しなくても良くなったって、喜んでるんだもの。自分が死ぬこと、家族が死んじゃうことを思えば、爺さんの妾になるくらい、何でもないことの筈なのにね。ひどい、鬼みたいな女だって、思うでしょ?」
 吉三郎は、お七の眼を見た。
 黒い、仔鹿のような眼は、本当はひどく空虚で、何の光も宿していなかった。
 何を映していいのか、何を目指していればいいのかもわからずに、ただ縋りつくように吉三郎を見つめている。
 ――ああ、そうか。おまえ。
 吉三郎はひとつ、小さく息を吸い込んだ。
「そう言ってもらいたいのか、おまえ」
 おまえはひどい女だ、鬼みたいな悪女だと、口汚くののしってもらいたいのか。
 やがて、お七は小さくくすっと笑った。
「そうよ。ほかのヤツらじゃだめ。吉さんじゃなくちゃ。だって、吉さんはこんなに奇麗なんだもの」
「奇麗なわけねえだろ。俺は、この寺の坊主どもに――」
「ううん、吉さんは奇麗」
 つ、と、白い指先が伸び、吉三郎に触れた。
 お七の身体がやわらかく、吉三郎に寄り添う。髪油
(かみあぶら)の甘い匂いが、吉三郎の鼻孔をくすぐった。
「わかるよ。吉さん、自分を許してないでしょう」
「な……」
「この寺にいる自分が、坊主どもの慰み者になってる自分が、許せなくて、大嫌いでしょう? あたしにはわかる。だってあたしも、おんなじだもの」
 仔鹿の瞳が、すぐ間近で吉三郎を見上げている。
 その黒い瞳に、吉三郎は吸い込まれそうになった。
「でもね。ほかのヤツらはみんな違うの。お父つぁんもおっ母さんも、自分のしてることが汚いなんて、これっぽっちも思ってない。ううん、汚いってほんとはちゃんとわかってて、それでも平気なんだ。商売(あきない)のために娘を狒狒爺ィ
(ひひじじい)に売り飛ばしたって、仕方がないんだ、これが娘の幸せなだって、自分たちに言い訳してる。そうやって自分は汚くないふり、善人のふりしてる。みんな――みんな、そうなんだ」
「お七……」
「だからお父つぁんもおっ母さんも、あたしのこと、叱れやしないのよ。あたしが『この火事のせいでご用人さまのところへ行くのが繰り延べになって、嬉しい、ほっとしてる』ってにこにこ笑って見せても、口じゃあ一応『人が大勢死んでるのに、そんなことを言うものじゃない』なんてお説教するけど、そんなの、ただの言い訳。口先だけよ。あたしがそう言いたくなる気持ち、おっ母さんだっていやっていうほどわかってるんだ。あたしのこと、真正面から見もしないんだから」
 ――みんな、そうなんだ。お七の言葉が頭の中でこだまする。
 みんなそうなんだ。これがおまえのためなんだ、俺たちがお前の命を救ってやったんだと恩着せがましく言いながら、吉三郎を強姦する坊主ども。吉三郎の美しい小姓姿を涎を垂らさんばかりに眺めながら、陰ではしょせん坊主に飼われる色子のくせにと後ろ指を指すやつら。みんな、同じだ。吉三郎を汚いと責め、ののしりながら、自分自身の卑怯さ、薄汚さにはみんな目を瞑っている。
 ――誰が救ってくれと言ったよ。誰がおまえらに、助けてくださいと頼んだよ!
 吉三郎の腹の中ではいつでも、その思いが煮えくりかえっている。けれどそれを坊主どもにぶちまけることもできない。折檻されるのが怖いからだ。
 人間たちはみな、自分より弱いもの、醜いもの、汚いものをののしり、憎み、さげすむことで、自分自身の中にある弱さ、汚さから眼をそらし続けている。
 けれどもっとも弱い人間、踏みにじるべきなにものかを見いだせない者は、その自分自身の汚さから目をそらすこともできない。無力で汚れきった自分自身と常に対峙し続けなければならないのだ。
 だから……お七。おまえは罰してほしいのか。
 他人の痛ましい死を哀しんでやるよりも先に、ただ自分の不幸が日延べになったことだけを喜んでしまう、卑小な自分を。
 けれどそれは、仕方のないことだ。誰だって、自分の身がかわいい。たとえ他人の不幸が目に入っても、やはり自分のことを先に考えてしまうものだ。
 それをお七は、仕方がないとは思っていない。自分の罪だと自分を責めている。
 だから、これほど心弱く、汚れた自分を、誰かから罰してもらいたいのか。自分自身の醜さから逃げないために。
「俺ぁ……おまえをののしれねえよ」
 吉三郎はのろのろと、両腕を持ち上げた。
 自分に寄り添ってくるお七の身体を、今すぐ引きはがすべきだ。頭の中ではちゃんと、それがわかっている。けれど身体が言うことを聞かない。
 そして吉三郎は、お七を強く抱きしめた。
 言葉もなく、ただがむしゃらにしがみつくように、細い身体を抱きしめる。
 腕の中の身体は驚くほど小さく、華奢だった。このままもう少し強く力を込めれば、ばらばらに砕けてしまいそうだ。
 それでいながらしっかりと、吉三郎の重みも腕の力も受け止める。どこまでも柔らかく、吉三郎の意のままになるようでありながら、ふと気づけば反対に、お七のあたたかな体温が吉三郎のすべてをくるみこんでいるみたいだった。
「俺も同じだ。嬉しいんだ。あの火事のおかげで……俺は、お前に逢えたから」
 目を閉じれば、幼い頃に見た紅蓮の地獄が今も鮮明によみがえる。
 一晩経つと、街のあちこちに死体の山ができていた。
 焼けただれ、人の形すらとどめていない炭の塊。掘り割りには、猛火を避けるために飛び込んだのだろう、溺死体が無数に浮かんでいた。逃げる最中に大八車にでも轢かれたのか、幼い子供の亡骸は、あとからあとから人々に踏みつけられて、もはや目鼻も分からぬほどぐちゃぐちゃになっていた。
 なのになぜ、自分は生きているのだろう。
 あそこに山積みにされているほとけたちと、自分と、いったいなにが違うのだろう。
 彼らよりもこの命のほうが、わずかでも上等だったとでも言うのか。
 生き延びたからと言って、なにが変わったわけでもない。ただ、別の地獄へ突き落とされただけだ。
 吉三郎をもてあそぶ坊主たちも、それを知っている。所詮お前は一人前の男になどなれない、人間ですらない。男の前に股を開き、卑しく媚びを売る以外になんの能もない、自らの意思で生きる気概も力もない、肉の塊にすぎないのだ、と。
 そんなお前を可愛がって飼ってやる俺たちに、心底から感謝しろよと、あざけりの眼が言う。時には吉三郎を陵辱しながら、それを口にする坊主もいる。
 いっそ連中のその目玉をえぐり出してやったら、どんなに気持ちが晴れるだろうと、何度も思った。そのままこの寺に火を放ってやったら。
 だがそこまでの愚行に突っ走って、いっそ磔台に登ってやれという覚悟すら、自分は持てないのだ。
 ただこのまま、生き腐れていくだけが自分の一生なのかと思う。
 その日一日の飯と寝床のために、坊主どもの前で股を開く、ただそれだけの生き様なのか。
 もしそうだとしたら、自分はいったい何のために生まれてきたのだろう。あの火事で、両親にも死に別れてただ一人、地獄を生き延びたその理由
(わけ)は。
 答なんか、見つかりっこない。
「おんなじ……なの?」
 ためらうように、お七がつぶやいた。
 吉三郎の腕の中で、仔鹿のような瞳がじっと吉三郎を見上げている。
 吉三郎は、黙ってうなずいた。
 この眼は、同じだ。
 同じ暗闇を見ている。
 ただ意味もなく生き延びて、他者の意のままに流されて、踏みにじられて。
 そんな生き様を誰よりも嫌っていながら、それじゃあほかにどんな生き方をしたいんだと問いつめられれば、答えることもできない。
 自分が生きていることを疑問に思う――それどころか、罪悪感すら感じる。こんな自分に生きている必要などあるのか、あの火事で惨たらしく死んでいった人々にこそ、生きている価値があったのではないか、と。
 吉三郎の胸を蝕む虚無と絶望を、お七も見つめている。
 お七の瞳がうるむ。透明な雫が浮かび上がり、すうっとこぼれ落ちた。
「うれしい……」
 地獄の中を選ばれて生き残っただけの価値もなく。
 なにもかもが無意味な、時間の中で。
 今だけは、意味があるのだと、信じていたかった。
 この想いはいったいなんだろう。どうしてこんなにも、お七と離れたくない、少しでも近くにいたい、こうして抱き合っていたいと思うのだろう。
 誰かを恋しいと思う心など、とうに死んだと思っていたのに。
 男も女も、何人の人間と肌を重ねたところで、吉三郎にとっては何の意味もなかった。相手の顔すら、三歩歩けば忘れてしまう。――忘れてしまわなければ、胸の中にどろどろと汚い膿がたまる一方だ。重たくて苦しくて、生きていけない。
 愛することも愛されることも知らない、生きることも死ぬことも、なにひとつ意味のない自分だけれど。
 今、こうして出逢ったこと。
 この瞬間だけは、きっとなにか、意味がある。
 吉三郎は眼を閉じた。
 お七も、黙って眼をつむっている。
 そうやって暗闇の中に身を置くと、ほかの感覚が鋭敏になる。小さな息づかいがはっきり聞こえ、しっとりとした髪油の匂いのほかに、お七本来の甘いすがしい肌の匂いをかぎ取る。
 お七も同じことを感じているだろうか。この呼吸をひとつひとつ数え、心臓の鼓動を身体全部で感じ取ってくれているだろうか。
 吉三郎の背中に回された小さな手に、きゅっと力がこもる。まるで吉三郎の想いに応えるように。
 本堂や庫裏には、ざわざわと人の気配が満ちて騒がしい。
 けれど二人の居る小さな裏庭は、かすかな鳥の声すら聞こえず、まるで時が止まっているかのようだった。





         二

 黒羽二重に紅絹の裾飾りの大振り袖を膝の上に広げて、お七はほうっと小さくため息をついた。
 こんな凝った造りの振り袖は、大きな商家に生まれ育ったお七でも、めったに見ることはない。それこそ嫁入り道具などにするために、金に糸目をつけずに仕立てたのだろう。
 親類の小母さんが当座の着替えを届けてくれたので、明日の朝には、この振り袖はお寺に返さなくてはならない。それが名残り惜しくて、お七は乏しい灯火のもと、飽きもせずに振り袖を眺めていた。
 ……この振り袖を吉さんが着たら、どんなにすてきだろう。
 もちろん、娘の振り袖と若衆が着るための振り袖は、裄丈や袖の長さが若干違う。
 けれど、つややかな光沢を放つ豪奢な黒羽二重は、吉三郎の美貌にこそ似合うと、お七は思うのだ。
 あんなきれいな男の人、ほかに見たことない。
 今までお七のそばに近寄ってきた男たちは、みんなずるくて小汚い連中ばかりだった。
 遊び相手の男友達なら、今までにも何人もいた。みんな、お七がなにも言わないうちから、勝手に向こうから寄ってきた。
 その魂胆も最初から見え透いていた。お七の小遣いが目当てなのだ。莫迦な金持ち娘を騙して小金をせしめ、あわよくばその婿におさまれないものかと、みんな、愛想笑いの陰で両眼を欲にぎらぎらさせていた。
 盛り場をうろつく碌でなしから、同じような商人の小倅、御家人株を持つ武士までが、お七を騙そうと近づいてきた。
 どいつもこいつも、お七のはなやかな、いかにも大店のお嬢さんらしい金のかかった身なりに、涎を垂らさんばかりだった。
 お七の父、市左ェ門は、もともと加賀藩の下級武士であったらしい。が、その当時の話を、お七はほとんど聞いたことがなかった。母親の話などから察するに、武士とはいっても最下級の身分で、暮らし向きは相当貧しかったらしい。
 足軽から槍一本で身を起こせる戦国の世は、すでに遠い過去だ。武士階級が官僚化し、ほとんどの役職が世襲になってしまった泰平の世にあって、軽輩者が貧しさから抜け出すもっとも現実的な方法の一つが、刀を捨てることだった。
 武士であれば、持って生まれた身分によって、出世も栄誉もほぼ決まってしまう。だが商人(あきんど)になれば、おのれの才覚一つで、しがない行商人から表通りに看板を掲げる大店の主人に登りつめることも不可能ではないのだ。
 覚悟を決めて刀を捨てた市左ェ門は、さいわい商人としての才覚に恵まれていた。
 九尺二間の小さな貸し店から始めた青物屋は、旧知を頼って加賀藩下屋敷への出入りもかない、わずか一大で駒込随一の大店へと成長していった。
 武士としての前半生が報われなかったせいか、市左ェ門は人一倍、店の繁栄にこだわった。その態度はむしろ、勤勉な商人の姿として、周囲からは好意的に評価されていた。
 少々の賄賂や付け届けが悪事ではなく、人間関係を円滑にするために必要な儀礼と思われていた時代である。望まれれば、商売のために娘を助平爺の妾に差し出すことも、市左ェ門はまったくためらわなかった。
 初めて加賀藩中屋敷の用人の話を聞かされた時、お七はとくに、父親から裏切られたとも売られたとも、思わなかった。
 ……ああ、やっぱり。
 端的に言えば、感想はただその一言だった。
 父親が商売のために、娘を少しでも高価い値をつけた相手に売り渡すだろうということは、かねてから想像がついていた。好いて好かれて嫁に行くなんてのは、金も身分もない貧乏人にしか許されないことだ。少しでも「家」というものを自覚せざるを得ない生まれの娘は、「家」の繁栄と利益のために嫁ぎ、あるいは婿取りする。それがこの時代の常識であり、お七もその常識に従って育てられてきた。
 お七をはなやかに着飾らせるのも、琴や踊りなどの習い事をさせるのも、みんなお七の商品価値を高めるための投資なのだ。
 市左ェ門の二人の息子は、いずれ父の片腕として店の経営に携わるべく、幼い頃からみっちりと商いの基礎を叩き込まれている。今は修行のため、同業者の店に手代として預けられていた。
 だがお七には、そういった教育は与えられなかった。お七に求められたのは、ただ、いかに男の眼を惹くか、ということだけだった。
 ……あたしは、お父つぁんが商ってる青菜や大根とおんなじなのかもしれないわ。
 お七はずっと、そう思ってきた。
 そのことに、疑問を感じないわけではない。
 だが、それではほかにどんな生き方をしたいのかと問われれば、答えられない。
 生まれてからずっと、与えられるものをただ大人しく享受してきた。食べるものでも着るものでも、大店の愛娘として、いつも人並み以上のものを与えられてきたのだ。人形、手毬、新しい簪、どんなものでも、お七が欲しいと思うより先に、すべて親が買い与えてくれた。自分からなにかをねだったという記憶さえない。
 日々の暮らしも、親が命じることにただ、はい、はい、と答えて、従っていただけだった。
 自分からなにかを強く望んだこともない。お七の胸の中は、からっぽだった。
 加賀藩ご用人の妾になれと言われた時、お七は初めて、自分の中の虚無に気がついた。
 還暦間近い助平爺さんの妾になるなんて、絶対に嫌。では、この話を蹴って逃げ出して、それからどうしたいのかと自分で自分に問うた時、なにも思いつかなかったのだ。
 逃げて、行ってみたい場所もない。胸に飛び込みたい男もいない。
 お七は以前に二度ほど、用人の爺さんを見たことがある。
 会った、などとは言えない。本当にちらりと見ただけだった。





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