六条院の高い塀の外まで呼び出され、何度恋文を押しつけられたでしょう。
「俺だって、世のうわさくらいは聞いている。彼女が六条院でどんな暮らしを強いられているか、知らぬ者などないさ。華々しく降嫁したはいいが、結局、源氏の君の寵愛は紫の上に注がれたまま。あのひとは人形のように飾られて、放って置かれているというじゃないか」
「そんな、柏木さま。いくらなんでも、それは言い過ぎでございます!」
 わたしは思わず言い返しました。けれどそのうわさを否定することは、わたしにもできません。
「なあ、いいだろう、小侍従。そんなお淋しい日々を送られている方に、ほんの少し、慰めの手紙をお届けするだけさ。日々のつれづれを書き綴った、ただのご挨拶だよ。そんな手紙をやりとりする友達の一人や二人、誰にだっているもんだろ?」
 しかしその手紙は、わたしの一存ですべて握りつぶしてしまいました。
 だって六条院には、隅々にまで源氏の君のお目が光っています。万が一よその男からの手紙が見つかりでもしたら、紗沙さまにもどんな災難がふりかかることか。
 源氏の君は、怖ろしいお方です。
 たとえありきたりな時候の挨拶みたいに仕立ててあったって、手紙に込められた柏木さまのお気持ちに、源氏の君が気がつかれないはずがありません。
「源氏の君がそんなに怖いのか、小侍従!」
 柏木さまは声を荒げ、私に詰め寄りました。
「ええ、怖いですわ。怖ろしゅうございます!今、この国で、あの方を怖れない者がおりまして!?」
「俺は怖くないね」
 傲然と顎をあげ、柏木さまは言い放ちました。
「准太上天皇だろうが何だろうが、所詮は一人の人間さ。鬼でも化け物でもない。斬れば赤い血が出る、ただの男だよ」
 にやりと唇の端を歪め、笑ったその顔。
 わたしはぞっとしました。
「ま、まさか……。か、柏木さま、おやめ下さい! 馬鹿なことはお考えにならないで下さいまし!」
「は? 何を慌ててるんだ。俺が源氏の君を刺し殺しに行くとでも思ったのか?」
「い、いいえ。でも……」
 たとえ刃傷沙汰に及ばなくとも、人を害する方法はいくらでもあります。それこそ呪詛とか、生き霊をとばすとか。
 けれど柏木さまは、高く笑いました。
「呪いやまじないで、人が殺せるものか。生き霊とやらが本当に在るのなら、俺は源氏の君のところへなんか行かないね。まず真っ先に、あのひとの寝所に忍んでいくよ」
「か、柏木さま!」
「いいや……。それよりは、思いつめて鬼になったほうがいい。鬼になって、六条院に押し入り、彼女をさらって逃げようか――」
 わたしは耳をふさぎたくなりました。
 ええ、たしかにそんな話も聞いたことがあります。
 いつの御代だったか、畏れ多くも帝の中宮に邪恋を抱いた僧正が、想い狂ってついには鬼に変じ、怖ろしい悪鬼の姿で後宮に押し入ったと。そして鬼の魔力に捕らえられた中宮は人目もはばからず、夜も昼もその鬼と浅ましく睦み合うようになられてしまったとか。
 人の語る言葉には、それだけで魔力があると申します。
 ありったけの思いを込めて人が発した言葉には、ただそれだけで、その言葉を実現させてしまう強い呪いの力が宿るとか。だからこそ高貴な人々は、そんな呪いに捉えられるのを怖れて、真実のお名をひた隠しにされるのです。
 まさか柏木さまは、姫さまをそんなあさましい、醜悪な運命に陥れようというおつもりなのでしょうか。
 鬼気迫るその表情は、柏木さまが半分以上本気でおっしゃっている証拠でした。
「そんな……そんな怖ろしいことを、今になっておっしゃるのなら、柏木さま!!」
 わたしは、精一杯の声を張り上げました。
「だったらどうして、もっと早く、そのお気持ちをお示しにならなかったのです! 鬼になるくらい思いつめてらっしゃるなら、このご降嫁が決まる前に、その想いの丈をすべて朱雀院さまに申し上げれば良かったじゃありませんか! そうすれば、朱雀院さまだってきっとご理解くださったはずです。まだ若輩だろうとも、柏木さまに紗沙さまを降嫁させてくださったはずですわ!」
「不可能だよ、それは。絶対に無理だ」
 吐き捨てるように、柏木さまはおっしゃいました。
「俺は太政大臣の息子だからね」
「ど、どうしてでございます!? 太政大臣さまは、藤原ご一門の中でも、もっとも高い位にある方、氏の長者ではございませんか。そのご子息なら、大納言でも左右の大臣でも、出世は思うままじゃございませんの!」
 それに柏木さまだって、お祖母さまから帝のお血筋をひいてらっしゃいます。内親王の夫として、充分に釣り合いの取れるご身分なのです。
「源氏の君が、絶対に許さないよ」
 まるで感情のない声で、淡々と柏木さまはおっしゃいました。
「院が仏道へ入られた時の、お形見分けを覚えているか? 院の財産のほとんどは女三の宮さまへお譲りになられただろう」
「え、ええ。ご愛用の小唐櫃やお文箱や……螺鈿
(らでん)細工がとてもきれいで、紗沙さまは今もご愛用ですわ」
「そんなんじゃない。院が所有されておられた荘園や地所、三条のお邸、それらは全部彼女に譲られたんだ。母方の右大臣家から受け継いだ財産、帝の地位にある時に築かれた莫大な財産すべてを!」
「えっ!?」
 ……たしかに、姫さまは、今お暮らしの六条院のほかに、ご自分だけのお住まいとして、三条に美しいお邸をお持ちです。
 それはかつて、帝位を退かれた朱雀院さまが、出家なさるまでの間、閑院として紗沙さまと静かにお暮らしだったお邸です。出家して西のお山に籠もられる際、紗沙さまに譲られたのでした。
 そう言えば、朧月夜尚侍さまからうかがったことがあります。
「朱雀院さまは、お形見分けにまず女三の宮さまに主要な財産をすべて遺されて、それから余ったものを他のお子がたにお分けになられたのよ。わたくしもびっくりしたわ」
 尚侍さまはどんな相手とでもわりと気楽にお話しされる方で、ま、ちょっと脇が甘いとでも申しましょうか。そんなところが男の方にも付け込まれやすい部分になっているのでしょう。
「承香殿母后や一条御息所が相当ごねたようだけど、院さまはこれだけは自分の思い通りになさったらしいわ。『あなた方にはちゃんと里邸も、母方の親類縁者から受け継ぐ荘園もある。けれどあの子は、私が遺してやらなければ何一つ持てないのだ』っておっしゃって」
「さいでございますか……」
 そしてわたしはふと思いつき、つい、訊ねてしまいました。
「朧月夜尚侍さまは、なにをちょうだいなさいましたの?」
「あら、わたくしはなーんにも」
「えっ?」
 尚侍さまはけろっとしたお顔でおっしゃいました。
「わたくしだって、お姉さまからいただいたお邸があるし、宮廷に出仕していた時に貯めた財産だってあるわ。今さら院さまから何かいただかなくたって、女一人食べていくのに困らないくらいのものは持ってるのよ」
 尚侍というのは、純然たる帝の妻妾である女御、更衣と違って、表向きは宮廷に勤務する女官です。賢所
(かしこどころ)に納められた神器(じんぎ)を管理するという、大切な任務を負った役人なのです。律令にも、はっきりとその存在は記載されています。もっともその任務も今は形骸化し、実際には蔵人省(くろうどのしょう)の男性官僚が行っていますが。
 尚侍には、荘園とそこで働く下人という形でちゃんと俸禄が支給されています。その荘園からあがる収入が、すべてお給金なのです。その他にも銭だ、米だ布だと、用途や時期に合わせてさまざまなものが下賜されるとか。
「ああ、そうだ。ひとついただいたものがあったわ」
 尚侍さまはにっこりと、楽しそうにほほえみました。
「女の称号よ。『朱雀帝の最後の女』っていう、称号」
「称号……でございますか」
「ええ、そう。誇らしい肩書きだと思わない?わたくしは源氏の君の『最初の女』にも『最後の女』にもなれないわ。でも朱雀院さまは、わたくしを『帝の最後の女』にしてくださったのよ。これ以上の贈り物はないわよ」
 ……こんなふうに、艶っぽいのにどこかさばさばして、おおらかな性格が、朱雀院さまがこの女性を深く愛された理由なのかもしれません。
 でも私は、柏木さまに言われるまで、わたしはこのおしゃべりのことも忘れていたのでした。
 そうでした。紗沙さまは、源氏の君にも引けを取らない大富豪の姫君として、お輿入れされたのですわ。この財力もあって、紗沙さまは、紫の上を圧倒し、世間的には源氏の君の正妻として扱われているのです。
 ……わたしは紗沙さまの乳姉妹。姫さまが、守ってやらなければならない可愛い妹のような気がして、つい、そういうことを見落としていたのです。
「それだけの財産をみすみす敵の男にくれてやるほど、源氏の君は甘くない」
「敵……でございますか」
 たしかに、そうでございます。
 太政大臣、かつて頭の中将と呼ばれた方は、若き日、源氏の君の親友であられました。
 頭の中将は、亡くなられた葵の上の兄君でもいらっしゃいます。お二人は義理の兄弟であり、歌や舞や、恋の冒険で互いに競い合う好敵手でもありました。
 源氏の君が弘徽殿母后と右大臣一派に排斥され、明石の地へ流浪された時。都中の人々が右大臣一派の威光を怖れ、源氏の君の名前すら口にしようとしなかった時に、頭の中将ただ一人が、友情をつらぬき、遠い明石の地まで源氏の君を訪ねていかれたのだそうです。
 けれど時はうつり、いつかお二人は廟堂での覇権を争う政敵となられてしまいました。
 ともに帝や東宮の後宮へ自分の係累の娘を押し込み、派閥を築こうとされます。
 そしてその政争に勝ったのは、源氏の君でした。
 冷泉帝の後宮で中宮に立ったのは、源氏の君の養女である秋好さま。
 太政大臣の姫君の新しい弘徽殿女御は、帝の第一子を身ごもられたにもかかわらず、立后することはできなかったのです。……生まれたのが姫宮だったということも、大きく影響しているのでしょうが。
 帝の後継者である東宮さまのもとには、源氏の君だけが娘を送り込むことができました。
 太政大臣さまは大勢のご子息に恵まれましたが、ご息女は二人きりしかいなかったのです。一人は冷泉帝にさしあげ、もう一人の雲居雁さまは夕霧中納言さまとご結婚されました。太政大臣は、下世話な言い方をすれば、もう手持ちの駒が尽きてしまわれたわけです。
「俺は別に、財産なんか欲しくない。あのひとが単衣一枚、はだしで俺のもとへ嫁いできたって、かまわないさ。財産なんて、欲しいやつにみんなくれてやればいい」
 柏木さまはおっしゃいました。
「だが……それでも源氏の君は、俺が姫をめとることを許さないだろう」
 もうそれは、わたしに話しかけている、というのではありませんでした。
 柏木さまは独り言のように、低く、つぶやき続けました。
「あの方は絶対に許さないはずだ。俺と女三の宮との婚姻によって、朱雀院がふたたび藤原一門と強く結びつくことを」
 朱雀院さま。
 また、思いがけないお名前が出てきたものです。
 だって朱雀院さまは、もう頭を丸めて山のお寺に籠もられてしまいました。政治の表舞台から退場されてしまったのです。
「隠棲されたからと言っても、院は院。上皇としての重みは変わらないさ」
 柏木さまはそうおっしゃいました。
「源氏の君が今日の繁栄を掴んだのも、亡き桐壺帝から冷泉帝の後見役を仰せつかったのが始まりだ」
「ええ、まあ……」
 東宮の後見となれば、その権限は図り知れません。
 大事な皇子さまの乳母、教育係から遊び相手の殿上童
(てんじょうわらわ)にいたるまで、すべて自分の身内で固めます。これだって、ただ働きじゃありません。そのほとんどが東宮職(とうぐうしき)というお役所のお役人なのです。役所の経費を賄うために荘園が用意されますし、そこからお手当だっていただけます。
 つねに東宮さまのおそばに侍るため、後宮に局もたまわります。東宮はたいがい後宮でもっとも東の  においでのため、後見役はそのそばの梨壺に住むのが通例ですわね。まあ、局をいただいたらいただいたで、今度はその調度やら衣装の支度やらで、かなり出費がかさんでしまうみたいですけれど。それくらいの出費を惜しがるような小者には、東宮の後見なんて到底つとまりませんし。
 いずれその皇子が帝にお立ちになった時、その忠誠は廟堂の高位高官となって報われるのです。帝の側近として、栄耀栄華は思いのまま。藤原ご一門の繁栄も、この方法で築かれたのでした。
 後見に選ばれるのは、やはり皇子と血縁のある有力者です。祖父とか伯父とか。源氏の君だって、冷泉帝の異母兄君です。
 だからこそどこの家でも、娘を帝の後宮へさしあげ、その腹に生まれた皇子を何としても東宮に、やがては帝の地位につけようとするのです。東宮が自分の血縁で、帝が自分と無縁の方ならば、陰になり日向になり譲位を迫って帝を圧迫するのも、珍しくはありません。ええ、朱雀院さまだって、源氏の君のご威勢に押し出されるように退位されてしまわれましたもの。
「今の東宮さまには、はっきり定まった後見役はおられない」
 柏木さまはそうおっしゃいました。
 そりゃそうです。東宮さまの後宮は事実上、明石女御が独り占めなさってます。
 源氏の君がその女御さまのお父上として、後ろにどんと控えてらっしゃいますのに、なんでわざわざ別に後見役をお定めになる必要があるでしょう。
「もし俺にもう一人妹がいたら、父上はその娘を何がなんでも東宮の後宮に押し込んで、源氏の君と、東宮の後見の地位を争っていただろうな。いや実際、父上は雲居雁を東宮にさしあげるつもりだったんだ。なのにあいつ、さっさと夕霧と通じて、傷ものにされちまいやがって……」
 そんな言い方は、妹君に対してあんまりでしょ、とは思いましたが。だってそののち、雲居雁姫は初恋の夕霧中納言とお幸せな結婚をなさったんですもの。
「だがここで、俺が女三の宮の婿になったら、どうなる? 父と妹とのつながりで、東宮をこっちの陣営に抱え込むことだって、できるかもしれない。姫宮を通じて父院を動かし、東宮の後見に俺の父や、あるいはこの俺を指名させることだって、できたかもしれないんだ」
「まさか……そんな――」
「可能性は低い。だが、あり得ない話じゃない。だから源氏の君は、身体を張って太政大臣家への降嫁を防いだんだ。息子の夕霧じゃ、俺と張り合って負けるかもしれない。だが源氏の君ご本人なら、財力でも内裏の地位でも、誰にも負けない。蛍兵部卿宮にも藤大納言にも、勝ち目はない」
 ……なんてことでしょう。
 姫さまの降嫁に、そんな思惑や政治の駆け引きが絡んでいたなんて。
 わたしは息をのみ、そしてありったけの気力を振り絞って、申し上げました。
「そこまでおわかりでしたら、柏木さま、後生です。紗沙さまのことは、どうぞお忘れくださいまし」
 わたしはもう、涙声でした。
 だって、しょうがないじゃありませんか。
 源氏の君がそこまで策謀をめぐらせて紗沙さまの降嫁を望んだのなら、この結婚を破綻させることは絶対にお許しにならないはず。外部の者に対しても、紗沙さまご本人に対しても。
 紗沙さまのお気を迷わせないことが、すなわち紗沙さまの安全を守り抜くことになると、わたしは思ったのです。
「何を言う、小侍従!」
 柏木さまは怒鳴りました。
「お前はあのひとを可哀想だとは思わないのか!? 政争の道具にされて、挙げ句の果てに、六条院の奥深くに、まるで人形みたいに放っておかれて……!!」
「お可哀想ですわよ! そう思わないはずがありまして!? 紗沙さまには、誰よりもお幸せになっていただきたいと、ずっとずっと願っておりましたわ!」
 だって紗沙さまは、わたしの可愛い妹ですもの。ええ、ずっとそう思ってまいりましたとも。
 でも……でも、柏木さまと不義の恋に落ちることが、どうして紗沙さまのお幸せにつながるでしょう。
「この手紙を、あのひとに渡してくれ」
 柏木さまは、わたしの手に強く強く結び文を押しつけられました。
「い、いいえ、いけません。柏木さま、どうか――!」
「あのひとも、待っている」
「え……」
「あのひともこの手紙を待っているはずだ」
 柏木さまはそう、はっきりと断言されました。
 低く抑えた、けれどけして揺るがぬ語気に、その強い眼の光に、私は飲み込まれてしまいました。
 その時、わたしはまだ知らなかったのです。あの桜の下での蹴鞠のことを。
 お二人がすでに、そうやって誰にも気づかれず、お会いになっていたことを。
 男と女が互いの顔をはっきりと見て、目と目を見交わすこと。それは、高貴な姫君は一生のほとんどを御簾の奥深くに隠れてお暮らしになる貴族社会において、もはや恋愛関係が成立してしまったも同然のことなのです。
 少なくとも柏木さまのお心の中では、そうだったでしょう。だからこそこんなにも強く、わたしに手紙を渡すようおっしゃったのです。
「救い出したい、あのひとを。あのひとも、それを待っておられるんだ」
「待って……おられる? 紗沙さまが……?」
 柏木さまは黙って、けれどはっきりとうなずかれました。その眼には、微塵の迷いも浮かんではおりませんでした。
 ……姫さまがお待ちなら。
 紗沙さまが本当に、この手紙を待ち望んでおられるのなら。
 わたしは、自分にそう言い聞かせました。
 もしも本当に、これが紗沙さまのお望みであるのなら。
 まるで経文のようにそう繰り返し、わたしはとうとう、柏木さまのお文をお預かりしてしまったのでした。







 そう、わたくしは待っていた。
 柏木からの文を。
 やっと見つけた、と、声なき声でささやいた、柏木のあの輝く瞳の謎を、柏木本人が解き明かしに来てくれるのを。
 あの蹴鞠の宴から、十日あまり。
 このところ、源氏の君はわたくしのところに顔を見せていない。
 体調を崩した紫の上は、ざわざわと人が多くて落ち着かない六条院よりも、彼女が十歳のころから育った二条の邸のほうが気が休まると、療養のためにそっちへ移った。
 そして源氏の君も彼女に付き添い、二条の邸へ行ったきりになったのだ。
 彼につき従って、大勢の女房や使用人たちも二条の邸へ行ってしまった。六条院は急に人少なく、がらんとした印象になってしまった。
 女房たちはわたくしを忘れ去ったような源氏の君にずいぶん文句を言っていたけれど、わたくしは別に気にもとめなかった。
 むしろ、源氏の君がいないほうがせいせいする。彼が六条院にいる間は、たとえ姿は見えなくても、つねに彼の目に見張られているような気がしたから。
 わたくしの監視役の女房たちも、報告すべき主人がいないせいか、監視の目が甘い。かなり気を抜いて、なかには恋人と逢うためにさっさと休暇を取って自宅へ戻ってしまった者もいる。
 どうやら、小侍従がうまく言いくるめて、一人、また一人と監視役を追い払っているらしい。
 そして源氏の君がいなければ、わたくしは心のままに、何度でも柏木の手紙を読み返すことができる。
 手紙には、柏木の激情がありのままにつづられていた。





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