「ついでに、お姫さんに書の手ほどきでもしてさしあげまひょか。一本の筆を二人で持って、いやここはこう、え、こうですか、イヤもうちょっと……なんてうちに、手と手が重なり、目と目で見つめ合い――」
「き、きさまっ! なにを考えておる!」
「これぞ旅の醍醐味、一夜限りの恋の花でんがな。貴人が田舎に出向いてあっちゃこっちゃの畑にタネばらまいてくんのは、業平公以来の伝統だっせ」
「なにが貴人だ、このエセ連歌師が!」
「あっ! あたたたっ、なにしますのや、暴力反対! お釈迦さまに言いつけまっせ!!」
 ――城の風評も情報管理も、かまうものか!この色餓鬼、今すぐ叩き出してやる!
 その時。
「きゃあああッ!!」
 高い悲鳴が響いた。
「な、なんや!? 今の、お姫さんの声やないのんか!?」
 宗顕が叫ぶより早く、了海は走りだしていた。
 裸足のまま中庭へ飛び降り、庭を突っ切って奥の間へ向かう。
 その先は由布の寝所だ。普段は男子禁制で、了海も立ち入ることを控えている。
 だが今は、迷わずふすまを引き開けた。
「いかがなされましたか、姫御前!?」
 簡素な板張りの部屋は、もともと由布の母・お美伊御寮人が使っていたものだ。篤保の散財によってめぼしい調度品はみな売り払われてしまったが、それでも小さな円窓や明かり採りの障子などに、女性らしいこまやかな感性が偲ばれる。
 その片隅に、由布がふるえながら立っていた。
 つま先立ちになり、背中をぴったりと壁の柱に押しつけている。着ているのは、白いうすっぺらな夜着一枚きりだ。
「き、来てくれたのですね、御坊……!」
 今にも泣きそうな声で、由布は言った。
「そ、そこ……。そこに――」
 かたかた震える指で指し示した先には。
 質素な夜具の上に、長い蛇がとぐろを巻き、大きく鎌首をもたげていた。
「な……ッ!?」
 ちろちろと揺れる赤い舌、鋭い牙。頭の形は尖って、三角形になっている。
 ……蝮
(まむし)だ!
 もうそろそろ冬眠に入る時期だというのに、なぜこんなところに猛毒の蛇がいるのだ。
 蝮はしゃーッ、しゃーッと猛々しい威嚇音を履きながら、由布を見据えている。今にも襲いかからんばかりだ。
「た、助けて、御坊……!」
「動いてはなりません、姫!」
 了海は低い声で、由布を制した。
 視線は蛇から逸らさないまま、後ろに立つ人間に手を出して合図する。
「短槍を持ってこい」
「へい!」
 小さく応えたのは、八郎太の声だ。
 たたたッと軽い足音が響き、そしてすぐに、後ろへ差し出した了海の手に、堅い槍の柄が握らされた。
 長さ三尺あまりの短い槍を、了海は低く構えた。
「御坊……」
「お声をたててはなりません。もう少しの辛抱です、そのままじっとして」
 じり、じり、と了海は爪先を進めた。
 音をたてないよう息を殺して、後ろから蝮に近づいていく。
 由布はきゅっと目をつむり、ふるえる両手を胸の前でしっかりと握り締めて、必死に動くまいとしている。
 了海は息を殺し、後ろから蛇に近づいていった。
 あと一間。あと少し、あと一歩。
 そのまま動くな。じっとしていろ……!
 あとわずかで、槍の穂先が届く。
 そう思った瞬間。
「ご城代!」
 誰かが大声で叫んだ。
 その声に、蝮が反応した。
 しゃアアッ!とすさまじい威嚇音をあげ、裂けるほど口を大きく開けて、了海に飛びかかる。
「うおッ!?」
 了海はとっさに槍を振るった。
 穂先に蛇をひっかけ、横になぎ払う。
 ――きしゃあああッ!
 蝮は槍の柄に巻き付き、そのまま鎌首を伸ばして了海に食らいつこうとする。
「御坊!」
「ご城代!」
 短く鋭い悲鳴が交錯した。
「このおおッ!!」
 了海は槍を振り上げ。一回転させた。
 穂先を下に、蛇ごと、渾身の力で床に突き立てる。
 鋭い穂先は蝮の胴体をつらぬき、薄い布団を突き抜けて、床板にまで食い込んだ。
 鮮血が飛び散り、由布が顔をそむける。
 八郎太が飛び出し、まだもがき続ける蝮の頭を、小刀で突き刺す。
「気をつけろ、八郎太」
「へい。もう大丈夫です、ご陣代」
 白い布団に、じわじわと血の染みが広がっていく。蝮はしばらく、びくっびくっと小さく痙攣していたが、やがてその動きも止まった。
 了海は槍を引き抜いた。生臭い臭いが立ち込めた。
 すかさず、八郎太が蛇の死骸に掛け布団をかぶせた。布団ごと丸めてさっさと運び出す。
「さわ。姫御前を別の部屋にお連れもうせ」
「かしこまりました」
 さわは、まだ真っ青になって声もない由布に近づき、そのまま抱きかかえるようにして外へ連れ出そうとした。
「でも、どうしてこんな……。蛇など、もう出てくる時期ではないのに――」
「……何かの祟りじゃないでしょうか」
 さわの独り言のような言葉に、部屋の外からぽつりと小さな声が応えた。
「なんだと?」
 了海は振り返った。
「いえ、ただちょっと、そんな気が――」
 ためらいがちに言い出したのは、泰頼だった。
「篤保さまがお亡くなりになられたのも、ヤマガカシが原因でした。なんだか、あまりにも蛇による災難が続いているような気がして……」
「なにを馬鹿な」
 泰頼の言葉を、了海は鼻先で笑い飛ばそうとした。
 が、ほかの者たちはみな息を呑み、驚愕の表情を浮かべていた。
「おまえ等……!」
 廊下や中庭に集まっていた下女や小作人たちは、ぼそぼそとささやきあい始めた。
「いや、そうかも知れねえ。刈り入れも終わったこんな時期に、蛇が出ること自体、ありえねえ。まして蝮だぞ。そんなもんが、なんで家ん中に出るだよ」
「ああ。こいつぁたしかにふつうじゃねえ。安原の殿さまが、昔、なんか蛇に悪さでもしたんでねえのか」
「隆景さまが、まさか……」
 小声でつぶやくように言ったのは、さわだった。
「ああ、でも――篤保さまなら、もしかしたらそんな真似をなさっていたかも……」
 そのつぶやきに、集まった者たちはそうだそうだとばかりに大きくうなずいた。
「やっぱりそうか。このお館が祟られてんのは、あのろくでなしのせいか!」
「蛇を殺すと七代祟るっちうしなあ」
「いやだ。じゃあもしかして、今の姫さまも……!」
 ――由布姫が祟られているだと!?
 なにを馬鹿なと怒鳴りつけようとして、了海はいったん言葉を呑み込んだ。
 民はみな、このように迷信深いものだ。
 いや、農民たちだけではない。名だたる武将も戦の日取りを占いで決めたり、敵将を調伏する呪いを真剣にやっていたりする。そうでなければ、双子で生まれた由布が畜生腹とさげすまれ、両親から引き離されて育つこともなかったのだ。
 天変地異や疫病など、人の力ではどうにもならないことで次々に命が奪われていく中では、人は人ならざる大いなる力を信じざるを得ない。祟りなどこの世にあるものかと断言することは、誰にもできない。
「どうしたらええ。祟られた城に、勝ち戦などあり得ねえ……」
「お蛇さまの祟りが、おれ等にまで降りかかってきたら――」
 勇猛な兵からすがるもののない心細い農民たちに戻ってしまった人々は、背中を丸め、視線を落として、不安げに話し合うばかりだ。
 そのざわめきはしだいに高く、興奮気味になってくる。
「どうする。お祓いか? 誰に頼む」
「旅の巫女さまや拝み屋さまなぞ、そう都合良く通りかかるものかね」
「じゃあ、いってぇどうする。このまま祟りが続くのか!?」
 ……そうか。これを狙ったな。
 この蝮騒ぎは、由布姫の命を狙ったわけではない。いや、これで那原の姫御前が死んでくれればそれにこしたことはないが、たとえ姫が無傷でも、那原の民に嫌な印象を植え付けることができる。
 いわく、那原は祟られている。安原家には、呪いがかけられている。
 金も武力も底をついている安原家、此花館にとっては、民の信頼と結束だけが頼りなのだ。だがこの祟り話でその信頼が失われてしまったら。
 怯える足軽たちを無理に戦場へ追い立てても、敵に立ち向かう力は出てこない。もはや戦にもならないだろう。
 ――さて、どうする。
 祟りなどない、うろたえるなと怒鳴りつけても、人々の心を奮い立たせることなどできない。恐怖で恐怖は払えない。
 一瞬考え込み、やがて了海はちらっと八郎太を見た。
 かすかに目配せをして、八郎太に待てと伝える。
「へっ? なにかご用で……」
 汚れた布団を抱えたまま、八郎太は了海のそばへ戻ってこようとした。
 ――馬鹿、違う! そこでいい。そこに立ったままでやれ!
 了海は眉根を寄せ、誰にも気づかれないよう小さく八郎太に合図をする。指先で由布姫を示し、ふたたび視線で民衆を示す。
 それだけで、八郎太はすぐにすべてを察した。
 あっそうかという表情を見せ、大きくうなずく。そして、急に大声を張り上げた。
「なにを騒いでんだ、みんな! 怖がることなんかねえぞ!」
 民の目が、八郎太に集まる。
「え……」
「だ、だってよ、八郎太……」
「このお館が祟られるなんて、ンなこと、あるわけねえだろう。だってよ、先の殿様の優しかったことを思い出してみろよ。隆景さまはほんとに、生き仏みてえな立派なお屋形さまだった。そんなお方のお血筋がなにかに祟られてるなんて、あるもんけぇ!」
 八郎太はお気楽そうに、明るく言った。いささか大袈裟な身振り手振りだが、それがまわりの人々の注目をさらに集めている。
「うん、まあ……」
「それにご嫡男の柾景さまも、そりゃあ水も滴るような若武者ぶりじゃった……」
「そうだろ、そうだろ? 大丈夫。このお館は、隆景さま柾景さまが守ってくださってんだ!」
 ――よし、上手いぞ、八郎太!
「それによぅ、万が一この蛇公が誰かの呪いだったとしてもだぞ。心配はいらねえ。ここにゃあ、こんな立派なお坊さまがいてくださんだぜ!」
「……は?」
 八郎太はひときわ大きく手を振り上げ、了海を示した。
「ご陣代は都のお寺で、そりゃあ厳しい修行を積まれてきた、徳の高ぁい立派なお坊さまだ! どんな祟りも呪いも、一発で調伏してくださらあ!」
 ――ばか! 俺じゃない、姫だ! 那原にはこんなに美しい天女がいるから心配はいらんと、そう叫べと言ったんだ!
「ああ、そうですね。御坊がいてくださいますもの」
 由布も心底ほっとしたように、笑みを見せた。
「武家の娘として、恥ずかしいところをお見せするところでした。わたくしももう、無闇に怯えたりはいたしませぬ」
 可憐な姫にすがられるように見上げられると、了海はもう否とは言えなくなってしまった。
「はい、ご心配はござりませぬ」
 ――こうなりゃもう、やけくそだ。
「これより愚僧が夜通し護摩を焚き、いかなる怨霊悪霊をも調伏してくれましょう」
 庭に集まる民たちのあいだからも、わっと小さく歓声があがる。
「みなも心配はいらぬぞ。怨敵間部玄蕃がどれほどの邪法、呪術をもちいてきても、そのような邪念はすべて愚僧が打ち砕いてくれる!」
 拳をふりあげた了海に応え、民たちもまた、おおッ!と力強く声をあげた。
 まだ半信半疑の表情ながらも、互いに目を見交わし、励ますようにうなずき合う。
「やっぱりそうか。ありゃ、間部の悪殿
(わるとの)が仕掛けてきてたのか!」
 大袈裟に聞こえてきた声は、どうやら鶴――又ヱ門のようだ。うまく民をあおってくれている。
「おお、きっとそうだ。間部玄蕃は、戦のためなら何でもしやがる卑怯者だっちうからなあ。蛇でもネズミでも、使うだろうよ」
「負けてられねえなあ、そんなモグラ野郎には!」
 彼らの表情がようやく明るくなってくる。
 が、反対に了海は、内心ひどく憂鬱だった。
 ……護摩壇の作り方、思い出せるかな、俺……。
 同時に、頭の隅で警戒を強めてもいる。
 由布姫の寝所に蛇を持ち込むことができるのは、この館の内部に詳しい人間だ。
 内通者がいるのだ。この中に、そ知らぬ顔をして味方を裏切り、桑島の手先となっている者がいる。
 だがそのことを、今ここで言うわけにはいかない。自分たちの中に裏切り者がいると知れば、民は互いに疑心暗鬼に陥り、那原は内部から崩壊するだろう。
 このことはまだ、自分の胸だけに秘めておくしかない。
 その様子を、宗顕は少し離れたところから、にやにや笑いながら眺めていた。



 翌日、朝早く、宗顕は此花館を立ち去った。
「もうお発ちですの、宗匠さま。まだ何のおもてなしもしておりませんのに」
「い、いや、もう充分です。たっぷり、もてなしていただきました。ありがとうさんどした」
 宗顕はくしゃんッと大きくくしゃみをした。
「お風邪ですか? だったらあまり無理をなさらず、良くおなりになるまで、ここでご養生なさったほうが……」
 気遣う由布の言葉に、宗顕はいささかぎこちなく笑みを浮かべただけだった。
 ――この館にいたらよけい悪くなります、とはさすがに言えないだろう。
 そう思う了海も、目が真っ赤だ。間に合わせの祭壇の前で一晩中、経文を唱えていたのだ。もうもうと立ち込める香の中、徹夜で声を張り上げるのは、さすがにキツかった。喉も痛いし、頭もずきずきと鈍く痛む。だが、領民の不安を払拭するためには、できることはなんでもやらねばならない。
「それでは宗匠さま、お気をつけて。どうぞまた、此花館にお立ち寄り下さいませ」
「はい。そのうちに必ず、こちらで連歌の会をやらせてもらいます。その時まで、どうぞお姫さんもご機嫌よろしゅう」
 立ち去る間際、宗顕はそっと了海に耳打ちした。
「玄蕃は、堺の商人を通じて、大陸から硝石を買い込んでるで」
「な……っ」
 硝石は、硫黄、黒炭の粉末と一定の比率で混合することで、黒色火薬になる。
 鉄砲が日本の戦を劇的に変えるのは戦国時代も末期のことだが、それ以前から、黒色火薬の技術は中国から日本に入ってきており、焙烙火矢
(ほうろくひや)と呼ばれる原始的な手榴弾も開発、使用されていた。この焙烙火矢の原型になったのは、元寇のおり蒙古軍が使用したものであったという。
 ただしこの時代、硝石は日本国内ではまだ生産できなかった。そのほとんどは、大陸などから輸入するしかなかった。
「なぜ、その情報を私に教える」
「そら……、ここのお姫さんに、紫の物語を買うてもらいたいからや。ほかの、いろはのいぃもわからへんような猪武者には、売りたない。ただそれだけや」
「ふん――」
 信じる信じないはあんたの勝手や、と宗顕はにやっと笑ってみせた。
 飄々と道の向こうへ歩いていく連歌師の後ろ姿を、了海は黙って見送った。
 それから三日後。
 宗顕はふたたび此花館を訪れた。
 今度は春川と那原の交渉の正式な仲介者として、春川の重臣をともなっての訪問だった。
「身共
(みども)は、主君鳥飼輝正よりこたびの和議に関する全権を任されておる。身共の申すことはすなわち、春川領主鳥飼輝正の申すこととお心得めされよ」
 額に深いしわを刻み、日焼けして赤銅色の肌をした老臣は、低くしわがれた声で言った。
 その声はけして大きくはないが、聞く者を震え上がらせるような底知れぬ迫力に満ちている。いかにも歴戦の勇士、一筋縄ではいかない相手だ。
 こちらも、腹を据えてかからねば。了海はひとつ、大きく息を吸った。
 姫御前や城代家老への表敬訪問が終わると、老臣に付き従ってきた武士たちを隣室に待機させ、こちらも了海一人が広間に残って老臣と対峙する。見届けるのは仲介者の宗顕だけだった。
 春川の老臣は和平の使者であると同時に、那原の現状をつぶさに見届けに来た、斥候だ。
 那原は、鬼と呼ばれる陣代は、本当に交渉に値する相手か。禍根を残さぬために、今の内に踏みつぶしてしまったほうが良くはないのか。
 そして那原の民は、なにを望んでいるのか。鬼の陣代を殺したあと、隣国の領主を自分たちを救ってくれた英雄として迎えてくれるか、それとも大事な恩人を殺した憎い仇と、恨むのか。すべてをこの会見で判断するのだ。
 わずかでも隙を見せれば、和議などすぐに立ち消えになってしまう。春川は、この戦の最中か、終わったあとか、満身創痍の那原の背後から、喜々として食らいついてくるだろう。
 そのために了海は、心優しい由布姫やお人好しの城代家老をこの場に立ち会わせず、一対一でこの老臣と対峙することにしたのだ。
 こんな時は、悪人でなければならない。面の皮が分厚くて、どんな嘘八百でも平然と並べられる極悪人でなければならないのだ。
「勝算は、ござるかな?」
 老臣はいきなり、核心に切り込んでくる。
「我らの物見によれば、桑島の兵は意気盛ん。くわえて大将間部玄蕃は、戦に勝つためならどんな非道をもいとわぬ猛々しい男。彼らを相手に、ご陣代には必勝の秘策でもお持ちですかな?」
「さて、なんとも」
 眉ひとつ動かさず、了海は答えた。
「勝負は時の運。戦は、始めてみなければわからぬ」
「いかにも。ご陣代は仏門のお方ゆえ、み仏の加護もござりましょうな」
「天は自ら助くる者を助く、と申しますゆえ」
 この禅問答のようなやりとりを、仲介者である宗顕も、黙って聞いている。
 了海が禅僧であるため、春川は那原に宗教による結束が生まれることを警戒しているらしい。一向一揆の例を見るまでもなく、宗教がもたらす昂奮と一体感は、時として民衆にすさまじい力を与える。
 また、一国の指導者が宗教的な熱狂にとりつかれていたら、民も一時はその熱に染まり、引きずられていても、そんな国は遠からず瓦解する。幻想はしょせん幻想にすぎず、現実の刀や槍には勝てないからだ。
 ――だが俺は、そのどちらでもない。
 了海の頭にあるのはただ、那原を、故郷を守りたいという気持ちだけだ。
 この豊かな大地を侵略者どもに奪われたくない。ここに暮らす人々、大切な仲間たちを守りたい。それは、今この館に集う者全員に共通する願いだ。
 蝮騒動を見るまでもなく、一枚岩とは言いがたい那原だ。だがその願いだけが、由布姫、城代家老から、足軽や小作人、下働きのひとりひとりにいたるまでを、ひとつに結びつけるのだ。
 了海が願うこの理想が、本当に那原のすみずみにまで行き届いているのかは、わからない。だが、今はそうであると、那原はひとつに団結している、付け入る隙などどこにもないと、春川の老臣に信じさせなければならない。
 了海の肩に、ぎりぎりと重たい岩のような責任がのしかかる。
 負けてなるか。了海は腹の底で自分に言い聞かせた。





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