「姫。こういう時は、楽しいことばかり考えましょうぞ」
 優しく、小さな子供をあやすように、城代が言った。
「爺は今、これから先の楽しみばかり、考えておりまする。姫さまが佳き伴侶にめぐりあわれ、神仏のお恵みで可愛い和子を授かりましたならば、この爺が和子を背中に乗っけて、おんまさんごっこをしてさしあげましょう」
「まあ、爺……」
「はい。爺は今、それだけを楽しみに生きておりますぞ」
 そのほかのことなどまったく頭にないとでも言いたげな、至極太平楽な顔をして、城代はにこにこと笑う。
 その笑顔に、由布もつられて半分泣き笑いの顔になった。
「女の子なら、どうしますか?」
「なんの、女性にも馬術は肝要ですぞ。お稽古は早いうちから始めたがよろしい」
 その時、
「伝令、伝令ーっ!」
 泥だらけの顔をして、母衣(ほろ・矢を避けるための布製の防具)を背負った徒武者
(かちむしゃ)が、奥の丸に駆け込んできた。
「お味方、大勝利! 敵将、間部玄蕃、討ち死に! 首級
(しゅきゅう)をあげましたるは、足軽一の隊、杉名の八郎太にござりまするっ!」
「おおっ! でかしたぞ、八郎太!」
 歓声が上がった。
 一の報せが駆け去ると、続いて二の伝令、三の伝令と矢継ぎ早に飛び込んでくる。
 そのすべてが、那原の勝利を告げるものだった。
「敵陣は総崩れ、我が勢は早や、おい……おい、おい……追いはぎ?」
「追討(逃げる敵を追撃すること)であろう。少し落ち着け」
「すんません! わがぜーは、はや、おいうちにかかっております!」
 顔中ニキビだらけの若い足軽は、この戦のために領内から駆けつけてきた農民の若者だろう。侍言葉がまだ板に付かないらしい。横から城代家老に叱られても、けろっとして笑ってごまかしてしまう。
「みなは無事ですか!? 御坊は――」
「死んだ者は、そんなに多くねえと思います。ただ、まだはっきりと数えられる状況じゃねえんで」
「討ち死にしたる者、まだ数はさだかではございません、じゃ! まったく、姫御前に向かってなんちゅう口のききようじゃ!」
「へいへい。ほんで、ご陣代も無事です! 今は一の櫓にお立ちですぜ」
 由布は大きく息を飲んだ。
 ……無事だった!
「よろしゅうございましたな、姫さま」
「はい。みなもありがとう……!」
 乙名衆の顔にも、一斉に安堵の色が広がっている。彼らもまた、息子や婿、孫たちを戦場へ送り出しているのだ。
「それから、ご陣代から城代家老さまへご伝言があります」
「なに、儂にとな。ほう、あやつめ。姫さまだけではなく、儂のことも気遣ってくれるか」
 まるで子供や孫から便りをもらったかのように、城代は嬉しそうに言った。
「へい。――いい歳をして、これから手柄をあげようなどとは考えるな。年寄りには年寄りの役目があるのだから、今は大人しく布団をかぶって待っていろ、ですと」
「な、なんじゃとっ!? なんちゅうことを言いよるんじゃ!」
「だだから、おれが言ってんじゃねえですってば! ご陣代の伝言ですよ!」
「ねえ、爺や。それは、危ないから無理をしないでほしい、という意味ではない? 戦働きは自分たちに任せて、爺には戦が終わったあとに、城代家老として存分に働いてほしいと……。御坊は言葉つきがきついから、つい、そんな言い方になってしまうのだわ」
 由布は懸命に了海を弁護した。
「わかっております。ですが、もうちっと言い方というものがあるでしょう。あやつはまったく、坊主のくせにどうしてこうもつっけんどんなんじゃ!」
「今はきっと、戦で気が立っているのよ」
 城代が了海に文句をつけるのも、戦が勝利に終わり、そして彼が無事であるとわかったからだ。
 今は、悪口雑言だろうが大げんかだろうが、何だってうれしい。
「伝令、ご苦労でした。まだ走れるのなら、ほかの倉や曲輪にも、同じことを報せてください」
「承知つ、つ……つかまつりましたっ!」
 昂奮と喜びに顔を紅潮させ、伝令は奥の丸を飛び出した。
 外の様子が知りたい。無事ならば、みなの顔を自分の眼で確かめたい。しきたりどおり床机(しょうぎ・折り畳み椅子)に腰かけながら、由布は焦る自分を必死で抑えつけようとした。
 総大将が軽々しく戦の本陣を動くわけにはいかない。みなが無事だという報告を、信じるしかないのだ。
「姫」
「わかっています、爺。大丈夫」
「姫さま、私どもが見てまいりましょう」
 乙名衆のひとりが、立ち上がった。
「なに、戦の趨勢
(すうせい)はもはや決した様子。年寄りがのこのこ歩いていっても、さほど危険はありますまい」
「行ってくれますか」
 感謝を込めて、由布はうなずいた。
「ひとりでは危険です。誰か、ほかの人も一緒に――」
「では私が参ります」
「ついでに、戦勝祝いの支度を台所に言いつけてまいりましょう」
 乙名たちが立ち上がり、まるで茶飲み話でもしているかのようなのんびりした顔で、外へ出ていく。
 室内に残ったのは、由布と城代だけになった。
 それまで見えない火花が飛び散るように張りつめきっていた奥の丸の空気が、一気にやわらぎ、ほころんでいった。
 由布はもう一度、身体中の空気をすべて吐き出すように、大きな吐息をついた。
「この戦は……もう、終わりますね」
「はい。さようでござりまする」
 やがてまた、甲冑に身を固めた者の足音が勢い良く近づいてきた。
「おお、また勝利の報せじゃ! 了海め、こうしてこまめに報せをよこすとは、なかなかに律儀ではないか」
 だが、姿を見せたのは伝令の徒武者ではなかった。
「まあ、泰頼……!」
 みなと同じく泥にまみれ、闘いの様子をなまなましくその身体に刻みつけた泰頼は、由布の前に折り目正しく片膝をつき、深々と一礼をした。
「報せは届いておりましたようですね。姫さまの晴れやかなるお顔を拝し、この泰頼もようやく安堵いたしました」
「はい。そなたもよく頑張ってくれましたね。ほかのみなはどうしていますか?」
「無事でございます」
 泰頼は優しい笑顔でうなずいた。
 さきほどの伝令の言葉を疑うわけではないが、それでも戦場から戻ってきた者には全員に、みなの安否をたしかめてしまう。「無事です」の一言を、何度でも何度でも聞きたいのだ。
「姫さま。ご陣代がお待ちです」
「え?」
「一の櫓にて、ご陣代が待っておられます。姫さまに、この大勝利の様子をつぶさにお見せしたいと」
「まあ……」
 由布は床机から立ち上がった。
 泰頼が差し出した右手に、自分の手を預けようとする。
 そして、ふと気づいた。
 ――御坊が本当に、わたくしを呼ぶかしら?
 昔なつかし大鎧に身を固めている城代家老にさえ、危ないから来るなと念押しの伝言を届ける了海が、武器もろくに扱えない由布を、櫓の上に呼ぶだろうか。
「泰頼。そなた本当に、御坊の言いつけでここへ参ったのですか?」
 他意のない問いかけであったのだが。
 その瞬間、泰頼の表情が変わった。
 両眼が据わり、上品でにこやかな笑みがかき消える。
 そして、その手が鞭のように伸び、由布の手を掴んだ。
「きゃっ!?」
 絡みついた手が、強引に由布の身体を引き寄せる。
 由布は引きずられるように、泰頼のほうへ倒れ込んだ。
「泰頼、何をする!?」
「うるさいよ、爺さん」
 駆け寄る城代を、泰頼は空いた左手で乱暴に払いのけた。
 がしゃがしゃッ!と耳障りな音をたて、城代は床に倒れ込む。
「き、きさま、なにを考えておる。――お、お鈴っ!」
「その名で俺を呼ぶなッ!!」
 甲高く裏返る声で、泰頼が叫んだ。
「てめえも、あの因業野郎と同じか、じじいッ!!」
 鎧の重みでまだ立ち上がれずにいる城代をにらむその目には、あきらかに常軌を逸した光があった。
「あ、あなたはいったい……」
「そやつは、篤保どのの寵童
(ちょうどう)のひとりです」
 呻くように、城代が言った。
「通常、武家の小姓は、武勇を以て常に主君の身辺をお守りするのが最大の勤め、寝間でのご奉公はその一端にすぎませぬ。ですが篤保どのは、お気に入りの寵童はご自分のそばから離そうとなさらず、御殿(この場合は領主の居住空間の意)に閉じこめ同然にしておられました……。それゆえ、儂もこの者に見覚えはあったものの、すぐに誰だか思い出せなかったのでござります」
「お鈴という名は、あの男が俺につけた名だ。あいつ、頭がおかしかったんだ。男に女の名をつけて、女のなりをさせるのが大好きだったんだよ。俺のほかにも、お菊、お百合、山吹、芙蓉……みんな、花の名前で呼ばれてたっけなあ。俺のは、鈴蘭の鈴、だよ」
 泰頼の声は妙に上擦り、どこか調子外れの唄のようだった。言葉遣いもそれまでの慇懃
(いんぎん)な武家言葉から、まるで小さな子供みたいになっている。
「さあ、いっしょに来てもらおうか、お姫さま」
 泰頼は無理やり由布の身体を引きずって、歩き出そうとした。
「は、離しなさい!」
「なにをするか、お鈴! 篤保さまの仇を討つならば、姫さまに向かうは筋違いじゃ!」
「敵討ちぃ?」
 じろっと城代を見据え、それから泰頼は高く笑い出した。まるでどこか壊れているかのような笑い方だ。
「おもしろいこと言ってくれるじゃないか、爺さん。俺があの男の仇討ち! あの外道の!」
「外道って……。あ、あなたは、篤保どのの臣下ではなかったのですか!?」
「道々話してやるよ、お姫さま。とにかく、俺と一緒に来るんだ。ここじゃ邪魔者が多くて、落ち着いて女も口説けないからな」
 泰頼は由布の身体を引き寄せ、左腕で抱え込んだ。
 堅い鎧に肩がぶつかり、由布は思わず小さく悲鳴をあげる。
「姫さまをどうするつもりじゃ! その手を離さんか!」
 城代が無様にもがきながらも懸命に、泰頼の足にしがみつこうとする。
「邪魔だよ、爺さん」
 その肩口を、泰頼は無慈悲に蹴り倒した。
「うるさいな。やっぱり殺しておいたほうがよさそうだ」
 眉ひとつ動かさず、泰頼は刀を抜いた。そして、まるで薪か雑草を切るように、何のためらいもなく、真下へ振り下ろす。
 ぐしゃりッと嫌な音がした。
 泰頼の切っ先は大仰な昔風の冑にあたり、刃の軌道がわずかにずれた。そのまま、城代の首の横から肩にかけてめり込む。
 血飛沫があがった。
「きゃあああッ!!」
「泣きわめいてるヒマはないよ、お姫さま。ほら、さっさとここを離れなきゃ」
 顔半分にべったりと血飛沫が飛んだその顔で、泰頼はにぃッと笑った。
「大丈夫。爺さん、まだ息がある」
 だけどね、と泰頼は血まみれの顔を由布に近づけた。
 血臭で息がつまりそうになる。
「ほんとに命根性の汚い爺さんだ。でもあんたが素直にならなけりゃ、せっかく残った爺さんの命も、すぐに消えちゃうことになるよ」
 そう言って泰頼がふところから掴みだしたのは、素焼きの碗をふたつ張り合わせた毬
(まり)のようなものだった。合わせ目は漆で塗り固められ、細く紐が垂れている。
「見たことないか? 焙烙火矢だ」
 泰頼はまるで歌うように言った。
「この中に、火薬の粉がぎっしり詰まってる。この火縄に火をつけてやれば、やがて火薬に引火して、どかん! この部屋くらいは、簡単に丸焼けにできる」
 くだらない悪さを自慢するような、泰頼の口調。表情もひどく子供じみて、まるで別人だ。その無邪気さが、彼のどこかが完全に壊れてしまったことを物語っている。
 深手を負った城代は、ここから逃げ出すことはおろか、立ち上がって人を呼ぶこともできない。焙烙火矢が使われたら、城代の命はない。
「いいところへ連れてってあげるよ。お姫さま。俺しか知らないところへさ」



 泰頼は由布の手を引き、奥の丸を出た。
 城内はまだひどく混乱し、人々が走り回っている。武士も足軽も農民も入り交じり、誰も周囲の人間に気を配っている余裕などない。血に汚れた甲冑の若武者と、小袖一枚の娘とが城の奥へと走っていっても、誰ひとりとして目を向ける者はいなかった。
 泰頼が向かったのは、本丸からやや下がったところにある小さな矢倉だった。武器をしまっておくための倉だが、お家騒動のころに破損してしまったらしく、この戦では使われていない。
 屋根は落ち、壁も崩れかけた倉の扉を、泰頼は喜々として開けた。
 なんでこんなところに、と思う。倉は使われていなくても、周囲は防御のための堀に囲まれ、城の外へ出ることはできない。こんなところに隠れても、自分から袋のネズミになるようなものだ。
「さ、入って」
 ためらっていると、乱暴に突き飛ばされた。
 由布は汚れた床の上に倒れ込んだ。
「そう。そうやって這いつくばると、見つかるだろう?」
「え?」
 泰頼が床の一点を指さした。
 埃まみれの床の上に、太く短い材木が一本置いてある。埃がうず高く積もり、一部の床板が折れたり捲れ上がったりしている中では、それは「そこにある」と示されなければ、簡単に気づくことはできないだろう。
 良く見ると、それはただの材木ではなかった。
 床板に、なぜか太い閂
(かんぬき)が渡してあるのだ。
「ほら、見てごらん」
 立つことも忘れた由布の目の前で、泰頼は閂を外し、その下にある小さな扉を開けた。
 そこには、真っ暗な竪穴がぽっかりと口を開けていた。
「な……。なに、これは――」
 人ひとりがらくらくと上り下りできるほどの直径の竪穴。城主の城には付き物だと言われている、秘密の抜け穴だ。
 まさか、こんな廃墟同然の壊れた倉に、そんなものが隠されていたなんて。
「さあ、降りよう」
 ごく当然のように、泰頼は言った。まるで由布を遊びに誘うみたいに。
 覗き込んでも、穴の中は真っ暗で、どのくらい深さがあるのかもわからない。どうやって降りるのかと思っていたら、穴の中に細い縄ばしごが垂れているのが見えた。
 縄ばしごと言っても、現代のような形ではない。一本の縄のところどころに大きな結び目をつくり、その玉状の部分に足の親指と人指し指をかけて、上り下りするのだ。
「ああ。やっぱりこれも用意してあった」
 倉の隅に放り出されていたがらくたの山を引っかき回し、泰頼は何かを取り出した。鉄で出来た手燭と、短いろうそくだ。この抜け穴を使って逃げ出す時のために、あらかじめ隠されていたものらしい。
「まったく、笑っちゃうな。こんなに準備していたのに、肝心要の抜け穴が未完成なんだから」
「え……?」
「そう。安心しなよ。この穴は、どこにもつながっちゃいない。予定では黒藤山の反対側に抜けるはずだったんだけどね。言い出した篤保が途中で飽きちゃって、ほんの少し掘り進めただけで、止めちゃったんだよ」
 かつての主君を、泰頼は平然と呼び捨てにした。
 ほら、早く、と由布の肩を乱暴に爪先で蹴る。具足で固めた足で蹴られ、骨が折れるかと思うほど痛かった。
 けれど由布は、懸命に唇を噛み、苦痛の声を押し殺した。
「ああ、もう、苛々するなあ。これだから女って嫌なんだ。どいつもこいつも、愚図ばっかりだ! さっさとしろよ! 別に、頭からこの穴に蹴り落としてやったっていいんだぞ!!」
 ――本気で、やるかもしれない。
 今の泰頼は、完全に尋常ではない。
 泰頼が差し出す頼りない手燭の光のもと、由布はおそるおそる竪穴に足を入れた。
 掴まった縄ばしごは、泣きたくなるほど頼りない。両手の力で必死にしがみつくけれど、手がすべり、そのままずるずると身体が落ちていく。
 けれど手を離せば、穴の底に真っ逆様だ。せめて縄にしがみつき、落下の速度を弛めるしかない。
 荒縄に手のひらが擦られ、あっという間に皮膚が剥ける。剥けるというより、手が縄に削り取られていく。縄にべったりと由布の血がついた。
「く、う……っ!」
 もうだめ、手が――と思った瞬間。
 爪先に冷たい土の感触があたった。
 由布はどさっと土の上に尻餅をついた。
 その横に、身軽に泰頼が飛び降りてくる。
「ほら、見てごらん。こっちに道がつながってる」
 手燭をかざしたほうには、たしかに、人が立って歩けるほどの横穴がのびていた。
「と言っても、一〇間(約一八m)もいかないうちに行き止まりになっちまうんだけどさ」
 泰頼はふたたび由布の手を掴み、横穴の奥に向かって歩き出した。
「暗くて汚くて、こんなところが初夜の新床じゃあ残念だろうけど、まあ、我慢してよ」
「え……!?」
 由布は一瞬、泰頼の言葉の意味が理解できなかった。
「し、初夜って……」
「俺とあんたの新床だよ」
 ふりかえり、泰頼はにいいっと笑った。
「だって、それが一番簡単じゃないか。あんたは那原の女領主だ。その婿になれば、戦もなにもせずに、那原が手に入る」
 泰頼は力任せに由布の腕をひっぱり、その身体を引き寄せた。
 熱く生臭い息がかかる。由布は思わず顔をそむけた。
「そうだよ。それが一番いい。あの腐れ外道に尻を貸して、殴られたり蹴られたりしていても、もらえるものはせいぜいちっぽけな砦がひとつきりだ。だけどあんたと似たようなことをすれば、那原一国がまるまるもらえるんだ。こんないい話は、ほかにないよな。邪魔な玄蕃はあの坊さんがやっつけてくれたし、あとはあんたの婿に収まって、あの坊主の首を刎ねるだけだ」
「そ……っ、そんなことは、許しません! 誰が、あなたなど――!」
「いいや、あんたは許してくれるよ」
 泰頼は手にした灯りを地面に下ろし、空いた手で脇差しを抜いた。由布の手は絶対に離さない。
「誰かに言うことを聞かせたいなら、いちいち頭をさげてお願いしてたりしちゃ、だめさ。殴って、蹴って、そいつの血をうんと流させてやればいい。そうすれば誰だって、最後には相手の言うとおりにしてくれる。――だって篤保が、そう教えてくれたんだ。俺のこの身体にさ」
 白刃がゆらめく炎の光を受けて、不気味な赤い色を放つ。
「そんなことをすれば、わたくしは舌を噛みますよ!」
「まったく莫迦なお姫さまだなあ。まだわからないの?」
 からかうように、泰頼が笑う。
「俺はさ、あんたがどんなツラになってたってかまわないんだよ? ただ、あんたが生きてさえくれりゃあね。舌を噛み切りたいなら、どうぞ。すぐに焼いて、血止めするだけさ。――そのほうがいいかもしれないなあ。舌がなけりゃ、ぎゃあぎゃあわめくこともできないだろ。女のおしゃべりって、本当に腹が立つから」
 もう、何も言えなかった。
 由布は懸命に唇を噛みしめる。
 悲鳴をあげずにいるためには、唇を食い破るほど強く噛んでいるしかなかった。
 それでも、涙があふれた。
 由布の意志に逆らって、ぼろっと透明の雫が汚れたほほをこぼれ落ちる。





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